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【書評】日本語の壁に開かれた窓【ガメ・オベールの日本語練習帳】

日本語ではわからない世界がある、ということを最初に感じたのはいつのころだっただろう。

それは11歳で地元の集団旅行で韓国に渡って向こうの少年たちと会ったときだったかもしれないし、中学校で英語圏からやってきたELTと喋ったときだったかもしれない。あるいは、もっと最近で、大学生の頃にモスクワの半地下の劇場で、薄暗い舞台の上に街灯のように現れる俳優たちが演じた『かもめ』を観たときかもしれない。

これだと確信を持てる瞬間は、2016年に、日本の社会に壁を感じて、ワーキングホリデーが可能な国として挙げられていたニュージーランドを調べていて行き当たった、ヘンテコなブログを見つけたときだった。

そこに、ガメ・オベールーー本書の著者ジェームズ・フィッツロイはいた。

この本は今時めずらしいブログの書籍化で、2020年の中頃まで在った同名ブログからの記事選集になる。
ブログ発エッセイ本は、それこそかつてはいくつかあったジャンルだが、流行の移り変わりもあって今や「懐かしい」といえるジャンルの一つとなっている。

性差別や貧困、日本文学、歴史などさまざまな記事を掲載する本書は、その端々に著者の透徹した文明観が現れる特異なエッセイ集だ。
ジェームズ・フィッツロイは、英語圏で育った人間としてーーしかし義理叔父の日本語蔵書を耽読するほど堪能な日本語能力を持つ人として、目をこらして耳をそばだてて日本という国を理解しようとする。
そこで彼が見たのは、1970年代を境として変容した酷薄な社会だった。

書評という意味では脱線するが、著者と、このブログに何度も行われたハラスメント行為について書かないわけにはいかない。彼は英語圏でのことや自身の出来事を書くたびに、「そんなことあるわけない」とか、「うそだ」とか、ながったらしい嘲りの言葉が投げ掛けられてきた。筆者が著者(当時はまだブログ名にもあるガメ・オベールというHNを使っていた)を知った頃も、Twitterで盛んに彼を嘘つき扱いするひとがいて、それは今も変わっていない。非難する人々が作った彼のあだ名は、「ニセガイジン」だった。
日本語世界の業の深いところは、彼ら難癖屋は自分達のことを弱者の見方であるリベラルを自称していて、それを容認する人が多いことだった。
「人間性は置いといて、言ってることは正しいじゃない」
この矛盾に怒るのが、ガメ・オベールというひとだった。

著者にとって言語がその哲学の根底あることは第三部に収録されている「デーセテーシタレトルオメン」を読めばわかる。
彼は義理叔父の失敗談やラフカディオ・ハーンとその妻小泉セツが独特の日本語を使って会話し物語を紡いだことを例えに、言語の道具化の愚かさを明らかにする。自身の認識そのものをひっくり返したハーンとセツの「ヘルンさん語」による応答は、胸を打つと共に言語の美しさを支えるのが言語以外のものであることを思い出させてくれる。

先述したように日本語世界で「敵」を作ることの多かった著者だが、味方もそれなりにいた。このブログが元で外国に出た人や、大学教授、作家。そして息苦しい生活のなかでそっと息をつくために読み漁る普通の人々。この本も、あとがきによれば、出版社の熱心な編集者が企画を作ったという。著者自身は、「ニセガイジン」の風評がある人物の本なんて出るのだろうか、と懐疑していた。そして実際、本はこうして世に出ている。

記事にひけを取らない素晴らしい読者がいたことは、今なきブログのコメント欄でよくわかった。この「日本語練習帳」には、時折だれそれに宛てた手紙、と題して一記事丸々私信のようなエッセイが載った。

本書は、同名ブログがひっそりと開いた日本語世界の窓を世に残す試みだった。日本語では知ることが出来ない向こう側を少しだけ覗かせ、なかなか知ることのない「声なき声」を少しだけ照らし出す窓。これはその名残だ。

蛇足になるが、個人的には、堀川正美についての記事が撰から漏れていたことが残念でならない。

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