【エッセイ風連載小説】Vol.21『その謎はコーヒーの薫りとともに夕日に解けて』
Vol.21
延長十一回裏「慣れれば馴れるほど失っていくもの」
軽いめまいを感じながらも、カノジョたちの会話を聞き逃さんと、カレは微かに震える手でゆっくりと、コーヒーを口にした。
コーヒーは、カレにとって自分を支える唯一の「仲間」だ。どこでも、そしていつだって、カレの隣にはコーヒーが寄り添っていたから。
「例えば、仕事とか趣味とか、やるべきことや、やりたいことをひたむきに頑張って、その結果モテてるっていうオトコだったら全然アリなんだよ」
「モテることが目的じゃないからね」
「けどさ、遊園地オトコみたいに、ただただオンナにモテたくて、何とかしてモテようと必死になって、モテテクだの駆け引きや計算でオンナ落とそうとするヤツ。超しょーもないよ、オトコとしてさ」
カノジョの言葉がカレのココロに刺さる。言葉の剣が容赦なくカレのココロを突き刺す、何度も何度も。
「ただのオマケに、なにガッついてんだか」
吐き捨てるようにカノジョが言った。
「オマケ?」
「モテるっていうのはさ、何かを頑張ったオトコに対する、周りからの賞賛の証というかご褒美みたいなものであってさ、頑張ったオトコたちからしてみれば、たまたまくっついてきたオマケみたいなものなんだよ。なのに、オマケだけ欲しくて必死になってるオトコって超ダサくない?」
「なんかさ、ビックリマンのシール欲しさにお菓子捨ててる子供みたいだね」
「まさにそれ!お菓子は食べきれないけどオマケは欲しいって、オンナ全員とは付き合えなくても、とりあえず全員にモテてはいたい、みたいな」
聞けば聞くほど自分が惨めになる・・・カレはイヤホンをしていないことを後悔していた。あの日、イヤホンをやめたことを初めて後悔した。
───やめてくれ。
「それにさ、モテたいっていうのは、みんなからチヤホヤされたいってことでしょ?それも不特定多数のオンナに。どうすんのよ不特定多数にモテて。それで誰が得する?誰が幸せになる?」
───もう、やめてくれ。
「超エゴじゃん。モテたいっていうのは自分だけいい思いしたい、自分だけがいい思いできれば、その他大勢なんかどうだっていいってことだから。他の人のことなんてなんも考えてない」
カノジョの言う通りだ。
なぜ気づかなかったんだろう。
「モテたい」というのはエゴだ。
モテたい、と思う時、そこには不特定多数の女性からの好意を求める欲望が存在する。それが無邪気で淡い願望であればあるほど、皮肉にもそこにあるのは自分がいい思いをしたい、気分よくなりたいという身勝手な欲望しかない。そして、それは自分以外の誰も幸せにはならない行為だ。
まるで、駄々っ子じゃないか・・・ただただオマケを欲しがる、聞き分けのない駄々っ子だ。
「モテるというのは、オマケみたいなもの」
カノジョは正しい。
この約一年、なぜそのことに気づけなかったのか。こんなカンタンなことに気づけなかった自分が情けなかった。
自分はいったい、今まで何をやってたんだろう。いったい今まで何をしてきたんだろう。
いつものように、軽い気持ちでカノジョたちの「会話のジェットコースター」に乗っていたカレは、きちんと安全バーを下ろさないまま乗っていたことを後悔していた。
安全であると過信してノー天気に楽しんでいた「会話のジェットコースター」から乱暴に振り落とされたカレは、気づけば大きなケガを負っていた。カラダにも、そしてココロにも。
そして、ジェットコースターから投げ出された満身創痍のカレが、目の前のコーヒーカップに手をかけたその時───
「それにさ・・・」
まるでその手を払いのけるかのように、カノジョは冷たく言い放つ。
「未だに、モテることがオトコのステータスみたいに思ってるヤツいるけど、いつ気づくんだろ?それって、ただのしょーもない承認欲求じゃん。どこまでお子様なんだよ」
「確かに、いい加減わかってほしいよね」
「オンナが求めてるのは『モテるオトコ』じゃなくて『いいオトコ』だ、ってさ」
それに───
「本当に欲しいのは『刺激』じゃなくて『癒し』だし」
いつしか慢心にまみれてしまったカレを戒めるような、カノジョからの言葉だった。
「欲望をギラつかせて常にモテていたいオトコを相手に駆け引きや計算でハラハラドキドキするより、穏やかで温かく落ち着いた関係を築けるオトコがいいに決まってんじゃん」
あくまでこれは、今日たまたまこの場所で、この黄昏時を同じくした女子ふたりの会話であって、極めて個人的でかつ偏った意見でしかない・・・そう思うことは可能だ。
しかし、それでいいのだろうか。
それはつまり、自分の都合のいいことしか受け入れず、耳の痛いことはすべて否定し排除する・・・そういうことではないのか?
今のこの胸がしめつけられるようなこの痛みは何だ?
心が空っぽになるような、この虚しさは何だ?
カフェ巡りを続けていくなかで、カレは女子たちの会話を通し、いろんなことを知り、学び、得てきた。ネットという仮想世界ではなく、目の前のリアルを生きる女性たちから活きた情報を掴み取れていた。今日まで、そう思っていた。
でもあと少し、もう少し考えれば気づけたのかもしれない。
今まで聞いたことのない情報や、絶対に自分では思いつかないような意見や考えを知ることで、自分が少し特別な人間、特別なオトコになったような気になっていたのではないか。
「机上の空論」を弄び、自分だけの妄想に浸っていたにすぎなかったのではないか。
だって今、カレの前には誰もいないのだ。そこに生身の女性はいない。いるのは、まるでカレの仮想現実の中だけにいるかのような女子たち。
なのに、自分が「女性とは何か」「モテるとは何か」を少しわかった気になっていた。そんなの、ただの思い上がりじゃないか。
今まで自分は何をやっていたのだろう。
何をやってきたのだろう。
カレは沈みゆく夕日に気づけないまま、カラになったコーヒーカップを前に佇んでいた。
そこはまるで閉園間近の遊園地、もう誰も並んでいないコーヒーカップがやけに陽気な音楽とともに寂しく回っている。
さまざまなアトラクション、その電源が一つまた一つと落とされていく。カレがさっきまで乗っていたジェットコースターも、もう動かない。最後のコーヒーカップも暗闇に溶けていく。
これがもし舞台だったらきっと色彩豊かな光で表現され、そして縁取られた、まさにプロセニアムステージだったのかもしれない。
真っ暗になった遊園地にただ一人、カレは出口を失い立ち尽くす。
ここから右に行けばいいのか、左に進めばいいのか・・・今はもう何もわからない。
どうすればいい?
どうしたらいい?
暗闇の中で、カレは今、泣いているのか、笑っているのか、怒っているのか。
平衡感覚を失ったカレのココロは・・・
会話を巡るカフェの旅は、カレが思い描いていたものとは程遠い結末に今、向かおうとしていた。
つづく
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