碧空戦士アマガサ 第2話「オイラの憂鬱」 Part2(Re)
前回までのあらすじ
晴香は「衣食住の保証」の一環として、湊斗に対し実家・河崎道場での生活と、<時雨>への入隊を提案した。
入隊試験である晴香との組手を経て、湊斗は無事居候の座を勝ち取る。しかし、相棒たるカラカサはなにやら不満があるようで──?
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道場の屋根の上。空に浮かぶカラカサを見上げながら、胡座をかいた湊斗は呟いた。
「今日もいい天気だなぁ」
カラカサにはその声は届いていないようだ。そいつは空中でクルクルと回りながら『んー』とか『あー』とか呻いている。
そのまま15分ほど経った頃、カラカサはゆっくりと降下してきた。
「どう?」
カランと着地した相棒に、湊斗は問いかける。カラカサは自らの傘を閉じると、番傘の姿に変化(ヘンゲ)して湊斗の手元に収まった。
『んーまぁ、60%ってトコ』
「そっか。一応警戒しといたほうがいいね」
これは、湊斗たちの日課"天気雨予報"だ。
地脈や妖気の流れを元に、その日どの辺りに雨狐が出現するか検討をつけることができる、カラカサの特技である。
『たぶん昼過ぎに出てくると思う。場所は……あそこの大きな建物あたり、かな』
「あれは……ショッピングモールかな」
『まぁ、例の如くそこは参考程度でー』
カラカサの"予報"は時間については確度が高いが、場所については半径3キロとか5キロの範囲でズレるのであまり当てにならないのだ。
「おっけー」
湊斗は立ち上がると、カラカサを手に屋根の上を歩き始めた。自室として充てがわれた部屋に向かって移動しながら、相棒へと話しかける。
「とりあえず、降りたら晴香さんたちにも伝えよう」
『えー……別にいいんじゃない?』
カラカサは乗り気ではない様子で声をあげる。
『だいたい"協力関係"って言ってもさ、結局戦うのは湊斗じゃん。トクシュブタイだかなんだか知らないけどさ、足手まといが増えるだけじゃない?』
「んー。まぁ、気持ちはわかるけどさ」
湊斗はゆっくりと歩きながら相棒の言葉に同意した後、言葉を続ける。
「<時雨>が晴香さんみたいな人の集まりなら、協力する価値はあると思う」
『えー……」
「少なくとも晴香さんは、なんていうか……いい人だ。俺たちを利用しようとか、そういう感じはないんじゃないかなぁ」
少し遠くを見ながらの湊斗の言葉に、カラカサは腑に落ちない様子で声をあげた。
『なんでわかるのさ、そんなこと』
「んー。昨日一緒に戦って、今朝は組手もやったから……かな」
『そういうもんかなぁ』
「そういうもんだよ」
恐らくそれは、共に戦い、そして拳を交えた者同士の間に芽生えた信頼感だと思う。カラカサには伝わりづらいかもしれない。
自室の真上に辿り着き、湊斗は立ち止まって番傘を開きながら、「それにさ」と言葉を続ける。
「せめて、一宿一飯の恩義は返さなきゃでしょ」
『律儀だなぁ』
カラカサをさしたまま、湊斗は屋根から身を躍らせる。彼は妖力によって発生した浮力によって宙を泳ぎ、窓から自室へと滑り込んだ。
そこは四畳半の和室だ。隅に置かれた小さな卓袱台と湊斗の荷物以外にはなにもない──いや、扉の下になにか落ちている。
「ん。なんかある」
『メモ?』
寝てるようなので。起きたら、胴着洗濯するから持って降りてこい。あと今日は休み取ったから、お前の生活用品買いにいく。そのつもりで。晴香
「おろ。外出か」
『ねぇ湊斗』
メモを見ながら呟く湊斗の側で、カラカサが妖怪の姿に戻った。室内なので下駄は履いていない。
『あの人たちがいい人かどうかはわかんないけど、オイラひとつだけわかることがあるよ』
下駄を放り上げて傘の上でコロコロと転がしながら、カラカサは言葉を続ける。
『昼過ぎに雨狐が出るって言ったら、たぶんこのお出かけはナシになる』
「……それは、そうだね……」
湊斗は思案するように呟きながら、壁に掛けていた胴着を手に部屋の扉を開けた。
***
ショッピングモール"らららんど"の中庭には、心地よい陽の光が射し込んでいる。晴香は、最も日当たりの良いベンチを選んで腰掛け、呟いた。
「ふぅ。こんなもんかな」
「"こんなもん"って量じゃないような……」
呆れた様子で応じながら、湊斗は晴香の元へと歩み寄った。両手には紙袋やら箱やらが顔の高さまで積み上げられ、若干視界が危ういほどだ。
「姐さん、相変わらずまとめ買いっすね……」
後ろからついてきたタキもまた、呆れたように言った。彼も湊斗と同様、両手に荷物を抱えている。「よっこらしょ」とベンチにそれを置いて、タキは晴香の横に座った。
「仕方ないだろ。久々のオフなんだ」
そんなやり取りを横目に、湊斗も荷物を置く。そして、紙袋に挿さったカラカサを引き抜いた。
『ぷはぁ』
「ごめんね。苦しかった?」
『新品の服の匂いがした』
「そりゃそうだ」
湊斗は笑いながら、空を見上げる。
時刻は12時を回った頃。今のところ雨の気配はないが、カラカサの"予報"によればそろそろどこかで天気雨が降り始める頃だ。
──結局、言い出せなかったな……。
湊斗は内心溜息をつきつつ、晴香とタキをそれとなく急かす。
「さて、車に戻りましょ」
「あん? なんかあんのか?」
「い、いやそういうわけじゃないんだけど……」
言葉を濁す湊斗を見て、晴香は首を傾げる。曖昧に笑って誤魔化す湊斗に、カラカサが小声で声をかけた。
『湊斗、そろそろ時間』
「わかってる……」
それにしても、よりによって行き先が件のショッピングモールだとは。せめて降り出す前に建物を出ていたい。
そんなことを思いながら、湊斗は周囲を見渡した。
平日の昼間だというのに、"らららんど"にはそれなりの人が行き来している。家族連れやサラリーマン、近所のおばさん──暖かい中庭でランチを取る者もいて、平和な賑わいを見せている。
そんなとき、ふと立ち上がったのはタキだった。
「ちょっと飲みもの買ってきます」
「あ、じゃあ俺も」
そうして湊斗はカラカサを手に、タキの後をついていく。
自動販売機は、中庭の壁沿いにある奥行き2mほどの小部屋に設置されていた。中庭とはガラスで隔てられている。元は喫煙所だったようだ。
「んー。水でいっかなー。湊斗くんは?」
小銭入れを取り出しながら、タキが湊斗に問いかける。湊斗はざっとラインナップを確認し、口を開いた。
「俺はお茶が──」
「あっ!?」
湊斗の返事を、タキの声が遮る。
遅れて、キーンと小銭の落ちた音。
「あ……」
湊斗の反応も間に合わなかった。
タキの手元からこぼれ落ちた500円玉は、不運にも自動販売機の下へと転がり込んでしまった。
「あっちゃー……500円……」
肩を落とすタキをよそに、湊斗はさっさと地面に這いつくばる。
「あー。結構奥にありますね」
「み、湊斗くん!? 汚いよそこ!?」
タキの心配などどこ吹く風と、湊斗は自販機下に手を突っ込んだ。500円硬貨はかなり奥まで転がってしまっている。
「手だと届かないな……なんか棒とか……」
言いながら湊斗は立ち上がる。そして──左手のカラカサを見つめる。
「……流石に嫌だよね?」
『冗談でしょ?』
「だよね」
若干食い気味に答えたカラカサに、湊斗は笑って答えた。
さてどうしたものか。再び地に伏そうとした湊斗の後ろから、声。
「なにやってんだお前ら」
振り返ると、そこにはなにやら棒を持った晴香の姿があった。
「あ。晴香さん」
「これ使え。さっき買った突っ張り棒」
「おお、ありがとうございます」
湊斗は突っ張り棒を受け取った。右手でそれを持ち、軽く振ってみる。これならイケそうだ。
再び身体を屈めた湊斗に、晴香が声をかけた。
「なあ、カラカサ持っておこうか?」
それは、純粋な善意からきた声掛けだった。左手に携えたままの番傘は伏してなにかをするにはいかにも邪魔そうなのだ。
晴香のそんな何気ない問いかけに、湊斗の手元のカラカサがピクンと跳ねた。
『えっ。い、いや、いいよ!』
「なんでお前が答えるんだよ」
『いや、その……』
カラカサと晴香のやり取りを見ていた湊斗は、両者を交互に見て微笑んだ。
「……うん、お願い、晴香さん」
『み、湊斗!?』
驚きの声をあげたカラカサを、湊斗は晴香へと差し出す。
「大丈夫。晴香さんはいいひとだよ」
『ええ、いやいやもうすぐ時間が──』
「まぁまぁ。すぐ終わるからさ」
「あン?」
二人のやりとりに首を傾げつつ、晴香は喚くカラカサを受け取った。湊斗は突っ張り棒を手に再び自販機前に突っ伏す。
『湊斗ー! 早くー!』
「おい、暴れるな、こら」
カラカサは飼い猫が他人に抱えられたときのようにグネグネともがく。晴香はそれを落とさぬようにしながら、中庭に向かって数歩移動し──
「──ッ!?」
言い知れぬ殺気を感じ、その場で跳躍した。
刹那。
ゴアッッ!
刹那、晴香がそれまで立っていた地面になにかが着弾、炸裂!
「うおあっ!?」
『わっ!?』
声をあげたのは、タキとカラカサのようだった。
タキは衝撃で吹っ飛び、自販機に叩きつけられた。下敷きになった湊斗が「うげっ」と声をあげている。
着地した晴香はそれを一瞥し、カラカサを抱えたまま空を見上げた。
──雨が降りしきる、青い空を。
「天気雨……!?」
先日の<殴り合いの街>のような土砂降りの雨ではない。霧雨といった様相だ。
「タキさん、重い……!」
「痛ってて……ご、ごめん湊斗くん!」
タキと湊斗の会話を聞きながら、晴香は即座に状況を確認する。
降っている雨を浴びても、先日のような不快感はない。精神汚染系のものではないようだが──
「──っ!?」
ゴアッ!
思案を中断し、晴香は再び地を蹴る。一瞬前まで彼女が居た場所が爆ぜ砕けた!
「くそ、どこだ……!?」
晴香は受け身を取り、立ち上がって辺りを見回した。方向的には上から飛んできたように思えるが、怪人の姿は見つけられない。そして──三度目の、攻撃!
「チッ……!」
──明らかに、私を狙っている!
床が爆ぜる音を聞きながら、晴香は確信と共に駆け出した。
中庭にいた人々は突然の爆発に驚き、遠巻きにこちらを見つめている。天気雨に気付いて雨宿りする者、スマホなどを手に野次馬に興じる者──衆目監視の中、晴香は中庭の外周に沿って駆ける。
『ちょ、ちょっと!』
「おっと」
声をあげたのは、抱えたままのカラカサだった。彼はより激しく身を捩り、暴れる。
『オイラ湊斗のとこ行かなきゃ!』
「わかってる……危ねぇっ!?」
『うわぁっ!?』
言葉の途中で、晴香はカラカサを抱えて再び横に跳んだ。彼女の頭が一瞬前まであった場所を通過したのは──巨大な、水の塊であった。
「っ……これか!」
砲弾のような勢いで飛ぶ水弾は、ショーウィンドウのガラスに直撃。凄まじい破砕音とともに、窓ガラスが砕け散る!
警報が鳴り出して、野次馬たちもいよいよ身の危険を感じたのか、悲鳴をあげて逃げはじめる。そして──
中庭の水溜りから、黒い水柱が噴水めいてせり上がった。
「う、うわ!?」
「なんだこれ!?」
「怪物!?」
黒い水柱はのっぺりとした人型の怪人へと姿を変える。突如現れた異形の者たちを前に恐慌状態に陥る人々に、晴香は走りながら目をやって──遠くから、湊斗の声。
「晴香さん! カラカサを投げて!」
晴香は咄嗟にそれに従った。両手でカラカサを抱えたままステップを踏み、減速することなく振り返る。その勢いと共に、晴香はカラカサを放り投げた。
「湊斗! カラカサ! 怪人たちを頼む!」
湊斗のいる自販機コーナーに向かって放物線を描くカラカサを見ながら、晴香は言葉を投げた。
「私は客の避難を──」
晴香が言い終わるより、少しだけ早く。
ガラガラガラ……ガシャン。
カラカサの眼前で、防犯シャッターが一気に閉まった。
『えっ……へぶっ!?』
カラカサがそれに激突し、悲鳴とともに虚しく落下する。
「………………あ?」
晴香の口から言葉が溢れる。
「か、カラカサー!?」
「姐さーん!」
シャッターの内側から、二人の声。
晴香は冷や汗とともに、呟いた。
「…………やべーなおい。分断された」
(つづく)
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