やっぱり皮がスキ 23

M⑧

 ここに来て事故渋滞かぁ。名古屋まであと20キロ。ようやく半分だ。
 ったく、お盆休みのタダでさえ混んでるときに事故んなよ。いや、混んでるから事故るのか? もうどっちでもいいや。それにしても眠いなぁ。ご飯食べてお腹いっぱいの上に、このトロトロ運転じゃ寝て下さいって云われているみたいじゃん。ご飯といえば唐揚げ美味しかったな。ジェフがいなきゃ皮だけペリっといきたかったところだけど、『皮だけ喰うオンナ』とか思われたく無いもんなぁ。それにしてもクルマ進まないよう。
「ふぁ~あ」
 思わず欠伸が出た。
「眠いですか?」
 翻訳機の声に続いて、ジェフが気遣うような視線を送ってきた。ハヤトくんは二列目シートで横になってぐっすり眠っている。
「ううん、大丈夫」
 渋滞にはすっかり参ってるけれど。
「疲れたら休憩しますか?」
 休みたいけどまだ半分。もう少し距離を稼いでおきたい。
「でも、この量ではサービスエリアも混んでるだろうから、渋滞抜けるまで頑張るよ」
 心配させないように頑張って笑顔を作った。顔が引き攣ってないかしら。
「そう? 眠くならないように話しましょう」
 これこれこれ。女性に対するこの気遣いはやっぱアメリカ人よね。お父さんやアニキのような原始人とは違うわ。
「うん」
 ジェフのことをもっと聞きたいな。眠気まぎれに思い切っていろいろ聞いちゃおう。
「じゃあ、ジェフのことを話して」
「ワタシを意味しますか?」
 なんか変な翻訳だけど、ちゃんと伝わってるかな?
「ジェフが子どもの頃はこんな子供だったかとか、学生時代のクラブ活動は何だったかとか、あと、恋人はどんな感じの人か、とか」
 うわ。云っちゃった。子どもの頃もクラブ活動も知りたいことは知りたいけど、でもやっぱ、最後のヤツよね。
「正常です。両親は両方とも空港で働いており、父親はポーターであり、母親はキオスクです。だから私は子供の頃から飛行機が大好きで、パイロットになりたいと思っていました」
 なるほど。
「あぁ、だから空軍に?」
「いいえ、陸軍」
 陸軍? 陸軍って迷彩の服着てジャングルの中を泥だらけになりながら匍匐前進とかするヤツでしょ? 意外。ジェフの匍匐前進姿は想像できないなぁ。
「ワタシが兵士だったことをご存知でしたか?」
 あれ? ジェフが驚いている。そうか、ジェフはレーシングカーの開発者ということになってたんだ。
「あ、ゴメン。ジェフがウチに来た最初の日に洗濯したでしょ? あのときジーンズに身分証明書みたいなのが入ってたんだよね。ユーエス・アーミーって書いてあったから」
 どうしようかな。ここまでにしておこうかな。でも、この際正直に全部言っちゃうか。
「あとそれから、バッグの中も見ちゃったんだよね。なんかロボットの足みたいなのが書かれた書類とか・・・。ごめんなさい」
 ヤバっ。ジェフ黙っちゃった。勝手に見たこと怒ったかな。
「でも、全部英語だから、何が書いてあるのかは全然解んなかったんだけど・・・。ゴメン。怒った?」
 ジェフがわたしを見た。怒っている顔では無さそうだけど、哀しそうではある。そんな顔もカッコいいけど。
「・・・いいえ。そんなに世話をしてきたので怒るわけにはいきません。しかし、そのプロジェクトについては誰にも云わないでください」
「云わない、云わない、絶対云わない!」
 やっぱり知られたくなかったんだな。でも、ジェフはやっぱり良い人。こんなに良い人でイケメンなんだから、もっと力になってあげたい。
「いま探している部品というのは、あのロボットに必要な部品なのよね?」
 この質問はあまり良くなかったみたい。ジェフの返事が返ってこない。
「あ、いいいい。答えなくっていいよ。違う話にしよう。じゃあ、恋人はどんな人?」
 どさくさに紛れて一番聞きたかったことをシレっと聞いてみた。
「私の恋人は金髪で、美しく、スタイリングされており、エマ・ストーンに似ています」
 あっさり答えた。わたしに対して気まずい空気すら出してもくれないのね。ま、そりゃそうか。これだけ優しくてカッコいいんだから、アメリカでもモテるに決まってるよね。なんか残念。というか、運転する気を失いそう。どさくさ紛れに聞かなきゃ良かった。
「へぇ、やっぱり、モテるんだ」
 すると意外な返事が!
「二週間前に振られました」
「え、うそ?」
 いけないのは判っている。人の失恋を喜んだりしては。それでも何故だか顔がニヤけちゃう。
「本当です。彼女は潜水艦のライダーと二股に分かれました。多分それはロシアか中国のスパイでした」
 ブロンドの彼女は陸軍のジェフと潜水艦の人との二股をかけてたってことかな? しかもその彼女がスパイ?
「えぇー、スゴーい、映画みたい!」
 スパイの話を真に受けたわけではないけれど、なんだか嬉しさでテンションが揚がっちゃう。
「いいえ、それは私の利己的な想像力です」
 利己的な想像力?
「へぇ、そうなんだ。でも失恋してすぐ日本に出張かぁ。たいへんだったね?」
「うん。大変だったので忘れました」
「わかるぅ。そうだよね。仕事が忙しかったりすると、いつの間にか忘れてたりするもんね」
 そうかぁ、ジェフ、いまは彼女いないんだぁ。眠気なんてどっか行っちゃったわ。唐揚げの皮を剥いて食べなくて良かった。
「それでは今度は質問があります。まどかに恋人はいますか?」
 えっ、それって、どういう意味だろう? 単なる会話のお返しなのかな? それとも、ちょっとくらいはワタシのことが気になるってことなのか?
「いないいない。この二、三日一緒にいたから判るでしょ?」
「えっと、恋人はいない、という意味ですか?」
 探るように確認してくる。うまく伝わってないのかな。判りやすく云わないと上手く翻訳できないのかも。
「はい。恋人はいません」
「そうですか。では、いつ恋人がいましたか?」
 今度は伝わった。でも、ジェフったら女性の過去が気になるタイプなのかしら。
「うーんと、3年前くらいかな。学生の頃から5年くらい付き合ってた彼氏がいたんだけど、彼が就職して遠距離になっちゃって」
 遠距離になって彼が結婚を匂わせ始めてきたときに、なんとなくこの人と結婚は無いなぁって思っちゃったんだよなぁ。
「それから3年間も恋人がいないのですか?」
「い、いないのですよ」
「そうですか。でもマドカは魅力的で、またいい人を見つけることができます」
 素敵な笑顔でそう云われると、なんだか悲しい。
「ありがとう・・・」
 くぅー。眠気は治まったけど、どこまでも続く渋滞とジェフのコメントにイライラしてきた。とっとと進めよ、コノヤロー!

やっぱり皮がスキ 24』につづく


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