サラ・クロッサン著、最果タヒ・金原瑞人訳『わたしの全てのわたしたち』

不思議な体験だった、というのが読み終わって最初に感じたこと。サラ・クロッサン著、金原瑞人・最果タヒ訳の『わたしの全てのわたしたち』(ハーパーコリンズジャパン)(原題は"ONE")という小説を読んだ。まだ一度読んだだけだし、かっこよくレビューなんかを書ける人間でもないのでただただ感想を綴るだけになってしまいそうだけど、それでも初めてこの小説を読んだ時に感じたものを少しだけでも綴りたいと思って筆を手に取った(実際にはパソコンのキーボードで書いているのだけれど)。

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この小説を手に取った理由はずばりサイン本だったから、というのが正直なところだった。今学期、大学の授業で何度か最果タヒさんの名前が登場し、気になって詩集三部作『死んでしまう系の僕らに』、『夜空はいつでも最高密度の青色だ』、『愛の縫い目はここ』を読んだ。そして見事にその言葉の魔法にかけられた。それまで詩というと読み解くのがとにかく難しい、というイメージで食わず嫌いをしてきた。でも、読んでみると、確かに小説とは違う、でもそこに眠る何かがスッと体に入っていくような感じがした。学校の中で詩を読むというと、それを読解し何か感じたものを言語化しアウトプットをしなくてはならないような気がしたが、必ずしもそうではないことに気づいた。それは文字という記号で書かれたものではあるけど、文字としてだけで受け取るものではないのだと気づいた。そしてそれは、詩だけではなく、小説や歌詞などにも言えることなのだと気づいた。
そんなわけで最果タヒさんの、そして詩の世界、言葉の世界の新たな魅力に気づいた(つもり)になった僕は、ある日この本を見つけた。最果タヒさんのサイン本…?となった僕はあらすじなどほとんど気にせずこの本を購入したのだった。

『わたしの全てのわたしたち』は結合性双生児のグレースとティッピを中心に描かれた物語。普通に書店に並んでいても、手には取らなかったかもしれない、と買ってから思った。普段僕はあまりこういう感じの物語は読まない、観ない。別に「こういう話を見せ物にしてお涙頂戴にするのが嫌だ」とかそういう感情というよりは、なんとなく読んでいると息苦しくなってしまい苦手だった。だからだろうか、まだ読み溜めていた本もあったし忙しさも相待ってしばらく本棚に並んだままになった。そして授業にも余裕が出てきた7月に、ようやく読み始めた。

この物語はグレース視点で綴られる。結合性双生児のティッピとグレース、二人はお腹から下あたりがつながっている。この物語は、二人が家で教育を受けることが続けられなくなり、高校へ通うことになるところから始まる。そうして二人はいろいろなことを感じながら、二人の、そして二人の周りの人たちとの、大切な時間を過ごしていくのだ。内容に関しては、これから読もうという方のためにも、さらっと触れるぐらいにしておきたい。
この物語を読んで最初に感じたのは、冒頭にも書いた「不思議な体験だった」ということだった。物語を読んで、と書いたが実際にはそれは僕の中では正しくなかった。僕はもはや物語を読んでいなかった。物語がそのまま、僕の中に入ってきた。文字を読んで、意味を認識して、それを解釈して、などというプロセスがまるで存在しないかのような、そんな体験だった。僕は結合性双生児であることがどんなことであるかを知らない、というかそれ以前の問題として全ての小説に関して言えることだが僕は主人公とは違う人間だし、それと同じ人間にはなれない。でも、同一ではない人間としてではあるのだけれど、主人公グレースという一人の人間の抱いたものが、言葉を超えた何かで直接僕の中に流れ込んできた。それは言葉を超えた何かなのではあるのだけれど、言葉でないと伝えられなかった何かだ。他人のことなんて一生わかることはないのだけれど、でもそれを感じた。
あとがきでこの物語がフィクションであることを知った時、僕は少し驚いた。こういう物語はノンフィクションである、という先入観があったことも否めないが、それでも、ノンフィクションだと自然と感じるくらいにグレースの存在を感じたし、その隣にいつだって居るティッピの存在を感じた。

直接言葉にできない何か、でもそれを描くのもまた言葉。
世の中は伝わらないことの方が多い。ティッピとグレースは「ひとりひとり、生きてる。なにもかもをわけあって」生きている。でも、ひとりひとり別のことを考え、別の言葉を発する。お互いのことを一番わかっていて、でもわからなくて、でもふたりはお互いを欠かせない大切な存在、自分の一部だと感じている。それはティッピとグレースだけではなくて、言葉にできなくたって、なんにも分からなくたって、それでも大切なものがあるのだ、と思った、そんな作品だった。

大学の授業の中で、小説の翻訳をする機会があったりして、文章を書く身としてはなんとかいい訳を付けたいと思って試行錯誤したが、この本を読んで、言葉を受け取ると同時に言葉を超えた何かを受け取らなくては…と感じた。僕ももっともっと、言葉の世界を、そして言葉の先にある世界を、探究してみたい、そして少しでもそれを体現できるようになりたいと思った。

最後に、最果タヒさんのサインのコメントが素敵すぎたなぁ、という感想を残して(これはサイン本を手に入れた優越感と共に一人で大切に抱えておこう())、

また素敵な作品に出会ったら(というか出会う作品作品、素敵な作品でもこんな風に何かを綴る元気がある時とない時があるだけなのだけれど)、ここに書きにきに来ます。

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