ていたらくマガジンズ__9_

碧空戦士アマガサ 第2話「オイラの憂鬱」 Part3(Re)

[] [目次] []

前回のあらすじ
 湊斗は河崎道場に居候することとなった。生活用品の買い出しのために彼らがやってきたショッピングモールに、雨狐が出現。応戦しようとした湊斗であったが、運悪くカラカサが晴香の手にあり、分断されてしまった!
 一方そのころ、その様子を見下ろす怪人の姿があり──?

- 3 -

 ビルの屋上に、異形の影がひとつ。

 夜色の平安装束に身を包む、烏帽子を被った男だ。

 その顔は狐の面と同化しており、垣間見える肌は漆黒の鱗に覆われている──怪人<雨狐>。彼らは自らをそう呼称する。

 烏帽子の雨狐<紫陽花>は無言で街を──正確には、部下が暴れはじめたショッピングモールを見下ろしていた。

 その背後から、声。

「どうだ、様子は」

 紫陽花は振り返らず、声の主──雨狐の王<イナリ>に答えた。

「まぁ……アマノミナトのほうに行きましたね。"捜索"のことは後回しのようです」

「だはは、だろうな。アレはそういう奴だ」

 愉快そうなイナリの言葉を聞いて、紫陽花はため息をつきながら振り返った。

「私の手駒を変に挑発してもらっては困ります。それにそもそも捜索自体が滞っては──」

「お前は本当につまらないやつだなァ」

 小言を垂れる紫陽花の言葉を、イナリは大袈裟なため息と共に遮る。

「俺が良いって言ってんだから、良いんだよ。それに──」

 イナリは不敵に答え、言葉を続ける。

「ゲームには褒美があってナンボだろ。敵にも、味方にも……ゲームマスターにもな」

「……そういうものですか」

 紫陽花はそれ以上の小言を諦め、再びショッピングモールへと視線を移した。

***

 ショッピングモール"らららんど"の中庭は、今や完全に隔離されていた。

 自販機コーナーのみならず、店舗出入り口などもシャッターが閉じてしまい、唯一シャッターのなかった出入り口は──今、晴香の目の前で、水弾によって粉砕されてしまった。

「くそ、軒下だろうとアレは突っ込んでくるのか……厄介だな……」

 忌々しげに呟く晴香の周囲では、アマヤドリによって利用客たちが追い回されている。晴香は舌打ちし、それを助けるべく駆け出すが──すぐに、飛び退る。

 グバンッ!

 幾度目かの水弾が、彼女の元いた場所を抉った。晴香は猫めいて着地すると、水弾の飛来ルートを睨む。

「くっそ……あぶねぇな……」

 この状況では、晴香が近寄ったほうが危険だ。そう思うと避難誘導もままならない。走り出した晴香のあとを追うように、水弾が次々と地面を抉っていく──

『……言わんこっちゃない』

 そんな晴香の様子を地面に横たわったまま眺めて、カラカサはぽそりと呟いた。

『"いい人"だとか関係ないんだよ……』

 野次馬の目があるので、カラカサは変化することはできない。ただただ天気雨に打たれながら、九十九神はぶちぶちと愚痴をこぼす。

『警戒しなきゃいけないって言ってたじゃん。情けないったらないよ……』

 ガシャンガシャンと、カラカサの背後でシャッターが揺れている。中にいる湊斗が格闘しているのだろう。

 中庭では晴香が、他の利用客同様に逃げ回っている。彼女の身体能力は確かに驚異的だが、カラカサから見ても徐々に追い詰められていっているのがわかる。

『はぁ……これで被害が出たら、どうせ湊斗とオイラのせいにするんでしょ。知ってるよそんなの……』

 ぶちぶちとカラカサが、誰にともなく文句を言い続けていた、その時だった。

「……よし、わかってきたぞ」

 晴香がぽそりと呟いたのが、カラカサの耳に届く。

 そして突如、晴香の動きが変わった。

『えっ?』

 全力でスプリントをはじめた彼女は、逃げ惑う利用客を追いかけるアマヤドリへと一直線。その背後から──水弾!

「おらよッと!」

 晴香はその水弾を華麗なステップで回避! それは晴香の身体を掠めながらアマヤドリの1体へと直撃、爆散せしめる!

「よっしゃ」

『えっ!? えっ!?』

 ガッツポーズをする晴香を見て、カラカサが戸惑いの声をあげる。そして利用客たちを置いて、晴香は中庭に向かって走り出し──手近にいたアマヤドリの傍で、跳躍!

 グバンッ!

 水弾が、そのアマヤドリを巻き添えに爆ぜ散った!

 晴香は跳躍の勢いそのままに中庭を横断する。その後を追うように2発の水弾が放たれるが、晴香はそれを易々と回避。地面が爆ぜ、巻き添えでアマヤドリの半身が砕ける!

『な、なになに……どうなってんの……?』

「5,4,3……」

 戸惑いの声をあげるカラカサを置いて、晴香はなにやらカウントダウンと共に減速した。そして壁際で立ち止まり──シャッターに、両手をついた。

 その姿はまるで、走り疲れて休んでいるかのようだ。そしてその背を狙い、水弾が迫る!

『ちょ、オマワリさん!?』

「──1,ゼロ」

 カラカサが悲鳴を上げる。ほぼ同時に、晴香は素早く横に跳んだ!

 ヴァゴンッ!!!!

 水弾は晴香を掠め、そのままシャッターの中心に直撃! 凄まじい破砕音と共にシャッターがひしゃげ、大穴が空く!

「よっしゃ、ビンゴ!」

 受け身を取って起き上がり、晴香が歓声をあげた。そして即座に、カラカサに向かって駆ける!

「おい、カラカサ!」

『は、はいっ!?』

 思わず返事をしたカラカサに向かって晴香はスライディングし──その持ち手を掴んだ。

「あと2秒で水弾がくる! なんとかしろ!」

『ええーっ!?』

 カラカサは声をあげながらも、水弾に向かって頭を──傘の先端を向ける。

 バサッ──バゴンッッ!!

 開いた傘の盾に、水弾が直撃!

 コンクリートをも砕く水弾の衝撃がカラカサを貫き、持ち主である晴香の全身に襲いかかる!

『うひゃァ、冷たい!』

「うぐぐぐ……!」

 歯を食いしばり、呻く晴香。カラカサはその様子を、信じられない様子で見ていた。

『え、なに? なにしてんの!? 逃げないの?』

「痛ってて……逃げるわけあるか。客の避難が優先だ」

 ふらつきつつもしっかりと立ち上がった晴香は、カラカサを手に中庭を睨む。大穴が空いたシャッターに気付いた人々が、そちらへと逃げていく──

「……5,4,3,2,1……」

 晴香はシャッターを背に再びカウントダウンをはじめた。しかし──水弾は、いつまでも飛んでこない。

「……流石にバレたか?」

 にやりと笑って呟く晴香の視線の先で、景色が滲む。そして──声がした。

「ニンゲン風情が、小癪な真似を」

 忌々しげな声と共に、滲んだ景色を踏み裂いて現れたのは、群青色の着物を着流した、身の丈2メートルほどの雨狐だった。

 威圧感のあるその姿に微塵も臆すことなく、晴香は不敵に笑った。

「やーっと気付いたか、ノロマ」

『え? え? どゆこと?』

 戸惑っているのはカラカサである。晴香は片眉をあげ、自分のさしている傘を見上げた。

「ん? 案外察しが悪いんだなお前」

『なんだとー! 説明しろー!』

「うおっ!? 暴れるなバカ!」

 晴香とカラカサがそんなやりとりをする中、群青色の雨狐の周囲にアマヤドリが集結する。ずらりと並んだその数は10体ほど。その中心で、雨狐は低い声で唸った。

「我が水弾を利用し、逃げ道を作るとは……」

『あー! なるほど!』

 得心が言ったように声をあげるカラカサを一瞥し、晴香は群青色の雨狐を嘲笑う。

「ハッ。お前がアホなだけだろ? あんだけポンポン撃たれりゃサルでも学習するぞ雑魚」

「貴様……ッ!」

 晴香の挑発を受けて、群青色の雨狐の頭上に水弾が形成される。晴香はそれを見てニヤリと笑い──

「ぬぅ……!」

 雨狐は唸り、水弾を引っ込めた。

「おやァ? 撃たないのかなァ狐野郎くん? どうしたどうした?」

 晴香は仁王立ちし、悪の帝王の如き哄笑と共に大仰な態度で言い放つ。

「まぁそりゃ撃てねーよなぁ? だってここには湊斗がいる。せっかく私だけ分断したんだもんなぁ?」

「きっ……貴様どこまで……!」

「おめーの小ズルいやり口見てりゃ一発でわかるわバーカバーカ」

「このっ……! この<鉄砲水>を愚弄するか貴様……!」

 全力で挑発をかます晴香に、<鉄砲水>と名乗った群青色の雨狐は、歯噛みして──叫ぶ!

「あの女を殺せ、アマヤドリども!」

 <鉄砲水>の周囲にいたアマヤドリが一斉に地を蹴る。晴香もまた、開いたままのカラカサを手に──迫りくる刃を避け、カラカサで受け、往なす!

 晴香は舞うように戦いながら、湊斗とタキが閉じ込められたままのシャッターに向けて叫んだ。

「タキ! 客の避難は完了! 湊斗連れてさっさと脱出してこい!」

「了解ッス!」

 シャッターの向こうからタキの声。それを聞きながら、晴香はカラカサに声をかける。

「カラカサ、この状況を打開する。力を貸してくれ」

『お、おう……?』

「おいおいしっかりしろよ。お前は湊斗の相棒だろ」

 晴香は笑いながら、アマヤドリたちの攻撃を避け──刹那、傘先を雨狐に向けた!

 バゴンッッ!!

「────ッッッカーッ! 痛っってぇッ!」

『バカー! 湊斗じゃないんだからそうそう受け止められるわけないでしょ!?』

 水弾を受け止めた反動で、後ろ向きにゴロゴロと転がる晴香へと、カラカサが叫ぶ。そして──

「っててて。おっと!」

 振り下ろされたアマヤドリの刀を、晴香は開いたままのカラカサで受け止めた。

 ギンッ!

 鋭い音が響く中、晴香は傘を盾にしたまま蹲り──さしずめ亀のように姿を隠す。

 アマヤドリたちは即座にそれを包囲し、二度、三度と刀を振り下ろし──刹那!

「死ねィッ!」

 ゴバッ!

 <鉄砲水>の声と共に、特大の水弾がカラカサに直撃した!

 巻き添えで何体かアマヤドリが消滅する中、吹き飛ばされたカラカサが宙を舞う!

「クク、これは効いたろう……ぬっ?」

 ほくそ笑んだ<鉄砲水>は、舞い上がった傘を目で追い……瞠目した。

 水弾に吹き飛ばされて宙を舞ったのは──カラカサのみである!

『バーカ。はずれー』 

「なっ──」

 からかさお化けはベロリと舌を出し、<鉄砲水>を嘲笑った。

 <鉄砲水>は慌てて視線を落とすが──その時には既に、全力のスプリントを以て<鉄砲水>へと肉薄していた。

 両者の距離は5歩分程度。そしてその経路上にあるのは──先ほど晴香たちが休んでいたベンチ。

 晴香はニヤリと笑い、走りながらベンチの上へと手を伸ばす。雨に打たれる紙袋のひとつを掴み、投げる!

「食らえオラァッ!」

 全力疾走の勢いと晴香のパワーによって凄まじい速度で飛んだ紙袋は、中の衣類を盛大にぶちまける!

「ヌゥッ!?」

 視界を妨害された<鉄砲水>が声をあげる中、晴香は怪人の背後に回った。そして全速力の勢いを乗せ、右の拳を繰り出す。

 ぱしゃんっ──

 <鉄砲水>の腹に穴が開く。そこを中心に水面を叩いたかのように身体が波打ち──何事もなかったかのように、もとに戻った。

 怪人は鼻を鳴らし、晴香の顔を見下ろす。

「知らんのか? お前の拳は我々には届かんと──」

「じゃあ……」

 余裕の笑みで勝ち誇る<鉄砲水>の視界の隅、晴香の左手が動いた。その手には──消化器!

「こういうのはどうだ?」

「ヌゥッ!? 小癪な……!」

 白煙が"鉄砲水"の身体を包む。<鉄砲水>は呻き、大きく飛び退り──その時だった。

 バギンッ。

「……?」

 <鉄砲水>の背後から、なにかが──金属が割れるような音がした。

「……作戦成功」

 晴香が不敵に呟く。

 ガガッ、メキメキメキメキッ……

 <鉄砲水>が瞠目し、振り返る間に、その破壊音は大きくなり──

 バヅンッ!

 シャッターを破って、そこから自販機が飛び出してきた。

「なっ──!?」

 バシャンッ

 破れたシャッターの残骸が激突し、<鉄砲水>の上半身が弾ける。その身体はすぐに再生したが──<鉄砲水>はそこから距離を取り、中庭の中央まで飛び退いた。

 もうもうと立ち込める埃を破り、湊斗とタキが中庭へと歩み出てくる。その隣に悠然と立ち並び、晴香は不敵に言ってのけた。

「さて──反撃開始だ」

(つづく)

[] [目次] []

▼マガジンはこちら▼

桃之字の他作品はこちら▼



🍑いただいたドネートはたぶん日本酒に化けます 🍑感想等はお気軽に質問箱にどうぞ!   https://peing.net/ja/tate_ala_arc 🍑なお現物支給も受け付けています。   http://amzn.asia/f1QZoXz