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海太郎、海を行く #2 シロギス

海岸の棚に着いた海太郎は、そこで何年振りかにシロギスたちに話しかけてみた。

「こんにちは」

「やあ、こんにちは」

だが、そのあとの会話が続かない。子供の頃は、彼らと一体どのような会話をしていただろうか。元来、沈黙に耐えられない性分の海太郎は、無理やり話しを捻り出した。

「きみたち、知ってるかい?」

「何をだい?」

「我々人間の世界では、きみたちシロギスは、わりと美味とされているんだ。特に天ぷらね。でも、美味とされているとはいえ、誰もが毎日、シロギスの天ぷらを食べるわけではない。自宅で油を沢山使う天ぷら料理を、主婦は手間だと感じるからだ。うちのおっかあもそうだ。たがらシロギスの天ぷらは、会合の席などで、たまにつまむ程度なんだ。ほんと、たまにね」

「ほおほお、それでそれで?」

「天ぷらは天つゆにつけて食すんだけど、俺は天つゆというのは、好きでもないし、嫌いでもない。なぜなら、妙に薄味だからだ。シロギスの揚げたて熱々天ぷらを天つゆに潜らせたところで、くちの中に放り込んでも、それほど天つゆの味がしない。つまりパンチがないんだ。だったら、始めから塩につけて食べるのがのぞましい。そのほうが熱々のままいただける。それでも、どうしても天つゆしかないというのなら、せめて、天つゆの中に大量の大根おろしが欲しいところだ」

「きみが我々に何を言いたいのか、よくわからないよ」

「わからない? わからないかなあ。きみたちシロギスは、我々人間界では、わりと重宝されてるってことだよ。外国では、どうか知らないけどね」

「ならば最初から、美味しい、まあまあ需要はある、それだけ言いなよ。口数多いわりに中身はスッカスカだよ。あとね、無駄に早口だし、声も大きくて高圧的。向かい合っていて圧迫感がある」

たしかに。また悪い癖が出てしまったと海太郎は恥じた。単に沈黙を恐れていただけで、シロギスたちに、きみたちの天ぷらは云々伝えたところで、それを聞かされた彼らからしてみれば、リアクションのとりようがない。

ならばと、シロギスたちがもう少し気分良くなるような話を心がけようと、海太郎は話題を換えた。

「そうそう!きみたちシロギスはね、意外と力持ちとして知られているよ」

「俺たちが力持ち? そんなわけないだろう。全長は、せいぜい15センチから20センチ程度。力なんてあるわけがない」

「そこそこ!そこなんだよ。小さい魚なのに、釣る時の引きが強いってことで有名なんだよ。みんな知ってる」

「本当にそんなこと有名なのか? みんな誰でも知っているのか? きみの言葉は、なんだか軽いなあ」

「有名というのは、少し言い過ぎたかもしれない。これはあくまで、釣り好きのあいだではってことだよ。まあ、言われてみれば、釣り好きみんなが知っているかどうかは断言できないけど」

「得意分野に関する事だけ饒舌になり、さも世の常識であるかような言い回しはやめたほうが良いよ。そもそも、我々がシロギスという名前であることを知らない人たちのほうが多いんじゃないかな?」

きみが我々に何を言いたかったのか本当にわからない。シロギスたちはそう言うと身をキラリと翻し、弾丸のように海太郎の前から去って行った。

傍らでは昆布たちがユラユラケラケラ笑っていた。

「何を笑っている。おまえたちは俺を笑えるほどの存在なのか? おまえたちなど、ワカメ以下だ」

シロギスたちに、まともに取り合って貰えなかった悔しさ、小っ恥ずかしさ、やるせなさ、海太郎はその苛立ちを昆布たちにぶつけたが、彼らは海太郎の八つ当たりをユラユラ受け流し、相変わらずケラケラ笑っていた。

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