見出し画像

読書記録|82年生まれ、キム・ジヨン


悔しくてやりきれない。

ある日突然、自分の母親や友人の人格が憑依した様子のキム・ジヨン氏。
彼女の半生、誕生から学生時代、受験、就職、結婚、育児……を振り返る中で、女性の人生に立ちはだかるものが浮かび上がる。

韓国で社会現象にまで発展した一冊。
世界中で翻訳されたベストセラー本をやっと読了。

韓国における82年生まれに最も多い名前、"キム・ジヨン氏"。
自国の文化・社会に揉まれながらも、平凡に地道に生きてきた彼女。

上手く流して、かわして、否定してきたと思っていた、これまで彼女がかけられてきた色々な言葉。ひとつひとつが積もって、また積もって。それは彼女が気がつかないうちに、小さく、静かに、けれど確実に、積もり続けた。いつしか本来の心や脳が見えなくなるまでになり、とうとう精神に異常をきたす。


アルバイトをしている友だちはほんとうにひどい目にあっていた。服装や勤務態度を理由に、バイト代を盾にとって接近してくる雇い主や、商品と同時に若い女をからかう権利を買ったと錯覚しているお客が山のようにいたからだ。女の子たちは自分でも気がつかないうちに、男性への幻滅と恐怖を心の奥にどんどんためこんでいった。

P58


「失うもののことばかり考えるなって言うけど、私は今の若さも、健康も、職場や同僚や友だちっていう社会的ネットワークも、今までの計画も、未来も、全部失うかもしれないんだよ。だから失うもののことばっかり考えちゃうんだよ。だけど、あなたは何を失うの?」

P129


男性、だけでなく、父、義母、世間。
様々な相手が彼女を苦しめた。

最後の最後、
彼女の人生史を聞き取り、カルテに起こし、私は普通の男性とは違い大韓民国で女性として、特に子供を持つ女性として生きることの大変さを知っていると豪語しながらも、今まさに自分がその大変さの一部を発生させている一人だということにまるで気がつかない。

そんな風刺めいた終わり方が、これは昔話ではない、過去からずっと現在進行形で続いてきた問題なのだと。
ぞっとする気持ち悪さというか、心臓まで鳥肌が立つような嫌悪感。


悔しくてやりきれない。
キム・ジヨン氏はどこの国にも、どの時代にも存在する。
世界中のキム・ジヨン氏の天井がガラスではなく、吹き抜けになりますように。




キャベツのあとがき

韓国文学二冊目。
ノンフィクションっぽいフィクション。
一週間にわたってちょこちょこ読みをしていたけど、ずっと苦しくて胸がざわざわ。ハタキで脳をくすぐられているかのような気持ち悪さが続いて読んでいて、つらくなるし、読了後、何日もキム・ジヨン氏を思い出す。

けれど、異国の文学を読むと、今まで出会わなかったような表現・言葉に触れるのはとても良い。

そして、装丁。これは日本版の装丁ですが、
社会の中で自分の顔があやうい状態をあらわしたような、榎本マリコさんの装画。女性として、娘として、妻として、母として、自分の名前がなくなりそうな透明人間になり、どこの国にも、誰でも、キム・ジヨン氏になっている、なりうる、ということを表しているような気がするのです。


裏表紙

この記事が参加している募集

読書感想文