記事一覧
【87 6億年後】#100のシリーズ
6億年後の地球には海がないという話がある。
台風の近づく海を見て、ぼんやりと考える。
1年前に座礁したタンカーが遠くに見える。
船尾側が海面に出ているタンカーが波の間に見え隠れしている。
遠浅の海底に引っかかったままのタンカーはいつまでそこにあるのだろう?
さすがに6億年はないだろう。
5千万年後にはすでに人とは違う姿の生き物が地球の多くに生息するといっている本を読んだこともある。
5千万年後の
タクシードライバー-【ひとりぼっち】#青ブラ文学部
1日の半分をタクシーの中で過ごす。
客が乗るまではラジオをかけている。
ニュース局で延々とニュースを聞く。
道で手を挙げている客を見かけると、そのスイッチを切って車を停める。
ひとりが寂しいとかではない。
新聞を読む時間もテレビを見る時間もない。
耳で世界の状況を知る。それだけだ。
午前0時までまではまだだいぶあるのに、飲屋街も半分は灯りが消えている。
と、手を挙げている人影を見つけた。
女だ。
【錬成は電卓の親族】#毎週ショートショートnote
ナオは物凄い力と速さで電卓を叩く。
叩くといっても八つ当たりではない。
きちんと計算をしているのだ。
本当に八つ当たりではないと言い切れるのか?
そんな疑問を抱かずにはいられない。
「親の仇かね?」
「メーカーに電卓の耐久検査でも頼まれている?」
同僚たちはナオが電卓を叩く音を聞くたび囁き合う。
奥歯を食い縛り凄まじい勢いで電卓を叩く。
「電卓鍛えているんじゃなくで電卓で鍛えているとか?」
「何を
【人生は洗濯の連続】#毎週ショートショートnote
自分の知らない著名人がラジオの人生相談で「人生は選択の連続。一度の選択に躓いてもリカバリ可能です」なんて言っている。
名前を聞いても顔も思い浮かばないその人はリカバリ可能なんて言うけれど、ピンク色に染まった洗濯物はどうしたら白くなるのだろう。
「センタク違いだけれど」
ブラウスも靴下も下着もみなピンク。
靴下はいいが、ブラウスのピンクは金額的に痛い。ピンクに染まった下着も誰に見せるわけでもないが「
【金色に】#シロクマ文芸部
金色に包まれる。圧倒的な金色に目が眩む。
「グラスをつけていて正解だったな」
Fの声がした。
「全くだ」と頷きながら僕は声に出したつもりだったが、口の中が乾いていて声にならなかった。
顔を隠すためにつけたフェイスマスクにはサングラスのような役目をするレンズが装備されている。
眩しさ、見えにくさをかなり軽減してくれている。そのグラス越しでもこれだけ眩しいのだ。ぐらがなかったらどれだけ眩しいのだろう。
男子高校生➖【東京ドーム】#青ブラ文学部
「水澤先輩はさ。東京ドームに立つのが夢って言っててさ。社会人野球目指すために大学進学したんだよ」
クラスメイトらの話に適当に相槌を打つ。
サッカーは大きな舞台に立つならプロしかない。となると、狭き門だ。
自分たちのように、野球もサッカーも県大会止まりの学校にいてはなかなか夢は持てない。
「2年でレギュラーだって。夢持っちゃうよな」
大学野球に強豪校に進んだ先輩の活躍記事に野球部員らはざわめきたつ。
【激辛の鏡】#毎週ショートショートnote
魔法の鏡を買おうと思った。
「激甘の鏡と激辛の鏡がございます」
店番の若い魔女が言う。
激甘の鏡には自分の長所が誇張され痘痕も靨のように映るという。
激辛の鏡はその真逆。自分の欠点が誇張される。
「自分磨きには激辛の鏡がおすすめですが、メンタル弱い方には向かない鏡です」
そうだろうなぁ。と納得する。
「試してみます?」
先に激甘の鏡の前に立った。
「あら?」
今朝、自分の家の鏡で見た顔とあまり変わ
【夜からの手紙】#毎週ショートショートnote
夜からの手紙を読む。
夜は比喩でもファンタジー設定でもない。
双子の妹の夜だ。
兄である私の名は朝。
「男が朝で女が夜?」
小学校の頃よく言われた。
でも小学校の頃だけだった。
夜は今白夜を体験するために北欧にいる。
「この国に生まれていたら朝や私の名前は何になっていたかしら?」
手紙は数枚の写真と共に送られてきた。
手紙というツールを使うところが妹らしい。そう思った。
双子でも二卵性だし男女差も
父の掌#秋ピリカ応募
子どもの頃背中が痒いと父に背中を掻いてもらった。
ただ、父の行為は掻くというより摩るが正しい。
印刷所に勤めていた父の掌はいい感じにガサついていた。
本人は「紙に手の脂を吸われているからだ」と言っていたが、実際は手についたインクを油を使って落とすからなのだろうと思ったのは、父に背中を掻いてもらわなくなってからだ。
ガサガサした掌で摩ってもらうのはとても気持ちよかった。
同じようなガサついた掌をたと
【夕焼けは】#シロクマ文芸部
夕焼けはタモツくんを思い出させる。
タモツくんと一緒の夕暮れ。空が茜色から藍色に変わるまで帰り道。
あの日、夕焼けを見ていた自分は、家に帰るのを惜しんでいたのか?ホッとしていたのか?
当時は団地に住んでいた。
遊び仲間のほとんども団地に住んでいた。
だから帰り道がひとりになることなどなかったのに、記憶の中の自分はひとりで夕焼けを見ていた。
足元の影が長く伸びていた。
アキアカネが飛んでいた。
パト
警察官➖【感情の濃度】#青ブラ文学部
誘拐された若者たちはひとつの小屋に閉じ込められた。
その数100人。
全国から集められた若者だった。
「助かりました。死傷者が出る前に見つけていただいて」
警察署長が頭を下げた。
「いえいえ。わたくしの話を信じていただけて恐縮です」
「大呪術師で有名な黒紫殿でいらっしゃいますから」
署長が言う。
「しかしながら、どうして彼らがあそこにいるとお分かりになったのです?」
「あそこだけ感情の濃度が濃かっ
【86 豆電球】#100のシリーズ
駅のコインロッカー。
48時間が経過したものを開けていく。
「何だ?これは?」
ロッカーを開けた途端にこぼれ落ちるそれは豆電球だった。
「よく詰めたな」
背後に立っていた須藤が言った。
「そうだな」
仁多はこぼれ落ちる豆電球を必死で拾った。
「お前も手伝えよ」
「あ?あぁ」
須藤はロッカーの中から、荷物を運ぶために持ってきていたワゴンにザクザクと豆電球を移した。
そうだ。ロッカーを空にするためにき
【インドを編む山荘】#毎週ショートショートnote
「インドアム山荘って知ってる?」
「インドを編む山荘?」
「え?」
「あ…冗談、じょうだ」
「あーでも、編んでるかも。インド麻で」
「麻でできたインド」
「あり得そう」
「そういえば、カローラ山荘ってあったな?鎌を咥えた婆さんが四つん這いになって襲ってくる」
「何それ?初めて聞いた」
「ごめん。ご当地ネタだった」
「鎌加えた四つん這いのお婆さんって見た目のインパクトはあるけどあまり怖くないよね」
【バンドを組む残像】#毎週ショートショートnote
随分と遠くまで来てしまった。
場所も時間も。そして心も。
未練がましく、俺は時折バンドを組む残像を、この目で追ってしまうことがある。
目の前のミシマやカズアキ、モーリーも、みんな等しく歳を取っている。
ミシマたちに最後に会ったのは、バンドを解散させてから3年ほど経った時だった。
同じ日に別々の場所で偶然3人と遭遇した。
朝の地下鉄のホームでミシマと。午後の市役所でカズアキとすれ違った。そして夜、ジ
【風の色】#シロクマ文芸部
「風の色?風に色なんかあるんですかい?」
「ここはあるんだよ」
長老と呼ばれている男性が言った。決して年寄りではない。30代半ばからいっても40代前半。後から知ったが、長老とはこの地では役職名だという。
「江戸時代の老中とか大老とかそういった類だよ」
不思議な里だった。
だから風に色があると言われても「そうなんだ」と納得してしまう。
人々の暮らしは一見すると他の場所と変わらないように見える。
現代