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茶碗の女

  名もなき私と「取る男」マカッヤは、あるものを探していた。場所はサヴ島、南東の海岸近く。

「この辺で、焼き物作ってませんか?」

*前の記事「椰子に登る男、液糖を作る女」からお読みいただけるとわかりやすいです。https://note.mu/tayu/n/n29bf4a1deb8b

***

 サヴ島を訪れる以前、サヴ人の女性と結婚した日本人男性Mさんから、サヴ島の焼き物の写真を見せてもらい、その素朴な可愛さに惹かれた。素焼きの茶碗のような器に、ささっと描かれた花柄の模様。「カフェオレ・ボウルとかにしたら、めっちゃ可愛いやん」とサヴ島に行ったら、手に入れたい、と思っていた。サヴ人のマカッヤに話すと、「昔、サヴ島で暮らしていたとき、女性らが焼き物を担ぎ歩くのを見た。リアエのあたりだ」と言う。
 この大雑把な幼少期の記憶を基に、私とマカッヤは、茶碗を探し求めていた。この日は、地元NGOで働くYPらがエイアダ村に用事があるというので、ついて行った。村長に聞いたところによると、

「この辺で作ってるけど、あっちの方だよ」

 と、海岸線沿いではなく、小高い内陸部を指差した。ほな、次「あっちの方」探してみよか〜。とのん気に構える。

 ところが問題発生。サヴ島ガソリン枯渇危機だ。サヴ島ではガソリンが貴重で、普段から州都クパン(ティモール島)の2〜3倍の値段で売られている。いわゆる「ガソリンスタンド」はなく、道路脇で、瓶につめたガソリンが売られている。ドラム缶にガソリンをつめた販売所もある。ガソリン自体が手に入らない可能性は考えていなかった。これは、少しも無駄にできない! ということで、先述のMさんに連絡を取る。

「あの〜Mさん、あの例の茶碗、どこで手に入れましたか?今、サヴ島にいるんですけど」

「ちょっと、かみさんに聞いてみますね」

数10分後、

「サヴ・リアエ郡のコタ・ハウ村だそうです。その集落では焼き物やってる人が多いので、誰かに聞いたら知ってる人は必ずいるだろうと」

「おお、ありがとうございます!」

「サヴ島、ガソリンが不足気味で大変だろうけど、がんばれ!」

と、有力情報と励ましの言葉をいただく。

 コタ・ハウ村、すなわち「サヴの町」(現在の行政区画では村)。サヴ語ではサヴ(英語Savu、インドネシア語Sabu/Sawu)はハウ(Hawu)と発音される。なんだか、工芸品がありそうな名前やないか、と焼き物職人が釜に火を焚べ、器を焼く姿を想像してみる。

 ガソリン販売所で、ドラム缶を揺すって最後の一滴まで入れてもらったバイクをコタ・ハウ村へと走らせる。到着した村は緑が少なく、目に入る色のほとんどは土の茶色、石や岩などの灰色だった。最初に見かけた男性数人に、どこで焼き物を作っているかと尋ねると、「今はもう雨季が始まったから作ってないよ」と、噛みタバコをくわえた男が答える。そんな!せっかくサヴ島まで来て手に入らないのは悔しい。「工房だけでも見られないですかね?職人さんはどこにいらっしゃるんでしょう?」と私。もちろん、工房に1個や2個あるやろ〜、という思惑あり。今度は、別の男が「この親父が作ってるんだよ」と噛みタバコの男を指差す。すると「家にあるやつ見せてあげる。取ってくるわ」と、噛みタバコの男が歩き出した。なんと、あっさり見つかった! と拍子抜けしつつ、男のあとを追う。

 高床式の伝統家屋の中から、「家で使ってるやつだけど」と噛みタバコの男、ロベルト・キレ・リペさん(以下ロベルト)が、大小さまざまな茶碗のほか、蓋付きの鉢、紐付きの鉢などを、ぽんぽんっと出してくれた。

 「アドゥー!チャンティック スカリ(わあー!めっちゃ可愛い、という意のインドネシア語)」と繰り返す、私。写真で見た花柄はないが、何やら意味ありげな幾何学模様がさらさらと描かれている。花柄より好みだ。ロベルトさんに「この模様の意味はなんですか?」と興奮気味に尋ねてみると「知らない。先祖代々、その柄を描いてるんだよ」とあっさり。「ええ〜!なんかこう、雷とか太陽とか、豊作を願って、とかないんですか。ほら、なんだかこの三角が星みたい!」と食いさがるも、「ううむ。知らない」とロベルトさん。代々作っているうちに、意味が忘れられてしまったのだろうか、それともよそ者には簡単に教えてはいけないのだろうか。はたまた、特に意味はないのか? では、作り方はどうだろうと「工房はどこですか?どこで作ってるんですか」と尋ねてみると「そこだよ。そこで焼くの」と家の5メートルほど前の空き地を指差す。当然、釜で焼くものだと思い込んでいた私は驚く。

 作り方はシンプル。海砂を混ぜた粘土で形を作り、模様を描き、1〜2日干す。その後、家の前の空き地に燃料となる馬や水牛の糞を敷きつめ、その上に器を並べる。2つの器の口を合わせるように並べ、一度に焼く量は20〜50ほどだ。器を並べた上に、さらに糞を重ね、火をつける。一晩焼いたら完成。燃料にする糞はよく乾いたものでないといけない。なるほど、だから乾季にしか作らないのか。燃料に薪を使ってみたこともあるが、器が割れてしまってだめだったそうだ。

 「乾季には、作ったらセバ(北部の港がある町)まで売りに行くよ」とロベルトさん。バイクに載せてガチャガチャと運ぶそうだ。茶碗型のものは、大2万ルピア(約170円)、小1万5000ルピア(約127円)。

 「これ好きです...売ってもらえませんか?」と「三角が星みたい」な茶碗を手に取る。「使いかけだけど、それでいいなら」とロベルトさん。うん、確かにサンバル(唐辛子を使った辛いソース)が残ってますね。さらに、もう1つ小さなものを購入。すると、ロベルトさん、家の中をごそごそし「これも持ってきなよ」と、さらに茶碗1つと蓋と紐の付いた小鉢をくれた。

 目当ての茶碗、それも3つ。さらに小鉢も手に入れ、大満足だ。しかし、作っているところを見てみたかった。過去には、欧米人の女性が作り方を見に来たことがあるそうだ。すると、「たゆも、来年、見に来たらいいよ。一から見ないと」とマカッヤ。「うん、いいよ」とロベルトさん。さらに、「名前は「たゆ」だよ。覚えておいて...そうだ!サヴ名、まだなかったな!ナカッバ/na kab'baにしよう。覚えやすいでしょ。ねえ、ロベルトさん」と続けるマカッヤ。意味を聞くと、naは「女」を意味するinaから、kab'baは茶碗型の焼き物"kab'ba rai"からだという。"kab'ba"が「茶碗」、"rai"が「土」。いやいや、ちょっと待て、マカッヤ。この茶碗はとても気に入ってるけど、「茶碗の女」はない。まるで、ごはん大好き大食感女みたいじゃないか。せっかくのサヴ名、もっと可愛らしいのがいい。と、抗議したかったが、「うん。それいいな。ナカッバ」とロベルトさん、あっさり。せっかく授けられた名前、受け入れるしかない、か。

 こうして、名もなき女は「茶碗の女」となったのだった。茶碗を洗って、水を飲んでみると、口にあたる焼き物の触感が心地よく、不思議な味がした。...サンバルの風味だ。カフェオレ・ボウルには、まだ、なっていない。

PHOTO:Alfred.W.Djami


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