子供は親を選べない
ウチの近くに小さな信号機がある。
小さな道から大きな道路へ合流する車のための信号機なのだが、利用する車が少ないことから、歩道側が赤であっても車が来ていなければそのまま渡る人が多い。
ある日の午後、私はその小さな信号機へと続く道を歩いていた。視界の先では青が灯っていたが、やがて赤に変わった。それを合図に車が数台通ったが、もう車は来ない様子だった。
信号機に到着した私はいつものようにその赤信号を渡ろうとしていたのだが、私の少し前をおそらく母親であろう女性二人と小さな男の子三人が歩いていたため、彼女たちのあとをついていくようなカタチになった。
赤信号を渡り始めた母親と子供たち。そのあとを私もついていこうとしていたのだが、一人の男の子だけ動かない。赤信号を守っているのだ。
目の前の少年が赤信号をきちんと守っているのに、その子の目の前で赤信号を渡ることはさすがに出来なかった。私はその少年と一緒に信号が青に変わるのを待った。
しかし、母親二人と男の子二人は、赤信号で止まっている少年には気づかず、どんどん先へと歩いていく。
少しして、数十メートル先を歩いていた母親がこちらを振り返った。ようやく自分の子供がついてきていないことに気づいたようだ。
「何やってんの!早く来なさい!!」
それが母親の第一声だった。呆れたような顔をして、母親は子供を𠮟りつけたのだ。
しかし、その少年は動かない。なぜならまだ信号が赤のままだったから。その場で駆け足のような動作をしながら少年は信号が変わるのを待ち、赤から青に変わった途端に走り出した。
その子が母親たちに追いついた時、母親はこう言った。
「ったく、グズなんだから!」
子供が正しいことをしているのに、あの母親は何てことを言うんだろう。怒りがこみ上げた。
───そんなこと言って、お前だっていつも赤信号を渡っているんだろう。
そう言われたら返す言葉はない。しかしさすがに、子供が正しいことをしているのにそれを逆ギレして怒ることはしない。
「本当はいけないんだけど、安全な場合は気をつけて渡ることもある」と伝え、だけどルールを守らなかったことは子供にきちんと詫びることのできる大人でありたい、そう思った。
子供は親の背中を見て育つというが、母親に怒られながらも赤信号を待つあの少年もいつかはあの母親のように躊躇なく赤信号を渡ってしまうのだろうか。
カレの背中に、私は「頑張れ、負けるな」と呟いた。
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