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就活失敗して頭に来たので独立したが就活の方が楽すぎて草ww④

「あっ。そう。了解。」


苦悩の末の決断とは裏腹に
店長の生返事を聞いて、


肩すかしを食らった気分だった。


「もう後戻りできねーな」
そう呟いて、そそくさと
グッズ売り場に向かう。


1週間前。


「やっぱ、カメラやってんのに、
 バイトで飯食ってるとかダサいわ」


いつもの実家の公園のベンチに
腰掛けて、タバコ吸いながら、
尾崎はいった。


「俺はもうバイト辞めるって、
 店長に伝えてきたよ。」


「!?」


目は口ほどに物を言うとは、
よくいったものだ。


“えっ、何で辞めたん???”


そう口で伝えなくとも、
目では尾崎に伝わっていたみたいだ。


彼は、美容室の経営者一家の
三男である。


一代で築いた美容室グループにいながら、
ファッションにはあまり興味はないという
なんとも自由奔放さだ。


ただ、そんな彼にとっても、


動画制作をフリーで始めた
自分達にとって、


バイトを掛け持ちしながら仕事をするという姿勢が、
ファッション云々よりも、


“いかに人間的にダサいか”と
 伝えたかったようだ。


「辞めたら、金が入ってこなくなるけど、
 どうすんの?」


すごく素朴な疑問が浮かび上がって、
ストレートに尾崎に聞いた。


「そんなことは、辞めた後に考えれば良い。
今は、お客さんに自信を持って伝えなければ、
信用や信頼なんてないんよ。」


確かに一理ある。


人間は、死後の世界のことについて考えたり、
進路のことについて深く悩む人がいるが、
結局は、”無駄”ではなかろうか?


答えの出ない問題に向き合う程、
不毛で疲れることはない。


しかも、一生懸命考えて結論を出しても、
質問者や傍観者はいずれどっかに行って
目の前から消えてしまうようなことが殆どだ。


そんなことよりも、 
“お金を頂く為のお客様からの信頼というものに
もっと真正面から向き合わなければならないのでは?”


そんな考えが、頭の中に巡りながら、
無言で缶コーヒーのTASTYを飲み、
タバコを吸う。


味わっているのは、
タバコでもコーヒーでもない。


どっちにするのか?という選択、
そのジャッジ前の数分間を、
ただただ味わっていた。

陽の光がやけに眩しい。
そして、空気も澄んでいる。


「せやね。辞めよう。
 次回出勤日で、俺も店長に伝えるわ」


「ありがとうベーさん!」


このベーさんというのは、
彼がご機嫌な時に、
よく自分を呼ぶときに使う”あだ名”だ。

“ベーさん”は、尾崎と一緒に
バイトを辞めると決めた。

「決める」という行為や行動は
とても不可思議なものだ。


“決める”と空気が変わるのである。


“決める”ことで、
張り詰めた糸がぷっつんと
切れたように、


場から緊張がなくなり、
和みも生まれる。


反対に、
“決める”ことで、


今までの和やかな雰囲気が一転、


見逃してきた部署にメスを入れて、
 組織を分断する時のような、
張り詰めた緊張感が襲うこともある。


どちらも当事者や関係者にとって
重要であることに違いはない。


そして、明くる日。


お店の出勤時に、
バイトを辞めると伝えようとしたが、
珍しく店長のいるデスクに姿が見えない。


何とも”嫌な気分”に陥る。


自分の決断を他人の環境で
阻害されることがすこぶる嫌なのだ。


“もしかして、
このまま バイトを辞めるのを先延ばしして、


フリー兼バイトからすら脱却できない
いわゆる「ダサい奴」になってしまうのでは?”


そう思いながら、
グッズ売り場で勤務する。


休憩時間となったため、
店長デスクに真っ先に向かう。


普通は、飯休憩や仮眠することに
満足を得たりするがこの日は違う。


休憩に入ると、
すぐ2階に駆け上がり、
 店長がいるであろう場所で向かった。


「(コンコン)失礼します!」


勢いよくドアを開けたみたいで、
少し店長も驚いてたみたいだった。


「店長!」

「ん?」


「俺、バイト辞めますね。」


・・・


場が少し重くなるかと思いきや、
次の言葉で軽くなる。


「あっ。そう。了解。」


実に、拍子抜けした瞬間だった。
確かに、大層な決断をしたと思っても、
他人から見れば、所詮この程度。


この言葉をキッカケに、
後のビジネスでもすごく役に立っている。


人間は、一つの事象を
過大に解釈する。


ただ解釈は無限でも、
 事実は一つで、実にシンプルだ。


この言葉を最後に、
長年お世話になった、
バイト先を後にする。


ここから、もう後戻りのない、
無職→独立に向けた、
 無謀な”負け戦”に戦いを挑むのである。


根拠も実績もコネもなく、
極め付けは、収入経路すら飛ばして、
“金なし”確定である。


バイトから帰る矢先に
跨ったKAWASAKIのVulcan400の
ミラーに映っていたのは、


まるで長年苦痛に耐えて結婚生活をしていた夫婦が
離婚した後に友達に見せるかのような

至極、スッキリとした晴れやかな表情をした
自分がそこにいた。


“与えられる幸せはもういらない”
“幸せをつくる側に回る”


そう決めて、バイクのエンジンをかけて
大きなギターの看板を掲げた、
 店舗を後にした。


バイクのミラー越しに遠ざかる
ギターの看板は、


見えなくなるその瞬間まで、
いつになく眩しく輝いていた。



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