碧空戦士アマガサ 第2話「オイラの憂鬱」 Part4(Re)
前回までのあらすじ
湊斗が閉じ込められ、有効な攻撃が放てなくなった一同。しかし晴香の起点により、雨狐の水弾を利用してショッピングモールの客たちを逃がすことに成功した。
そして立て続けに、晴香の奇策が発動。湊斗とタキが閉じ込められたシャッターが音を立てて弾け飛び、雨狐を吹き飛ばした!
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ゴボッと音を立てながら、<鉄砲水>の身体が再生していく。腰から胸、肩、腕──器に水が満ちるようにその異形は下から上へと姿を取り戻し、最後にドプンと頭が復活した。
その貌に浮かぶは、憤怒の相。
「……貴様ら……! どうやって……!」
唸る<鉄砲水>。それに向かって晴香の傍から一歩踏み出したのは──天野湊斗。彼はタキへと視線を向けて、声を投げる。
「どうやってもなにも、ねぇ?」
「うん。大したことしてないよね」
タキは腕組みしたまま頷き、あっけらかんと言葉を続けた。
「自販機を投げ飛ばして、シャッターにぶつけただけだよ」
その言葉を背に、湊斗はその場で屈む。そして足元に横たわるカラカサを手に取って話しかけた。
「カラカサ、合図ありがとね」
『いぇーい! オマワリさんの作戦、成功だね!』
湊斗の手元でカラカサが跳ねる。その言葉に、<鉄砲水>は目を細めた。
「作戦? 作戦だと……?」
その様を見て不敵に笑ってみせたのは、晴香だ。手に持った消火器をその場に放りつつ、彼女は<鉄砲水>を挑発するように言い放つ。
「普通に出てったらお前に狙い撃ちにされるからな。陽動作戦ってやつだ。引っかかってくれてありがとよ、ド単純狐野郎」
「この女ッ……どこまでもコケにしおって……!」
ケケケと笑う晴香に<鉄砲水>は激昂し、牙を剥いた。そして着物の前面から右腕を出し、なにもない空間に向かって勢いよく伸ばした。
ズブン。
その空間に、<鉄砲水>の腕が肘まで埋没する。
「ヌゥゥエィッ!」
その雨狐は気合の声と共に、力を込めて"それ"を引き抜いた──長大な、大太刀を。
「策を練るのはもうやめだ。貴様らはここで斬り殺す!」
身の丈2メートルの体躯に見合う立派な得物を構え、<鉄砲水>が吼える。晴香はそれを睨み返し、そばにいる湊斗に声を投げた。
「くるぞ。構えろ、湊斗!」
「はい!」
湊斗はそれに応える、もう一歩踏み出した。そして手にしたカラカサに呼びかける。
「行くよ、カラカサ」
そうして湊斗は、手にした傘を天に向け──
『あ、ちょ、ちょっと待って!』
「おろ?」
カラカサは湊斗の手からピョンと跳ねて、逃げ出した。
「え、ちょっと?」
『ごめん湊斗、ちょっとやることあって!』
戸惑いの声をあげる湊斗にカラカサが答え──同時に<鉄砲水>が、湊斗に向かって地を蹴る!
「死ねぇィッ!」
「どあーっ!?」
気合いとともに振り下ろされた斬撃を、湊斗は転がって回避した。<鉄砲水>は湊斗を追い、斬撃を繰り出す!
「ちょっ……カラカサぁっ!?」
大太刀の斬撃をなんとか回避しながら湊斗が悲鳴をあげる中、カラカサはカラン、コロン、と晴香へと駆け寄った。
『オマワリさん!』
「おいおい、どうしたカラカサ。ボイコットか」
『違くて! リュウモンの爺ちゃん──昨日湊斗が預けた扇子、出してくんない?』
カラカサの言葉を受け、晴香は首を傾げつつも内ポケットから一本の扇子を取り出した。
「こいつか?」
『そうそれ!』
晴香は扇子を開く。そこには、蜷局を巻き、眠るように目を閉じた龍が描かれている。
『爺ちゃん! リュウモンの爺ちゃん!』
カラカサはひと跳ねすると、その龍へと呼びかける。絵の中の龍は目を開け、気だるそうに首をもたげた。
『……なんじゃい、カラカサ。出番か?』
呼びかけに応えたのは、老人のような声。
『そう、出番! ちょっと、力を貸してほしいんだ』
カラカサはその声に応え──晴香を一瞥すると、言葉を続けた。
『──晴香さんが、戦えるように!』
***
「シャラァッ!」
「このっ……!」
横薙ぎに振るわれた大太刀を、湊斗はスライディングで回避した。そのまま敵の懐へと滑り込んだ湊斗は、<鉄砲水>の腹めがけて蹴りを繰り出す!
「ふん……!」
<鉄砲水>は避ける素振りすら見せない。湊斗を両断すべく、大太刀を振り上げる。
「貴様らの攻撃は我々には──」
蹴りが直撃した左脇腹を中心に、<鉄砲水>の身体が波打つ。そして──
「しな──ごあっ!?」
そのまま、大きく吹き飛んだ。
「油断大敵」
残心と共に、湊斗は不敵に笑う。
「俺はお前と戦えるよ。知らなかった?」
「貴様……ッ!」
<鉄砲水>は地面を転がって起き上がると、大太刀を肩に担ぐように構えた。そして、その頭上に──水弾!
「死ねェィッ!」
水弾が射出される。高速で飛来するそれを、湊斗は身を翻して回避した。白いレインコートが踊るように翻る。
湊斗は勢いそのままに間合いを詰めた。<鉄砲水>は肩に担いだ大太刀を袈裟懸けに振り下ろす。湊斗はそれに手を添えるようにして往なし、踏み込みと共に蹴りを繰り出す!
「チィッ……!」
舌打ちと共に<鉄砲水>は一歩飛び下がり、即座に反撃に転じた。打ち上げるような一太刀に続き、二の太刀、三の太刀と連続で斬撃!
「うおっと!」
立て続けに繰り出される斬撃を湊斗は辛うじて避ける。そして直後、腕をクロスしてガード体制を取り──その身体を、水弾が襲う!
ゴバッ!!!
湊斗は咄嗟に大きく後ろに跳び、受ける衝撃を軽減する。しかし、それでも凄まじいダメージが彼の身体を貫いた!
「ぅぁっ……!」
呻き、地面に叩きつけられつつも辛うじて受け身を取った湊斗は、再び構えて<鉄砲水>と対峙した。
「ほう、まだ立つかアマノミナト」
ジリ、と大太刀を構えながら睨む<鉄砲水>に、湊斗は言葉を返した。
「痛ってて……刀の構えも堂に入ってるし、水弾の使い方もなかなかうまい」
そして、しびれた腕を摩りながら、湊斗は雨狐に言い放った。
「お前、妙な計画立てるよりもシンプルに戦うほうが向いてるんじゃないの?」
「ヌゥ……!」
湊斗がそう言った瞬間、<鉄砲水>が目を剥いた。人間であれば額に青筋が浮かんでいるような雰囲気だ。ギリッと歯噛みした<鉄砲水>は、大太刀を逆手に持ち替えると、地面に突き刺した。
「誰が脳筋だ!!!!」
「は?」
ぽかんとした湊斗に、<鉄砲水>は言葉を続ける。
「この<鉄砲水>、戦略も戦術もなくただ暴れるしか能のない男ではない! 断じて! そのようなことはない!」
突如としてキレた<鉄砲水>は、大声でそう言いながら頭上に水弾を形成する。
「貴様らを排除して"褒美"をもらい! "捜索"も終わらせ! 我が能力を認めてもらうのだ!」
水弾は人ひとりを呑み込めそうなほどの大きさまで急速に成長する。湊斗は腰を落とし、すぐに回避できるように身構え──
その姿を見て、雨狐はニヤリと笑った。
「この<鉄砲水>の! 完璧な作戦でなァッ!」
「っ……しまった!」
水弾が動きだした。
──晴香たちへ向かって!
***
その、少し前。
『あん? 協力? この小娘に?』
「小娘て──」
『えっと! この人は晴香さん。湊斗に協力する人間のひと!』
ツッコみかけた晴香を、カラカサの言葉が遮った。
『爺ちゃん、昨日一緒に戦ったじゃん? 今日も協力してほしいんだ』
そんなカラカサの言葉に、絵の中の龍は深く息を吐き、断言した。
『やだね』
『なっ……なんでさ!』
『ワシが認めたのは湊斗だけじゃ。昨日はアイツの依頼だったから了承しただけ。わかるか?』
それだけ言うと、話はもう終わりだとばかりに扇子がひとりでに閉じる。カラカサは慌てて舌を挟んでそれを止めた。
『ちょっ、爺ちゃん! 話まだ終わってないよ!』
『この小娘になにができる! ただの人間じゃろうて!』
カラカサの言葉に、リュウモンがしゃがれた声で怒鳴り返す。扇子は晴香の手を離れ、カラカサの周囲を飛び回りながら声をあげる。
『どうせまた使い捨てられるんじゃろ!』
『そんなことないって! 晴香さんは──』
『湊斗ならまだしもこの小娘には無理じゃ!』
『ちょっと爺ちゃん、話を』
『喧しい! お断りだ!』
頑なに話を聞かないリュウモン。その態度を見て、晴香の額に青筋が浮かんだ。
「このじじい、好き勝手言いやがって──」
『……お願いだよ、爺ちゃん』
口を挟もうとした晴香は、カラカサの声で言葉を止めた。
それは、なにか覚悟したような……そしてどこかスッキリしたような、そんな声だった。
『……あん?』
癇癪を起こしていたリュウモンもその変化を感じ取ったのか、晴香と同様に口を閉ざす。
『わかるよ、爺ちゃん。爺ちゃんも、ニンゲン嫌いだもんね』
ぽそり、ぽそりと、呟くように。
カラカサが言葉を紡ぐ。
『オイラもそうだから、わかるよ』
カラカサは軽く深呼吸し、動きを止めたリュウモンに向かって言葉を続ける。
『晴香さんのこと、オイラも信用できないと思ってた。今までの人とおんなじで、湊斗に全部責任を押し付けて、戦いもせずに口だけ出して……って。でもさ──』
言葉を切り、若干申し訳無さそうな顔で晴香に視線を送る。
『でもさ、さっき一緒に戦って……もしかしたら違うかもって、思ったんだ。うまく説明できないんだけど、とにかく、思ったんだ』
リュウモンを見据えてそこまで言うと、カラカサは頭を下げた。
『晴香さんは、湊斗を助けてくれる人だ。だから──力になってほしいんだ』
そして顔を上げ、リュウモンと晴香を交互に見て。
『大丈夫。晴香さんは、"いい人"だよ』
どこか恥ずかしそうに、言葉を続けた。
『オイラも、オイラの相棒も認めた、いい人だよ』
『坊主……』
「カラカサ……」
カラカサの言葉に、リュウモンと晴香が顔を見合わせた──その時だった。
「ちょっ、姐さん! 危ない!」
タキの悲鳴がその空気を壊した。晴香と九十九神たちは同時に振り返り、そして見た。
──人ひとりを呑み込めるほどの水弾が、こちらに向かってくる!
「やべぇ!」
晴香は咄嗟に、タキを蹴り飛ばした。そして自らは射線上に残り、ガード姿勢を──
『小娘』
そんな晴香の手元に、いつの間にかリュウモンがいた。
「ぉわっ!?」
『坊主に免じて、協力してやろう。ワシを振れィ!』
目を剥いた晴香の右手に、開いたままの扇子が収まった──直後。
ゴバッ!
特大の水弾が、晴香とリュウモンを呑み込んだ!
「姐さん!」「晴香さん!」
晴香たちの姿が白い爆煙の向こうに消える。
タキと湊斗が声をあげる中、<鉄砲水>は勝ち誇るように口を歪めた。
「ハハハ! やったぞ! 仲間を殺した! これで"褒美"は俺のもん──」
そんな<鉄砲水>の言葉は、最後まで続かなかった。
突如、煙が渦を巻き──弾け飛ぶ!
「──ヌゥッ!?」
瞠目する<鉄砲水>の視線の先、爆ぜたはずの晴香は力強くそこに佇んでいた。その手に──卓袱台ほどもある巨大な、龍柄の扇子を携えて!
『行けィッ、小娘!』
「んん……オオォォ……!!」
リュウモンの声に応えるように、晴香は咆哮と共に全身に力を籠める。持ち手を両手で掴み、地を両足で踏みしめ、全身の筋肉を連携させ……晴香は全力を以て、"本気"のリュウモンを振り上げる!
「おおおおおおリャァァァァァァッ!」
晴香の咆哮に応えるように、突風が放たれる!
それは緑色に輝く超自然の突風だ。晴香が使ったエネルギーを数十倍に増幅させ、天気雨を切り裂き、小さな竜巻となって<鉄砲水>へと至る!
「ンなァッ……!?」
ゴアッ!!!
超自然の竜巻は<鉄砲水>は驚愕の声ごと呑み込んで、怪人を壁に叩きつけた!
「どわっ!? ちょっと晴香さん乱暴すぎ!」
巻き添えを食って尻餅をついた湊斗が声をあげる。晴香はその光景を唖然とした表情で見つめ、呟いた。
「……すげぇ」
『晴香といったか。大したもんだ』
晴香の手元で、その巨大な扇子──九十九神・リュウモンは宣言する。
『よかろう。坊主の頼みでもあるしな。力を貸すぞ、晴香!』
「……サンキューな、リュウモン。それに──カラカサも」
『へへ。こっちこそ、ありがとね、"姐さん"!』
晴香の言葉に応えながら、カラカサはカランと地を蹴った──中庭に居る湊斗に向かって!
(つづく)
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