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「熱血硬派くにおくん」

ステージ 1
(話が長くなってしまったので数話にわけています。)

「んざけんじゃねぇぞ!コノヤロー!」

1987年 夏 その年は近年稀にみる猛暑が日本列島を襲い各地で熱中症が猛威を奮っていた。水不足による影響でプールが閉鎖されるほどではなかったがとにかく暑かったのは今でも記憶に残っている。当時11歳だった私はまだまだワンパクで幼さの残る小学生。朝からけたたましいアブラゼミの合唱にうんざりしながら、たまった夏休みの宿題を消化するのに身も心も疲弊していた。何故こんなにも苦痛を感じながらやらなければならないのかと宿題を出す教育委員会に殺意を覚えながらも漢字という記号を永遠に書き続けていた午前10時、インターホンの呼び出し音が家の中に鳴り響いた。それは学校のチャイムのようにほぼ毎日やってくる救いのアラームであり、本日の宿題はここまでと終わりを告げる福音でもあった。光の速さで鉛筆をしまいノートを閉じた私は、流れるように玄関のドアを開けた。「よっ!遊ぼーぜ!」午前10時の合言葉にYESと答えた私は友人がプールバックを持っていることに気がついた。そうか、今日はプールに行くのか。目的が見えたらやる事は決まっていた。いつでも対応できるように用意されていた大きい巾着型ブルーのプールバックを部屋の壁からぶんどると「プールに行く」と母親に手を差し出した。「ハイハイ」とハンドバックから財布を取り出した母親はプール利用料金プラス100円を差し出した手のひらにのせた。「サンキュー!」と感謝の気持ち10%くらいの返事をすると小銭をズボンのポケットにねじ込みビーサンに足を滑り込ませて玄関のドアを勢いよく開けた。団地4階の階段の踊り場には合言葉をくれた友達の他に2人同じバックを肩から下げた友達がいた。友達は昨日見た8時に集合するコメディの話題を話しながら2段抜かしで階段を駆け抜けていく。それに追いつけ追い越せで3段抜かしで階段を駆け下りる。3段のつもりで飛んだはずが勢い余って4段になり体勢を崩した私は一瞬あせったがそのまま体勢を戻すと黄金のタライが落ちてくるシーンが最高だったと話に参加して友達の同意と笑いを誘った。1階エントランスを風のように駆け抜けると駐輪場にとめてある6段変速ギアを搭載した愛車の鍵を解錠しサイドスタンドを蹴り上げた。ロケットスタートのタイミングがわからずもたついている友達を尻目に私は今日のサブクエストである市営プール目指しペダルを踏み込んだ。連日の猛暑で蜃気楼が見えそうなほど外は熱気に包まれていた。はるか上空から降り注ぐ太陽光線は、我々から水分とスタミナを奪っていく。更にアスファルトで反射し、足元からも容赦なく攻めたてる。ムワっとまとわりつく空気。生温い風。視界に映るものすべてがグニャグニャと曲がって揺れているように見える。を音速で駆け抜けるスーパーカーチャリが掻き分ける。路地から急に飛び出してきた4台のチャリにコラー!危ないだろー!と発狂するオッサンにビビりつつもありもしない妄想スイッチを親指で連打しながらワープ!ワープ!と使えない機能連呼して風になる。数百メートルの目的地には本当にワープしたんじゃないかと思える速さで到着した。途中の障害になる信号は運良くオールグリーンだったのもワープを成功させる要因になっていたのは間違いない。目的の市営プールの駐輪場には既に何台ものスーパーカーチャリが止めらておりその隙間に愛車を並べると後部座席左サイドに搭載した折りたたみ式のアミカゴからバックを引っ張り出しプール受付へと向かう。満面の笑みが逆に不気味に見える厚化粧のオバチャンに入場料を納めると2時間の遊泳権利を与えられる。ここから熱く涼しく刺激的な水中プロレスの火花がきって散るわけだが今回は諸事情により割愛させて頂く。さて、2時間のデスマッチを闘い終えた私たちは今日のメインイベントが開かれる会場へと向かった。市営プールから目視で確認できるほどの距離にその会場はあるが既に複数の小学キッズたちで賑わっているのが確認できた。駄菓子のヨシオカと呼ばれていたそこは町内にある他の駄菓子屋よりも人気があり学区内の聖地でもあったが教育委員会からは最重要危険地域として警告を受けている場所でもあった。それは健康被害待ったナシのカラーリングなお菓子がドンキホーテよろしくと所狭しに陳列されていたり、アフロで咥えタバコのオバチャンが店番をしていたのも要因の1つかもしれないが本当の理由は他にあった。店外に置かれている赤い筐体のガチャガチャやアイスの2ドア冷凍庫から徒歩10歩に入口がある併設されたプレハブ小屋が問題視されていたのだ。そのプレハブ小屋は約10台のビデオゲーム筐体の置かれたプチゲームセンターだったからだ。70年代後期から80年代のゲームセンターは現在のゲームセンターとは雰囲気や佇まいが180度違っていた。今のように明るい店内とは裏腹にカーテンは閉じ照明は消され完全な闇の中にゲーム筐体から発せられる光のみが照明という場所だったのだ。それには明確な理由があるのだが今回のテーマはそこでは無いので(re 更に当時は色々な諸事情により望むような生活が送れなかった若者はその不満や悲しみを吐き出す場所を求めて盗んだバイクで走り出したり、法律で年齢制限のある液体を呑み煙を肺に吸収することで社会に反抗することで抑えきれない感情をコントロールしていた。そんなアウトローでだけど本当はピュアな若者を世間では不良と呼んでいた。社会的マイノリティな不良と呼ばれた人達は独自のコミニティを形成し徒党を組み街を闊歩するのだが絶対的な権力に正面からぶつかって勝てる訳もなくその度に疲弊する事は無駄だと一般的な若者よりも迫害されていただけに明るい場所を避け闇に生きる生活を余儀なくされていた。ゆえにプレハブ小屋という金持ちの息子の離れとして利用されていた箱にたむろして社会に反抗していた。だが、そんな金持ちなど全ての公立小中学校に必ず用意されていたわけでもなく離れと似たような条件がそろったゲームセンターなどはまさに不良のセーフハウスでもあったのだ。特にその駄菓子のヨシオカに併設されたゲームコーナーは管理する大人のオバチャンがアフロ何だかパンチなんだかわからない髪型、垂れた乳が見えそうなよれたキャミソールもちろんノーブラ、極めつけはかなりのチェーンスモーカーで常に咥えタバコで店番する程の強者だったのでそこにたむろする不良たちも逆らえなかった。オバチャンの行動でよく分からない事が1つあったのは駄菓子のゴミカスをポイ捨てするキッズを鬼の形相で怒鳴りちらしさも面倒だという舌打ちをしながらホウキとチリトリで掃除するのたが綺麗になったところに咥えていたタバコを地面に吐き捨て足で揉み消すというルーティンがあった事だろうか。もちろんその吸殻はそのままでブツブツ言いながら店内に戻るという。申し訳ない、話がそれた。そんなまあ不思議な空間はそれでも地域の小学キッズには聖地であり取り揃えられた駄菓子の数は町内随一だった。プールで失った体力を大好きな味で回復するのは全国の小学キッズたちの定番。甘い、塩っぱい、辛い、酸っぱい、などの味はもちろんだが予算に合わせて購入できる金額設定は幅も広く限られた予算の中でどの組み合わせを選択するかを必死に考えた当時の小学キッズは少なくないはず。もちろん手持ちの予算は親の収入や気分などで変動はあったが概ね100円から200円が相場だったように思う。100円か200円とたかが100円の差だがそれは当時のキッズには仕送り頼りの大学生が晩飯が自炊か?外食か?ほどの差を感じていただろう。ただ私は少しその辺のキッズとは思考が違っていた。予算の半分は毎回使用用途が決まっていたのだ。予算の半分と言えばブタの絵が描かれたプラスチック容器にお湯を入れて作るあれや蓋になっているのがガラスの玉になっている炭酸のあれが買えるほどである。国民的アニメのキャラそっくりなキャラを大胆にパッケージにあしらったあらるゆ味のある円柱スナック菓子なら5本は買える。それ程の予算を毎回必ずそこにかけるモノとは何なのか?そう、それはその最重要危険地域のプレハブ小屋の中にあるビデオゲームである。内容によっては数十秒で予算を使い果たすほどのリスクを払ってでも得られる快楽がそのプレハブ小屋にはあったのだ。立て付けの悪い入口のスライド式ドアを3回ほど横にずらすと中からモワッとした熱気と煙と共に目当ての快楽が響き渡る。

「んざけんじゃねーぞ!コノヤロォ!」

突然、軽さの中に独特な重さのある独特な声が叫んだ。私は一瞬ビクッとなって恐る恐る中を覗いたが誰もいない。更に奥に目をやると1人いた。それは母親が水商売をしているデブの友達チャー君だった。その友達は平均予算の5倍ほどの予算を毎回持っているようなやつで贅沢に駄菓子を並べ、とあるゲームをプレイしていた。そのゲームは白い学生服をきた主人公が不良に絡まれて殴られた友人の仇を討ちに行く内容のゲームなのだが、各ステージにいるボスの不良に負けるとボスが捨て台詞をしゃべるのである。ステージは全4面ありそれぞれ個性的で時代をよく捉えたキャラクターが登場しボスの捨て台詞も各ボスで違うというゲームだった。プレハブ小屋に入った瞬間に鳴り響いた叫び声は1面のボス、長ランにボンタン、サラシを巻いた番長の捨て台詞だった。そもそも当時はキャラが音声で台詞をしゃべるゲームは少なく、あっても一瞬「そんな感じの声」をだす程度と言うのが小学キッズだった私の認識だった。その固定観念と学校で危険ダメ絶対行かないでと言われていた場所から予想通りの声が聞こえてきたのだから恐怖しかなかったのは間違いない。そんなスラム街のギャングの巣窟みたいな場所に勇気を振り絞って入っていけたのはリスクを犯してでも得たいモノがあったからだ。近年稀に見る猛暑のプレハブ小屋はサウナ状態で壁の高い位置に取り付けられた扇風機が首を振って熱気を攪拌していた。カーテンの締め切られた窓は少し隙間が開かれていて風が通るとカーテンを揺らしキラキラと太陽光が室内を照らした。私はチャー君を隣の椅子(ビール瓶ケース)にどかしてそのゲームの椅子(瓶コーラのケース)に座ると友達がテーブル筐体の上に広げた駄菓子を許可も得ず開封し口に咥えた。そして50円玉をコインシューターに投入した。

「がんばってねん」

プレハブ小屋に入った時に聞いたデス声とは裏腹に優しくそして甘美でエロい声が聞こえた。因みにこれはネタバレになってしまうがこのゲームに登場する女性キャラクターでこんな応援をしてくれるようなキャラクターは登場しない。バックストーリーに登場キャラクターの彼女などあったのかもしれないがゲーム中に説明はなく筐体のインストカードは操作説明がメインに記されている程度。それでも先に聞こえた不良男の野太いデス声で応援されるよりはやる気をそそるしテンションは確実に上がる。声の主は誰なのか?好奇心旺盛な小学キッズの私に新たなゲーム都市伝説が刻み込まれた。スタートボタンを押すとオープニングムービーが始まった。高校の校門前で紺色の学生服の不良に一方的に殴られ気絶する白い学生服の青年。さっき友達がプレイしていた主人公とは髪型、髪色、顔が全く違う。どちらかと言えば弱そうな優しい顔をしている。そんな一般人をボコボコにした不良たちが達成感を胸に帰ろうとしたその時、今までの声とはまた違った声が筐体から鳴り響いた。

「まてっ!コノヤロウッ!」

最初に聞いたデス声と同じ男の声なのだが、今度の声は何と言うか安心感があり頼りになる男の声というのか、聞いていて気持ちのいい声だった。そして画面にはその声の主と思われる白い学生服の男が帰る不良を追いかけて行く。なるほど。私は一瞬でこのゲームの目的を理解した。恐らくこの主人公は友達がボコボコにされるのを目撃し、その敵討ちをしに行く。そう、この白い学生服を着た不良を操作して、紺色の学生服の不良をギッタギタのボッコボコにするゲームなんだと。昔のゲームで秀逸なのはこーゆー所である。文字による説明は一切ない。台詞も上記の台詞のみ。背景もキャラクターも16ditのドット絵だ。色数も少なく音もショボイ。更に言えばこれはムービーでは無い。デモだ。スタートデモ。今のゲームのようなフルCG、実写を駆使した高詳細に有名声優を起用したナレーションで背景を説明、人気俳優やアイドルが実写顔負けのCGで台詞を喋り、映画なの?これはもう映画なの?という演技で画面いっぱいに動き回る、更にハイレゾ音質のフルオーケストラのBGM、サンプリングバリバリの効果音がこれらのから始まる壮大なストーリーのプロローグを盛大に演出!には程遠い。なのにだ。ほんの数秒の短いデモ。友達に声掛けられそちらを向いたら終わっているくらいのデモなのに、それだけで何をするべきか瞬時に理解できるのだ。チュートリアルなどない。レバーやボタンの説明もゲーム内には一切ない。あるのはインストカードと呼ばれるペラペラの紙が2枚、いや、1枚、むしろ無い場合でさえある。しかし操作がわからなくて何もできずに終わったことはほぼ無い。それらはプレイしたり他人のプレイを見れば直ぐにわかるからである。いつまで待っても本編の始まらないチュートリアルなぞ存在しない。スタートボタンを押し、マバタキしたら見過ごしてしまうデモが終われば即本編スタートである。心の準備はプレイする前にやっておけ!馬鹿野郎!と教官に怒鳴られる勢いである。申し訳ない。少し感情的になってしまった。それではゲーム本編に戻ります。私が主人公を「白い学生服を着た不良」と表現したのは追いかける際の台詞もさることながらその容姿がそう思わせたのである。ボコボコにされた友達と思われるキャラクターは前髪もあり、髪色も茶髪の普通の学生なのだが、ボコボコにした不良を追いかける主人公は当時の不良の定番と言われる髪型、リーゼントだったからに他ならない。しかもかなり大きく描かれており見ただけで不良とわかる容姿だったのだ。ただ、瞳は敵の不良キャラクターとは違う澄んだ瞳をしていた。不良は不良でも正義の不良なのだ。言葉使いは乱暴だが、あのシーンで、待ちなさい君たち!と言われていたら恐らく次にこのゲームをプレイすることはなかっただろう。仮にコイン投入時の悩ましいエロボイスでお待ちなさい!とセーラー服が追いかければそれはそれで高インカム確定だと思うが。さて画面に目を戻そう。舞台は駅のホームに変わり、紺色の学生服の不良たちが主人公を取り囲んでいる。しかも先程のデモよりあきらかに人数が多い。勢いで追いかけてきたが、やはり仲間を誘ってから来るべきだったと後悔するレベルである。小学キッズの私もゲームとはいえ少しブルっとくる。だが、そこは小学キッズ。小学キッズは表向きは小学生と言う立ち位置であるが心の中、頭の中ではいつだって自分は特別で勇者でスーパーヒーローだ。特にゲームは自分で主人公を操作するから漫画やアニメとは比較にならない程の没入感とシンクロニシティを体験できる。頭の中の妄想を具現化するメディアとしては他の追従を許さない。ゆえにこのゲームをプレイしている時の私は完全無欠の正義の不良だったのである。どんなに不利な状況にもひるむことなく突き進む。むしろリスクが大きければ大きい程クリア後の感情は経験したことの無いものになる。脳汁でまくりだ。元々色々なゲームをプレイしていた私はこのゲームの操作も難なく理解した。攻撃にジャンプ。と思いきや、左攻撃、右攻撃。なんじゃこりゃ、なんで、左右の攻撃?ジャンプは?いつもと違う操作方法に不安を感じつつもゲームは進む。迫り来る圧倒的多数のザコ敵をバッタバッタとなぎ倒し、ときおり食らう反撃に、やったな!と心の中で叫びカウンターを食らわせる。気分は少年週刊誌の主人公だった。あんなに沢山いた不良は見る見る赤い星を頭上で回転させて消えていった。戦いの場は先程説明した通り駅のホームである。待てコノヤロウ!と追いかけて駅のホームまで来たのだろうか。不良と言えど未成年の学生。ホンモノのヤクザには遠くおよばない。大人に注意されれば大人しくしたがってしまうものだ。恐らく彼らもこのホームに行き着く前の改札口では駅員に定期券を見せ入場したに違いない。追ってきた主人公もその時ばかりは怒りを落ち着かせ何食わぬ顔で駅員に定期券を提示したはずだ。そのてん現代はNFCカードで駅員が常に何人も改札にいる訳ではないからテンションはそのままに駅のホームに移動できるかもしれない。現代の不良は恵まれているなと思う。説明が遅れたが恐らくこのザコ敵学生のボス、不良学生でいうところの番長はさっきから背景の山の手線かと思わせる緑の電車を入口ドアを閉めさせない位置に立ち待機していた。紺色の学生服はロングコート程の長さに拡張され、ズボンも裾を引きずるほどブカブカだで、極めつけはインナーを来ていない。素肌に学ランを着ているのだ。どういう理由で素肌なのか、暑がりのなのか、私にはわからない機能性があるのか、その理由は謎である。唯一わかるのは、番長は恐らく腸の調子はよくないのであろう。それは白い腹巻から容易に想像できた。牛乳も苦手かもしれない。渋谷のギャルが友達が乗り込む為に数秒ドアを閉じないようにするのとは比較にならない程、下手すれば損害賠償で家庭崩壊が起きるレベルで電車を止めていた番長が次々と倒れていく子分たちに怒りと焦りを感じたのかついに電車を降りた。いよいよ、ステージ最後の戦いが始まろうとしていた。余談だが、この迷惑極まりない不良番長を始め、各ステージのボス、主人公とボコボコの友達、主要キャラクターには全て名前がついている。このゲームが発売された昭和時代なら可能だったかもしれないが令和である現代はコンプライアンスが厳しく個人情報なぞ晒そうものなら既存の司法関係が指摘する前に正義の私用警察に断罪されるのであえて記載していないことはご理解頂けたら幸いである。牛乳はラブしか飲めない番長は子分2人と共に主人公に襲いかかる。当時の不良番長との対決と言えばタイマンだった。タイマンとは1VS1の対決を指しほかの者はそれを邪魔せずに見守るとゆースポーツマンシップに乗っ取ったやり方が主流だったがこのゲームの不良はそんな生温いことはしなかった。子分が少なくなってから出てくるのも主人公に対する情けなのかと思っていたが恐らく単に面倒だったのかもしれない。悪の中の悪。そこにクズも加わり後に引けない番長。牛乳は飲めない。だが、それでも番長である。他の雑魚とは比べ物にならないパワーとスピードは圧倒的で主人公の体力を見る見るうちに削っていく。ある程度の距離を置き、パンチやキックを繰り出す主人公。一進一退の攻防は熾烈さをまし、レバーを握る手には汗がびっしょりになってきたその時、汗で手を滑らし距離を詰められてしまった。その瞬間、まるで吸い込まれるように胸ぐらを掴まれた。

「んざけんじゃねーぞ!コノヤロー!」

お馴染みのデス声がプレハブ小屋に鳴り響く。気づくとプレハブ小屋には私1人しかおらずチャー君が食い散らかした駄菓子の残骸が散乱していた。カーテンの隙間から差し込む太陽光が少しオレンジ色に見えたその時、不意に入口のドアが開いて下界の騒音がプレハブ小屋に鳴り響いた。と、同時に複数の人の声がアハハ!バカヤローとプレハブ小屋に入ってきた。リアル不良中学生だった。一瞬にして背筋が凍りついた。ここは教育委員会からおふれの出ている危険地域。当然、危険地域指定を受けるからには理由がある。そうリアル不良のたまり場だったのだ。今までもリアル不良のランダムエンカウントは何度かあった。しかしどのエンカウントも私は友達とパーティーを組んでいたのでコマンド逃げるを連打して回避していた。時には相手の攻撃が早く逃げ遅れた仲間がカツアゲを食らっているのを見ないフリして逃走した事もある。幸いなことに暴力を振るわれたことは無かったが国民的アニメに登場するいぢめっ子バリの理不尽さはあるにはあった。お前のものはオレのもの。あれは決して漫画やアニメだけの仮想世界でのものでは無いんだと社会の厳しさを知った。余談だがそれから数年後に小学から中学にクラスチェンジする前の長期休み、私は華麗なる中学デビューを決める準備をしていた。当時、イカついドラゴンの刺繍の入った長財布にムラサキやレッドに輝くメタルチェーンをベルトループに装着するのはビギナー不良の最初の1歩になっており、クラスチェンジ後に変形学生服にはまだ手を出せないチキンはこぞって裏ボタンとゆーボタンキャッチを学生服のボタンに装着するのが流行っていた。そこにもやはりイカついドラゴンやタイガーなどが描かれていた。それらのアイテムを手に入れた私はRPGゲームで1つランクの高い武器防具を手に入れた気分であたかも自分が強くなった気になっていた。すれ違う小学キッズに睨みをきかせ威圧し肩で風をきって繁華街を闊歩しプレハブ小屋ではない大きなゲームセンター向かった。カツアゲされた。よく不良に絡まれる人は知っているかもしれないが彼らはカツアゲ時、まず聞き取りから始める。金を持っているだろう?よこせ!と。もちろん皆そこは持ってないと返答する。すると身体検査が始まるのだが相手に手をかけるとそれだけで周りからカツアゲがバレるのでその場ジャンプをさせ小銭のジャラジャラ音からお金を所有している証拠を確認するのだ。不良は頭が良い。そのため搾取される弱者は音の出ないお札紙幣を靴下などに仕込ませて最悪の事態を回避したものである。しかし私はそれらの身体検査をされずに全ての現金を奪われた。持ってないも通用しない。当たり前である。おしりのポケットから大胆にはみ出たドラゴンの財布はもちろん、財布はココですと周りに伝えているようなムラサキのメタルチェーン。持ってないはずが無いのは誰の目から見ても明らかだった。ブルブルと震え目に涙を溜めた私は財布を差し出した。ベルトループのチェーンを外さなかったので財布を手元に引き寄せると同時に私も引き寄せられ、早くその場から離れたい私の想いとは裏腹に付き合いたてでまだ恥ずかしさの残るカップルくらいの距離に強制的に移動させられた。財布を慣れた手つきで開きお札と小銭をガバッと奪った不良はゲラゲラ笑いながら財布を私に投げつけゲームセンターの奥に消えていった。チェーンのおかげで地面に落ちることない財布が虚しく揺れていた。


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