見出し画像

雨宮塔子のパリ通信#4 ラジ・リ監督の「レ・ミゼラブル」が投げかける現在も残る複雑な社会問題(前編)

まもなく日本で公開される、ラジ・リ監督の「レ・ミゼラブル」。本国フランスで公開されて以来、先日米アカデミー賞で四冠に輝いた「パラサイト」に次いでメディアから持続的に高い評価を得ている。

このnoteで映画の宣伝をするつもりはなかった。が、映画の内容もさることながら、その複雑な問題の投げかけ方に、メディアに携わる者として、自分もこうでありたい、いや、こうでなければ伝える資格がないのだと改めて思った。

舞台となったパリの北に位置するモンフェルメイユは、ヴィクトル・ユゴーの「レ・ミゼラブル」の舞台となった街でもある。今現在は多民族社会フランスを象徴するような多国籍の移民や低所得者が多く住み、パリ郊外の犯罪多発地区の一部とされている。

画像3

写真:パリ市内。警察車両が並び緊張感が漂う。

この街の犯罪防止班に警官のステファンが新たに配属された日から物語は始まる。物語と言っても、このモンフェルメイユに幼少の頃から現在も暮らしているラジ・リ監督自身が実際に体験してきた出来事に基づいている。

低所得者用のボスケ団地に住まう黒人の少年たち、ムスリム同胞団と麻薬売人グループの軋轢、ロマのサーカス団のライオンを黒人少年が盗んだことで高まる黒人とロマの緊迫状態・・・。

画像6

写真:郊外のとある低所得者層用団地。

何より衝撃的なのが、ステファンが組むことになった警官の態度だ。黒人の女子高生に人種差別的でセクハラまがいの尋問や恫喝を平然と行う姿に同じ年頃の娘を持つ私としては体が震えるほどの嫌悪感を覚える。

その警官がステファンのもうひとりの同僚の犯した致命的な失態を隠蔽しようとするところから事態は取り返しのつかない方向へと進んでいく。

画像6

写真:郊外のとあるカフェ。窓ガラスが割られている。

この地に40年近く住み続け、「初めて警官に職務質問されたのが10歳の時だった」というラジ・リ監督は、恐らく少年の頃からこの地域の若者と警官の間の緊張状態の中に身を置いてきた。中でも特筆すべきはモンフェルメイユの隣町、クリシー・ス・ボワ市で2005年の10月にサッカーから帰宅途中の少年たちが警官の“狩り込み”によって変電所の敷地内に逃げ込んだことから二人の少年が感電死した事件だ。フランス全土に3週間に亘って都市暴力を引き起こし、政府を危機に陥れたこの事件は当時25歳だった監督に一年間自分の住む街を撮影することを決意させた。

画像4

写真:パリ市内。抗議デモのなか警官が配置されている

あれから10年経った2015年、少年二人が変電所内に逃げ込んだことを知っていながら感電を防ごうとしなかったとして刑事責任を問われていた警官二人は無罪判決を受けている。

郊外の子供たちは彼らの苦情や怒りがどこにも届かないことを知っているから警察署には行かないという監督の言葉が重く響く。正義に訴えられないから、リアクションを示せる唯一の手段が暴力になってしまうのを監督はこのモンフェルメイユでつぶさに見てきたのだ。

画像5

写真:パリ市内を歩いているとこのような光景が見られることも。

それでも監督は警官を糾弾する演出法をとらない。なぜなら、「警官の多くは十分な教育を受けていません。彼ら自身も同じ地域で、厳しい環境の中で暮らしている(略)」から。「現実はいつも複雑で、どちらの立場にも善と悪がある」から。「ミゼラブル」はここに暮らす若者でもあり、警官でもある―。若者と警官の相互不信と反目に、人種差別による社会的屈辱感や排除、孤立といった不条理に誰よりも生きてきたのに、あくまで公平な視点で投げかけられる真実はただただ圧倒的だ。

この映画を見てマクロン大統領も衝撃を受けたようで、日本版のパンフレットには「自国が抱える問題をリアルに描いた本作に反応し、政府に『映画の舞台となった地域の生活条件を改善するためのアイデアを直ちに見つけて行動を起こす』よう求めた」というエピソードが紹介されている。

大統領が腰を上げたのは喜ぶべきニュースなのかもしれないが、そこに“今更”の違和感を覚えるのは私だけだろうか。次号はその辺りに触れてみたい。


雨宮塔子宣材 note用サイズ

雨宮塔子 TOKO AMEMIYA(フリーキャスター・エッセイスト)

’93年成城大学文芸学部卒業後、株式会社東京放送(現TBSテレビ)に入社。「どうぶつ奇想天外!」「チューボーですよ!」の初代アシスタントを務めるほか、情報番組やラジオ番組などでも活躍。’99年3月、6年間のアナウンサー生活を経てTBSを退社。単身、フランス・パリに渡り、フランス語、西洋美術史を学ぶ。’16年7月~’19年5月まで「NEWS23」(TBS)のキャスターを務める。同年9月拠点をパリに戻す。今後は執筆活動の他、現地の情報などを発信していく予定。趣味はアート鑑賞、映画鑑賞、散歩。2児の母。