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【感想】話題の「ペスト」読んでみた

緊急事態宣言が発令される前、この作品が、コロナウイルスの感染が拡大する現代社会と重なる描写が多く、今かなり売れているらしい、というのをブクログのフォロワーさんのレビューで目にして、3月中旬から、「ペスト」探しの旅に出た。
その頃は、2月上旬から4月上旬までの2ヶ月でこれまでの30年分の増版がなされたことなんてつゆ知らず、まったりとブックオフから探し出していて、あとは歩いていて目につく書店すべて訪れて探し回って、紀伊国屋書店本店で一冊もなかった時に、思っているよりもものすごい勢いでみんな「ペスト」を購入しているんだなと、少し焦る。どこかで、なんの根拠もなく、「自分だけが今『ペスト』が話題なのを知っている状態」だと思っていたので、ものすごく恥ずかしくなった。大人しく近所の本屋で予約購入。

わたしがこの本を入手できたのが4月16日。そして、この作品で舞台となっているアルジェリアのオラン市で、ペストが発生したと思われるのが、4月16日。
思いがけないこの偶然に、とても、いやだいぶ運命的なものを感じてしまって、一気読み…
と言いたいところですが、一気読みには程遠く、半月かかってしまいました。翻訳にだいぶてこずってしまった、のが一番の理由です。物語が進むところはそれなりにすいすいと進むのですが、哲学者でもあるカミュが考えていることが難しいのか、訳が難しいのか、「彼」というのが誰を指しているのか、当時の時代背景の知識不足からくるものなのか、とにかく何度も躓いた。それでもこうしてなんとか最後まで読んで、なぜこの作品が、たった2ヶ月で30年分も増版することになったのか、どんな風に描かれているのか、そういったところを中心に、かつ、100分で名著を同時進行で見ながら、読み進めた。

作品の中で描かれているのはペストという疫病だけれど、テーマとなっているのは不条理。そして、最も描きたいのは、戦争という不条理だろう。
100分で名著で伊集院光さんが、この不条理を「いじめ」とも捉えることができると言っていた。巨大地震、災害、貧困問題、そういった事象にも置き換えられる作品だと思う。

ここからは引用しながらなので長くなります。

P55天災というものは、事実、ざらにあることであるが、しかし、そいつがこっちの頭上に降りかかってきたときには、容易に天災とは信じられない。この世には、戦争と同じくらいの数のペストがあった。しかも、ペストや戦争がやってきたとき、人々はいつも同じくらい無用意な状態にあった。

最初、日本ではそこまで脅威とは感じられていなかったコロナウイルス。日本人が本格的に危機感を持ったのは、志村けんさんが亡くなったあたりではないか、と個人的には感じている。

P73諸君がこれをペストと呼ぶか、あるいは知恵熱と呼ぶかは、たいして重要なことではありません。重要なことは、ただ、それによって市民の半数を死滅させられることを防ぎとめることです。
P74問題は、法律によって規定される措置が重大かどうかということじゃない。それが、市民の半数が死滅させられることを防ぐために必要かどうかということです。あとのことは行政上の問題ですし、しかも、現在の制度では、こういう問題を処理するために、ちゃんと知事というものが置かれているんです。

上に立つ人は、いつの時代も発言におそるおそるだ。何かを決めて行動する、それはものすごい決断力が必要だし、責任が伴う。いつの時代も、みんなそこから逃れたい。でも、国民の命を守らなければならない。安倍首相が急遽決定した、全国一斉休校の措置。最初はみんな戸惑った。文句もたくさん言った。でも、最近の報道を見ていて思う。継続して学校へ行っていたら。もしかすると、もっともっと今よりも感染が拡大していた可能性だってあったのではないか。卒業や入学シーズンと重なり、とても急に、大切なものを奪われたような気持になった人もたくさんいるはず。でも、命は守られた。

P95「ペストチクタルコトヲセンゲンシ シヲヘイサセヨ」
P96この瞬間から、ペストはわれわれすべての者の事件となったということができる。

そしてその後発令された、緊急事態宣言。ステイホーム。

P101事実上、われわれは二重の苦しみをしていた―まず第一にわれわれ自身の苦しみと、それから、息子、妻、恋人など、そこにいない身の上に想像される苦しみと。

この点は現代、オンラインがあって本当によかったと思う。そして、コロナウイルスの感染拡大によって、なかなかすすまなかったテレワークが進んだ人だっているし、オンライン授業だって可能になることだって気付かされた。オンライン飲み会、オンライン帰省、意外といいなって思った人は結構いるはず。

P103この病疫が六ヶ月以上は続かないというなんの理由もないし、ひょっとすると一年、あるいはもっとかもしれない

長引きそうな緊急事態宣言。もしかすると、6月以降も継続するかもしれないですよね。

P116ある朝一人の男がペストの兆候を示し、そして病の錯乱状態のなかで戸外へとび出し、いきなり出会った一人の女にとびかかり、おれはペストにかかったとわめきながらその女を抱きしめた、というようなうわさが伝わってきた。

ここを読んでいる時、ちょうどそんなニュースを観たもので、カミュの鋭い洞察力と想像力に感服。いつの時代にもこういう人っているんだろうか。

P174頻繁に、ただの不機嫌だけに原因する喧嘩が起り、この不機嫌は慢性的なものになってきた。

「コロナ離婚」という言葉がささやかれるようになったくらい。DVや虐待の悪化を、ただただ懸念しています。

P257すべてはまさに最大限の速度と最小限の危険性をもって取り行われた。
P260すべての作業のためには人員が必要であり、そしてしょっちゅう、まさにそれに事欠こうとする状態にあった。最初は正式の、後には間に合わせの職員であったこれらの看護人や墓堀り人夫も、多くのものがペストで死亡した。どんなに用心してみても、いつかは感染してしまうのであった。
P280恐怖にさらされた、死者続出のこの民衆の中で、いったい誰に、人間らしい職務など遂行する余裕が残されていたであろうか?
P282病毒に冒された家へ行かねばならぬことを、最後のぎりぎりのときになって知らされたりすると、どこかの消毒所まで引き返して、必要な薬液の注入を受けることなど、やらないうちからもう疲れ果ててしまうような気がするのであった。

患者さんと毎日向き合っている医療従事者の方には、本当に心から感謝と敬意を表します。何もできないで家でくさくさしていることを申し訳なく思いますが、今わたしにできることは、自粛くらいです。

P268市民たちは事の成り行きに甘んじて歩調を合わせ、世間の言葉を借りれば、みずから適応していったのであるが、それというのも、そのほかにやりようがなかったからである。
P376りっぱな人間、つまりほとんど誰にも病毒を感染させない人間とは、できるだけ気をゆるめない人間のことだ。しかも、そのためには、それこそよっぽどの意思と緊張をもって、決して気をゆるめないようにしていなければならんのだ。

今のわたしたちは、このあたりにいるんでしょうかね。
一人一人がそれぞれ自分の方法で戦っていても、マスクや消毒液はないし、液体せっけんも品薄。それでもスーパーには行かないと生活できない。スーパーには、びっくりするくらい人がいる。なんとか、スーパーの丁寧な対応によって、消毒済のカゴを持ち、間隔を空けて並ぶことができたり、飛沫感染を防げたり。
自分と他人を守るには、やはり、できるだけ家にいるしか方法はないんでしょうね。

作品の中には、「内なるペスト」の話が出てきます。誰しもみな、心の中にペストを抱えているという。例えば、100分で名著では伊集院さんがペストをいじめに例えていたとお伝えしましたが、これだって、いじめを見て見ぬふりをしていた人だって、ペストを抱えていることになる、というもの。なるほどと思った。P362以降のタルーとリウーの会話、特にタルーの語りは興味深く、ページをめくる手が止まりませんでした。タル―が抱えるペスト、とは。
また、引用は疫病の部分にフォーカスしましたが、この作品の哲学的な描写や、パヌルー神父の変化、などにもフォーカスして読むとおもしろいと思います。パヌルー神父は当初「ペストは神からの罰」的なことを言います。以前、東日本大震災があった時に、前の都知事が同じようなことを発言され、かなり批判を浴びました。それと同様のことを発言していたパヌルー神父。かなり衝撃的な運命をたどります。
ちなみに、背景としては神が不在なので、無宗教である日本人には刺さりやすいのかな、という感覚を持ちました。

100分で名著がなければ、これほどきちんとは理解できなかったように思います。今の時期に読んだからこそ、ペストという疫病の方にばかり注目してしまったけれど、今読まなかったらわたしはどの部分に注目していたんだろう。ペストという疫病を、自分自身においては何にあたるのか、自分の人生における不条理とはなんなのか、もっともっと、掘り下げて考えただろうか。

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