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雨宮塔子のパリ通信#6 ロックダウンから4週目。人影がなくなったフランス・パリの今。

日本で緊急事態宣言が出された今日、フランスではロックダウンが行われてから4週目を迎えている。

発令当初から2週間はどこか物々しい雰囲気に包まれていた。

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(買い物に出られるのは各家庭で一人のみ)

発令の翌日には街頭に配備された警察官から罰金を科された違反者が4095人も出たし、スーパーの前に1mずつの間隔を取って並んでいる人たちにも、ポリスの腕章をつけた私服警官が目を光らせ、その列の中に高齢者の姿を認めると、招き寄せて理由を聞き、そのまま自宅へ引き返すよう厳しく注意していた。

窓に135ユーロ#6

(外出制限令の違反者には135ユーロの罰金が科されることに皮肉をこめてか「窓枠に135ユーロ置いていっていいよ」の張り紙が)

スーパー前私服警官#6

(スーパー前に列を作る人たちと、マスク、手袋をして監視する私服警官)

こうした厳しい措置は一人でも感染者を増やさないため、人命を守るためと理解していても、どうしようもない閉塞感が漂っているのも事実だ。日常が奪われるこの制限令が、コロナ情勢の先行きが見えない今、延長に延長を重ねるのであろうことが透けて見えるから。

神経も疲弊しているからか、私が取材で行列に向けてカメラを構えると、自身が撮られると思うのだろう。「何を撮ってる。カメラを壊してやろうか。おまけに中国人だな」とののしられることもあった。この状況で溜まっていく鬱屈した思いや怒りのはけ口をどこかに求めているのだろうと思うから腹も立たないが、その一方で「(カメラを向けられるのは)確かに愉快じゃないのは解るけど、その最後の発言はいけないわね。そのこととは関係ないでしょ」と傍らでたしなめる余裕のある人もいるのが救いだった。

1mあけて並ぶ人今は閉鎖#6

(ロックダウン直後はマルシェも開いていて、入店制限などから1m以上の間隔を開けて並んでいたが、いまはこのマルシェも閉鎖された)

木箱&野菜ラップ#6

(上のマルシェでは、各店舗の周りに木箱が1m間隔で配置され、人同士が接近しないよう配慮されていた。野菜の周りに巻かれたラップのようなものも、以前はなかった措置)

が、こうした生活も3週間を過ぎると人々も長期戦に向けて腹が据わっていく。各自思い思いにそれでもできるだけ毎日を充実させようとしているのがわかる。この機会に断捨離に取りかかる人、趣味に没頭する人、家族水入らずの時を過ごしている人・・・。

またそうした気持ちを前向きに保つのに、特に食生活のバックアップのシステムが整う早さには驚かされる。例えば私も食材を買うのに週3回は利用するマルシェ(市場)は原則封鎖(例えば小さな村で、村に一軒もスーパーがない地域のマルシェは開いている)されているが、そのマルシェに出店していたお肉屋さんの店主がネットで注文を取り始めたので試してみると、25ユーロから配達も無料だった。店主自身がトラックで配達に回るという。アパルトマンの前で品物を受け取ろうと下りていくと、マスクに手袋をはめた店主らしき人が、カード決済機にアルコール消毒液をスプレーしているところだった。週に1回注文を取るということなので、次回もお願いしようと思う。 

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(新鮮な卵や肉類。肉類は真空パックにし、万全な状態で配達してくれる)

ほかにも、生鮮食品を扱う市場としては世界最大の卸売り市場である、パリ郊外のランジス市場のオンラインマーケットのサイトが立ち上がった。

ランジス市場といえば、市場面積だけでなく、取扱商品の数量も世界最大級なのでパリの胃袋と呼ばれ、関係者以外が入場するには許可書が必要とされる、普段はなかなか行きづらい市場なのだが、なんとそのランジス市場を150ユーロ以上の買い物ならば送料はタダで利用できるという。ランジスは卸売価格なのでまとめ買いや職場などでの共同購入にとても便利だ。

さらには、通常はレストラン専門に卸す業者が、レストラン封鎖に伴って、個人にも卸す予定をしているそうだ。こうしたサービスの利用は私たちの食生活を充実させるだけでなく、食品廃棄物を出さないことにもつながるから一石二鳥だ。

マスクして犬の散歩#6

(マスクをして犬の散歩に出る人。散歩やジョギングなどの軽い運動は1日に1回、自宅から半径1km、1時間以内に限られる)

とにかく医療現場を崩壊させぬよう、今は利用できるネットサービスを駆使してロックダウンを遵守するしかない。

ネットを利用しずらい高齢者には、若者が代わりに買い物をして届けたりするボランティアも進んでいて、外出申請用紙の要項には「補助や育児への支援を必要とする人の世話」という項目もある。日本ではまだ若者の意識の低さが問題とされているが、私の知る限り、フランスの若者は自分たちが感染すれば、その先に高齢者や持病のある人を重症化させる可能性があることを充分に意識している

郵便物張り紙#6

(郵便物の収集も水、木、金曜日の13時に1回だけ、という張り紙)

ロックダウンの翌日には学校のネット授業が始まった16歳の私の娘は、春休みに突入し、ネット授業もなくなった今でもアパルトマンの中庭以外、一歩も外へ出ていないし、彼女の友人たちもそうしているようだ。自分が一番免疫力が高いからと、必要最小限の買い物に率先して行ってくれる息子も、その買い物と、中庭でサッカーのドリブルやリフティングをする以外、外には出ない。

オペラ界隈

(銀行や証券取引所などがあるオペラ界隈も人の姿はない)

人影ないメトロ#6

(いまやメトロにもほとんど人影がない)

4月3日にブランケール教育相が会見し、バカロレア(高校の修了証書兼大学入学資格試験)は休校前までのテストなど平常点によって採点されると発表した。

バカロレアのフランス語口頭試験だけは、休校が解除されれば6月末から7月初めに実施される予定だそうだが、つまり、平常点が芳しくなく、バカロレアに賭けて準備してきた高校2、3年生に大きな打撃を与えることになる。そして今年そのバカロレアやブルヴェ(中学校卒業時の修了資格試験)を受ける生徒の数は210万人にのぼるという。若者は感染したって軽症で済むさ、などと軽んじることなく、外へ出ずに猛勉強している若者たち、またその背中を見ている親御さんの気持ちは想像に難くなく、その悲痛さを想う。

フランスを含めたヨーロッパ各国で、医療現場の最前線で戦ってくれている方々への感謝と敬意を示すため、窓を開けてバルコニーなどに出て拍手をする光景はメディアでも何度か紹介されているが、フランスでは20時に行われるその習慣は今も続いている。始まった当初は私も、夜景の中に窓際に立つ人々と拍手を合わせていたが、今は夏時間に変わって日も伸びて、20時の空はまだ明るい。

(医療従事者をたたえる拍手)

子供たちのバカロレア問題に加え、ロックダウン後の家庭内暴力がパリでは36%も増加するなど、心が塞ぐニュースは日々入ってくる。20時にバルコニーに立つのは私にとって、医療従事者の方々への感謝を示すだけではなく、違う意味合いをも持つようになってきた。人を思い合うこの気持ちをパリジャンが風化させないよう、祈るような願いに近い。この一体感がある限り、明日をポジティブに乗り越えられる。そう思うのだ。


雨宮塔子宣材 note用サイズ

雨宮塔子 TOKO AMEMIYA(フリーキャスター・エッセイスト)

’93年成城大学文芸学部卒業後、株式会社東京放送(現TBSテレビ)に入社。「どうぶつ奇想天外!」「チューボーですよ!」の初代アシスタントを務めるほか、情報番組やラジオ番組などでも活躍。’99年3月、6年間のアナウンサー生活を経てTBSを退社。単身、フランス・パリに渡り、フランス語、西洋美術史を学ぶ。’16年7月~’19年5月まで「NEWS23」(TBS)のキャスターを務める。同年9月拠点をパリに戻す。現在執筆活動の他、現地の情報などを発信している。趣味はアート鑑賞、映画鑑賞、散歩。2児の母。

※新型コロナウイルスの感染拡大により、今回予定しておりました「ラジ・リ監督の『レ・ミゼラブル』が投げかける現在も残る複雑な社会問題(後編)」につきましては時期を改めて展開させて頂きます。(「ニュースが少しスキになるノート from TBS」スタッフ)