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碧空戦士アマガサ 第2話「オイラの憂鬱」Part1(Re)

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- 第2章 調査編 -

【これまでのあらすじ】
 天気雨と共に起こる超常現象により発生する事件──通称"超常事件"。河崎晴香はその解決を使命として組織された機動部隊<時雨>の副隊長だ。彼女は調査の中で、超常事件を引き起こす怪人<雨狐>、およびその"天敵"を自称する青年<アマガサ>こと天野湊斗と遭遇する。
 雨狐を統率する存在<原初の雨狐>は、その圧倒的な力でアマガサを叩きのめした。「全ての雨狐を倒せば、雨狐の王と戦える」というゲームに挑むことになったアマガサは、<時雨>と共に戦うことを決意したのだった。

第2話
『オイラの憂鬱』

- 1 -

 ついこないだ大怪我で入院した晴香さんですが、退院したその日にまた怪我したとかで、今日明日は休むそうです。タキさんも同様。とりあえずトラブル時は乾までエスカしてください。あとタキさんから連絡あり、例のシステムは一旦活動停止だそうです。せっかく作ったのに……。
   ────超常事件対策特殊機動部隊"時雨"活動日報より抜粋

 都内某所、古い家屋の並ぶ住宅街の一角に、"河崎道場"と看板が掛けられた古武術道場がある。

「両者、構えて」

 時刻は朝6時。木張りの道場に響くのは、道場長・河崎光晴(ミツハル)の厳かな声。その声に応じて構えるのは──河崎晴香と、天野湊斗の2名だ。両者とも胴着に身を包み、晴香はどっしりと、湊斗は軽やかに構えている。

 両者の距離は2メートルほど。互いに一歩踏み出せば拳が届く距離だ。空気が焦げんばかりの緊張感の中──立会人である光晴が、スッと息を吸った。 

「はじめィッ!」

 声と同時に、両者は踏み出す。

「シャッ!」

 先に仕掛けたのは晴香。渾身の叫びと共に放たれた右拳を、湊斗は軽く叩くように受け流す。

 その口からシュッと細い息が漏れる。晴香は咄嗟に脛をあげた。ズシン、と湊斗のローキックが炸裂。脛で受けなければ足を折られていた。晴香は獰猛な笑みを浮かべ、攻勢を強めていく──

 一進一退の攻防が続く。そんな様子を眺めながら、道場の壁に立て掛けられた赤い番傘──九十九神<カラカサ>は、ため息をついた。

『はぁ……なんでこうなるかなぁ……』

 ──事の発端は、先日の雨狐戦……100体のアマヤドリとの戦いの後まで遡る。

***

「道場の居候?」

「そ。衣食住の保証ってやつだ」

 湊斗の言葉に、晴香は頷いた。

 たくさんの人が倒れ伏す、オフィスエリア。アマヤドリの最後の一体を倒すと同時に天気雨はやんだが、雨の精神汚染の影響か誰も目覚める気配がない。そんな人々の間を歩き回りながら、タキが慌ただしく本部に連絡している。

 そんな様子を眺めながら、根無し草で行き場のない湊斗たちに対して晴香が持ちかけた提案が、河崎道場にしばらく滞在することだった。

「私たちとしても、すぐ連絡取れる場所にお前がいたほうがなにかと都合が良いしな」

「おお、それは助かる──」

『ね、ねぇ湊斗?』

 湊斗の言葉を遮ったのは、その手に携えられたカラカサだった。

『本当に一緒に戦うの?』

「え、うん。今回も助けてもらったし」

『ほ、本当に……!?』

 なにやらゴニョゴニョ言っているカラカサに向かい、胡座をかいた晴香が言葉を投げた。

「なんか言いたげだなおい」

『う、うっさい! オイラは今湊斗と話してんだ!』

「ンだとォ?」

「まぁまぁふたりとも。落ち着いて」

 睨み合う晴香とカラカサを宥めたのは、湊斗だった。彼はカラカサを持ち上げながら、晴香に言葉を投げる。

「ごめんなさい、晴香さん。カラカサは色々あって人間嫌いで……」

 そしてカラカサに向き直り、言った。

「カラカサ。晴香さんはきっと大丈夫だよ」

『……なんでわかるのさ』

「一緒に戦ったから、わかる。それになにより──」

 拗ねた様子の番傘にそう言って、湊斗は深刻な表情で言葉を続けた。

「…………今日もまた野宿になるのは、しんどい」

『…………さいですか』

 呆れた声でカラカサはそう言って、番傘モードに戻ってしまった。湊斗は肩を竦めると、晴香へと再び視線を戻した。

「まぁそういうわけで、泊めてもらえるとすごく助かります」

「オーケー、ただな……」

 乗り気な湊斗に対し、晴香はひとつの懸念点を告げる。

「おそらくは、<時雨>に入隊するよう言われると思う」

「? なにかあるんですか?」

 なにか特殊な事情があるのかと、湊斗が身構える。晴香は神妙な顔で口を開いた。

「……じゃないと、たぶん家賃を取られる」

「それは困る」

 かくして、湊斗は河崎道場の門を叩くに至る。

***

 ……要するにこの組手は、<時雨>の入隊試験だ。

『あーもう、なんであんな人たちに……』

「カラカサくん、静かに。隊長にバレちゃうよ」

 ぶつくさと文句を垂れるカラカサに、タキが囁く。隊長とは組手の立会人である河崎光晴のことで、彼は<時雨>の隊長なのだ。

『あーはいはい……』

 ぶっきらぼうに答えながら、カラカサは湊斗と晴香の組手に意識を移した。

 両者の実力は互角。少なくとも、カラカサにはそう見える。

 晴香の拳を湊斗が往なし、湊斗の蹴りを晴香が防ぐ。晴香の強みはケタ違いのタフネス。一方の湊斗はスピードで圧倒している。どちらも一長一短といった具合だ。

 しばし打ち合いが続き、晴香の声と、湊斗の息の音と、打撃音だけが道場内を満たしていく──その時。

「ォラァッ!」

 気合の入った声とともに、晴香は少し大振りに右拳を繰り出した。湊斗は最初の一撃と同じく、それを軽く叩くように受流す。そして──少しだけ、晴香の体制が崩れた。

 そして湊斗は後ろ回し蹴りで、晴香の腿を狙った。晴香は咄嗟に脛を上げそれを受ける。

 さらに湊斗はその体制から、同じ脚でハイキックへと繋いだ。

 晴香はそれを屈んで回避し、反撃に──否。頭の上で両腕をクロスさせる!

 ドウッ!

 そこに湊斗の踵が落ちてきた。重い衝撃が晴香を揺らす。ハイキック姿勢からの変則蹴りだ。

「危ね」

 湊斗が瞠目する中、晴香は呟くと、今受け止めたのとは逆の脚──湊斗を支える左脚に、足払いを掛けるべく動く。しかし──

 「セァッ!」

 そこに響いたのは、湊斗の気合の声であった。

 刹那、晴香の眼前に、湊斗の左脚が迫る!

 晴香が受け止めた右脚を起点に飛び上がり、左脚で蹴りを放ったのだ。変則的ではあるが、俗にサマーソルトキックと呼ばれる空中殺法である!

「どぁっ!?」

 晴香は咄嗟に仰け反り、その勢いのままバク宙した。湊斗もサマーソルトキックの勢いで宙返りし、空中で体制を整える。

 ズダンッ!

 着地は同時。

 晴香は即座に攻撃に転じ、湊斗の顔面に右ストレート。対する湊斗もまた着地と同時に攻撃に転じ、晴香の顔面に左ストレート。

 両者の拳は、互いの鼻先1cmのところで寸止めされた。

「──そこまでッ!」

 光晴の声が、道場に響く。両者は構えを解くと互いに二歩下がり、一礼した。板張りの床に汗が落ちる。晴香も湊斗も汗まみれだ。

「いや、大した腕だね」

 胴着で汗を拭う二人を見ながら、光晴はそう言った。

「ありがとうございます」

 湊斗は肩で息をしながら、光晴の言葉に応えた。

「だろ? 強いんだよこいつ」

 孫娘の言葉に、光晴は柔らかな笑みを浮かべて立ち上がる。その体躯はしなやかに伸び、ぴんと張った背筋は歳を感じさせない強さを放っている。

「蹴りが多いね。空手?」

「ええ、ベースは。ただ、ほぼほぼ我流です」

「ほー。大したもんだ」

「で、試験結果は?」

 湊斗と光晴の会話を遮り、晴香が声をかけた。

「うむ。戦いを見るに悪い奴ではなさそうだし、腕もたつようだ」

 光晴は門下生たちを見回した後、湊斗へ向かって言った。

「合格。入隊を許可しよう」

「よっしゃ」

 ガッツポーズを取る晴香のそばで、湊斗はほっと胸を撫で下ろした。

『ちぇっ……』

 そんな様子を見ながら、カラカサはひとり、そう呟いたのだった。

(つづく)

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