見出し画像

被災者が語るマスコミが報道しない大震災の裏側

おはようございます。

たたろーです、毎日思った事を書くやつ8日目になりました。

今日は日本最大の災害とされるタイトルについてです。

私は宮城出身で、今も宮城に住んでおります。

もっと言えば宮城県の石巻市というところで、東日本大震災のテレビなどで
知った方も多いかも知れませんね。

高潮や大潮で長らく冠水した地域です。

当然死者も多数でました。

前置きとして私が被災した際の状況を少し説明します。

私が震災の被害にあったのは、宮城県多賀城市にある当時フィッシャーマン
という名前の釣具屋で国道45号線に面している場所です。

店内で地震があり数秒で店内の照明は全て揺れ落ち、すぐに停電。

日中でしたが、店内は真っ暗に。

すぐに店の外に避難すると、向かいのauショップでは看板が落ちてくるなど
正直状況をすぐには理解できていなかったと思います。

その後も揺れは30分程続きました。

車で移動中ラジオにすると津波注意報が発令され、津波を避けようと車を仙台方面に走らせるも信号も全て停電している為、大渋滞。

周囲の確認と困っている人がいたらと思い、車の窓は全開で走行。

歩道橋の上に避難している人から何度も悲鳴が。

その直後、大量のゴミと一緒に津波が押し寄せてきたと思えば
私の車が一番最初に流されてしまったんです。

廃工場の様な鉄骨でできた建物にぶつかり、その後周辺の車は
次々と私の車の上へ積み重なりました。

津波がきて10分程度の出来事だったと思います。

積み重なった車を足場にして、窓から脱出し工場の2階へよじ登りました。

多少濡れたのと、外は雪でしたので一緒に逃げ込んだ人達と火をおこし
一晩ここで過ごそうかと話していると、夜中にヘリが来ます。

誰から救助してもらうか相談し、お年寄りからということで
最年少だった私は、最後にヘリに乗るという話に。



しかし、残念ながらそのヘリは全てマスコミで救助ではありませんでした。


窓も無い倉庫の様な廃工場で、ブルーシートに包まり暖をとって
一晩過ごしました。

そのまま朝を迎え、外へ出ると見事なまでのゴーストタウンに。

国道を車で塞がれている道もあり、高さ5メートルくらいまで重なった
車をよじ登り、地元の石巻へ戻るよりも仙台に逃げた方が近いし安全だと
思い一旦仙台へ。

途中で病院の避難所に寄り、味噌汁を頂いたりしながら10時間ほど歩きました。

食べ物・飲み物は買うこともできず、手ぶらですが仙台の友人の家に5日間
お世話になりました。

5日後にやっと臨時の仙台〜石巻バスが走ることになり(当然の様に有料)
ようやく石巻に帰ることができました。

石巻駅に着いてみると地元なのに迷子になりそうでした。


それはそれは変わり果てた町、はっきりと覚えていますが
そこは完全に私の知らない場所でした。


通れない道も多数あり、車両専用トンネルを徒歩で通ったりして
6時間歩いてやっと自宅へ。

家族は全員無事でしたが、実家は床上浸水で家族全員で掃除をしてました。

それからは、深刻な食料問題や衛生面での問題も多数でてきます。


石巻は海に面しており、漁業などが盛んで大きな市場もあります。

驚くことに、なんて事のない道端に30キロはあるであろうマグロが
転がってたりしました。

初めてみる切られてない姿のマグロは腐敗し、酷い匂いを放っていました。

釣りが趣味の私としては、初めてのマグロは釣り上げて膝抱っこしたかったです。

その他にも市場から流されてきたと思われるサバ・イワシ・カツオなど
どれも腐敗して、酷い匂いです。

その魚達も撤去されるまでに2ヶ月以上かかり、ハエが大量に発生する
新たな問題も生まれ、空き缶を切ってコバエホイホイを自作する家庭も
多くありました。

しばらく電気・水道・ガスはいうまでもなく使えませんでしたが
電気は親父の発電機で夜を過ごすくらいはできました。

それから2ヶ月くらい経ってまだ全然大変ではありますが、夜に家族でテレビを見ていた際にたまたま映画がやっていたんです。

その映画がデイアフタートゥモローだったんですよね。

さすがに不謹慎でしょう。

津波は怖いものだよ〜とでも言いたかったんでしょうか・・・

全く理解できません。



それから半年〜1年〜3年と経ち、少しずつ復旧が進み今に至りますが
世間のニュースやテレビでは語られていないことが沢山あります。

死者が何名、芸能人がボランティアに、冠水が、2次災害で火災
自衛隊が給水作業、あれから何年・・・

大体こんなニュースばかりでしたね、これから記載していく内容は
報道できない様な内容ばかりなので知らなくて当然だと思います。

では、私が23歳で見たこの世の地獄をご覧下さい。

目次

・無法地帯
・食料物資は足りてた?足りてなかった?
・殺人も
・芸能人とか来ても意味ねーから来んな!!!
・あれが東京だったら・・・


・無法地帯

これは被災者や地元の方でも知らない人は知らないでしょう。

私は23歳の時に被災したので、友人達と集まった際に
あいつとあいつは死んでしまった・・・とか
あいつは子供連れて東京に行ってしまった・・・とか
安否確認をする機会があったんです。

俺は悪だったなんて言いたいとは毛ほども思いませんが
私の周りにはなぜか悪い奴が沢山いたんですね。

そんな悪い奴らの中には、コンビニを探してATM機から夜な夜な金を抜き
震災バブルだーなんてはしゃいでいたバカもいました。

空き巣の様な事をする奴も多く、被災していない店でもガラス壊して
侵入し盗むなんて当たり前の様に聞く話でした。

基本的にそんな奴らは金の使い方も知らないバカが多いので
急に大金を使いまくって捕まった奴もいますが、大体は捕まっていません。

紙幣番号も震災時のレジも無いような小さなお店で使ってしまえば
追跡しようがないのでしょう。

そもそもですが、停電している訳ですから防犯はもちろん、証拠もない
んですよ。

夜出歩けば明かり1つ無いんですから。

しかし、そんなバカよりも遥かにタチが悪いのがヤクザです。

実家住みだった友人は両親が親族宅に避難していたそうなんですが、職場から実家が近い友人は一軒家に1人で住むことになったんですね。

もちろん1階部分は住めないので2階のみ、電気はないのでランタンを。

流石にさびしいだろうということもあって、友人達と相談し交代で
その友人宅に泊まることにしたんです。

電気がないから、携帯電話も充電できない。

そもそも電波もないんです。

暇つぶしが何ひとつないんですよ。

それに加えて、夜になると黒塗りの県外ナンバーの高級車が
徘徊してるんです。

お察しの通り空き巣です。

悪知恵が働くな〜と感心してしまう程なんですが、当時の状況として
携帯なし・電波もなし・警察もなし・扉が壊れていると家の鍵もなし。

想像できますかね・・・助けてもらう方法が何もないんです。

危険回避なら避難所に避難する方法ももちろんあります。

しかし、基本的には避難所は高齢者の方用みたいなもので、家に住むこと
ができれば遠慮しようみたいな状態だったです。

避難所は人だらけでとても生活できたものではありませんでしたし。

きっとあの状態なら空き巣なんて誰でもできたんです。

誰もいない住宅街の、誰もいない家に入るだけですから。

仮に誰かいても問題ありません、通報されませんから。

企業や工場などでも多数の空き巣被害がありました、同様の理由で
簡単だからです。

通常警備システムがどこの企業にもありますが、停電しているのでは作動しませんよね。

特に工場では発電機などが高値で取引されているそうで、発電機は
私の親父の会社でも10数台被害にあいました。

悪い人ってのはチャンスとあらば県外だろうと来るんですよ。

そんな状況だと、家に1人でいるのって非常に危険だったんです。


・食料物資は足りてた?足りてなかった?

結論からいうと地域による物資量の差が酷いもんでした。

幸い私の地域は足りていましたが、ここで一般的な食事の話をしましょう。

皆さんはお昼ご飯にコンビニでおにぎりを買おうと思った場合
何個買いますか?

普通の方は2、3個でしょう、おにぎり1個に唐揚げ君みたいな人も多いかも知れませんね。

しかし私の住んでいた地域だと朝昼晩におにぎりが居住人数✖️5個の
おにぎりが届くんです。

私の場合だと当時、両親に祖母がいましたので4人家族です。

1日で60個のおにぎりを消化することになります。

普通に考えて無理でしょう。

申し訳ない話ではあるんですが、そうなると廃棄するしかないんです。

震災自体が3月の春先だったのも救いですが、前置にもあります通り
衛生上の問題がありました。

食べきれない食料物資が大量に廃棄され、そこにハエが・・・

女性ですと、ナプキンを入れる為だけのゴミ袋なんて用意できませんから
もちろん食べ物とか燃えるゴミと一緒です。

そのゴミも頻繁に収集してもらえる訳ではありません。

信じられないと思いますが、本当にハエがすごかったんです。

物資は他にもとにかく食料でした。

食べ物は困らなくなった、では次に困るのは?

様々な考えがあるとは思いますが、私はガソリンでした。

1人10リッターまでですと制限された上にガソリンスタンド自体やってる所が
少なく、大行列でした。

10リッター給油するのに2時間並ぶなんてこともありましたしね。

被災してみないと本当に必要な物はわからないと思うんですが
食料やっとけば死なないだろって感じがして、捨てる側は本当困りました。

あれは非常に無計画だったと思います。


・殺人も

殺人と言えばどんなものを思い浮かべるでしょうか?

ドラマの事件みたいなものが一般的なんですかね。

震災で起こる殺人と聞けば、食料がなくて・・・とか
物取りの犯行とか・・・思われるかも知れませんが
実際にあった殺人は交通事故です。

避難しようにも後ろから津波が迫ってる・・・

車は大渋滞で動きそうにない・・・

そうです、歩道に歩行者がいたのに歩道を車で走行し
歩行者を轢いてでも1人急かせかと避難した奴がいるんです。


今更ではありますが一応確認です、本当の話です。


その後、逮捕されたのかまでは私にはわかりませんが
轢かれた後にあの津波がきてしまうと、津波で亡くなったとしか
判断されないように思えます。

1万人以上が亡くなったのに1人1人死亡原因確認とか、ましてや
解剖なんて絶対にできませんからね。

タイヤの痕とか証拠なんて残りません。

その道路がもうありませんから、その車も恐らく廃車になってるでしょう。

津波のせいにすれば、合法とは言いませんが殺人が成立して
しまう状態だったんです。

その犯人ですが、地震があった時にパチンコ店にいて大勝ちしてたのに
避難させられて、店員と勝ち分で揉めていて避難が遅れたというのだから
救いようがありません。

津波は全てをのみ込んでしまったとはよく言ったもので
大事なことや、大事な人は生き残ってはくれないのに
死んでもいいような奴が生き残ってしまいます。

今もそいつが生きてるとは思いたくないですが、そんなことも
実際あったのです。


・芸能人とか来ても意味ねーから来んな!!!

正直なところ、これは本当に迷惑でしょうがありませんでした。

アイドルやら格闘家やら軍団やら芸人やらアーティストやら・・・

挙げればキリがありませんが、これは本当に本当に迷惑でした。

テレビでは大々的に『〇〇さんが被災地で炊き出しを』

みたいなのがありましたが、これは本当に被災地を思ってるのかね?

中には良かれと思って行動してくれた人もいるかも知れません。

瓦礫撤去とかを手伝ってくれた格闘家さんなんかはよくわかって
くれてるなと思いました。

他にはお忍びで・・・とかもわかります。


ただ、イベント感覚で被災地にくる奴が多すぎる。


ファンがきてお金を落としていけば、県全体で見れば後々経済効果が
あるのかも知れません、でも大事なのはだった訳です。

被災者は目の前の事で一杯だった訳ですよ。

そもそも何が迷惑って道路が物凄い渋滞する、それによって各作業や
瓦礫撤去などが進まなくなる。

炊き出しを食べてるのは、全く被災と関係ない県から来た奴が
ほとんどで被災者の為の炊き出しになってない。

もし本当に被災地を思うのであれば、募金してください。

それでいいんです。

でもね?タレントさんは募金となると途端にしなくなるでしょう?

仮に募金してもテレビの番組でしたりするでしょう。

タレントは自分にもメリットがないと募金なんてしないんですよ。

イチローさんや、孫さんは個人で巨額の義援金を出してくれたのが
有名になりましたが、薄っぺらいタレントは結局売名目的だったり
好感度目的なんですよね。

そんな中炊き出しなんかではなく、残るものを持ってきてくれた方も
いました。

国民的アイドルグループの1人が、確か任天堂DSだったと思うんですが子供用にゲーム機を持ってきて小学校で配るということもしてました。

個人的に来てゲーム機を置いてすぐに帰ったそうですが、そういう対応を
お願いしたいです。

ちなみにそのゲーム機は残念ながら、あまりに不公平ということで
お返しになったと後に聞きましたが炊き出しなんかよりずっと良いです。

上記にある通り、地域に差はあれど物資は十分だったんです。

わざわざ炊き出しなんてして貰わなくて結構なんですよ。

今後も何かあればそういう事をするタレントが出てくると思うので
是非人間としての薄さを感じて欲しいと思います。

地元民は非常に迷惑でした。


・あれが東京だったら・・・

最後に、あれが東京でおきたら…

テレビでたまにやってましたね、東京なら地下鉄がどうのとか。

実際に被災した目線で考察したいと思います。

ちなみに東京には1年だけですが住んでました。

停電は避けられないと思いますが、短いと予想し7日経たずで大部分が復旧するでしょう。

しかし、逆に考えると7日間は電気が使用できないんです。

帰ってきても、部屋の電気は点けられないし風呂だってボイラーが使えなければお湯は出ません。

そして、1つ目で話した通り電気がないということは無法地帯になります。

もちろん津波の有無で被害は変わります。

しかし、津波の有無に関係なく停電は避けられません。

東京は日本でもっとも電力が使われているでしょう。

そんな東京で電気が7日間使えないんです。

ただ、あの震災以降は警報や注意報はより信憑性の高いものとなりました。

大丈夫だろう、津波なんて来ないだろうと避難しない人は少なく死者はそこまで多くならないのではと思います。

しかし、地震・津波よりも問題な点があります。

東京は人口が密集しすぎている点です。

更に公共機関での移動に慣れすぎているのです。

地方では車移動が当たり前です、東京では車を持ってない人が大多数ですよね?

では、公共機関なしの移動となると何が考えられますか?

自転車くらいなものでしょう。

バイクも有効ですが、所持数はやはり少ないですよね。

そうなると、数日でも避難所に避難する確率が高くなります。

そこに問題があるのではと考えています。

立派な建物や会社が多くありますが、民間施設はどれだけありますか?

ただでさえ避難所数の少ないところに、大量の人が押し寄せることになると思います。

もちろん何時間歩いてでも、家まで歩けるって人はいいんですが女性はどうでしょう?

バスで帰るつもりだったお年寄りはどうでしょう?

東京での震災はもちろん救助も早いとは思いますが、道路の混雑と救う人数が多いので時間が掛かるのは目に見えてます。

そんな人々は非常に辛いことでしょう。


そして最後の問題は、やはり犯罪です。

殺人はほぼ間違いなくあると思っています。

そんな訳ないじゃんと思うかも知れませんが、東京で被災すればストレスの溜まり方が尋常ではないでしょう。

殺人以外にも空き巣・万引き・引ったくりはとんでもない件数になるのは明白です。

先にも書いたように、停電の間は防犯のしようもなければ証拠も残りません。

普通の人は自分の身と大切な人の身を守ることしか考えられなくなるんです。

そして、それが被災時の最大の防衛となります。


以上が被災者の私が経験した全てです。

もちろん様々な見解があって、私が被災者だからといって正しい訳ではありません。

少しでも震災に対して、自分のできることすべきことを考えて頂ければと思った次第です。

はじめて有料の記事を書いたのでつまらなかったかも知れませんが、最後までご覧頂きありがとうございました。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?