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首相とメディア 被災地・福島の地元記者はー

今月14日、安倍首相は新型コロナウイルスに関連した「緊急事態宣言」を可能にする改正特措法について記者会見に臨んだ。2月29日の会見では、一方的に会見を打ち切ったことなどが批判を浴びたため、14日の会見では、フリーランスの記者の質問にも答えるなど異例の対応をみせた。この間、首相のメディア対応について考えさせられる出来事が、福島でも起きていた。


安倍首相が福島訪問

3月7日、東日本大震災から丸9年を迎えるのを前に、安倍首相は被災地・福島を訪れた。

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【当日のスケジュール】
・14日に全線で運行再開したJR常磐線双葉駅視察
・双葉IC開通式出席
・東京オリンピック・パラリンピックの聖火にも使用される世界最大規模    の水素エネルギー製造施設視察
・水素エネルギー製造施設前でぶらさがり

※「ぶら下がり」とは取材対象を取り囲んで行う簡易的な会見のこと

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“事前通告”での「ぶらさがり」取材

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後日ネットで注目されたのが、水素エネルギー製造施設視察後に行われたこの「ぶらさがり」だ。質問は首相側に事前通告されており、代表社の質問1問のみが許されていた。ここに参加していたのは「総理番」と呼ばれる東京から来ていた番記者たちであり、地元記者達にも開かれた場ではなかったという。

代表の記者:
東日本大震災からまもなく9年となるなか、震災や原発事故の影響で避難生活を余儀なくされている方は先月の時点で4万7000人にのぼっています。節目となる10年を前に、これまでの政府の復興政策について、どのように総括されますか。
また、新型コロナウイルスの感染症が拡大する中、東日本大震災の追悼式など各種行事など相次いで取りやめとなっています。こうした社会や経済への影響をどうみますか。

安倍首相:
まもなく東日本大震災から9年を迎えます。昨夜は地元の皆様が新たに富岡駅前に作られたホテルに宿泊を致しました。被災者の皆様のふるさとへの思いが大きな力となり、復興は確実に前進をしております。
来週いよいよ、JR常磐線、全線開通致します。それを控えて、発災以来、町全体で避難が続いていた双葉町では、一部で避難指示が解除され、本格的な復興に向けて大きな一歩が踏み出されました。
そして本日、常磐自動車道・常磐双葉ICが開通いたしましたが、政府はこれまで復興の基盤インフラの整備に力を尽くして参りました。今後、特定復興再生拠点の整備を進め、避難生活を送っておられる方々が浜通りに戻ってきて頂けるように努力を重ねて参ります。

同時に復興が単なる復旧に終わってはなりません。この研究フィールドはですね、再エネ100%の水素製造拠点としては、世界最大であります。まあ加えて、ロボットテストフィールドなど国として浜通りを世界最先端のイノベーションコーストとすべく全力を挙げてきたところであります。

未来を見据えて、みんなで新しい福島を作っていく。その中で避難をしておられる方々に留まらず、日本中の多くの方々にこの浜通りに移住をして頂きたいと考えています。

そうした考え方のもと、従来の交付金を拡充いたしまして、魅力ある働く場づくり、そして移住の推進に重点を大きく振り向けて参ります。

福島の復興なくして日本の再生なし、この考え方の元に福島が復興するその日が来るまで国が前面に立って全力を挙げて参ります。

そして、新型コロナウイルス感染症の影響についてでありますが、まあ3月11日は被災地のみなさんにとって、また日本にとって忘れ得ぬ日でありますし、忘れてはならない日であります。それは何年経っても変わりありません。その中において、こうしたウイルス対策をどのようにしていくか、国においても様々な対応を考えましたし、また地域においても様々な対応を考えて頂いております。まあ本日の式典におきましては、地域の皆様のご招待は取りやめさせて頂きました。同時にネットで配信をさせて頂いたところで、こうした形を取らさせて頂いたところであります。

この1、2週間が山場であるとの提言を受けまして、国民の皆様にご協力を頂いております。来週中(3月7日時点)に緊急対応策第二弾を取りまとめます。そして国民生活、また国民経済への影響を最大限緩和するためにあらゆる対策を講じていく考えであります。

着実な復興をアピールし、予定通りの質問に答えたところで「ぶら下がり」は終了。安倍首相は記者の前から立ち去ろうとした。しかし・・・

地元記者:
すみません!地元福島の記者なんですけど質問させていただけませんでしょうか、1問だけ。

前述の通り、事前通告の1問のみのはずが、ある記者がこう安倍首相に呼びかけた。2月29日の記者会見では一方的に会見を打ち切り批判を浴びた安倍首相。それを意識してのことか、この呼びかけに立ち止まり、再びカメラの前に戻ってきた。

地元記者:
ここでオリンピックが開かれるわけだが、オリンピック誘致の際に(福島)第一原発は「アンダーコントロールだ」とおっしゃった。今でもアンダーコントロールだとお考えか?

安倍首相:
あのまさに、そうした発信をさせて頂きました。まあいろんな報道がございました。間違った報道もあった。その中で正確な発信を致しました。そしてその上において、オリンピックの誘致が決まったものと思います。

※「アンダーコントロール」とは東京五輪誘致において2013年9月7日のIOC総会で安倍首相がプレゼンした際の発言。「フクシマについて、お案じの向きには、私から保証をいたします。状況は、統御されています」とし、「アンダーコントロール」という言葉を使い英語でスピーチをした。

この質問をしたのは地元、朝日新聞福島総局の三浦英之記者だった。総理番だけが参加していたはずの場で声を上げた三浦記者は、その時の状況についてTwitterでこう振り返っている。


東京と福島の当日ニュースは

この日のニュースは、東京のTBSと福島の系列局テレビユー福島とで異なる取り上げ方をされている。

当日、昼のニュースで「安倍総理が福島視察、復興は着実に進んでいる」としたのはTBSだ。

一方、テレビユー福島は「首相 五輪招致『正確な発信した』」とし、地元記者のアンダーコントロールについての質問を使い報じている。

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テレビユー福島の動画はこちら


当日のニュースを担当したテレビユー福島の木田記者が振り返る

取り上げ方が異なる両者。当日、ニュースを担当したテレビユー福島の木田修作記者は何を思い、このニュースを報じたのだろうか。木田記者が振り返る。

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総理が視察に来る。

ローカル局の立場からすれば、総理は「来る」ものである。当然、総理の一挙手一投足を追いかけている東京の政治部からすれば、総理は視察に「行く」ものだろう。
 
時に批判されることもある政治家の視察だが、受け入れる当事者たちにしてみれば、自らの現状や境遇を直接伝え、見てもらう大きな機会である。当然、ローカルニュースを出す方は、政治家たちが、その見た現状や境遇をどう捉えているか、ということに注目する。加えて、日常的に取材ができない私たちにとっては、貴重な機会でもある。

今回、安倍総理が視察したのは、避難指示が解除された直後の双葉町と、復興の途上にある浪江町といういずれも原発事故の被災地である。福島では、いまでも「震災と原発事故」という言葉を、ニュース番組で聞かない日はない。避難者はいまだに4万人ともそれ以上とも言われ、「復興五輪」に疑問を持っている県民も少なくない。総理が、そうした被災地や五輪を取り巻く現状をどう捉え、何を話し、何を話さないのかを伝えることが私たちの役割だと思っている。

長くなったが、私たちが出すニュースと、東京が出すニュースは、違うものでなければならないと思っている。行く人と来る人を取材しているのだから、同じものにはならない。それが、原発事故による被災という、大きな課題を抱えた場所であればなおさらである。そういう思いがあって、3月7日があった。

私はデスクとしてこのニュースを担当し、現場から配信されてくる映像を見て、総理の言葉を聞き取っていた。

象徴的な場面があった。全線開通を控えたJR常磐線の双葉駅で、伊澤史朗町長とのやりとりである。一部を抜粋する。

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駅周辺の避難指示が解除したことや、2022年に整備される予定の特定復興再生拠点の説明のあと、伊澤町長はハンドマイクを片手にこう続けた。

「ご存知の通り、双葉町内を視察していただければわかりますが、まだまだ、9年間そのままになっていた荒廃した家屋が多数あります。そういうものがしっかり整備され、双葉町が復興して住民が戻ってこれるまで、中長期の時間がかかると思っています」

そして謝意を述べた後、聖火リレーについて触れた。

「日本の国民のみなさん、世界の人たちに、原子力災害で被災した自治体がここまで復興できたということをみなさんに発信できるということが、非常に喜ばしいし、誇らしい。そういう思いです。本当にありがとうございました」

と言って、深々と一礼をして結んだ。それに対して、安倍総理は、襟につけたピンマイクを通じて、次のように話した。

「多くの方にぜひこの常磐線を使って双葉を訪れてもらいたいと思います。JRの皆様にも日夜頑張っていただいて、早期の復旧を完遂していただいたこと、御礼を申し上げたい」

そして、こう結ぶ。

「いよいよ、聖火リレー、この双葉からの発信が『復興五輪』として、世界の皆様に協力をしていただいて、ここまで復興したというシンボルになるのではないかと期待しています」

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2人の会話がかみ合っていないように見えた。「荒廃した家屋」や「住民が戻るまで時間がかかる」という町長の訴えに、応じる総理の言葉はなかった。国策としての原発。結果としての事故。その国のトップに「復興できたことを発信できるのは誇らしい」と礼を述べる町長。本当に伝えたかったのはどちらだっただろう。

その後も視察は続いたが、私たちが配信を受けた映像の範囲で、安倍総理が「原発事故」の言葉を使ったのは、一度だけだった。

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「原発事故で大きな被害を受けた福島から、未来の水素社会に向けた新しいページが今まさに、開かれようとしています」(浪江町・福島水素エネルギー研究フィールド開所式あいさつ)

被災地や五輪を取り巻く現状をどう捉えているか。訪問先は、きれいに整備された駅や工場でも、そこに行くまでに「影」も目にするはずである。「復興五輪」に疑問を持つ人もいる。取材に行くことが叶わなかった分、私はぶらさがりに期待した。聞きたいことは山ほどあるはずである。

そして、あのやりとりがあった。

安倍総理の招致の際の「汚染水はアンダーコントロール」という発言に、疑問を持つ県民は少なくない。五輪招致のために、福島がダシにされたと感じている人もいる。あの発言の現状認識は、県民に伝えるべき発言だった。

何より、地元記者からの質問であった。県民を代表した質問であるとすれば、それがどの社であれ、私は連帯し、応えなければならないと思った。ここのところ、厳しい質問をする記者が、白い目で見られるような風潮にも抗いたい気持ちもあった。そもそも、あのぶらさがりに2問目が存在しなかったことも不思議であった。

私がそう思うのには、理由があった。実は、私もかつて、視察に「行く」総理を取材する側だったからである。私は、2011年~12年まで、菅・野田両総理の総理番だった。そのころは、2~3問はあったと思うし、視察先とは無関係の、政局に関する質問も飛び交っていたと思う。

TBSは、別な部分をニュースにしていた。ローカルニュースは、全国ニュースの直後に放送される。事前にそれを確認した私は、なおのこと、同じニュースにするわけにいかないと思った。
 
こうして、あのニュースが放送された。最も称賛されるべきは、三浦記者であり、私はそれにぶらさがったに過ぎない。しかし、本当は三浦記者のような質問が日常的にされ、注目されない世の中が望ましい。

そして、もう1つ問いたい。

私たちが流したあのニュースは、本当に福島だけに伝わるべき「ローカルニュース」だったのだろうか。

木田修作記者

木田修作 記者(TUF)

1985年生まれ。青森出身。2010〜15年までTBS報道局で政治部、社会部を経験。17年に「熱源〜いわき市民ギャラリーとその時代」で吉野せい賞準賞。 現在、テレビユー福島の報道部で、事件事故や原発の問題などを担当。