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32通目 森鷗外の旧居へ行きましたよ 続き

 森鷗外旧居の話の続きです。

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 裏庭へ出て、ろう下を見ていました。左手の突き当たりは、お手洗いで、今は使われておりません。

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 どの戸も、小さく感じます。
 ろう下(縁側)に手をついて、開け放たれた部屋から玄関先の庭を見て、玄関に戻りました。

 通り土間から出て、玄関で靴を脱ぐとき、もう一度「お邪魔します」と言いました。
 立って歩くと、自分が図々しい人間のような気がしてきます。
 かがんで奥の部屋へ進むと、階段が屋根裏に続いているようだけれど、蓋がしてありました。
 その右隣の部屋には、小さなテーブルがありました。六畳間です。
 玄関から一番右奥の部屋は、四畳半です。

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 何故か落ち着いた気持ちになって、裏庭の見える縁側へ行って、少し腰掛けました。
 隣のビルの壁が見えました。それと、何も生えていない花壇。
 お手洗いを見上げてみました。
 寂しくなって、一番広い部屋へ行くと、床の間に「天馬行空」と隷書体で書いた掛け軸があって、下に、この掛け軸は鷗外が書いたもののレプリカですという説明のプレートがありました。

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 また少し寂しくなって、それぞれの部屋の畳数と位置から確認して、何に使われる部屋かを想像していました。
 玄関側の縁側に出て、沙羅の木(百日紅)が立っているのをぼんやり見ていました。それから左を向くと、上手側のお手洗いがありました。

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 縁側から、さっき玄関へ行くときに立ち話をしていた方々の様子を伺いました。
 楽しそうに話しています。
 奥の、テーブルの部屋へ行って、そこに置いてあるこの家のミニチュアを見て、階段の部屋へ行って、そこから台所を見ようとしてみたり、振り向くと、玄関から門に続くまっすぐな短い道が、外の光で明るく見えました。

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 わたしは「お邪魔しました」と言って、玄関の間に進んでから、もう一度「天馬行空」の掛け軸の方を見ました。

 一呼吸して、玄関に腰かけて、ブーツを履きました。
 立ち話の二人は、もういません。
 立ち上がって右を見ると、係の人が庭の掃除を始めていました。
 「お邪魔しました!」と声を掛けると、笑ってお辞儀しながら「またお越し下さい」のようなことを言いました。

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 わたしは笑ってお辞儀して、森鷗外旧居の門を出て、駅へ戻るために左へ曲がりました。

 昔バーテンダーをして働いていたビルが、左斜め前にあります。
 あの頃は、うつむいて、肩を内側に丸め込んで歩いて、弱っていそうな人間を見ると揶揄って嗤う人たちの中にいるのが怖かった。
 だから、ちっとも偉くなってないのに、駅へ向かうわたしは、背筋を伸ばして、ハキハキ歩いて、母と母の友人知人へ水とのど飴を買いに、コンビニへ入って、人々が少しもわたしを嗤おうとしないのを確かめると、そのまま真っ直ぐ駅へ歩きました。

 森鷗外旧居へ行ったときのことは、これでおしまい。
 京町の方もぼんやり見ながら、弱った顔だけはしないと誓って、旧居のパンフレットを読み始めました。

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 二〇二一年十二月一日

 ずっと昔にもうこの世にいない鷗外先生だけど、勇気と元気をくれてありがとうございました。


 11.729光年彼方へ枯渇しても愛を湧かす 32

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難しいです……。