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【エッセイ風連載小説】Vol.20『その謎はコーヒーの薫りとともに夕日に解けて』

Vol.20
延長十一回表「慣れれば馴れるほど失っていくもの」

 
 
靴を履き、自宅を出ようとドアに手をかけたその時、玄関先に置いてあるスノードームが目に入った。カレはゆっくりとそのスノードームを逆さにし、元の場所に戻した。

ドームの中でキラキラと雪が舞う。
 
電車の中でふと思う。
カレがカフェ巡りを始めてから、もうすぐ一年になる。
 
数か月前まではオンナゴコロなど微塵みじんもわからなかった。しかし今は違う。

カフェで数多の女性たちが繰り広げる本音トークを聞き続けてきたことで、モテるオトコとは何なのかがわかりつつある。
 
そして、話を聞く行為によって女性たちの会話の中に自分も参加するという疑似体験を通して、ほんの少し女性に慣れてきた気がしていた。
 
まさに「習うより慣れろ」だ。
 
慣れることで余裕が生まれ、自信への萌芽ほうがに繋がる。カレは心のどこかで、この旅のゴールを予感しつつあった。
 
暗闇を移動する地下鉄が、つかの間の明かりの中へゆっくりと吸い込まれていく。どうやら目的の駅に着いたようだ。
 
三軒茶屋のカフェ「A」は、有名な三角地帯の路地裏にある古民家をリノベーションした一軒家カフェである。

温故知新おんこちしんを体現するかのようなそのたたずまいは、古きものと新しきモノの絶妙な調和によってその景観が保たれている、ヨーロッパのモダンで荘厳そうごんな街並みを彷彿ほうふつさせる。
 
カレの後ろの席には、ゆったりめのソファ席でリラックスする女子ふたりがいた。テーブルの上に置かれた舞台プログラムやチラシから、もしかしたら観劇後のひとときを楽しんでいるのかもしれない。
 
ここ三軒茶屋には舞台芸術をより楽しむために用意された世田谷パブリックシアターとシアタートラム、2つの劇場がある。演目えんもくによって舞台の形状を変更できる自由度の高さはもとより、両劇場ともプロセニアム形式と呼ばれる額縁がくぶち型の舞台表現を可能にしている。
 
コーヒーを飲もうと、カレがソーサーに乗ったカップをゆっくりと回したその時だった。
 
「で、どうだった?『モテ男』とのデートは」
 
───モテ男。
非モテなカレにとって、憧れの肩書である。
 
「どこ行ったの?」
「遊園地」
「超デートじゃん!楽しかった?」
 
遊園地といえば、オススメのデートコースでも常に上位にランキングされる鉄板スポット、さすがモテ男といったところか。
 
「初デートで遊園地はナシでしょ」
「えっ!?いいじゃん遊園地」
「付き合ってから、だったらね。付き合う前のデートだからさ」
 
遊園地デートというのは付き合う前と後でそんなに違うものなのか?わかりかねるその理由を探るべく、カレはすぐさまスマホで検索を始めるが・・・
 
「化粧崩れるし・・・」
「初デートでいきなり朝から晩まで一緒は確かにキツいね」
「待ち時間、会話もたせられるか不安だし・・・」
「観覧車とか逃げられないしね」
「アトラクションの好みが合わなきゃ微妙だし」

次から次へと飛び出した、遊園地デートがNGである理由。カレが検索する前に、答えはカノジョたちからほぼ出尽くしたようだ。
 
「あれは『モテ男』じゃなくて、モテたがりの『雰囲気モテ男』だよ」
「何それ?」
「『イケメン』と『雰囲気イケメン』って、同じイケメンでも全然違うじゃん。それと一緒」
「雰囲気モテ男なんて初めて聞いた」
「私も初めて言ったから」
二人は笑いながらも、友人は納得した様子だ。
「確かに、雰囲気モテ男っているね」
「あのオトコは何となくモテてるように見えるだけで、実際はリアルモテしてるわけじゃなくて、イケそうなオンナにガンガンいってそれなりの成果を出してるだけ。つまり・・・」
 
───「モテるオトコ」ではなくて、たんなる「モテたいオトコ」なんだよ。
 
「モテる」と判断される場合、女性経験が多いことや恋人がいることなどがその理由に挙げられることがあるが、それらは単なる積極性の結果でしかなかったりする。つまり手当たり次第アプローチすれば、誰かしらからいい反応が返ってくる可能性があるわけだ。逆に言えば、モテそうなのにモテてないというのは、単に積極性がないだけということも考えられる。
 
「カノジョが切れたことないって豪語してたから、そういうのも勘違いの原因だろうね」
「ま、オトコの『モテ』なんてコツさえ掴めばカンタンだからなぁ」
「私をカンタンにイケるオンナだと思ったから、遊園地に連れてったんじゃないかな?勘違いも甚だしいけど」
「なんで、イケそうなオンナだと遊園地連れてくの??」
「だって、遊園地って恋愛トラップ仕掛け放題だからさ」
 
どうやら、のんびりとコーヒーカップを回している場合ではなさそうだ。

カレはカップを止め、これから始まるカノジョたちの「会話のジェットコースター」に飛び乗った。安全バーなどいらない、カレにとってはいつものようにお気楽なジェットコースター、のはずだった・・・
 
吊り橋つりばし効果、って知ってる?」
 
吊り橋効果とは、心理学の実験で吊り橋の上のような不安や恐怖を強く感じる場所で出会った人に対し、恋愛感情を抱きやすくなる現象のことである。人は、外的な要因でドキドキしても恋愛のドキドキと勘違いしてしまう傾向があるのだ。
 
「ジェットコースターとかお化け屋敷とか、遊園地って吊り橋効果が使える場所がたくさんあるんだよね」
「カンタンにオンナをドキドキさせられるわけだ」
「あと、遊園地って並んでる時間が長いじゃない?その間にカリギュラ効果狙っての打ち明け話とか内緒の話をする」
「なに、そのカリ・・・なんだっけ?」
「カリギュラ効果。禁止されると逆にやりたくなるっていう心理現象のこと。他人に知られてはいけない二人だけの秘密を共有することで、心の距離を縮めるテクニックだよ」
「ってか、アンタもよく知ってるね、そういうの」
「モテたいオトコが使う手なんて、たかが知れてるから」
 
───モテたいオトコ。

自分もその一人だ。その会話に多少の乗り心地の悪さを感じながらも、会話のジェットコースターはカレを乗せて、どんどん先へと進んでいく。
 
「そんなことよりアンタってさ、ああゆうのタイプだったっけ?」
「全然」
「えっ!?」
「ちょっと乗ってみたいアトラクションがあっただけ。私もそんな暇じゃないよ。それに・・・」
一瞬の間を置いて、カノジョは言った。
 
「モテたいオトコなんて、バカばっかじゃん」
 
突然、デジャブ感がカレを襲う。背中越しに発せられたその言葉は、あっという間にカレを数か月前のあの場所、あの時へと連れ戻した。
 
───「モテないオトコって、バカなの?」
───「だって、モテるのなんてカンタンじゃん」
 
その言葉が数か月の時を超えてカレをここまで連れてきた。その言葉に励まされ、カレはここまでやって来たのだ。
 
右へ左へ、感情が乱暴に揺さぶられつつあるなか、そんなことはお構いなしにカノジョの言葉はさらに容赦なくカレに襲いかかる。
 
「オトコって、ほんとバカだよね。いまどき『モテるオトコがいい!』なんてオンナ、いる?」
「オバさんとかにいそう」
「モテるオトコと付き合えば、自分が価値あるオンナだって周りにアピールできると思ってんじゃん?若い時に見た目や若さだけでモテてたオバさんってビックリするほど中身スッカスカだからね」
 
苦笑いを浮かべて友人はカノジョの話を聞いている。
 
───「モテたい」
───「一度でいいからモテてみたい」
 
カレにとっては、その思いから始まったカフェ巡りであり、女子たちの会話を巡る旅だった。
 
ひたむきな思いはいつか報われる。どこかでそんな風に自分を慰め、そして鼓舞こぶしてきた。気持ちのどこかで、この旅の明るい未来を、ハッピーエンドを期待していた。
 
だからこそ、突然冷や水をぶっかけられたようなカノジョの冷ややかな言葉に少なからず動揺した。
 
しかし・・・もし仮に、カノジョの言っていることが世間の女性たちのリアルな声なのだとしたら、自分にとってこの約一年は何だったのだろう。

                    つづく

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