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ウソや煽動的な情報の拡散をどう防ぐ?

■建国の父が「言論の自由」を制約 なぜ?

ニューヨークに赴任して、二度目の冬だが、今年は雪が多い。セントラルパークも白銀に染まる。その一角に、ひっそりと立つ像がある。

写真 ハミルトン像 セントラルパーク

米国建国の父の一人、アレクサンダー・ハミルトン(1755―1804)。カリブ海から移民として米本土に渡ったあと、貧困から抜け出し、独立戦争に身を投じた。ワシントン大統領のもと、初代財務長官となり、「連邦派=フェデラリスト」の指導者として影響力を持った人物である。憲法制定会議を提案、新政府で経済・外交を担い、最後は政敵と対立し決闘死した。その波乱に満ちた生涯は、ミュージカルでも描かれ、米国の優れた演劇に与えられるトニー賞を11部門で受賞している。

写真 ミュージカル「ハミルトン」

(ミュージカル「Hamilton」)

歴史を少し紐解けば、当時、ハミルトンが打ち出す政策などをめぐって、政界や世論は、「連邦派」と「共和派」に二分され、激しい党派対立があったという。それぞれの派は、自分たちの意見を支持する機関紙を創刊。多くの新聞が政党や選挙運動と手を結んでいた。「党派的報道の時代」とも呼ばれる。米国は、国外からはフランスからの内政干渉、国内では反政府破壊活動も相次いでいた。国難とも言えるなか、ハミルトンらの連邦派は、共和派を支持する新聞や出版が、反政府活動を煽動していると見ていた。
これを抑えこもうと、連邦派は規制に乗り出す。1798年、「外国人治安諸法」と総称される4本の法律を成立させた。その1本に治安法(Sedition Act)がある。そのセクション2で、下記の行為などを「違法」と定めた。

「合衆国政府や議会、大統領を中傷する目的で、それらに対し、軽蔑や信用の失墜をもたらす目的で、善良な市民の憎悪の対象となるよう煽動する目的で、暴動を起す目的で…虚偽、誹謗、悪意のある文書を執筆し、出版し、公表すること

この法律に基づき、共和派の理念に共感していたジャーナリストや編集者が20人以上起訴されたという。だが、「言論の自由」を制約する治安法への反発は強く、2年後、共和派のトーマス・ジェファーソンが大統領選に勝利し、治安法は廃止された。

激しい党派対立、党派的報道、国内での破壊行為…。220年も前の歴史だが、今の米国の姿と重なる部分がある。
トランプ前大統領は、「選挙の不正」をツイッターや演説で繰り返し主張した。濃淡はあるが、これに同調する右派メディア(FOXニュースやOAN、NEWSMAXなど)や数々のウエブメディア、SNSから、〝ウソやデマ、暴力を煽動する情報〟が拡散された。これが1月6日の議事堂襲撃へとつながった。さらに全米で暴力的な抗議活動が警戒され、大統領就任式の警備強化のため、州兵2万5千人が派遣されるという異常な事態にまで陥った。

トランプ氏がホワイトハウスを去った今、米国で大きな課題となっているのが、ウソや煽動的な情報の拡散をどう防ぐのか。さらに踏み込めば、〝現代版・治安法〟とも言える法規制は可能なのか、という問いだ。


■「ウソの拡散」でFOXニュースを提訴 

写真 FOXニュース外観

マンハッタンの中心地、6番街にあるFOXニュース本社。オピニオン番組を中心に、トランプ氏を支持する姿勢を取ってきた、右派の24時間ニュースチャンネルである。選挙期間中、ビルの看板に掲げられていたのは「民主主義・2020」の文字。だが、大統領選後は、トランプ氏や支持者の主張を取り上げる形で、「選挙の不正」を繰り返し報じた。民主主義を、むしろ傷つけてきたと言えるだろう。
そのFOXニュースなどが2月、「虚偽の情報を報じた」として訴えられた。提訴したのは、投票の集計システム大手、スマートマティック社。損害賠償の額は、合わせて27億ドル、日本円にして、およそ2850億円にのぼる。276ページに及ぶ訴状には、FOXニュースが同社について、「誤った情報」をどう報じたのか、詳細が記されている。例えば、11月15日の番組で、トランプ陣営で元ニューヨーク市長のジュリアーニ弁護士へのインタビューが放送された。キャスターが「ある情報源の話では、スマートマティックのシステムには、投票を監視できるようにする『裏口』が仕組まれていることが、理解する上で重要だと聞きました」と言及。これに、ジュリアーニ氏が「私はミシガン州で証明できる。目撃情報もある」などと答えている。インタビューの形だが、集計システムのソフトウエアに「不正」があったことを事実かのように報じたとされる。この他にも、訴状には「集計システムの不正」について繰り返し報じられた放送内容が記されている。スマートマティック社は、本社や弁護士だけでなく、番組のキャスター3人を相手取って訴えている点も注目される。さらにスマートマティック社側は、他の右派メディアへの訴訟も検討しているという。

写真 スマートマティック社訴状

(FOXニュースなど提訴した訴状より)

こうした巨額の訴訟は、今後、誤った情報の拡散を防ぐ、一定の効果はあるだろう。だが同社の弁護士は、CNNの取材に対し、解決までに2年から5年の時間がかかるとして、米国で「いま、誤情報が野放しになっている」と危機感を示している。

選挙戦を通して、ウソやデマの拡散を担った、もう一つのツールがツイッターなどのSNSだ。そのSNSでも対応が続いている。議事堂襲撃事件を契機に、ツイッター社は、トランプ氏のアカウントを永久に停止する措置に踏み切った。FacebookやYouTubeも続いた。さらに極右団体などのアカウントや陰謀論を含むコンテンツを削除した。保守派が集っていたSNSパーラーもアマゾンがクラウドを停止している。民間のプラットフォーム各社が、自社の基準で対応している状況だ。

写真 トランプ氏アカウント凍結

(凍結されたトランプ氏のアカウント)

ツイッター社のネド・セーガルCFOは2月、トランプ氏が大統領選に出馬し、再選されても、アカウント凍結を解除しないと断言している。こうした企業による措置に称賛の声が上がる一方、「言論の自由」への侵害との批判もある。民間企業にはトランプ支持者や極右団体などから圧力が一層高まる懸念もあり、社会が自主的な対応を求め続けることにも限界もあるだろう。

政治ニュースの事実確認をするファクトチェック団体「ポリティファクト」の創設者、ビル・アデール氏は、今回の選挙では、ジャーナリストや専門家による誤情報の指摘などの努力も実らなかったとして、下記のように法規制も含めて政府の取り組みを訴えている。

「誤まった情報の問題を調査し、対処方法について勧告を行う超党派の委員会を発表すべきである。委員会は幅広いアプローチをとり、自主的な業界改革、教育、規制、新法など、考えられる全ての解決策を検討すべきだ」(「THE HIL」)

ドイツのメルケル首相も「法による規制」の必要性を指摘している。


■法規制は「言論の自由」と両立するのか?

ただ、言うまでもなく、これは「言論の自由」の制約が問われる課題だ。今一度、合衆国憲法修正第1条を確認しておきたい。

修正第1条(1791年成立)
連邦議会は、国教を定めまたは自由な宗教活動を禁止する法律、言論または出版の自由を制限する法律、ならびに国民が平穏に集会する権利および苦痛の救済を求めて政府に請願する権利を制限する法律は、これを制定してはならない


「言論と出版の自由」は、神聖なるものとして第1条に書き込まれている。その一方で、ウソやデマ、煽動的な情報は、民主主義を根幹から揺るがしかねない。民主主義を守るために、そうした情報をどう防げばいいのか。米国の政治やメディアの専門家に訊いた。

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(ケイス・ウイッティントン教授)

プリンストン大学政治学部のケイス・ウイッティントン教授は、規制は厳しいという立ち場だ。

「米国憲法の下では、政府がウソや扇動的な言辞を直接、抑制する余地は非常に限られている。政府は、ウソに対抗するために独自の言論を行うことはできるが、禁止しようとすることはできない

一方、コロンビア大学政治学部のロバート・シャピロ前学部長は、FOXニュースへのスマートマティック社による損害賠償提訴のような訴訟の効果を期待した。

「マスコミでは、個人に関するウソは、名誉毀損のルールを緩和することで、おそらく保護できます。誤情報を流した報道機関は損害賠償で訴えられるようになります。それによって、マスコミでは、あからさまにウソをついたものを公表したり放送したりしないことになり、SNSの発信を拒否することができます」

それでも、やはり「言論の自由」との両立の難しさも指摘する。

「人々には言論の自由があり、ウソに反対する方法は、公に、しつこく、ウソを告発することです。民主主義の国ができることには限界があります」「言論の自由は重要ですが、法的な制限もあります。直接、暴力行為を要求したり、直接、危険な結果をもたらしたりする言論について。例えば、混雑した劇場のなかで、『火事だ!』と叫ぶといった古典的な例もあります」

確かに、火事でもないのに「混雑した劇場のなかで『火事だ!』」と叫ぶといった言動に、自由が保障されないのは当然だ。だが、例えば、トランプ氏のツイッター永久凍結につながった2つのツイート、「アメリカの愛国者は、今後も長いこと巨大な声を持つ。決して不当な扱いを受けたり、見下されたりしない。どのような形でも!!!」「自分は就任式に行かない」。この投稿からツイッター社は、「愛国者」が議事堂を襲撃した支持者を意味し、就任式を攻撃の「標的」と示唆し、トランプ氏がさらなる暴力を煽動していると判断したという。このツイートに関しては、議事堂襲撃事件の直後という状況のなかで、一民間企業が追い込まれて判断したと言えるだろう。では、今後、特定の言動に関して、何がウソで、何が煽動的なのか、誰がどのような基準で判断するのか。時の政権が、不都合な言論を恣意的に封じ込める懸念はないか。法規制と「言論の自由」は両立するのか

写真 ジョナサン・ピーターズ准教授

(ジョナサン・ピーターズ准教授)

通信関連の法制度に詳しい、ジョージア大学のジャーナリズム・マスコミ学部ジョナサン・ピーターズ准教授は、米国では、誤まった情報を一般的に制限する法律を制定することは難しい、としたうえで、こう解説した。

「裁判では、表現の自由を十分に行使できるように、特に公共の関心事に関連していれば、虚偽であったとしても保護されるとしています。その結果、事実についての虚偽の表現には、憲法修正第1条の例外はありません。別の言い方をすれば、憲法修正第1条は、名誉毀損や詐欺のように認識可能な実害をもたらすものでない限り、虚偽の言動でも保護しているのです」

ピーターズ准教授は、法規制の可能性を探りつつも、「違憲」になると見ている。

「誤まった情報を広く制限する法律は、内容に基づいた法律になります。つまり、メッセージに基づいて言論を規制するものであり、厳格審査と呼ばれる司法基準の審査を受けることになります。これは最も厳しい審査の形です。内容に基づいた法律は、違憲とされるでしょう。ただ、やむを得えず国益のために、法律が狭義に制定されていることを政府が証明した場合にのみ支持される可能性はあります。そうは言っても、ほとんどの、内容に基づく法律は、仕立てが不十分であるという理由で取り消されます」

写真 タイムズスクエア 反トランプ集会

写真 裸のカウボーイと議論

1月上旬、タイムズスクエアで開かれた反トランプ集会。ここに、ニューヨーク名物となっているパフォーマー「裸のカウボーイ」が現れた。ギターにはトランプ氏のステッカーを貼っている。すると「トランプ支持」という彼と参加者が言い争いとなった。このような党派の対立が、いつでも表面化するような緊張感が米国社会に漂っていた。わずか1ヶ月前だが、当時と比較すると、今は、ある種の〝静寂〟を感じる。多い日には100以上のツイートを発信していたトランプ前大統領。敗北が確定した後も、「自分は選挙に勝った」「票が盗まれた」など、現職の大統領とは思えない言動が、米国社会を激しく揺さぶり続けていたと言える。だが、今は、表面上の静寂に過ぎないだろう。トランプ氏自身は、議会での弾劾裁判が進むなか発言を控えていたが、暗号化されたSNSのテレグラムやシグナルなどでは、トランプ支持者や陰謀論者たちの発信は続いている。「3月4日にトランプ氏が大統領再就任」などというデマも飛び交う。議会での弾劾裁判によるトランプ氏の無罪は、再び、支持者たちの動きを活性化させる可能性も高い。

写真 米メディアのチャート

米メディア監視機関アド・フロンテスが、全米300近い「メディア」の「バイアス」を判定したチャート図を発表している。横軸を左派―右派、縦軸を信頼性として、各メディアを配置すると、AP、ロイター通信を「中立・信頼性あり」の山の頂点に、左右に広がりを見せる形となっている。図からは、左右を問わず、不正確な情報を流すメディアが存在することがわかる。つまり、右下、左下の隅に近いほど、極端な党派性を持ち、事実に極めて不誠実な「メディア」と言える。グレーの小さな点も含めて、その数からも、内容に基づく規制が極めて難しいことがわかる。

ウソやデマは、刺激的な内容が多く拡散しやすい。また同じ意見を持つ人たちだけの空間では、煽動的な情報は、より過激になるとも指摘される。影響力のある政治家の言動は、それを加速化させるだろう。では、どうすればいいのか。ジョージア大学のピーターズ准教授は、ジャーナリストの倫理に期待する。「私はプロのジャーナリストの報道を信頼していますが、現在のメディア環境では、誤まった情報の問題に対して多くの対応が求められています。自分たちの原則に忠実でなければなりません。ジャーナリズムの第一の義務は、真実に対するものであり、その最高の忠誠心は国民に対するものなのです」。プリンストン大学のウイッティントン教授は、政治家の責任をこう指摘した。「政治指導者には、こうした誤報に加担しないようにする、より広範な責任があります。責任ある政治指導者は、政治的言動を引きずり下ろそうとするのではなく、政治的言動を高みに導くようにするべきなのです」。

かつてハミルトンは、政府を守ろうと「言論の自由」を制約したが、失敗に終わった。〝現代版・治安法〟の制定も、危うく、困難と言える。米大統領選を通じて学ぶべきは、言論の「封じ込め」ではなく、ウソや煽動的な情報の拡散にも耐えうる、強い民主主義を作る努力が必要だということだろう。


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ニューヨーク支局長 萩原豊

社会部・「報道特集」・「筑紫哲也NEWS23」・ロンドン支局長・社会部デスク・「NEWS23」編集長・外信部デスクなどを経て現職。アフリカなど海外40ヵ国以上を取材。

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