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能あるおじさんは爪を隠す。第2話(note創作大賞2024 お仕事小説部門)


カスタマーセンターのナイショな部分


仕事を続ける上で、『ガス抜きができるかどうか』『切り替えが早いか』はかなり重要である。
メンタルを健康的に保ちながら、長く仕事を続けられるかどうかはここにかかっていると言っても過言ではない。
今一緒に働いているアルバイトの子たちはガス抜きがうまくて切り替えが早い。
特にゆりちゃんは
『クレームを1件引き当てたら、嫌な気分にはなりますけど、徳を積んだから推しのライブチケットの当たる確率が上がった!と思うようにしてます』
とマイルールを作って引きずらないように工夫している。
中島くんも「なんだよ〜くっそ〜」などとつぶやくけど、あまりひきずられずにすぐ次の電話に取り掛かれる。
昔の私はガス抜きも切り替えもヘタで、何かあると引きずられて1日中モヤモヤイライラしたまま仕事をして、同僚に話を聞いてもらって発散させて、クタクタになって休日は1日中寝る、みたいな過ごした方をしていた。
長く仕事をしてきて、ようやく「うまくガス抜きをして相手の言葉や態度に影響を受けない人が、元気に続けている」ということに気づいた。
話を聞いてもらうのが私には一番のガス抜きになっていたけど、いつでも聞いてもらえるわけじゃない。しかもよく考えたら話している間はその過去の出来事を思い出して、わざわざまた怒りやモヤモヤした感情を呼び戻している。
嫌なことはサッサと忘れて自分の機嫌を取ることに集中するのが大事だと気づいたのはここ何年かの話だ。
大林さんはガス抜きと切り替えがうまそうに見えるけど、どうだろうか…?
杞憂な心配であればいいのだけど…と思っていたら、それは本当に杞憂な心配どころか真逆の心配であったことを、この後知ることになる。

人はみんな平等なんだから


「お電話ありがとうございます、プレイングアース、カスタマーセンターの喜多山がお受けいたします。」
「あのー、ここでいいのかしら?この前契約した者なんですけど。」
穏やかそうな落ち着いた雰囲気の女性の声だった。
「はい、いかがなさいましたか?」
「ちょっと家族の反対があって、やっぱり入会するのを辞めたいんですよね。まだお金も払ってないし、大丈夫ですよね?」
何の疑いもなく自分の言い分が通ると思っている話しぶりだった。
『おぉ…引いてしまった…!!』
心の声が漏れそうになった。
「入会辞退をご希望ということでございますね。
それでは、お客様のご契約情報を確認いたしますので、少々お待ちください。」
保留にして顧客データベースを確認する。

契約後に「やっぱり入会を辞めたい」という連絡は月に1、2件ほどは必ず来てしまう。
私達が取り扱っている資格講座は契約日から8日以内の申し出ならクーリングオフ対象に設定している。
祈りながら顧客情報を確認する。
「契約日:6月2日」
今日の日付をカレンダーで確認すると「6月12日」。
期日を2日過ぎていた。

呼吸を整えて、恐る恐る保留を解除する。
「お客様、お待たせいたしました。
確認いたしましたところ、ご契約日が6月2日でいらっしゃいますね。
本日は12日ですので、クーリングオフ対象期間の8日間を過ぎてのお申し出の場合、大変恐れ入りますが、入会辞退は受付ができかねてしまいます。」
電話なのに眉毛が八の字になって申し訳無さそうな表情をしているのが自分でもわかる。
期待に添えない回答をする時はいつも心苦しい。
「え!?なんでですか?そんなの聞いてないですよ。講座を受けられないのに入会してどうするんですか?受けないのにお金を払わなきゃいけないんですか?」
聞いてないわけはない。聞いてるけど覚えていないだけ。
契約書にも書いてある。それも、読んでいないだけ。
でもそんな正論だけを言ったところで解決しないのが、この仕事の難しさである。
「ご家族が反対なさっていてお通いになれないご状況なのは理解いたしますが、講座説明会のときに口頭でご説明して、契約書にも入会辞退はクーリングオフ期間内に連絡をしてくださいと記載がございます。そこをご了承いただいたうえで、サインをしていただいかと存じます。」
「だって、説明も一気にいっぱい言われて、契約書もなんかパッと紙を渡されて『ここにサインしてくださいね』ってだけ言われてサインしたんで、そんなの知りません。無理やりサインさせられたようなもんなんですけど。」

その時の状況を主張されると、カスタマーセンターだけではわからない話になるので社内でヒアリングをして真実を確かめないといけない。
こちらの説明不足が判明すれば、契約解除ができる場合もある。
「なるほど、そうだったんですね。ご不快な思いをさせてしまい申し訳ございませんでした。
ご説明不足がなかったかどうか、そのときに関わった者への状況確認が必要になりますので、社内で確認して、こちらから改めてご連絡してもよろしいでしょうか?」
「はいはい、そうしてください。早めにお願いしますね。
なんかお宅のやり方、詐欺っぽいですよね。心配だわ。あなたお名前は?」
「はい、わたくしは喜多山と申します。喜びが多い山と書きます。」
「喜多山さんね…。はい、わかりました。よろしくお願いしますね。」

電話を切って、ふぅと一息ついた。
少なくとも私の知る限り、営業部はみんな一生懸命やっている。
軽々しく『詐欺っぽい』なんて言われてちょっとムッとした。
「契約解除希望ですか?クーリングオフ期間過ぎちゃってたんですね、その方。」
ちょっと怪訝な顔をしながら隣のゆりちゃんが話しかけてきた。
「そうそう。久々に来ちゃったよー、期限切れの人。」
「最近なかったですもんね。大林さんが来てからは初めてですよね。」
「あ…確かに。一回営業チームにヒアリングしてから、どう対応するか相談してみるかな…」
引き当てちゃったからにはやるしかない。
相談する前にまずは説明会で営業を担当した澤井さんにこの方への説明をどうやったか、どんな感じの人だったのかをヒアリングすることにした。

澤井さんは営業部に入って2年目の20代後半の若手社員。
ちょっと無神経なところがあって、私も「若く見えますけど意外といってるんですね!」とニコニコしながら言われたことがある。
本人は褒め言葉のつもりだったようだけど、嬉しいような、悲しいような、なんとも複雑な気分になった。
素直に思ったことを言って、知らぬ間に相手を傷つけているタイプである。
余計なことは言わないのが人間関係がうまくいく秘訣なのだけど、
彼はまだそのことに気づいていないようで、それじゃ彼女できないよ!モテないよ!とよくいじられている。
…おっと、そんなことは一旦横に置いといて。

「あの、澤井さんすいません、今いいですか?」
澤井さんのデスクに近づき話しかけた。
「はい、どうぞ。どうしましたか?」
「実は、6月2日の説明会に参加して契約された方が、家族に反対されたからやっぱり契約を解除したいってクーリングオフを申し出て来られてて。
もう8日間を過ぎているのでクーリングオフはできない旨を伝えたら、そんなの聞いてない、紙をパッと渡されてサインしてって言われたからサインしただけっておっしゃっていて。
実際はどんな感じだったかなと思って。覚えてます?」
「2日ですね。えーっと…。あ、この方、覚えてます。」
パソコンに営業した人に関する情報が一人一人細かく記録されていた。
「説明会が終わった後にその方が席を立たずに帰る様子もなく座ってたんで、何か聞きたいことあるのかなと思って声かけたんですよ。
そうしたらもうノリノリで、契約する気満々だったんですよね。
「早く講座始めたい、楽しみ」なんて言ってたんですよ。
だからその場で契約書を渡して、『よく読んでからサインしてくださいね、これだけやる気だからないとは思いますけど、一応クーリングオフの項目はちゃんと読んでくださいね』って言って、絶対始めるから大丈夫ですって言ってその場でササッとサインしてましたよ。」
「家族に相談するとかそんな話は?」
「全然そんなこと言ってなかったですよ。だから帰ってから反対されたとか正直びっくりしてます、今。」
「そうですよね。ちなみに、サインするのを渋っててそれを急かすようなことを言ったりとかは…?」
「いやいや、そんなこと言ってないですよ。
むしろちゃんと読んでからサインしてくださいって念押ししたくらいです。こういう話になるのがイヤだから、本人の意思でサインしたという認識を持ってもらえるように、強要された印象を持たれないように気をつけてます、僕は。」
ここまで言い切るのだから、これは説明不足ではなくてお客様が自分の思い通りに事が進むように、都合の良いように記憶をすり替えてる案件だな。
契約解除を認めるわけにはいかなさそうだ。

家に帰って家族に反対されたとか、よく考えたらやっぱりお金が厳しいなど様々な事情の人が一定数現れるのはまぁ仕方がないことである。
これがクーリングオフ期間内なら問題ないけど、期間は過ぎている。
残念ながら受け付けることができない。
説明をするのがめちゃくちゃ気が重い。
こういうとき、人によっては罵声を浴びせてくることもある。
この方はさっき「詐欺っぽい」なんてうちが悪いような言い方をしてきたし、ちょっと私では手に負えないかもしれない。

「いいよ、オレやるよ。」

ことの成り行きを説明すると、大林さんは二つ返事で引き受けてくれた。
私もそうだけど、大体の人はなるべくこういった対応から逃げようとするのが普通である。
こんなに気持ちよく引き受けてくれる人は相当レアなんじゃないだろうか。
さすが昭和生まれ、平成の激動の時代を営業職で生き抜いてきた人だ。
少し申し訳ないけど、やると言ってくれたお言葉に甘えることにした。

大林さんはさっそくお客様に連絡してくれたが、声がいつもに増して大きかった。
さすがにこの手の話の時は緊張するよね、大林さんも強心臓の持ち主だとしても、人間だもんね。
「すいません、この度はご連絡を頂ましてー。
契約を解除したいとお考えだと伺いましてー、ええ。はい。
あーそうだったんですねー。申し訳ございませんー。」
と穏やかな雰囲気で話しが始まった。
どういう風に話を持っていくのか参考にしようと思って耳をすませた。
「ご家族の反対があったとのことで、えぇ、大変ですよね。
それででですね、その日の説明会を担当した者に確認したんですけど、
クーリングオフに関しては契約書に書いてある内容をご一読頂くように説明した、とのことだったんですね。
もし私達が説明していなくて契約書にも書いていなかったとなれば少し話が違ってきますが、説明をして契約書にも書いてあるので、対象期間を過ぎてしまった以上は、恐縮ですが契約解除はちょっと難しいですね。」
すると、お客様が電話の向こうで反論をしているのだろう、
大林さんは黙って首を傾げている。
「お客様、すいません、ということは説明をした者が全くクーリングオフについては話をしていなかったということですか?
それでは話が食い違ってしまいますね。ちゃんと契約事項を読んでからサインしてくださいね、特にクーリングオフのところはちゃんと確認してくださいとお伝えしたら、『絶対通うんで大丈夫』とおっしゃってサインされたと申しておりますが。
当日のお客様とのやり取りをメモに残していまして、本人の記憶にも残っていたんですよね。」
さらに声が大きくなり、なんだか雲行きが怪しくなってきた。
なんとなく、社内全体が大林さんに注目している感じがする。
その現場を直接見ていないのでどちらの記憶が正しいかなんて正直わからないけど、スタッフ側を信じて大林さんは決して主張を曲げなかった。
さらにヒートアップし、
「本当は家に帰って家族に相談してから決めたかったんですか?
それなら、どうしてその場で契約されたんでしょうか?
8日間のクーリングオフ期間内にご家族に相談されて連絡をすることもできましたよね?
契約しないと帰ってはいけない雰囲気だった?
それはお客様の感じ方次第ですよね。
鍵をかけて部屋から出られないようにされましたか?
営業マンがお客様の手を握って無理やり契約書にサインさせましたか?
違いますよね?
契約するかしないかの判断はお客様に委ねてますよね?
クーリングオフの連絡をするのが申し訳なくて悩んでいたら日が経ってしまった?
それで過ぎてからご連絡してこられたんですか。
それはお客様のご都合ですよね。
もっと早くご連絡いただければよかったのに。」
とイライラを隠さずにまくしたてるように続けた。

これ、本当にカスタマーセンターの中で起こってるやり取りなの…?
大林さんの言いっぷりに私までなぜか心臓がドキドキしている。
このお客様もなかなか引かないようで埒が明かない堂々巡りを5分ほど繰り返し、どんどんヒートアップしていく。
聞いている側にとってもとても長く感じる5分。
どう決着がつくんだろうか…。もはや想像を超えてきている。

「会社を潰す??!」

一段と大きな声になった。
ん!?今、会社を潰すって言われてるの、大林さん!???

「怖いことを言いますねぇ。
できるもんならやってみてくださいよ、いいですよ、好きにしてください。ちなみにこれは恐喝に当たりますね。
この電話は録音されてますが大丈夫ですか?
あまりこれ以上お話にならない方が良いと思いますよ。うちがこれ持って出るとこ出たらお客様、不利になりますから。」
さらに大きい声で大林さんがまくしたてた。

会社を潰すって、、、
そんなドラマとかでしか聞いたことないようなセリフ、本当に言う人いるんだ。
驚きのあまり口が開いたまましばらくフリーズしてしまった。
もし自分が言われたら、と想像すると、
震えて何も言えねぇ状態だっただろう…

「何をおっしゃっても状況は変わりません。お話にならないので切りますね。私は他にも仕事があります。いい加減仕事させてくださいよ。では切りますね。」

そう言って、大林さんは本当に電話を切ってしまった。
驚きのあまり、ゆりちゃんと顔を見合わせた。
二人して目をパチクリして口を開いたまま、ぽかんとしている。
こんな受け答えする人は初めてだ。
行き過ぎた要求に屈することなく、言うことをちゃんと言う。というか行き過ぎと感じるところまで言う。
「できるもんならやってみてくださいよ。」
「これ以上お話にならないほうがいいですよ、恐喝になりますから。」
電話対応マニュアルやカスハラ対応マニュアルにも決して載ることのないであろう文言の数々。
この対応で大丈夫なのかなという心配と同時に、これまでにない胸の高鳴りを感じていた。
この電話は大林さんの声がでかいために社内に響き渡っていた。
他部署の人もみんな耳を済ませて聞き入っており、
電話が終わった瞬間社内が一瞬シーン…としてからクスクスと笑い始めた。カスタマーセンターのメンバーは次々と
「会社潰すって言ってきたんですか!?」
「逆に脅してませんでした??」
と大林さんに絡み始めた。

「え?うん、そうそう。なんか知り合いに頼めばすぐにお前の会社なんか潰せるんだからなって言ってきてさ。
バカだよね、そんなこと言ったら恐喝になるのにね。
できるもんならやってみなって言ってやったよ。あっはっはっは。」

こういう電話の後でもあまり尾を引かず、驚くほどあっさりしていた。
私なら、こういう電話の後は心臓のバクバクがしばらく止まらなくてフラットな状態に戻るまで時間がかかる。
こういう人が、カスタマーセンターで長く生き残れるタイプなのかもしれない。
「今までこんな対応をしている人を見た事がなかったので正直驚きました。なんというか…、こちらも言うこと言っていいんですね。」
と口にした後で大林さんの表情がはぁ?とでも言いたげな感じに変わった。
まずい、失礼だったかなと一瞬ヒヤっとした。

「あのね、人間は平等なんだよ。お客様も従業員もみんな平等。
言うことは言っていいんだよ。
理不尽なことも従業員側が我慢するなんて変だよ。」
とサラリと言ってのけた。

私の受け答えのせいで相手側が嫌な気分になって二次クレームになったらイヤだなと考えて、なるべく相手の要求に答えるように、穏便に、穏便に、、、と考えていたけど、そうか。そうだよね。平等なんだよね。
霧が晴れたようにスッキリした感覚になった。

もし今度、私が「お前の会社潰すぞ!」って言われたら、、、
「怖いことを言いますね、どうぞ好きにしてください!ただこれは恐喝です!この電話録音してますが大丈夫ですか?」と言うぞと心に決めた。
(こんな会話しなくて良いのがベストだけど・・・)


人目を気にしない


大林さんは言うべきことはハッキリと言うしリーダーシップも取れるものの、
裏表がなくちょっと天然な性格も相まって、カスタマーセンターだけでなく他部署の人からも頼られて親しまれている。
だが、この言うべきことをハッキリ言うところが、裏目に出ることもある。

元々、営業職出身で机にじっとして事務作業をするよりも電話で人と話す方が性に合っているようで、
事務作業を少しお願いしたときには、やってくれるけど平気で「あー、この仕事飽きちゃった。」と大きな声で言ったり、
ちょっとタバコ休憩が多い人に面と向かって「◯◯さん、すぐサボるからな〜」と本人に向かって直接言ってしまう無邪気さがある。
本当に裏表なく素直に思った事を言っているだけなので基本的には気に障るような感覚がないけど、たまに冗談が通じない人にもギリギリラインのことを言っていて見てるこっちがハラハラする。
最初は正直なところ、
「仕事できるしおもしろいけど、なんかデリカシーないな」
と思っていた。
でも、普段から自分の思ったことを素直に口に出しているからこそ、カスタマーハラスメントなお客様に対してもハッキリ物申すことができるのだろう。


そんな物申せる一面が原因で、社内である事件が起こった。

営業部の澤井さんが、すでに終了しているキャンペーン価格でご案内して入会したお客様がいたことが判明した。
そのお客様への謝罪対応や正しい金額の説明をカスタマーセンターが請け負うことになった。
いつもこういう時はなぜかカスタマーセンターが矢面に立たされる。
「またか…」と思いつつも、残念ながら営業部も人の入れ替わりが多く、こういう対応は自分たちがしなきゃいけないと考えてくれる人がいない。
営業課長の小野さんはこういった面倒なことは避けたいのが透けて見えていて、忙しいとかなんかしら言い訳して対応から逃げる。
半ば諦めているのでいつも代わりに対応してきた流れで、今回も社内ツールのチャットを通じて依頼が入り、大林さんが対応してくれることになった。

その依頼から何日か経った頃、
「ねぇ、大林さんってどんな人なの?」
と経理の重鎮・岡沢さんに質問された。
「どんな人?え、どうしたんですか?急に。」
「いやーなんかさ〜、こんなの見ちゃって。」
岡沢さんのスマホの画面を覗くと、そこにはチャットのスクショが映っていた。

「研修受けて現場に出てるんですよね?
営業する前に変更点がないかとか、事前に確認したり準備しなかったんですか?
お給料もらってやってるんでしょ?
ちゃんとしてくださいよ。」

大林さんが澤井さんを責め立てている文章だった。
「結構キツくなーい?ここまで言わなくてもいいんじゃないのって思うけどー。」
「うーん、、、これはなかなか責めてますね…。」
私が澤井さんだったら恐怖で震え上がってしまいそうだ。
「大林さんてほら、電話対応上手だけどさ、けっこう圧あるじゃん?
この前もお客さんにキレてたし。常識的にありえないよね。
このチャットもパワハラじゃない?とか思って!
最近経理部で心配してるの、カスタマーセンターの子たちもパワハラに合ってるんじゃないかって。」
心配半分、ゴシップネタ探し半分なのを私は知っている。
岡沢さんは悪い人ではないんだけど噂話が好きで自他ともに認めるスピーカータイプなのでなるべく余計なことは言わないに限る。
いつも上司がいなくなった時だけ「◯◯さん、辞めたんだって?大丈夫なの?」と声をかけてくれるけど、心配じゃなくて話のネタになるゴシップを集めているだけ。
実際に業務が大変なときに声をかけてくれたり助けてくれたことはない。
それに「ゆりちゃんが経理部の課長に色目使ってる」とか変な噂を流していることも知っている。
どちらかと言うと課長のほうがゆりちゃんを気に入ってるからよく絡んできているのだけどなぁ。
人によってものの見え方は様々だ。

「私達は大丈夫です。大林さんには良くしてもらってますよ。
これはまぁ言葉は確かにキツイですけど、そもそも澤井さんが間違えたのにうちにお客様への謝罪を依頼してきている理不尽さがありますからね。」
「あぁ…まぁ確かにね、自分たちでやれよって話よね。」
「そうなんです。ちなみに、このスクショはどこから?
岡沢さん、このチャットグループに入ってないですよね?」
「澤井さんが『大林さん、ヤバい奴ですよ』って言って、仲良い人にスクショ送ってるのよ。私にも送ってきて最初見た時びっくりしちゃった。
だから大林さん、営業部と経理部には結構ヤバい人って思われてるわよ。」

こういう変な噂というか、、まぁ今回は半分事実みたいなもんだけど、本当に回るのが早い。
確かに注意が必要な人に対してはキツイ言い方になることもあるし、理不尽なことに対してはめっぽう厳しい態度を示すけど、
まともに仕事に取り組んでくれているし、自分の部署の子のことは守ろうとして矢面に立ってくれるし、これまでのどの上司よりも頼りになる大林さんのことを勘違いしてほしくなかった。
澤井さんのほうが入社は先だけど年齢や役職は下だし、相手からしたらパワハラと言われても仕方ないくらいの圧は確かにあった。
大林さんの気持ちはめちゃくちゃわかるけど、流石にちょっと文章が強すぎるかな。
もし私がこのメール受け取った側だったとしたらと想像したら、、
『怖すぎる…!この人と一緒に仕事するの無理ーーー!!』
ってなるな、と思った。
大林さんのことを勘違いされるのはイヤだし、
今後キツく言われた相手がメンタルを崩してしまうなんてことが起きないように、ちょっとここは大林さんに注意して今後気をつけてもらわないと…!と責任感が湧いた。

遅番で出勤してきた大林さんにタイミングを見て声をかけた。
「大林さん、今ちょっとだけいいですか?」
「え?なになに?大丈夫よ、どうしたの?」
「実は、今日経理の岡沢さんに大林さんってどんな人?って聞かれまして…。
どうしてそんなこと聞くのか尋ねたら、澤井さんが大林さんとのチャットを他の人に見せて、どう思う?って聞いて回ってるみたいなんですよね。」
「チャット?あぁ、あの尻拭いさせられた件のチャット?」
「はい、それです。
私も見たんですけど、確かに、大林さんの言ってることがごもっともだと思います。
なんでもう終わったキャンペーンのこと説明してんだよって思います。
ただですね、あの言い方だと責められてるって感じて、人によっては重く受け止めすぎて落ち込んで辞めちゃう人もいるんじゃんないかなって。」
「え?スクショ撮って広めてんの?暇だね〜、他にやることあるでしょ。」
「はい、それはもう。くだらないことするなぁと思います。しかもよりによって噂好きの経理部の人に送るなんて、広めようとしてるのかなって感じですよ」
「あ〜噂好きそうだもんねぇ。あのへんの人達。くだらないね〜」
「そうなんです。だから今後は変な勘違いが起きてほしくないなってのが私個人の希望なんです。
大林さん、理不尽なことに対して厳しいだけで、ちゃんとしてる人にはむしろ援護して助けてくれるじゃないですか。
だから、言い方だけ気をつけてもらいたいなと思うんです、私としては。」
思い切って自分の気持ちを伝えてみた。
『もう、なんであんな言い方したんですかー!このご時世にー!!ダメじゃないですかー!!!』
って本当は怒りたいくらいだったけど、怒ってもしょうがないからなるべく落ち着いて、少し言葉を選んだ。

「えー?いやー、なんかさ。」
ちょっとバツが悪そうに話し始めた。
「あの依頼を見たら自分等でやれよってムカついて。課長いるんでしょ。
なんで上司がやらないわけ?って思ったら頭に血が登ってカッとなって、その勢いで頭に浮かんだことをそのまま打ち込んで送信しちゃった。」
と大林さんが頭をかきながら言った。
カッとなると感情のコントロールが利かなくなるのだろうか。
良いところと悪いところは表裏一体である。
ハッキリと物申して正義を貫ける強さは、時に人を傷つけてしまう。
取り扱いに十分気をつけないと、諸刃の剣になり得る。

「そもそもさ、何で間違えるんだろうね?俺にはさっぱり理解できないよ。
タブレットでさ、コース内容を登録したときに自動計算でキャンペーン価格にならないの見てわかるじゃん。
どうにか入会率を上げたくて、『システムエラーでキャンペーンがついてない表示になるけど、本当はキャンペーンあります』とか、嘘言って話を進めるからこうなる訳でしょ。
本当にキャンペーンつけてあげたいならその場で本社に連絡して交渉するなりできるわけじゃん。
確認もしないで、やってないキャンペーンを適用できますって言って、
後から澤井さんの確認ミスでしたーって。
それで尻拭いは俺らでしょ。やってらんないよね。」
とカスタマーセンターのメンバーの誰もがずっと不満に思っていたことを口に出した。
これまでもふざけんなという思いはあれども、その思いを隠して穏便に事を進めてきた。
大林さんと話していると、だんだん自分が澤井さん側についてるのかカスタマーセンター側どっちの味方をしているのかわからなくなってきた。

「それもごもっともですよね。
ずっと私たちもなんでやねんって思ってましたから…。
でも、言い方には気をつけないと、パワハラだって言われかねないし、
大林さんの見られ方が変わっちゃいます。」
と伝えた。
すると驚きの回答が返ってきた。

「あ〜、いいよ、別に。
人からどう見られてるかなんて俺気にしないし。
何とでも言ってくれ。」

私の中で「どう思われるか」はキラーワードだった。
それは私自身が無意識にどう思われるかを気にしながら生きているからだ。
昔は割とハッキリ言うタイプだったけど、それが原因で人が離れていってしまった。
それからは悪く思われないように、ハッキリ言うのを止めた。
わかりやすく嫌われたり怖がられることはなくなったけど、
事を荒立てないように言葉を選ぶあまり、自分が伝えたいことは何なのか、時々わらなくなる。

大林さんは人目を気にしないと言い切った。

この人はこの芯の部分がたくましいから、
良くも悪くもいつも言ってることと行動が伴っている。
だから信頼がおけるのか。なるほど。ストンと腑に落ちた。
ここまで突き抜けてしまえば、ちょっと大変な部分もあるけど、
嫌われるどころかむしろ好かれるんだな、と大林さんがうらやましくなった。
それと同時に、私は自分が人目を気にしているから大林さんにも人目を使って彼の行動をコントロールしようとした自分に気づいた。
自分が人目に囚われているのがイヤなはずなのに、同じことをしようとしてしまった。
この人の自由を奪ってはいけない。というか、何を言っても奪えないと思った。私の負けだ。
「うん、そうですね、言いたいやつには言わせましょう。
ただ、もし次にカッとなったら、勢いでワッと文章を打ってもいいので、1回、喜多山チェックは入れさせてください!」
とここは譲らなかった。
私ができる最大限のフォローはこれくらいだろう。
人の怒りを止めることはできない。
怒ってもいいけど本人に届ける手前でちょっと冷静になる時間を作る。
我ながら、なかなかいい提案じゃないだろうか。
これは私が大林さんにどう思われるかは気にせずに言えた自分の意見だった。
人の目は気にしなくてもいいけど、事は荒立てずに平和的に解決できるならそうしたい。
この思いは今の私の大事な価値観である。
ただ、大林さんはこれにYESともNOとも言わなかった。

しばらくして、またカッとなったときにそのままの感情で文章を打って送信ボタンが押されたであろうチャットを見てしまった。
もう私の完敗である。人はコントロールできないということをとことん教えてくれる存在である。
好きにやってくれりゃ、もうそれでいい。


大林さんの過去


大林さんが入社して3ヶ月くらい経った頃、コロナ禍が影響してできていなかったけどそろそろ歓迎会をやろうという話になった。
年齢が大林さんだけ少し離れているので、来てくれるかな?なんて心配をよそに
「おじさんは肉より魚だな。皿がでかくて飯が少ないような上品な感じじゃなくて、量が多いところがいい」という大林さんのリクエストの元、皆が行きやすい会社近くの磯丸水産で行われることになった。

お休みの人が多い日曜日に早く始めようということで集合時間は昼の13時。まだ陽が明るい時間から飲むお酒は背徳感というエッセンスも加わり一層うま味が増す気がする。
時間ぴったりに行こうと思い店に向かっていると、12時半頃に大林さんから「もう着いたから先にやってるよ」とビールの画像がグループラインに届いた。
全員から
「いや、早いすw」
「待って待って待って!笑」
と総ツッコミが入ったが
「みんな遅いな〜」
なんて煽ってきてグループラインが沸いた。
よく「あの人、愛想悪いから誤解されやすいんだけど、実はいい人なんだよ」みたいな事を言ったりするけど、
大林さんに関しては良くも悪くも、「あの人、あのままだよ」と言えるかなり希少な部類である。
人目は気にせずやりたいようにやる、ウルトラマイペース。
見た目はおじさん!中身は中2!の逆コナンのような人のため、
イタズラやマイペースが過ぎると周りはときどき迷惑するが、仕事はできるしたまにお菓子を買ってきてデスク近くの人に配ってくれたりするし、人数が揃う前に先に飲み始めててもなんだか憎めない人である。
急いでお店に向かったけど、私が到着した頃にはすでに大林さんは2杯目に突入。
勝手に何品か注文もしており、一人で先に網で焼き物をしていた。
徐々にメンツが集まり全員の飲み物が揃って乾杯しようかとなった頃には2杯目が終わりかけていた。
異常なハイペースだなと思いつつも、普段の飲むペースやどれだけお酒に強いのか誰もわからなかったため、大林さんが注文するペースをみんなが見守りながら会は行われた。
カスタマーセンターの中には学生やフリーターなどいろんな子がいるが、
その中でも中島くんという20代前半のひときわコミュ力が高い男の子がいる。
彼はミュージシャンを目指して上京し、バンドを組んで路上ライブやライブハウスへ出演しつつ、「プレイングアース」でアルバイトをして生計を立てている。
彼もまた、大林さんのキャラがえらくツボにはまったようで、よく懐いていた。
「大林さんて、ここに来る前は営業してたんですよね?何の営業だったんですか?」
中島くんが尋ねた。
そういえば、私も他の人も大林さんの昔話をあまり聞いたことがなかった。
それぞれ席の近い2,3人くらいで話していたがみんなの意識がほろ酔いの大林さんの方に向いた。
「あぁ、営業はね、輸入雑貨の営業。昔はね、景気が良かったんだよ。
ペルシャ絨毯の仕入れにアラブの方に行ったりね、ブランド物の仕入れにヨーロッパに年に何回も行ったりしてね。外人相手に交渉とかするの。
みんなわかんないかもしれないけど、昔は日本人の観光ツアーにブランドショップ巡りが組み込まれてたりして、ブランドバッグ爆買いみたいなことを日本人がしてたのよ。当時は日本で買うより現地で買う方が安かった時代だったんだわ。」
「え、中国人が日本に来て爆買いみたいなあんな感じですか?
え、てゆーか大林さん英語喋れるんですか?」
「オレ?全然!あのね、イエス!ノー!これ全部買うからディスカウントー!とか言いながらジェスチャーしてたら伝わるのよ。案外そんなもんよ?」
「えーヤバいっすね。なんすかそのコミュ力。」
「当時はそれで年収1000万くらいあったからね〜」
「えー!ヤバ!」
「でもさ、リーマン・ショックってあったでしょ?2008年。
あれで大打撃くらっちゃって、にっちもさっちもいかなくなって社長が金持って逃げちゃって。」
「えー!マジすか。」
「他の幹部の人も連絡取れなくなっちゃて。
しょうがないからとりあえず20人くらいいた従業員の次の就職口をつてを頼りにして工面して、会社の倒産の手続きとかもオレがして。」
「えー・・・!マジですか、だいぶヤバいですね。」
「そうそう。やーあれはキツかったね。」
「ひぇー・・・壮絶ですね・・・」
「俺、営業しかしてきてなかったし、当時で40手前だったから転職先もなかなか見つからなくて。子どももまだ小さかったし、どうすればいいかわかんなかったよね。ほんと一家で路頭に迷うんじゃないかって。
いっそ保険金が家族に入るようにしてオレは消えたほうがいいんじゃないか、なんて考えたよね。」
いつもおちゃらけている大林さんから意外な話を聞き、ちょっとしんみりした空気になった。
「でもまぁ嫁が「なんとかなるから!」とか言ってワーワーやってるうちに俺も次の仕事見つかったんだけどね。次のところは10年くらいいたのかな。
ここにくる前の会社ね。フィットネスクラブやってる会社。
もう給料上がんなくなったから、さらに転職活動して今ここ。ってわけ。」
「で、今俺等と飲んでるわけですね!いいじゃないですか、奥さんサイコーっすね!もう一回乾杯しましょ!乾杯!」
中島くんが音頭を取った。
ぶっきらぼうに言っているけど、本当は奥さんがその大変な時に相当精神的な支えになったんだろうなと想像すると、目頭が熱くなった。
ぐっとこらえて残り少なくなっていたレモンサワーを飲み干した。
「奥さん素敵!!え、どこに惹かれて結婚したんですか?」
ゆりちゃんがほんのりほっぺたを赤くしながら尋ねた。
「え?あー、あのね、おっぱいが大きいのよ。初めて会ったときに、おっぱいが大きいなーって思って。オレ、おっぱい星人だからね。
今はもう垂れちゃったけどね。はっはっはっはっは。」
「えー!そこですかー!!!」
ゆりちゃんと私のガッカリした声と大林さんの笑い声が響いた。
「理由くだらね〜、やっぱ大林さん好きだわ〜w」
中島くんは腹を抱えて笑っている。

会社の中だけではわからない部分は誰しもみんなにある。
私もそうだし大林さん、中島くん、ゆりちゃんや他のメンバーもみんなそう。
それぞれにたどってきた道があって、今ここで重なる瞬間を過ごしている。
大林さんがメンバーに加わったことで今までとは違う結束感がある。
これはみんな共通認識なんじゃないのだろうか。

そのまま異常なハイペースで飲み進めた大林さんは、トイレに行ったきり帰ってこなくなった。
心配した中島くんが様子を見に行くと、壁に寄りかかって立ちながら寝ている写真を撮って戻ってきた。
「起こすと一応起きて何か話すんですけど、ベロンベロンでろれつがまわってなくて何も聞き取れなかったっすw」
満場一致でこの日はお開きとなった。
中島くんともう一人のアルバイトの男の子で大林さんを両方から支えながら駅に向かう。
まだ日が暮れる前なのに千鳥足になってる姿に爆笑しながら大林さんを改札まで送り届け、改札に入ったら帰巣本能なのかちゃんとした足取りでホームに向かったのでそのまま見送った。
「50代でこんな飲み方する人いなくないっすか?」
「やばいね!あんま酒与えちゃダメだね!」
なんて話ながら私たちは二次会に向かった。
全く、世話の焼ける上司である。

次の日、どこまで覚えているのか聞いてみると、飲んでいる途中から全く記憶がなく、気づいたら家だったそうだ。
そして財布の中身が空っぽになっていて奥さんにこっぴどく怒られたらしい。
「帰りのタクシーでぼられたかな??なんでなんだろう。」
本当に何も覚えていなそうだった。

お会計の時に大林さんが「いいよ、俺払うよ」と言って財布に入っているだけの現金を出してくれて、足りない分だけみんなで割ったことは内緒にした。



3話
https://note.com/tasty_holly769/n/nb4d8d098fc1d

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