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LGBTQ+〝闘いは続く〟 ~今こそ歩みを進める時

■2年ぶりのプライド・パレード@NY

マンハッタンが、2年ぶりに〝虹色〟に染まった。
ニューヨークで6月27日に行われた「プライド・パレード」。LGBTQ+など性的少数者の権利向上や尊厳を訴えるデモだ。今年のテーマは「The Fight Continues=闘いは続く」とされた。

このパレードは、1969年6月28日に起きた「ストーンウォールの反乱」がきっかけとなって始まった。同性愛者が集うニューヨーク市内のバー、「ストーンウォール・イン」で、警察が不当な弾圧を加え、これに同性愛者が集団で対抗、暴動が数日間続いた。翌年6月に始まったデモ行進が、その後、世界各地での人権運動が始まる原点となった。「反乱」から50年の節目の年だった2019年は、ニューヨークのパレードに、約15万人が参加、街頭には300万人以上が集まり、過去最大の規模となった。取材で立ち会ったが、溢れる人波に驚いたことを覚えている。去年は、新型コロナの影響で中止。今年も、公式イベントは、「オンライン開催」とされたが、市内各所でパレードや集会が行われた。

写真 パレード②

巨大な横断幕に記されたのは、「Dignity!(=尊厳)」。重い言葉だ。白人、黒人、ヒスパニック系、アジア系と多様な人種がパレードのなかに見て取れた。性的少数者の権利擁護は、人種を超えた問題である。
性的少数者が人口に占める割合はどの程度か?
今年2月に行われた米ギャラップ社の世論調査では、米国成人の5.6%が、自らを「LGBT」と認識していると答えている。米国の成人が約2億5千500万人だから単純計算すると、約1428万人になる。また1997年から2002年に生まれた「ジェネレーションZ」では15.9%、「6人に1人」という計算になる。「マイノリティー」とは言え、決して少なくない。

「我々は沈黙しない」

プラカードにあった言葉通り、まさに沈黙せず、50年以上にわたる彼らの行動が社会を徐々に変えてきた。

■レディー・ガガの貢献とは?

影響力が絶大なアーティストによるメッセージも大きい。
その一人、レディー・ガガは長年、この問題に取り組んできた。2011年5月23日に発表した世界的ヒットアルバム『Born This Way』の10周年を記念して、ウエスト・ハリウッド市が今年、5月23日を記念日「Born This Way Day」に制定した。市長は、この楽曲が、「数えきれないほど多くのLGBTQ+の人々が誇りを持って宣言できるということに寄与している」とした。歌詞の一部を抜粋してみる。

Don’t be a drag, just be a queen
Whether you’re broke or evergreen
You’re black, white, beige, chola descent
You’re Lebanese, you’re orient

Whether life’s disabilities
Left you outcast, bullied, or teased
Rejoice and love yourself today
‘Cause baby, you were born this way  

No matter gay, straight, or bi
Lesbian, transgender life
I’m on the right track, baby
I was born to survive

(引きずられる生き方じゃなく、女王になるの
あなたが一文無しでも、金持ちでも
黒い肌でも、白い肌でも、ベージュでも、インディオ系でも
レバノン人でも、東洋人でも

障害を抱えていたり
のけ者にされたり、いじめられたり、からかわれたり
きょうの自分を祝福して、愛して
あなたは、このように生まれたんだから

ゲイだって、ストレートだって、バイセクシャルだって
レズビアンだって、
トランスジェンダーだっておかしくない
これが正しい生き方よ、
生きるために生まれてきた)

ガガは、LGBTQ+などの若者のメンタルヘルスをサポートするNPO活動にも貢献しているという。ちなみに、米国では著名アーティストによる政治的発言は珍しくない。ガガの〝覚悟〟が読み取れたのは、ドキュメンタリー映画『Five Foot Two』(ネットフリックス)での次の発言だ。インタビューは2017年、トランプ政権を念頭に置いた発言とみられる。

「アメリカは、今、窮地に陥ってる。そんなときこそ、私たちが、一表現者として輝くことが大事なの。芸術を歪める力は政府に無い

■バイデン政権が次々と打ち出すLGBTQ+政策

バイデン大統領「プライド月間」演説 (6月25日)

トランプ前政権は、性的少数者の権利擁護には消極的姿勢を取っていた。学校、軍などにおける対応で後退させる施策もあった。民主党のバイデン政権はこれを転換し、重要な政策を次々と打ち出している。
1月、大統領就任の初日に、性的指向や性自認に基づく差別の撤廃を求める大統領令に署名した。また閣僚の一人、運輸長官に、同性愛を公言しているピート・ブティジェッジ氏を指名。3月には、性的少数者の差別を無くすよう教育環境の整備を教育省に求める大統領令にも署名した。

「ホワイトハウスに、〝プライド〟が戻ってきたのです」「プライド月間は、愛の象徴です。自分自身を愛し、愛する人を愛し、この国をより公平で自由で、より公正にするために、十分な愛を持てるということです」

バイデン大統領は、「プライド月間」に合わせて、6月25日、ホワイトハウスで演説した。上記のように語ったあと、南部フロリダ州で、2016年に性的少数者ら49人が死亡する銃乱射事件が起きたナイトクラブを、国の記念施設とする法案に署名した。また、すでに下院で可決されている、性的少数者などへの差別を禁止する「平等法」の早期成立を上院に求めた。連邦政府の全職員の多様性、平等性を向上させるための大統領令にも署名。他にも具体的な施策として、▼住宅都市局:住宅関連における差別から守るための措置▼消費者金融保護局:融資などでの差別を無くす施策▼保健福祉省:医療サービスでの保護▼教育省:学校における差別の禁止など、各省庁で性的少数者の権利擁護に乗り出していることを明らかにした。

写真 在ノルウェー米国大使館

「在ノルウェー米国大使館」(Twitterより)

さらに、バイデン政権は、「平等性」を外交の柱に据えているという。その証として、世界130ヵ国以上の米国大使館で、虹色の旗「プライド・フラッグ」を掲揚したという。米国政府は、この問題で積極的に動き出している。

■米国社会にある根強い差別「取り残されるトランスジェンダー」

写真 パレード③ 遺影掲げる

こうしてバイデン政権が、性的少数者の権利擁護を強く打ち出さなければならないのは、米国社会に、今も差別が根強いからに他ならない。
6月末、マンハッタンを進むプライド・パレードのなかに、白装束の一団が静かに行進していた。前後の参加者とは全く異なる空気が漂う。何を訴えようとしているのか?
手には、白黒で印刷された顔写真。殺害されたトランスジェンダー」の人々のものだった。

写真 アイリス・サントスさん

ボードの写真はアイリス・サントスさん(22)

その中の一人、アイリス・サントスさん(22)。地元メディアによると、今年4月、テキサス州で、屋外のテーブルに座っていたところを、突然銃で撃たれ、死亡したという。サントスさんは、トランスジェンダー故に、高校時代から差別や暴力を受けていた。警察当局は、トランスジェンダーが殺害の要因かどうか断定していないが、テキサス州は、過去5年間で、トランスジェンダーの人々にとって、〝死の震源地〟になっていると指摘されているという。サントスさんの後にも犠牲者が続いた。
この問題に取り組む米NPO団体ヒューマン・ライツ・キャンペーンによると、全米で今年だけで、29人のトランスジェンダーが銃などで殺害されている。去年は1年間で44人だった。殺人事件は、暴力における氷山の一角だろう。LGBTQ+の人々へのヘイトクライム(憎悪犯罪)も著しく増加していると指摘される。また全米の州議会では、250以上の「反LGBTQ」の内容を含んだ法案が検討されており、そのうち120以上の法案が、トランスジェンダーの人々を直接、標的にしているという。

「私たちの文化では、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアルの人たちは、トランスジェンダーの人たちよりも、はるかに受け入れられています」「いま、社会のなかで、特にトランスジェンダーの女性は、安全ではないのです

ニューヨーク市ブルックリンの高齢者施設の一室で、トランスジェンダーのリジ・ダフさん(当時74)は、身の安全に不安を抱いていた。取材した一昨年も、トランスジェンダーの女性殺害事件が相次いでいた。

写真 リジ ダフさん

ダフさんは、50代まで男性として人生を送った。女性と結婚し、父親として、娘と息子を育てている。仕事は大工。一時期、日本にも滞在していたという。ところが、59歳という年齢になった後のある日、自分が「女性」だと気づいた。「自分の髪をとかしていた時、女性であることを感じ始めたのです。それが始まりで、だんだんと激しくなっていきました」。6年前には周囲に、「女性になる」とカミングアウト。女性の服装を始めると、全く面識のない人々から暴力を受けたという。一時住んでいたシアトルでは、ある日、若い男達に囲まれ、睨まれ、卑猥な言葉を投げかけられたうえ、唾を吐かれたという。またコロラドでは身体的な暴行まで受けた。借りていたアパートから立ち退きも迫られたという。ダフさんは、インタビューのなかで何度も「安全が第一」と繰り返した。それだけ危機感があったのだろう。そして、私にこう問いかけた。

「アメリカでは、トランスジェンダーの、ほぼ2人に1人が自殺を試みていることをご存知ですか?」「トランスジェンダーの人たちは取り残されているのです


■追い詰められるLGBTQ+ 日本は?

NPO団体トレバー・プロジェクトによる最新の調査によると、LGBTQの若者の42%が過去1年の間に自殺をしようと真剣に考えたことがあると回答。トランスジェンダーの人に限ると52%となっている。さらに過去2週間に、特定の状況に限定されない、理由の定まらない不安や心配が続く、「全般性不安障害の症状を経験したトランスジェンダーは77%にのぼるという。
「反LGBT」を掲げる団体も多数活動を続ける。人権団体のSPLC(南部貧困法律センター)によると、米国の反LGBTQ団体は、誹謗中傷をはじめとする様々な戦略を採用。こうした団体のリーダーらは、LGBTQの人々を、最も下品な形で罵倒しているという。
米国では、性的少数者に対する社会の理解や政府の取り組みが進んできてもなお、こうした深刻な実態が続いている。だからこそ、今年のプライド・パレードのテーマは、「闘いは続く」だったのだ。

日本では、「性的少数者に対する理解増進を計るための法案」の国会提出が見送りとなったと報じられた。世界的に見ても、性的少数者をめぐる日本の法整備は遅れていると指摘される。OECD=経済協力開発機構が発表した法整備ランキングによると、日本は35カ国中、ワースト2位だった。日本の実情を鑑みて議論を深めるべき論点もあるだろう。だが、これまで、日本の性的少数者が置かれてきた状況を踏まえれば、これ以上、先送りは許されないと言わざるを得ない。今こそ、差別禁止に向けて、歩みを進めるべき時だ。

最後に、オリンピック憲章にある「オリンピズムの根本原則」から引用しておきたい。

「6. このオリンピック憲章の定める権利および自由は、人種、肌の色、性別、性的指向、言語、宗教、政治的またはその他の意見、 国あるいは社会的な出身、財産、出自やその他の身分などの理由による、いかなる種類の差別も受けることなく、確実に享受されなければならない」


萩原 顔写真サイズ小

ニューヨーク支局長 萩原豊

社会部・「報道特集」・「筑紫哲也NEWS23」・ロンドン支局長・社会部デスク・「NEWS23」編集長・外信部デスクなどを経て現職。アフリカなど海外40ヵ国以上を取材。