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能あるおじさんは爪を隠す。第3話(note創作大賞2024 お仕事小説部門)


24時間働けますか?


そんなお酒に呑まれがちな大林さんに、カスタマーセンターの業務だけでも忙しいにもかかわらず人手不足の営業部の仕事も掛け持ちする話しが持ち上がった。
大林さんがカスタマーセンターの責任者になってからというもの、受電率アップや未払い金額の回収が大幅に進み、結果を出せる大林さんにワンマン社長が全幅の信頼を寄せてのオファーだった。
じっと座ってるよりも動いて現場に出るほうが性に合っていると自称しているほどである。二つ返事で受け入れ、掛け持ちの日々が始まった。

朝6時に起床、ベッドから出るとパソコンを開いてカスタマーセンター宛に届くメールを確認してすぐ返事できるものは朝の6時台だろうが返事。
社内チャットも朝6時台だろうが返事。
通勤電車でもスマホで社内チャットの確認。
帰りの電車でも22時台であろうがチャットやメールの返信。
完全に営業時間外だし一般的には連絡を避ける時間だけど、そんなことは大林さんの辞書にはない。
休みの日でも出かける用事がある時以外は基本的にチャットを見て随時コメントや、大林さんの対応が必要そうな内容のメールであれば返事をしてくれる。
「メールやチャットは相手が好きな時間に見れるから別にいつ何時でも送ってもいいんだよ。逆に、早く対応してるんだからありがたく思ってほしいね〜」と目からウロコの仕事術をぶちかましている。

働き過ぎで倒れやしないかハラハラしながら見ているけど、
営業の時は意気揚々と出かけていくし、未払請求の連絡も進んで対応するし、何なら誰かがクレームを受けてオペレーター側の声がだんだん大きくなりちょっと炎上してそうな雰囲気の時は「変わろうか?」と声をかけて積極的に電話を変わろうとする。
自分はめちゃくちゃ多忙なのにもかかわらず、アルバイト勢には「うちは残業代が出ないから、残業なんてアホらしいことしないで早く帰りなさい。休みの日はチャットも見なくてよろしい」という指示を出してくれている。

令和のこの時代に全く推奨されない昭和・平成初期な働き方をしているのだけど、自分がそうだからといって他の人には同じことは求めない。
じっとしているよりも刺激を求めて生きている大林さんには、これくらいがちょうどいいのかもしれない。

そんな「24時間働けます部族」な大林さんは得意の営業でも真価を発揮し、なんと営業部の人たちよりも契約率が高いという結果を叩き出した。
営業部のメンバーも入れ替わりが激しいため、メンバーは皆入社1〜2年程度。
小野さんが課長として鎮座しているものの、社長が結果を見て大林さんに営業研修をして契約率の向上を図るよう指示が入った。
さらに多忙になるにもかかわらず、大林さんはこれも二つ返事で引き受けた。
じっとパソコンに向き合うのは苦手なので、パワポで資料を作りながら「はぁ〜、めんどくせ〜」とか「あ〜あ、飽きちゃった。」なんてブツブツ言いながらもきっちり相手にわかりやすく、かつ、ちょっと大きい声では言えないような小技を載せた資料を作り上げた。

大林さんの営業のコツは
「相手に喋らせる」
「こちらの推したい商品を推さない」
というシンプルだけど長年の経験から編み出された、実にうまく人の心を捉えるものだった。
「みんな無言の時間を怖がって自分が喋りすぎ。
何が希望か、どうしたいのか質問して。お客様に話してもらえるようにしなきゃ。」
「金銭面で悩んでる人に年間プランなんて進めても入会しないから、
いくら会社が年間プランを推せって言ってても全員に紹介しなくて良い。」
など、営業の基礎であり真髄である部分を惜しみなく伝え、営業部のメンバーは契約率が上がり始めた。これぞ大林さんの真骨頂だ。
営業部の澤井さんが大林さんとのチャットのスクショを社内に広めて気まずくないのだろうかと心配していたけどそんなのどこ吹く風、相手が自分のことをどう思っているのか気にしない大林さんは、そんな澤井さんにも何も知らないかのように接して、澤井さんは研修を受けて営業成績が良くなっていた。

「あ〜疲れた〜」なんて言いながら営業から帰ってくる大林さんに、
「今日はどうでしたか?」と聞くのが楽しみの一つになっていた。
ある時は
「え?今日?だめだめ〜全然ダメだった。誰も入会しなかった。7人中0人!俺、今月一番成績悪いんだよ〜やばいよ〜。笑」
またある時は
「え?今日?10人中8人。さすが俺だな。はっはっは〜」
と本当に何も包み隠さず、いいときもダメなときもその事実を丸ごと受け止めている。
研修する立場でもダメな時は素直にダメと認めて、調子の良いときは面白いぐらいに調子に乗るさまはまるで子どものようで、なんとも憎めない上司である。

大林さんVS小野さん

私は小野さんが苦手である。
あまり直接関わることはないのだけど、人を見下して小馬鹿にしたようなツッコミを入れたり、申し込み者の情報や説明会に参加した後のアンケートを見て
「この人の住んでるところ、相当田舎だよ」
「60代後半じゃん、この人。この年齢で新しいこと始めて何になると思ってんのかね。」
「うわ、10万のコースも分割するってやばくない?それくらい貯金あるでしょ、普通。」
などと、なんだか耳に入ってくるだけでハラワタが煮えくり返りそうに…いや、煮えくり返って妄想の中では何回も小野さんに右アッパーを食らわせている。
同じ部署のメンバーも
「小野さん、デリカシーなさすぎですよ、その発言。」
と事ある毎に面と向かって注意しているのだけど、
「え〜?だって事実じゃん。」
と何が何でも前言撤回をしないプライド高さを周りに見せつけていた。
部下を注意するときも
「なんでそれがおかしいって気付かないの?ちゃんとやってよ!」
「あのさ、それ社会人としてありえないからね!」
「同じこと2度も言わせないでよ!」
と、こちらまで辛くなるような厳しい言い方に、私だけに限らず小野さんに苦手意識を持つ人が多く、あまり人の好き嫌いがない大林さんも「小野さんとはあんまりかかわりたくないよねー」というほどだった。


そんなある日のこと。
「すいません、今日12時から渋谷のセミナールームで説明会をする講師の竹下です。営業でいらっしゃる予定の野村さんという方がまだいらしてなくて、、、。説明会始めちゃって大丈夫でしょうか?」
とセミナー講師から営業担当が来ないとカスタマーセンターに連絡が入った。
通常、講師と営業担当は受付開始30分前には会場に到着して、打ち合わせや参加人数の椅子の調整や配置など、コミュニケーションを取りながら準備をしていく。説明会をしている間は営業も後ろで話しを聞き、説明会終了後に申し込み受付や質問がある人の対応したり講師とお客様の橋渡しをするなど、信頼関係の構築が大事なポジションである。
「すぐに確認しますね、少々お待ちください。」
電話を保留にして小野さんの席に向かう。
「小野さん、すいません。今日の12時渋谷のセミナールームの竹下先生から電話が入りまして、営業でいらっしゃる予定の野村さんがまだ来てないとのことなんですけど、、、。」
「え?ほんとに?ちょっと野村くん電話してみようか…」
小野さんがスマホでLINE電話をかけると少し長めにコール音が鳴り、野村さんが出た。
「あ、もしもし?小野です。今どこにいる?今日、12時渋谷だよね?」
「・・・・・・・・」
無言になる小野さん。電話の向こうで何か言ってる音が漏れている。
「はぁ!??とりあえず、すぐ向かって!いや、もうごめんなさいとかいいから!何時頃になる?最短最速で行って!!」
全然違うところに行ったとか??
とにかくすごい剣幕で怒って勢いで電話を切った。
「マジかよ、信じられない。何なのアイツ。最悪。だから昨日そんなに飲んで大丈夫かって言ったのに〜」
社内に響き渡るような大声で他部署のみんなもこちらに視線を向けた。
「…まさかの寝坊ですか?」
恐る恐る尋ねる。
「今起きたって…。どう頑張ってもあの子の家から1時間はかかるから…。説明会終わっちゃうよ…。俺今日は社長との会議があるから社外出れないし…」
どうやら昨日は営業部で歓迎会をやったようで、けっこう飲んだみたいだった。今日が独り立ちデビューだった野村さんは、デビュー戦に寝坊するという大ぽかをやらかしてしまった。


「いいよ、オレ行くよ。」


話を聞いていた大林さんが自ら名乗り出た。
「渋谷でしょ?30分もあれば着くから、説明会終わるまでには間に合うよ。」
「え、いいの?助かる!」
困惑していた小野さんにまるで一筋の光りが差し込んだように、表情が明るくなった。
「了解です!じゃあ、先生にはそう伝えますね!」
他に営業予定がなく今日は社内でカスタマーセンター業務にあたる予定だった大林さんが急遽駆り出されることになった。
なんとか連携プレイでピンチをくぐり抜けることができてホッとした。
さすが、我らが上司だ。
ササッと準備をして颯爽と会社を出て行った。


ところが大林さんはこれまでに見たこともないくらいのイライラモードで本社に戻ってきた。
喜怒哀楽の表現がわかりやすい大林さんのこの雰囲気は、何か相当腹が立つことがあったんだろうなと簡単に予測できてしまった。
一瞬声をかけるのをためらうほどだったけど、いつも通り
「今日はどうでしたか?」
と声を掛けた。
「ちょっとこれは小野さんに言うわ。ひどすぎる。どんな人選してんだよ、まったく。」
と怒りのオーラをまといながら大林さんは小野さんに報告に向かった。
「あれ、大林さん一人?」
少しとぼけた表情の小野さんにまくし立てた。
「あのさぁ、野村さんだっけ?
一応来たんだけど、説明会が終わって営業も終わりかけでお客様が残り一人のところで会場に現れて、なんて言ったと思う?
『あー、もう終わりですね。今日僕来なくてもどうにかなったなら休みにしてもらったらよかった。二日酔いで頭痛い』って言ったんだけど?
どんな教育してんの?
お前の代わりにオレがカスタマーセンターの仕事を後回しにして急遽来ることになったの!先生も営業来なくて一人で準備して大変だったんだから先に何か言う事あるだろ!って言って、やっと謝ったけどさ、あれはひどいよ。酒臭いしまともに仕事できそうになかったから今日は帰れって言ったら素直にノコノコ帰っていったよ。何だアレ。ちゃんと指導しといてよ、小野さん。」
野村さんを採用したのは小野さんで、新人研修も担当していた。
自分のケツを拭くことを当たり前に思っている大林さんからすると、
自分の部下に小野さんが指導を入れるのが筋だと思っての報告だった。

「うーん、それを俺に言われてもなぁ。もう大林さんがその場で注意したんでしょ?それじゃダメ?
だって、寝坊しないとか、ちゃんと謝るとか、社会人として当たり前のことすぎて研修することじゃないですもん。」
普段からいろいろ注意しているのに、まさかの逃げ腰になった小野さん。
これが大林さんに火をつけてしまった。

「わかりました。小野さんからは何もしないってことですね。
じゃあ、自分から指導しますよ。」
だめだこりゃ、と口を動かしながら自席に戻ってきて、さっそく野村さんに電話した。
小野さんの我関せずな態度への怒りもこもっているであろう、社内全体に聞こえるような大声でまくし立てた。
「あ、今日はどうもー。野村さん、お疲れ様でしたねー。
今日は講師にもお客様に迷惑がかかりましたね?
集合時間に遅れること自体もっての外だけど、せめて開口一番に自分の非を認めてちゃんと謝るべきでしたね。
なんですか、「今日僕来なくてもどうにかなったなら休みにしてもらったらよかった。」って。
わかってますか?
これは仕事ですよ。
もう二度目はないんで、改善してくださいね。
じゃあ失礼します。」
と言うことだけ言って電話を切った。
言ってることはごもっともすぎる。

大林さんのことをよく知っている私でさえ、心臓がバクバクして体が硬直するくらいの怒りのエネルギーだった。
社内もシーンとしていて、みんな大林さんの声に耳を傾けざるを得ない状況。
当然、小野さんの耳にも入ってるボリュームのはずなのだけど…。
本当に小野さんは何もしないつもりなの??

5分後、小野さんと同じ部署の人が話す声が聞こえてきた。
「あ、野村くんから辞めたいってメール来てるよ」
「えー、まじでー?」
全然深刻に考えていないようなヘラヘラした回答をした小野さんだった。
おいおい、何だよその態度…と思っていると大林さんがツカツカと小野さんのもとに近づいていった。
「野村さん、私にきつく言われたから辞めたいって連絡してきたんじゃないですか?」
大林さんが社内に響き渡るようなでかい声で小野さんに話しかけた。
「あー、いや、大林さんが言ったから辞めたいとかじゃないと思うんだけど、うーんと…」
「マジでー?とか言ってヘラヘラして、何やってるんですか?
いつも小野さん部下に言ってますよね。
『ちゃんとしないと、君のせいで会社が損をするから適用な仕事するな』って。
自分が責任感なく適当な仕事してたら示しがつかないじゃないですか。」
「いや、そういうわけじゃ…」
しどろもどろな小野さんに畳み掛ける。
「小野さんが指導しないから私が代わりに電話して指導しましたよ。
今までも営業がミスしたことを報告しても何も指導せず、契約後に説明が間違ってたとか、何か起きても知らん顔。ミスは見つけた人が指導してくださいって方針ですよね?
なんじゃそりゃって感じですけど。」
「いや、えーと…」
これまで溜まりに溜まってたものがマグマのように一気に吹き出した。
もう、これは誰にも止められない…。
「何が腹立つって、社長との会議は別に事情話せば日程ずらして現場行けますよね。
野村にも電話の一つもしようとしないし。指導必要でしょ。
言ってることとやってることがまるで違いますよね。
営業部に不満が溜まってる講師が多い意味がよーくわかりましたよ。
やってらんないでしょ、こんなもん。」
わざとなのか、感情の赴くままに言ってしまったのか…。
ガヤガヤしていた社内がシーン…となった。
誰もが息を呑んで小野さんの反応を待った。

「えーと、まず、大林さんのせいで辞めたいとか、そういうことではないと思います。
野村くん、面接のときから何かちょっと常識ないっていうか、心配な要素はあったんですよね、それが全面に出ちゃった感じなのかなと。」
ここにきてまだ謝らないんだ。
小野さん、だいぶハート強いな。
「はは、こいつヤバそうだなってわかっていながら採用して、それを放置してたんですね。しかも小野さんが実際に説明会に立ち会ったことがないから新人の習熟度がわかってないまま独り立ちさせてるんですね。
オレが毎回、営業に行くたびに講師から愚痴とか不満聞かされて、代わりに謝ってますよ。
小野さん、社内業務ばっかりやって全然営業出ないですよね?
普通は先輩や上司の背中を見て部下は動きますよ。
小野さん上司でしょ?全然背中見せてないじゃないですか。
そんなに忙しいですか?」
と大林さんがさらにまくし立てた。

「忙しいです!」

小野さんは間髪あけずに歯切れよくきっぱり言い切った。
自己保身の凄さに緊迫した空気感の中にもかかわらず思わず吹き出しそうになった。
大林さんもこれにひるまない。
「自分がカスタマーセンターと営業を掛け持ちでやってるのは会社の方針だからですよ。営業しないと売上が立たないでしょ?
だから営業の依頼は優先順位あげて、どうしてもって言われたら休みの日も出勤してやってますよ。
小野さん、自分では営業に出ないし、土日はしっかり休みますよね?」
かなり痛いところをついているんじゃないだろうか。
「ん〜、営業が嫌とかじゃなくて、その…言い訳っていうか、まぁ、うーん…」
と、とたんに歯切れが悪くゴニョゴニョ言い始めて何も聞き取れないくらいだった。
大林さん、休日出勤までしているとは知らなかった。
そこまでやれる体力に逆に驚く。
私個人的には休日出勤は小野さんに強要できるものではないからなぁ…と思いつつ、小野さんの受け答えについては「絶対営業に出るのイヤなんじゃん」と思わわざるをえなかった。
営業部の課長なのに。

「営業をほぼしたことない人が営業部の課長をしてるのを現場で何て言われてるか知ってますか?…まぁ、これはいいや。
元々小野さんも営業だか販売だかやってて成績が良くて自信があるんでしょ?
高みの見物じゃなくてご自身の営業力を示してほしいんですけどね。」
社内はすっかり静まり返っていた。不思議とこういう時って電話が鳴らない。
さすがに小野さんももう返す言葉がなくなったのか「えーと、ん〜」以外の言葉が出てこなくなった。
しかし本当に「ごめんなさい」の一言が出こない。
「…まぁ、もういいです。
野村さん、結構厳しく言ったんでほっといたら本当に辞めるかもしれないんで、フォローしてあげたほうがいいと思いますよ。」
小野さんの頑なに非を認めない姿勢に大林さんも根負けしてしまった。

大林さんがド正論すぎて、一見小野さんを一方的に責めているように見えるけど、
これまでに何回も大林さんをはじめとした他の社員の人達も、さんざん同じことを伝えてきていた。
それでも小野さんは頑なに営業に行かず、ずっと社内で数字とにらめっこして、社長のご機嫌を伺って、部下の営業スケジュールを組んで、指導というよりは指摘をするだけして、ずっとみんなのアドバイスを無視し続けてきた。
怒ったり喧嘩したりするにはエネルギーがいる。
営業部のみんなも最初は小野さんとよく言い合いになっていた。
カスタマーセンターのエリアまで言い合ってる声が届くから、
一度「電話するときに声拾っちゃうんで、会議室使ってもらえませんか?」と注意したこともあった。
その時にも「ごめん」の一言もなく「あぁ」みたいな反応だけされて、そこから小野さんに対して苦手意識が生まれていた。
他の人達も次第に「言っても無駄」と諦めて何も言わなくなり、本当に裸の王様のようになってしまった。
だからこれは大林さんからの愛のムチだと思っている。
小野さん、変わるなら今がチャンスだ。


小野という男

「プレイングアース」に転職してくる前は販売や営業の仕事を長年やってきたという小野さんは、自分の販売スキル、営業スキルの高さに自信を持っている。
「◯◯っていう商品が発売になった頃、俺のいた店舗が全国で1位になって、その中でも俺が1番成績がよかったんだよね」などと輝かしい過去を話しているのがよく社内に響き渡っていた。

小野さんはよくマウントを取り、言葉の裏を読もうとしてくる。
部下に怒る時は「なんで俺の言ってることが聞けないの?俺は上司だよ?」
「なんで経験浅い君がそれを判断するわけ?俺のほうが上だからね?」
と何のひねりもないびっくりするようなマウントを取る。
誰かが「小野さん、これまだできてないですか?」と聞くと
「ちょっと、俺が仕事遅いみたいに言わないでよ」
と誰もそんなこと言ってないのにいちいち裏を読んで揚げ足を取ってくる。カスタマーセンターのエリアにマウント会話が聞こえてくると、大林さんを筆頭に「またマウント取り男が現れたよ」なんて部署内チャットでふざけていじっている。
影でいじるのは良くないこととはわかりつつも、ここまで見事なマウントを取っている人は初めて見たので逆に興味が湧いてつい観察してしまう。
とても関わりたいとは思えないけど、どうしてこんな感じの人格になったのかは気になる。

大林さんと小野さんのやり取りから数日後、営業部の女性社員・安田さんと給湯室で一緒になった。
「あのー、小野さん、その後どうですか?大丈夫そうですか?」
と声をかけてみた。
「あぁ、小野さん?小野さんはいつもと変わらないですよ。」
安田さんはちょっと鼻で笑うように答えた。
「そうですか、、、結局あれだけ言われても説明会の現場に行って…?」
「ないですね。」
迷いなく安田さんはきっぱり答えた。
「ないんですか〜、そうかー。大林さんがあれだけ言ってもダメなんですね。」
「はい、もうプライドが高すぎて。私たちもとっくに諦めてます。」
「営業部の皆さんは大丈夫なんですか?正直なところ、聞こえてくる会話がもし自分に向けられてるって考えたら、私だったら結構キツイなと思って…。」
「いや、みんなキツイですよ。」
安田さんは苦笑いしながら答えた。

「小野さんは部長で入社したんですけど、
小野さんのマウント取りやあげ足をとってくる態度に皆疲れちゃって、
役員に相談して部署の業務を営業・営業事務・新規開発の小さいチーム3つに分けたんですね。
そのチームを独立させて部署にして、今は正式には私も小野さんとは違う部署なんです。
関わりが減ってずいぶん楽になりましたよ。
その時に営業部は部長職をなくして課長職が一番トップって形に変えたんですけど、これ、実質降格なんです。ははは。」
と本音を漏らした。
思った以上に周りへの負担は大きいものだったみたいだ。
面白がっていた自分が申し訳なくなった。
心のなかで安田さんごめんと思いながら、
「うーん、どうして輝かしい過去もあるのに、あんなにマウントや人のあげ足を取るんでしょうね…」
と言うと安田さんが続けた。

「自分に自信がないんですよ。
小野さん、お父様や親戚の多くが国立大や早慶卒で、お父様は大手企業の役員。
弟さんがいるんですけど、小野さんよりずっと頭が良くて、国立大学に特待生で入学されたんですって。
小野さんもずっと小さい時から英才教育を受けていたけど中学受験に失敗して、そこからご両親は期待の矛先を弟さんに変えて、弟さんは見事期待に応えた。
ずっとそれがコンプレックスなんだって言ってたんですよ。
親に諦められたときに刻み込まれた傷、弟に越えられた痛みは、大人になったからと言って癒えるものじゃないですからね。
自分で向き合って乗り越えない限りは。
だからせめて外では「自分が上だ」と誇示しないと、辛くて生きていけないんじゃないでしょうか。
まぁ、つらい過去があるのは気の毒だなと思いますけど、だからって周りを不快にしていい理由にはならないですからね。」
小野さんが素晴らしい経歴だらけの家庭環境の中でプレッシャーを感じながらも生き抜いていくために、
辛さから逃げる方法として、今のやり方を無意識に選んでいるのだとしたら、ちょっと小野さんもかわいそうなのかもしれない。
それにしても安田さんの分析力が只者じゃないような・・・?

「小野さん対策にいろいろ本を読んだりネットで調べたりしたんですよ。
わたしも耐えてたんですけど、やっぱり結構キツくて。
もう限界!ってなった時に、そもそもなんでこの人はこんなことするんだってふと疑問に思って調べだしたら、『自信がないから大きく見せたい』人がする行動にぴったり当てはまりすぎて。
それが逆に面白くなっちゃって、ムカついても「あー、はいはい。自信がないのね。」って思えるようにはなりましたね。」
と笑ってみせた。
忙しいのは事実だと思うけど、小野さんは周りへの態度や仕事のやり方とか、いろいろ見直さないといけなかったことがあったんじゃないだろうか。
その機会を全て逃してきて、今回大林さんのような大きい声でハッキリと言う人からみんなの前で言われる流れになったのではないかなと思う。
課題を先送りにするとどんどん大事になると言うけど、まさにその通りなのかもしれない。
この愛のムチを活かすも殺すも、小野さん次第。
プライドは一旦横に置いておいて、これを機に変わってもらいたいと思うけど、誰にも小野さんを変えることはできない。
馬を水飲み場まで連れて行くことはできても、飲むかどうかはその子次第、というアレと同じだな。
小野さん本人が変わりたいと思ったときだけ、変わることができる。

ドラマなら、大林さんの話に感銘を受けた小野さんが心を入れ替えてみんなのために動く人になって2人は良き仲間でありライバルになる…とか、
私が漫画の主人公なら、ここで小野さんに声をかけて
「小野さん、今からでも変われるよ!大丈夫だよ!」とか言って寄り添って、それに感動して号泣する小野さんが「俺も変われるのかな・・・?」「そうだよ!大丈夫!一緒に頑張りましょう!」「俺が変わったのはアイツのおかげ」とかって展開が待ってるのかもしれないけど。
漫画やドラマのように、そう簡単に人は変わらないのが現実である。

大林さんもあの日から1週間くらい「あー、疲れが取れない。」って相当エネルギー消耗してたもんな。
やり方もあるのかもしれないけど、人を動かそうとするのは大変だ。
そっと見守ってるよ、小野さん。


「あ、そうだ!」
安田さんが何かを思い出した。
「なんですか?」
「実は小野さん、バツイチなんですけどね。
前の奥さんすごい美人だったらしいんですけど、小野さんの浮気が原因で離婚したらしいんです。」
「え、マジすか。」
「マジです。しかも結婚半年で。しかも相手はキャバ嬢。
出張に行くって言って浮気相手と旅行に行って、間違って相手の下着持って帰っちゃってバレたんですって。」
「え、アホですね。」
「ね。今はまた別のキャバ嬢と付き合ってるらしいですよ。
自称ですけど、常に女性の方からアプローチされるんですって。彼女切らしたことがないとか。そんな人ですよ、小野さん。」



かわいそうは撤回しよう。



4話
https://note.com/tasty_holly769/n/n2f26e6b53945


#創作大賞2024 #お仕事小説部門


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