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『人権思想とキリスト教』(森島豊・教文館)

雑誌「福音と世界」で著者を知った。「人権」というキーワードと、聖書への関心が、ほどよくブレンドされているように感じた。その筆者の本があるというので、読んでみたいと思った。そういうわけである。
 
社会学については私は詳しいわけではない。しかし日本において「人権」という言葉が、何か欧米とは違うような、もやもやとした感覚を抱えていたから、ここで一度「人権」というものについての考察から学んでみたい、と思ったのだ。それもできれば、欧米を真に知る者、つまり聖書を適切に扱えそうな人から学びたい。そういうことで、これは一つの良い機会だと思ったのである。
 
もしかすると、人権思想は、「中世」という言葉で一括りにした形での、キリスト教の圧迫から逃れるための福音であるものとして、理解しているような日本人がいるのではないか。いや、そうではない、と著者はこの問題を調べにかかったようなのである。
 
著者は、社会学などの専門家ではない。牧師経験もあるほどに、どっぷりと神学大学などに浸かっていた、キリスト教の宣教者のようなものである。だから、学者として人権思想を、歴史学的にあるいは社会学的に論じているというのではないようだ。もしかすると、かなりキリスト教サイドにバイアスがかかったものであるかもしれない。その意味では、学的に公平な眼差しで見ているのではない。
 
だから、いまの日本における危険性への警告も発する。これではいけないのではないか、と政治的社会的情況を指摘する。つまり、本書は純粋に学問的ではないのである。それを弁えてお読み戴きたい。学的には脇が甘いとか、認識が不足しているとか、そういう批判が入り込む余地はきっとあるだろうと思う。だが、単に無責任に、無根拠に、思いつきで「人権」を論じているのではない、というところは受け止めていきたい。
 
その人権が法となる過程では、「抵抗権」に大きな意味をもたせている。ということは、それはプロテスタント神学と重なるものであり、しかも「説教」というものの力があるのだ、などと話し始めると、これはひとつの礼拝説教のようになりかねない空気があるが、そこに文句を入れずに読むならば、これはなかなかの熱のこもった力作であるように感じる。
 
だから、共に学べばいい。日本において、キリスト教に関して人権思想が、どのように取り入れられ、どう扱われてきたのかなど、かなり詳しく調べられている。それに対して日本の政策はどのように対抗してきたか、ということも顕著である。
 
それは、本書の刊行後、政治と終章の癒着について取り沙汰される大きな事件が起こったことへ、何か関連付けられたらよいと思う。言うまでもなく、統一協会(という呼称が最適であるとして扱う)の被害者家族が、元首相を殺害した事件である。統一協会は反日思想の政治団体であるけれども、最も右派である日本の与党と結びついていた。この経緯や責任を、どう問えばよいのか、あまりよい案は出ていない。宗教団体として「解散」を命ずる法があるのだが、それは信仰の自由に反する、と統一協会側は猛反対している。その観点は、自分たちは絶対に正しいという思い込みの歪みが混じって形成されたものであるのだろうが、たとえば信仰に反することをやれ、と迫るような、信仰の自由そのものを否定する措置ではないにも拘わらず、そうであるかのように世の中に訴えていることを、世間は適切に見破り、指摘しなければならないはずである。だがマスコミにはそのような知恵や見識がない。
 
こうした問題に対するためには、特に明治期以来の宗教政策について、一定の知識と考察を心得ている必要があるはずである。だから、私は学ぶとよい、と言ったのだ。そして、日本国憲法以前の宗教政策が、今もなお残っているということについて、きちんと監視していなければならないことを、教えられるべきなのだ。
 
本書の終わりの二つの章は、それまでと少し性格を異とする。「キリスト教会の使命――福音伝道と人権形成」と「キリスト教会はこの時代に何をすべきなのか」というものだが、これらは、もうキリスト教界に対する呼びかけであり、訴えである。ひたすら聖書的に、あるいは聖書やキリスト教の歴史と共に、日本のいまのキリスト教界への、強烈なメッセージとなっている。だから、それまでの「学び」としての部分とはまた別に、これらは、日本におけるキリスト教の信徒の一人ひとりへの、あるいは特に指導者レベルの方々への、強い提言となり、叫びとなっているように思われる。これを問われて、一人のキリスト者としてどうするのか、それがまた、神からの挑戦として受け止められ、応えを考えるところから、意味ある歩みが始まるものと私は思う。これを無視していては、巨大な闇の力に巻き込まれ、利用されさえするのではないか、と危惧するのだ。本当に、そう思うのだ。

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