ドラキュラ ノート(5)
犠牲者、あるいは保護される者(後)
フローレンスとかわいそうなO
1878年、ブラム・ストーカーはフローレンス・アン・レモン・バルコムと結婚した。フローレンスはジョージ・デュ・モーリア(*)をして、「自分が出会った三人の美女の一人」と言わしめた美貌の持ち主だった。
* 作家『トリルビー』の作者
フローレンスもストーカーと同じアイルランド生まれで、二人はダブリンで知り合った。
実はフローレンスはストーカーより前にひとりの男性から求婚されていた。オスカー・フィンガル・オハラディ・ウィルス・ワイルドである。
ストーカーはダブリンのトリニティー・カレッジでワイルドの先輩だった。カレッジでストーカーが哲学会の会長をしているとき、ワイルドはその会員だった。
二人は年の離れた友人で、ともに名優ヘンリー・アーヴィングの大ファンだった。
1875年、20歳のワイルドは16歳の美少女フローレンス・バルコムに金の十字架に二人の名を刻んでプレゼントし、求婚した。このころワイルドはオクスフォード大学に通っていたが、フローレンスは答えることはなかった。ワイルドもフローレンスも貧しかったのだ。
フローレンスがブラム・ストーカーと結婚した時、ワイルドは怒って彼女に贈った十字架を取り戻そうとしたが、結局果たさなかった。
ワイルドとストーカーの仲は一時的に悪くなった。が、その後は修復し、また友人として付き合うようになった。ただし、真ん中にフローレンスを挟んで・・・だが。
フローレンスの主催するサロンに、ワイルドも顔を出すことがあったという。ストーカー夫妻とワイルドは共通の友人も多かったのである。
ワイルドは童話集『幸福の王子』に手紙を添えてフローレンスに贈っている。
「気に入ってもらえるとうれしい。どれも単純な話だけど・・・。ブラムによろしく」(仁賀克維 訳)
また、『サロメ』のフランス語版(オーブリー・ビアズリーの挿絵)も彼女に贈呈してる。
1895年、オスカー・ワイルドは同性愛の罪で告訴され、有罪判決を受けた。二年の懲役と重労働の刑である。トレードマークの長髪も丸刈りにされた。
キリスト教世界ではそもそも同性愛には否定的だったが、イギリスは1885年の刑法改正で、同性愛に対する罰則が一層重くなっていた。
数年前に日本の女性代議士が同性婚を非生産的と言ったことが論議を呼んだが、まさに19世紀の大英帝国では、同性愛は不毛で非道徳的な断罪すべき悪だったのだ。
1897年、刑を終えたワイルドはフランスに亡命した。その手配は、かつての愛人でその後生涯の友人でもあったロバート・ロスが行ったという。
ストーカー夫妻は大陸へ旅行した時、ワイルドを訪ねている。友情は続いていたのだ。
フローレンスは息子を一人出産した後、夫と寝室を別にしていた。
二人は仮面夫婦だったとか、フローレンスは不感症だったとか、実はブラムは梅毒に感染していたのだとかいろいろ言われているが、噂以上のものはないように思える。
そのことは横に置いておいて、フローレンスは自分の部屋にワイルドの思い出の品を置いて、それに対して「かわいそうなO(オー)」と呼び掛けていたのだという。
一人の女性に複数の男性が求婚するというシチュエーションは、『ドラキュラ』のなかでルーシー・ウェステンラに対して、アーサー・ホルムウッド、ジョン・シュワード、クインシー・モリスが同じ日に立て続けに求婚したという場面に重なる。そして、その後も男たちの友情は変わらず続いたというところも。
ルーシーのモデルはフローレンスなのだろうか。
ワイルドがフローレンスに贈った金の十字架は、『ドラキュラ』のなかでは、死亡したルーシーの唇の上に、ヴァン・ヘルシング教授が金の十字架を置くという場面で使われている。
この場面で、ルーシーが吸血鬼の犠牲になったということを知っているのはヴァン・ヘルシング教授だけである。そして、彼はルーシーが吸血鬼の魔力を使って使用人を操り、十字架を取り除かせたということを知った。ルーシーはすでに人間ではなく不死の怪物となったのだ。もはや解剖という医術的手段ではなく、古式に則って心臓に杭を打ち込むしかないと悟ったのである。
もうひとつ、ワイルドがストーカーに提供したネタがある。それは、ワイルドの元愛人で芸術評論家のロバート・ロスが、ワイルドやビアズリーのような芸術家の活動の拠点として、管理者になっていたギャラリーだった。
ライダー・ストリートにあったそのギャラリーの名は「カーファックス」。
カーファックスはドラキュラ伯爵がロンドンで最初に手に入れた屋敷の名前である。その不動産の取得の手伝いをしたのが、ジョナサン・ハーカーだった。
伝統的なセクシュアリティーからある意味解放されたロスの主催するギャラリー・カーファックスは、それこそいろいろな面(Face)を持っている芸術家たちのたまり場である。
ストーカーはそのことを承知で、あえて闇の帝王の隠れ家をカーファックスと名付けたのだろうか。
『ドラキュラ ノート」は今回でとりあえず最終回。とりあえずなので、また復活するかも・・・?何しろ不死身の伯爵なので。
お付き合いいただき感謝感謝。 それでは🦇
参考資料(主要)
吸血鬼ドラキュラ ブラム・ストーカー 平井呈一訳 創元推理文庫
吸血鬼カーミラ レ・ファニュ 平井呈一訳 創元推理文庫
吸血鬼「ドラキュラ ドラキュラ 吸血鬼小説集」より
ジョン・ポリドリ 佐藤春夫訳 種村季弘編 大和書房
吸血鬼「怪奇幻想文学1 真紅の法悦」より
ジョン・ポリドリ 平井呈一訳 紀田順一郎+荒俣宏編
新人物往来社
ハリウッド・ゴシック ドラキュラの世紀
デイヴィッド・スカル 仁賀克維訳 国書刊行会
ドラキュラ 100年の幻想 平松洋 東京書籍
血のアラベスク 吸血鬼読本 須永朝彦 新書館
ドラキュラ伝説 レイモンド・マクナリー+ラドゥ・フロレスク
矢野浩三郎訳 角川選書
吸血鬼の事典 マシュー・バンソン 松田和也訳 青土社
写真、図版 wikipedia他
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