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有限会社うまのほね 第1話「学校の七不思議」 Part6

[] [目次] []

前回までのあらすじ
 馴染みの小学生・カンタの友達が"ドローンのお化けにさらわれた"。飯島ハルキはカンタの依頼で、現場となった小学校に乗り込む。
 道中で出くわした人体模型に驚いて盛大にチビってしまったカンタのためにトイレに立ち寄るも、そこで七不思議"カリカリさん"と出くわしてしまい──?

 件の"隠しトイレ"は階段の裏側に位置している。カンタに引っ張られてトイレを飛び出した俺たちは、その階段の踊り場までやってきた。

 立ち止まったカンタは「よし」と大袈裟に頷く。

「ここまでくれば大丈夫だ……!」

「そんな離れてねーけどな?」

 耳を済ませると、開いたままの扉からは引き続きカリカリと音が聞こえてくるような距離だ。

 とりあえずカンタが大丈夫と言うなら大丈夫なのだろう。俺はそう判断し、彼に問うた。

「で、なんなんだその"カリカリさん"ってのは」

「おっちゃん知らないの……? ホントに秋小の出身……?」

「いや、トイレと言ったら花子さんだろ」

「だから誰それ……」

 そんなやり取りをしつつ、俺はカンタと共に踊り場に腰を降ろす。カンタは深刻な表情で口を開いた。

「カリカリさんは、あそこのトイレの一番奥……"開かずの個室"に住んでるんだ」

 確かに、2つしか無い個室の片方は扉が閉まっていた。思い返しながら、俺は先を促す。

「それで?」

「だから、あそこのトイレはカリカリさんの縄張りなんだ。長居するとカリカリさんが怒って、あのカリカリ音がどんどん大きくなってって、そんで……開かずの個室が、開くんだ!」

 カンタは身震いし、俺の服の裾を掴んだ。

「そこには女の子が立っていて、捕まったら最後、トイレの中に引きずり込まれるんだって……!」

 ──トイレの花子さんじゃん!

 俺は言いかけたのをこらえた。カンタはそんな俺の様子には気付かず、「だから!」と言葉を続ける。

「あそこのトイレを使うときは3分以内に出なきゃいけないんだよ。わかった?」

 ついさっきまでボロ泣きしていたのが嘘のように叱るようなトーンで言うカンタに、俺は「お、おう」とだけ答えた。

「あーもうマジで怖かった……」

 カンタは大きく息をついて、カリカリさんがいかに怖い存在であるかを語り始める。

 ……だが、俺の耳には入らなかった。それは、あのカリカリ音が気になった……というか、聞き覚えがあったからだ。

 あのカリカリ音。

 木の板を鉄の棒で引っ掻くようなあの音。

 あれは、そう。俺の気のせいではないと思う。

 ……あれは、ハードディスクドライブの駆動音だった。

 2000年代初頭に使われていた記憶媒体で、当時のほぼすべてのサーバーやパソコンに採用されていたものだ。今の記憶媒体と比べると段違いに書き込みが遅く、壊れやすかった。うちの店にも時折修理依頼が来るが、面倒な品なのでさっさとPCの買い替えを勧めるようにしている。

 その音があそこから聞こえるということは、あの「開かずの個室」では4〜50年も前のサーバーが稼働している可能性がある。

 大方、なにかしらの目的でサーバーを置こうとしたが場所がなく、個室をひとつ潰して……長らくの間、そのままなのだろう。

 ……技術者目線で見ると、そっちのほうが怪談なんかよりもよほど怖い。

 頭を抱える俺を見て、カンタが首を傾げた。

「おっちゃん、聞いてる?」

「ん、ああ、大丈夫。ちょっと疲れただけだ」

 とはいえ、カンタの夢を壊すのは気が引ける。後日ゆっくり点検にくることにして、俺は立ち上がった。

「さて、もう日が暮れそうだし、そろそろタロウ連れて帰るぞ」

「うん!」

 カンタも元気に返事をして、立ち上がる。そんな時──階下から、声。

「……カンタ?」

「お?」

「タロウ!?」

 引き寄せられるように、俺たちは階段を降りた。視線を廊下に移せば、そこは3号棟1階、理科室から続く廊下。

 そこには、なんだかボロボロのタロウの姿があった。彼は俺たちの姿を見ると涙を零しながら口を開く。

「やっぱりカンタだ! おっちゃんも!」

「タロウ! 助けにきたよ!」

 タロウに向かい、カンタが駆け出した──その時だった。

 カリカリカリカリカリカリカリカリカリカリ……。

 俺たちとタロウの間、"隠しトイレ"に繋がる通路から、件のカリカリ音が響いて。

 カリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ

 そのカリカリ音が、蜂の羽音のような音にかき消された。

「カンタ!」

「え──」

 止めるいとまもあらばこそ。

 ゴッ──

 "隠しトイレ"の通路から真紅の影が飛び出してきて、カンタの頭蓋を打ち据えた。

「ッッ──」

 ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ……

 倒れこむカンタに駆け寄ろうとした俺の眼前に、そいつが立ちはだかる。

 向こうでタロウが悲鳴をあげる。カンタが倒れこむ。俺は工具箱を手に身構え──睨み据えた。

 眼前に立ちはだかる、血のように赤い警備ドローンを。

(つづく)

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