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「出生前診断」受診者が自ら決断できるようなサポートを

赤ちゃんの遺伝子に異常がないかなどを妊娠中に調べる「出生前診断」をめぐって、24日、大学教授らが、厚生労働省に慎重な判断を求める申し入れを行いました。私たちは、「出生前診断」で予期せぬ結果を突きつけられ、様々な葛藤に直面した夫婦を取材しました。

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土肥医師
「赤ちゃんの心臓ね、ここ動いていますね・・・」

この日、ある大学病院で妊娠12週の妊婦に検査が行われていました。胎児の臓器などに異常があるかどうかを調べる出生前(しゅっしょうまえ)診断です。

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土肥医師「これ、首の後ろのむくみね。首の後ろのむくみは厚みの他にも色々見ていきますから」

首のうしろのむくみの計測。妊娠初期、全ての胎児にこのむくみは見られますが、一定より厚い場合には、ダウン症などの先天性疾患の可能性が少し高まります。

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現在、様々な種類がある出生前診断。

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2013年からは母親の血液から胎児の染色体異常を調べる新型の出生前診断・NIPTもはじまりました。

受ける人は年々増え、この6年間でおよそ2倍に・・・。

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背景にあるのが高齢出産の増加。胎児が先天的な疾患を持つ割合は母体の年齢と共に高まり、日本では現在、出産する女性の4人に1人が35歳を超えているのです。

診断を受ける人の増加に伴い、課題も浮き彫りになってきました。

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都内に住む齊藤さん夫婦と、2歳になる娘のアンちゃん。
齊藤さん夫婦は出生前診断の結果、アンちゃんがダウン症であることが分かりました。
診断を受けた理由は・・・

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鉄也さん:
第一子を死産で亡くしたり、流産を繰り返したりと悲しい出来事がずっと続きまして。しっかり調べて、生まれてくる子に何か問題が無いかということを確認したかった。

スーザンさん:
安心材料が欲しかったです。

“安心のため”に受けた診断・・・
しかし、結果は予想外のものでした。

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鉄也さん:
陽性にならない(異常がない)と信じて受けたテストだったのでそこでいったん頭が真っ白になってしまって。

染色体に異常があることを示す判定。しかし、患者をサポートする遺伝カウンセラーからは十分な説明は得られなかったといいます。

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スーザンさん:
「じゃあこの子生きられるの?」っていう風に聞いたら、その遺伝カウンセラーが「チャンスはあります」ということは言ったと思うんですけど、ちょっと何が何だかよく分からなくて・・・

齋藤さん夫婦は突然、産むか、産まないか、“命の選別”という重い判断を迫られることになったのです。

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スーザンさん:
実際にその子どもが(お腹に)いるのに、それをやめるのも出来ないな・・・という気持ちが強かった。実際にエコーも見たし。ああ、ちょっと難しいかな、出来ないな。それだけは無理かなと思いながら・・・。でもどうしよう。やっていけるのかな、というのがすごく心配で。本当に葛藤がすごくて・・・。

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鉄也さん:
「今日は産もう」でも、「明日はやめようか」とか。でもその次の日になると“やっぱり”産みたい。こういう繰り返しがずっと起きていました。

答えが出せない日々を過ごす中、当時、齊藤さん夫婦が求めていたのが情報の提供と周囲のサポートです。

スーザンさん:
「合併症とかもあるけど、元気に長く暮らしていける子もいますよ」とか。一言こう何か安心できるものも欲しかった。

齊藤さん夫婦は、自ら「日本ダウン症協会」に連絡。ダウン症の子を持つ家族と会ったことでアンちゃんを産むことを決めました。

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スーザンさん:やっぱり実際に会って、触れて、普通にこどもじゃないっていう。なんか本当に別にかわいいじゃないと思って、そこですごく気持ちが変わりました。

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こちらの病院では出生前診断を受ける前に正しい知識をもって欲しいと妊婦とその家族を対象にした教室を開いています。

土肥医師:
「ほとんどの妊婦さんは」「ああ、もうこの検査はいいのかな?受けようかな?くらいの気持ちで思っているんですよ」「じゃなくて、出生前検査の知識をしっかり身につけた上で、受ける権利もあれば、受けないでいる権利もあるんだなということでお子さんのことを考えて頂きたい」

出生前診断の結果病気や障がいが見つかった家族のサポートを行うNPOも立ち上がりました。ここには切実な相談が寄せられます。

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「お腹の子には首にむくみがあります。医師からは健康に生まれてくる可能性もあるといわれましたが、何の問題もなく生まれてくる可能性はあるのでしょうか?」
「手足の障がいが見つかりました。満足に歩けないこの子は産まれてきて幸せなのか…障害の差別や偏見が怖いです」

寄せられた相談には、同じ経験をした親や、医師などの専門家が答えます。

また“産む”と決めた人、“産まない”と決めた人への心理ケアを目的とした
冊子もつくっています。

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NPOを立ち上げたのは産婦人科医の林伸彦さんです。

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(「親子の未来を支える会」代表理事 林伸彦医師)

林医師:
(出生前診断を)受けたいと思う人たち対して、きちんと受けられる受け皿を作るというか。仕組みを作るのは必要だと思うし。『どんな子でも育てます』という方がいたときに、その選択をちゃんと支えられる。どんな子でも社会が温かく迎えいれられる仕組みがあればいいのではと思う。

ダウン症の娘と暮らす齊藤さん夫婦。出生前診断を受けた経験を踏まえ、いま、改めてこう感じています。

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鉄也さん:
ダウン症とか、障害がある子とか、産まれると分かった時点でチームによるサービス、サポート、というのも日本でもやっぱり提供できるようなシステムを国には作ってもらえればな、と思います。

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アンちゃん:
グッナーイ。

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スーザンさん:
やっぱり情報が必要だと思うんです。(ダウン症でも)こういう子もいるんだ、こういうことも出来るんだ。私たちもこうやっていまこの子がいて幸せだし。(診断結果)それだけで判断してほしくない。

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宇治さん顔小サイズ

宇治美絵 記者

1984年生まれ。横浜市出身。Nスタ、BS-TBS海外紀行番組のディレクターを経て、現在報道局デジタル編集部でディレクター。2017年秋に第一子、2020年春に第二子出産。興味関心のある分野は子ども、医療など。趣味はヨガ、ドラマ鑑賞。

編集後記

企画の発端は3年前の第一子妊娠でした。私自身が「妊娠糖尿病」(妊娠中だけ血糖値が高くなり、糖尿病のような状態になること)であることがわかり、当時の医師から「赤ちゃんに奇形が生じる可能性があるので、大学病院で管理して出産して」と言われました。私の頭の中は真っ白になり、一気に真っ暗な闇に放り出されたような気持に・・・。「もし、赤ちゃんに病気があったら・・・」。この時、「親になる」ということはどういうことなのか。ただ幸せなだけじゃない、様々なリスクを負ってでも、この子を育てていくのだ。という覚悟を初めて知ったような気がしました。
同時に勉強不足な自分、そして説明不足な医師に対しても、もどかしさを感じました。出生前検査でも胎児に異常があると分かった妊婦さんは、心の準備がないままにその事実を受け入れることはきっと出来ない。しかし、もし事前に知識を得て、心の準備もでき、その後の医師からの説明が適切ならば、心強く、落ち着いて少しずつ受容していくことが出来るかもしれない…。妊娠中は、本当に色々なことが不安になります。マイナートラブル一つとっても妊婦にとっては大きな問題です。そして、何より妊婦さんを孤独にしてはいけない、と強く思います。
こうした経緯もあって、職場に復帰した際は必ず「妊婦さんを救う企画を作りたい」と考えていました。そして復帰後、今回取材でお世話になったNPO法人「親子の未来を支える会」の代表理事である林伸彦産婦人科医とつながりました。林医師は検査で胎児に異常があると告げられた妊婦さんのケアがとても大事だと訴えていました。検査の結果、陽性が出たとしても、その後の「産む」「産まない」どちらの選択もしっかり支えていくべきだと。
「出生前検査」をめぐっては、「命の選別」というキーワードが枕詞のように必ずついてきます。しかし、その議論からそろそろ、一歩先に進める必要があると思います。
取材でお世話になった昭和大学横浜市北部病院の土肥聡医師は「日本には遺伝リテラシーが不足している」と仰っていました。「遺伝リテラシー」とは、遺伝に関わる基礎知識のことです。これを身に着け、理解することで、「遺伝医療を自己決定できる能力を得る」ことが出来ます。本来、出生前検査は、「受ける」「受けない」という選択から、その後の「産む」「産まない」という決断も自律的にするものです。そのためにも医療、社会のサポートが求められています。
今回、VTRに登場したダウン症の娘を育てるご夫婦は、出生前検査後に困惑した経験から、様々な判断材料を得て”自分たちで”決断出来たことが本当に大切だったと振り返り、「今、出生前検査で悩んでいる人たちがいたら役に立ちたい」という思いから取材に協力してくださいました。“命と向き合う”ことは本当に難しく、尊いからこそ「出生前検査」を「命の選別」というキーワードのみで議論するのではなく、その先にある人生や生活に焦点を当てて、今後向き合っていく問題だと取材を通して強く感じます。この先も、私自身がこのテーマに関わり続けていきたいと考えています。