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60歳の母親と人生で初めてレコード屋に行った話




夏のボーナスを何に使おうかと考えて
ずっと頭の片隅で欲しいと考えていた
レコードプレーヤーを買った。


レコードに関しては全くの無知なのだが、
アナログなものや古道具好きの私はきっと
ハマるに違いないと手を出してみた。 


筋金入りのレコード好きの知り合いに
レコードを初めたいと話してみたら
オタクスピリッツをかなり強火で
着火させてしまった。

脳が焦げ付くほどの知識を講義され、
白目を剥いてしまったのがバレてしまい、
最終的に紹介してくれたプレーヤーが
それだった。


入門の更に入門ということでおすすめの
サウンドバーガーというレコードプレーヤーを
購入したの。
そしてこれがめちゃくちゃ良かった。 
オーディオテクニカから出ています。
(カタカナかい)




本体も2万円ちょっとで購入でき、
場所もほとんど取らない。
機械の素晴らしさを語るのはもっと詳しい人に
お任せするとして、
レコードを聴ける環境ができたことで
母と中々良い思い出ができた。 


突然の田舎住まいが始まった私の地元は
関西で、実家からは片道5時間以上かかるため
たまに仕事を退職して数年の父母が
旅行がてら年に数回遊びに来てくれる。


あまりにも遠いので今度から正月は
いっそ台湾で集まっては
どうかと話が出るくらいだ。


今回父母が来てくれたときは
ちょうど梅雨明け時だったのだが、
全く雨の降らない梅雨が
最後の時期にさしかかり、
駆け込みで残ってた雨を地面にぶちまける
といった焦り具合で、
連日土砂降りであった。



雨ではもうレジャーも買い物も何もできない
お手上げ状態になり、
暇を持て余していた母が
ふとレコードプレーヤーに目を留めた。


『これ何??』

『これレコード聴けんねん。』

『へー、こんなちっさいので聴けるん?』

『ええやろ!ボーナスで買ってん。
 ちゃんと聴けるし可愛いやろ』

『ほんならなんかレコードかけてや』
『なんかレコード持ってるんか?』


まさに形から入ったタイプの趣味だったので
私はまだ1枚もレコードを所持しておらず、
旦那が離れの倉庫のような場所から
昔義理の祖父母たちが聴いていたらしい
古いレコードをいくつか持ってきた。 





ホコリ臭いそれらをザッと床に並べてみると

『うわ〜〜!!!!!これ◯◯やん!!』

『お父ちゃんこれ覚えてる?!!
うわー!若いなあ!!』

『あたしもこれ持ってたわ〜!!
いや〜なつかしい!!』


と母が空気をさくような歓声をあげた。





割と母は不感症気味なタイプで
ミーハー心のカケラもない。
ありきたりのことでは
喜ばすことがかなり難しい。
気難しいとはまた違うのだが、
『豪華なレストランでランチ』
『花束』『謎の酒器セット』
『ヨギボー』『マッサージ機』
『デパコスのギフトセット』
『景色の良い旅館』
『機能的でオシャレなバッグ』
など、ネットで
(これを遅れば間違いない母の日プレゼントTOP20)とかいうごまんとある記事に
TOP200までランキングがあったとしても
母を喜ばせるものはきっとない。
本当に『いらない』と迷惑がられたりする。
なので、母が大喜びする瞬間は
まじで珍しい。


基本的にご機嫌な人間ではあるのだが、
このときばかりは本気で喜んでいた。





母は昔から歌が好きで、
懐メロソングやら、夏歌100選やら
なにかしらの歌番組をいつも観ていて
自前のカラオケマイクも持ってるほどで、
ピンクレディやら往年のアイドル歌手たちの
ダンスも完コピしていて、
いまだにキレキレで踊れる。 





そんな母のルーツが
どうやらレコードだったらしい。 
お小遣いを貯めて、コツコツとレコードを
集めて聴いていた話や、
妹も隣でそれを聴いており
それキッカケで今も熱狂的なサザンの
ファンでいることなど、
今まで聞いたことのない話が咲いた。 




そして翌日は天気も悪いだろうから
宇都宮のレコード屋に行ってみようと
いうことになった。



レコード屋に行ったことがない私からすると
レコード屋はサブカルにズブズブになった
なにやら、正職が全く不明な若者や大人が
静かにたむろするイメージで、
明るくミーハーカルチャーを
すすってやってきた我々家族
(30代夫婦、60代主婦、4歳)が
訪れる場所としては場違いでは?と
かなり不安があった。




そんな不安を抱きつつも、
翌朝には家族みんなで店に到着。
ステッカーやフライヤーが
たくさん貼られたドアは一見の客を
退けているようにも思え、
ビビリな旦那と、一歩後ろにくるタイプの母は
すぐに私を先頭に押し出してきた。
入店して家族全員でキョロキョロと
店内を見渡す。


店主は優しい笑顔を向けてくれるが、
その刈り上げた頭や、タトゥー、
年齢不詳のファッションに、
住む世界が違うことを見せつけられ、
宇都宮動物園に行かなかったことを
少し後悔した。




しかし、入店してすぐは緊張していた母も
何枚も置かれたレコードを手に取るうちに
目の輝きと熱を強め、
店内で1番大きな独り言を言いながら
次々とレコードを引っ張り出しては
『はいはいはい、あー、こんなんも
出してんねや。はーー。はいはいはい。』
とエンジンをフル稼働しはじめ、
『あれ、これってまた新しく出た方ですか?』
『こっちの棚の箱も
出しちゃっていいですか??』などと
刈り上げタトゥーのオーナーに
全く臆することなく
レコードについて質問攻めをし、
あれもこれもと、思い出のレコードを
見つけてはレジに積んでいった。



人生で初めてレコードに手を出した
私からすると、
詳しくない我々が音楽がどうのとか
この歌手がどうのとか質問する勇気は
プライドがなかなか許さず、
4歳の子連れで入店した時点で
『ここはお前たちの来るべき場所ではない!』
と、レコードを心から愛する文化人たちに
キレられたらどうしようと
怯えていた。

適当に流れ着いた
全然興味のないメタルバンドのコーナーで
『あーはいはい。これいいよね。』
と訳知り顔で安全そうなジャケットの
レコードをひたすら探していた。

私はコーヒーを飲みながら
安らかな午後に、決して
メタルバンドのレコードを
聴きたいわけでなかった。





しかし、母は今までにないほど勇ましく、
八百屋で野菜を吟味するように
実に自然にレコードを選び取っており、
そのときほど私は母をたのもしく思ったことがない。



母とオーナーは
ごく自然に会話を交わしながら、
レコードについてあれやこれやと
談義しており、



私と同じく謎のアニソンレコードコーナーに
流れ着いて銀河鉄道999を見つけて
心底安心している旦那と目を合わせて
母の音楽好きっぷりに畏れ入った。




母は選んだレコードを全てプレゼント
してくれた。


母にレコードを買ってもらうという
イベントが起こるなんて思っておらず、
ただただ嬉しかった。 



店を出た帰り、あまりにも蒸し暑くて
家族みんなでコンビニに寄り、
車の中でアイスを買って食べた。


『母ちゃん、このコーンのついた
ソフトクリームが1番好きやねん。』

母がアイスを食べているところを
そういえば初めて見た。
初めてというか、
見てもいなかったというか、
知りもしなかった。




母は簡単には喜ばないが
割といつも喜んで暮らしている
それはもっともっと小さなところで
私の知らないことで
喜んでいるのだろう。
それを知らないまま
大人になってしまった私は



今、母をもっと知りたいと思っている。
母と改めて友達になりたいと思っている。


母が1人の何の肩書きもない女性として
何かに喜んだり、勇ましくなれたり、
強気であったり、弱気であったり、
正気でなくなるほどの心動かされるものとか
そういう側面をもっと知りたい。


そう思った私の横で
母は手慣れた手つきでレコードを
裏返し、針を落とす。

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