碧空戦士アマガサ 第2話「オイラの憂鬱」 Part3(Re)
前回のあらすじ
湊斗は河崎道場に居候することとなった。生活用品の買い出しのために彼らがやってきたショッピングモールに、雨狐が出現。応戦しようとした湊斗であったが、運悪くカラカサが晴香の手にあり、分断されてしまった!
一方そのころ、その様子を見下ろす怪人の姿があり──?
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ビルの屋上に、異形の影がひとつ。
夜色の平安装束に身を包む、烏帽子を被った男だ。
その顔は狐の面と同化しており、垣間見える肌は漆黒の鱗に覆われている──怪人<雨狐>。彼らは自らをそう呼称する。
烏帽子の雨狐<紫陽花>は無言で街を──正確には、部下が暴れはじめたショッピングモールを見下ろしていた。
その背後から、声。
「どうだ、様子は」
紫陽花は振り返らず、声の主──雨狐の王<イナリ>に答えた。
「まぁ……アマノミナトのほうに行きましたね。"捜索"のことは後回しのようです」
「だはは、だろうな。アレはそういう奴だ」
愉快そうなイナリの言葉を聞いて、紫陽花はため息をつきながら振り返った。
「私の手駒を変に挑発してもらっては困ります。それにそもそも捜索自体が滞っては──」
「お前は本当につまらないやつだなァ」
小言を垂れる紫陽花の言葉を、イナリは大袈裟なため息と共に遮る。
「俺が良いって言ってんだから、良いんだよ。それに──」
イナリは不敵に答え、言葉を続ける。
「ゲームには褒美があってナンボだろ。敵にも、味方にも……ゲームマスターにもな」
「……そういうものですか」
紫陽花はそれ以上の小言を諦め、再びショッピングモールへと視線を移した。
***
ショッピングモール"らららんど"の中庭は、今や完全に隔離されていた。
自販機コーナーのみならず、店舗出入り口などもシャッターが閉じてしまい、唯一シャッターのなかった出入り口は──今、晴香の目の前で、水弾によって粉砕されてしまった。
「くそ、軒下だろうとアレは突っ込んでくるのか……厄介だな……」
忌々しげに呟く晴香の周囲では、アマヤドリによって利用客たちが追い回されている。晴香は舌打ちし、それを助けるべく駆け出すが──すぐに、飛び退る。
グバンッ!
幾度目かの水弾が、彼女の元いた場所を抉った。晴香は猫めいて着地すると、水弾の飛来ルートを睨む。
「くっそ……あぶねぇな……」
この状況では、晴香が近寄ったほうが危険だ。そう思うと避難誘導もままならない。走り出した晴香のあとを追うように、水弾が次々と地面を抉っていく──
『……言わんこっちゃない』
そんな晴香の様子を地面に横たわったまま眺めて、カラカサはぽそりと呟いた。
『"いい人"だとか関係ないんだよ……』
野次馬の目があるので、カラカサは変化することはできない。ただただ天気雨に打たれながら、九十九神はぶちぶちと愚痴をこぼす。
『警戒しなきゃいけないって言ってたじゃん。情けないったらないよ……』
ガシャンガシャンと、カラカサの背後でシャッターが揺れている。中にいる湊斗が格闘しているのだろう。
中庭では晴香が、他の利用客同様に逃げ回っている。彼女の身体能力は確かに驚異的だが、カラカサから見ても徐々に追い詰められていっているのがわかる。
『はぁ……これで被害が出たら、どうせ湊斗とオイラのせいにするんでしょ。知ってるよそんなの……』
ぶちぶちとカラカサが、誰にともなく文句を言い続けていた、その時だった。
「……よし、わかってきたぞ」
晴香がぽそりと呟いたのが、カラカサの耳に届く。
そして突如、晴香の動きが変わった。
『えっ?』
全力でスプリントをはじめた彼女は、逃げ惑う利用客を追いかけるアマヤドリへと一直線。その背後から──水弾!
「おらよッと!」
晴香はその水弾を華麗なステップで回避! それは晴香の身体を掠めながらアマヤドリの1体へと直撃、爆散せしめる!
「よっしゃ」
『えっ!? えっ!?』
ガッツポーズをする晴香を見て、カラカサが戸惑いの声をあげる。そして利用客たちを置いて、晴香は中庭に向かって走り出し──手近にいたアマヤドリの傍で、跳躍!
グバンッ!
水弾が、そのアマヤドリを巻き添えに爆ぜ散った!
晴香は跳躍の勢いそのままに中庭を横断する。その後を追うように2発の水弾が放たれるが、晴香はそれを易々と回避。地面が爆ぜ、巻き添えでアマヤドリの半身が砕ける!
『な、なになに……どうなってんの……?』
「5,4,3……」
戸惑いの声をあげるカラカサを置いて、晴香はなにやらカウントダウンと共に減速した。そして壁際で立ち止まり──シャッターに、両手をついた。
その姿はまるで、走り疲れて休んでいるかのようだ。そしてその背を狙い、水弾が迫る!
『ちょ、オマワリさん!?』
「──1,ゼロ」
カラカサが悲鳴を上げる。ほぼ同時に、晴香は素早く横に跳んだ!
ヴァゴンッ!!!!
水弾は晴香を掠め、そのままシャッターの中心に直撃! 凄まじい破砕音と共にシャッターがひしゃげ、大穴が空く!
「よっしゃ、ビンゴ!」
受け身を取って起き上がり、晴香が歓声をあげた。そして即座に、カラカサに向かって駆ける!
「おい、カラカサ!」
『は、はいっ!?』
思わず返事をしたカラカサに向かって晴香はスライディングし──その持ち手を掴んだ。
「あと2秒で水弾がくる! なんとかしろ!」
『ええーっ!?』
カラカサは声をあげながらも、水弾に向かって頭を──傘の先端を向ける。
バサッ──バゴンッッ!!
開いた傘の盾に、水弾が直撃!
コンクリートをも砕く水弾の衝撃がカラカサを貫き、持ち主である晴香の全身に襲いかかる!
『うひゃァ、冷たい!』
「うぐぐぐ……!」
歯を食いしばり、呻く晴香。カラカサはその様子を、信じられない様子で見ていた。
『え、なに? なにしてんの!? 逃げないの?』
「痛ってて……逃げるわけあるか。客の避難が優先だ」
ふらつきつつもしっかりと立ち上がった晴香は、カラカサを手に中庭を睨む。大穴が空いたシャッターに気付いた人々が、そちらへと逃げていく──
「……5,4,3,2,1……」
晴香はシャッターを背に再びカウントダウンをはじめた。しかし──水弾は、いつまでも飛んでこない。
「……流石にバレたか?」
にやりと笑って呟く晴香の視線の先で、景色が滲む。そして──声がした。
「ニンゲン風情が、小癪な真似を」
忌々しげな声と共に、滲んだ景色を踏み裂いて現れたのは、群青色の着物を着流した、身の丈2メートルほどの雨狐だった。
威圧感のあるその姿に微塵も臆すことなく、晴香は不敵に笑った。
「やーっと気付いたか、ノロマ」
『え? え? どゆこと?』
戸惑っているのはカラカサである。晴香は片眉をあげ、自分のさしている傘を見上げた。
「ん? 案外察しが悪いんだなお前」
『なんだとー! 説明しろー!』
「うおっ!? 暴れるなバカ!」
晴香とカラカサがそんなやりとりをする中、群青色の雨狐の周囲にアマヤドリが集結する。ずらりと並んだその数は10体ほど。その中心で、雨狐は低い声で唸った。
「我が水弾を利用し、逃げ道を作るとは……」
『あー! なるほど!』
得心が言ったように声をあげるカラカサを一瞥し、晴香は群青色の雨狐を嘲笑う。
「ハッ。お前がアホなだけだろ? あんだけポンポン撃たれりゃサルでも学習するぞ雑魚」
「貴様……ッ!」
晴香の挑発を受けて、群青色の雨狐の頭上に水弾が形成される。晴香はそれを見てニヤリと笑い──
「ぬぅ……!」
雨狐は唸り、水弾を引っ込めた。
「おやァ? 撃たないのかなァ狐野郎くん? どうしたどうした?」
晴香は仁王立ちし、悪の帝王の如き哄笑と共に大仰な態度で言い放つ。
「まぁそりゃ撃てねーよなぁ? だってここには湊斗がいる。せっかく私だけ分断したんだもんなぁ?」
「きっ……貴様どこまで……!」
「おめーの小ズルいやり口見てりゃ一発でわかるわバーカバーカ」
「このっ……! この<鉄砲水>を愚弄するか貴様……!」
全力で挑発をかます晴香に、<鉄砲水>と名乗った群青色の雨狐は、歯噛みして──叫ぶ!
「あの女を殺せ、アマヤドリども!」
<鉄砲水>の周囲にいたアマヤドリが一斉に地を蹴る。晴香もまた、開いたままのカラカサを手に──迫りくる刃を避け、カラカサで受け、往なす!
晴香は舞うように戦いながら、湊斗とタキが閉じ込められたままのシャッターに向けて叫んだ。
「タキ! 客の避難は完了! 湊斗連れてさっさと脱出してこい!」
「了解ッス!」
シャッターの向こうからタキの声。それを聞きながら、晴香はカラカサに声をかける。
「カラカサ、この状況を打開する。力を貸してくれ」
『お、おう……?』
「おいおいしっかりしろよ。お前は湊斗の相棒だろ」
晴香は笑いながら、アマヤドリたちの攻撃を避け──刹那、傘先を雨狐に向けた!
バゴンッッ!!
「────ッッッカーッ! 痛っってぇッ!」
『バカー! 湊斗じゃないんだからそうそう受け止められるわけないでしょ!?』
水弾を受け止めた反動で、後ろ向きにゴロゴロと転がる晴香へと、カラカサが叫ぶ。そして──
「っててて。おっと!」
振り下ろされたアマヤドリの刀を、晴香は開いたままのカラカサで受け止めた。
ギンッ!
鋭い音が響く中、晴香は傘を盾にしたまま蹲り──さしずめ亀のように姿を隠す。
アマヤドリたちは即座にそれを包囲し、二度、三度と刀を振り下ろし──刹那!
「死ねィッ!」
ゴバッ!
<鉄砲水>の声と共に、特大の水弾がカラカサに直撃した!
巻き添えで何体かアマヤドリが消滅する中、吹き飛ばされたカラカサが宙を舞う!
「クク、これは効いたろう……ぬっ?」
ほくそ笑んだ<鉄砲水>は、舞い上がった傘を目で追い……瞠目した。
水弾に吹き飛ばされて宙を舞ったのは──カラカサのみである!
『バーカ。はずれー』
「なっ──」
からかさお化けはベロリと舌を出し、<鉄砲水>を嘲笑った。
<鉄砲水>は慌てて視線を落とすが──その時には既に、全力のスプリントを以て<鉄砲水>へと肉薄していた。
両者の距離は5歩分程度。そしてその経路上にあるのは──先ほど晴香たちが休んでいたベンチ。
晴香はニヤリと笑い、走りながらベンチの上へと手を伸ばす。雨に打たれる紙袋のひとつを掴み、投げる!
「食らえオラァッ!」
全力疾走の勢いと晴香のパワーによって凄まじい速度で飛んだ紙袋は、中の衣類を盛大にぶちまける!
「ヌゥッ!?」
視界を妨害された<鉄砲水>が声をあげる中、晴香は怪人の背後に回った。そして全速力の勢いを乗せ、右の拳を繰り出す。
ぱしゃんっ──
<鉄砲水>の腹に穴が開く。そこを中心に水面を叩いたかのように身体が波打ち──何事もなかったかのように、もとに戻った。
怪人は鼻を鳴らし、晴香の顔を見下ろす。
「知らんのか? お前の拳は我々には届かんと──」
「じゃあ……」
余裕の笑みで勝ち誇る<鉄砲水>の視界の隅、晴香の左手が動いた。その手には──消化器!
「こういうのはどうだ?」
「ヌゥッ!? 小癪な……!」
白煙が"鉄砲水"の身体を包む。<鉄砲水>は呻き、大きく飛び退り──その時だった。
バギンッ。
「……?」
<鉄砲水>の背後から、なにかが──金属が割れるような音がした。
「……作戦成功」
晴香が不敵に呟く。
ガガッ、メキメキメキメキッ……
<鉄砲水>が瞠目し、振り返る間に、その破壊音は大きくなり──
バヅンッ!
シャッターを破って、そこから自販機が飛び出してきた。
「なっ──!?」
バシャンッ
破れたシャッターの残骸が激突し、<鉄砲水>の上半身が弾ける。その身体はすぐに再生したが──<鉄砲水>はそこから距離を取り、中庭の中央まで飛び退いた。
もうもうと立ち込める埃を破り、湊斗とタキが中庭へと歩み出てくる。その隣に悠然と立ち並び、晴香は不敵に言ってのけた。
「さて──反撃開始だ」
(つづく)
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