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【1話完結小説】昔話:セルフ風評被害

ある昼下がり。若く美しい旅の男がある街のある橋に差しかかった。
ちょうどその橋の上に、若く美しい女が思い詰めた様子で立っていた。その様子はまるで地上に舞い降りた天女のごとく儚くも美しい佇まいであった。
旅の男は、「なぜそんなに悲しそうな顔をしているのですか?」と思わず声をかけた。
女はうつろな瞳で答える。「私は、人として生まれたからには美しく優しい男性に愛されたいという己の欲望を生まれてこのかたずっと胸に抱いております。けれども私のような無価値で美しくもない女が美しく優しい男性と愛を語るその姿がひどく滑稽であるということもまた自覚しているのです。二つの相反する思いの狭間で長い間折り合いをつけることができずにこうして悩み苦しんでおります。」
男は思った。「滑稽なんてとんでもない。この人のような美しい女性ならば大抵の美しい男と釣り合うどころかむしろお釣りがくるだろう。そうだ、それを伝えて口説いて、この人を自分の女房にしてしまおう。」
しかし、ここまで考えてはたと思いとどまった。「いや、本人がこれほど思い悩んでいるからには実際何かしらの問題があるのかもしれない。一見、美しいように見えるが、よく見たら本人の言う通りあまり美しくないような気もする…。自分で無価値と言っているからには、実際に仕事も家事も愛想も生きる活力も何もかも持っていないのかもしれない…。」
考え出すとどんどん不安材料は膨らんでいった。触らぬ神に祟りなしである。こうして男は、女に向かって「それはお気の毒に!いつか悩みが解決すると良いのですが!」とだけ言ってその場を足早に通り過ぎて行った。
そうして、その次の街の橋の上で出会ったごくごく普通だが何も思い悩んでいない様子の女と結婚したのだった。とっぴんぱらりのぷう。

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