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出禁をくらった先輩

飲み屋さんやバーでたまに出禁をくらう人がいる。
そのカオスな現場に直接居合わせたことはないが、「この前来た新規の人が飲みすぎてテーブルに吐いちゃって、さすがにマスターも怒って出禁にしてたわ…」など、様々なエピソードを後日談として聞くことがある。
出禁になるほどのことをやらかすのは相当なので、その場にいなくてよかったなと心底思うが、私の先輩がとあるバーを出禁になったとお店側から話しを聞いたことがあった。

何を隠そう私が先輩にその「とあるバー」を紹介した。
話しを聞いた時は非常に申し訳無かったし、情けなくて恥ずかしくて穴があるなら入りたかった。

仮に先輩の名前を竹本さんとしよう。
竹本さんと私は当時、同じ会社で働いていた。
非常にノリが良くて会話のテンポが早く、2人で話しているとなんだか漫才をしているような感じで、聞いている周りの人から笑いがよく起きていた。
アホな中身のない会話をするのはとても楽しかったのだが、仕事の話しになるとなかなか意見が噛み合わず、うまく業務を連携することにお互い難しさを感じていた。

だが仲間として切磋琢磨し、尊敬できる部分もあったので年の近いメンバーで仲良くやっていたが、竹本さんには弱点があった。
ある程度お酒は強く飲める人ではあるが、一定のラインを越えてしまうと酒癖がめちゃくちゃ悪くなるのだ。

楽しくワイワイ飲んでいると、急に目が座る瞬間がやってくる。
こうなったらもうアウトで、普段溜めてる不満や悪口を爆発させ始める。
そしてその場にいる後輩にダメ出しを始める。
「だからお前はダメなんだ」「そんなんじゃいつまで経っても俺を越えられないよ?」など、見事にその場の楽しかった雰囲気や気分を一気に壊し始める。
相手は男女問わず、言いたいことがある人に矛先を向ける。
私も1回か2回やられたことがあるが、かなりムッとしたので「ほっといてください」と言ったら「あー、そうやって人のアドバイス聞かないんだね。ま、俺の人生じゃないからいいけど。」と捨て台詞を吐いてちょっと拗ねていた。

また、爆発はせずに寝てしまう時もあり、一度寝てしまうとどうやっても起きない。
会社の忘年会でカラオケに行った時。結構できあがっている状態でトイレに行き、全然戻って来ないので心配した後輩が様子を見に行った。
すると、廊下にある小さい一人がけの丸い椅子を3つ繋げて横たわって爆睡しており、起こそうと体を揺らしたら手でバシッと払いのけられ、どうにもできず放置して帰った。(カラオケ屋さんごめんなさい)

そんな酒癖が良くない人を連れて行くべきではなかったのだが、たまたま2人で仕事帰りにご飯に行くことになり、1件目でちょっと飲み足りない感があったのでうっかり2件目でバーに連れて行ってしまった。

そのバー自体は私も人に紹介してもらったばかりで2,3回しか行ったことがなかったが、雰囲気が良くてちょっと1,2杯飲もうかなという気分の時に良いなと思って気に入っていた。

すると竹本さんもそのバーの雰囲気を気に入ったようで、会社の近くでちょっと飲めるところがほしかったからいいところ教えてもらったと喜んでいた。
その日はお互いに1,2杯くらいに留めて日付が変わる前にバーを後にし、それぞれ電車で帰路についた。


それからしばらく私はなかなかそのバーには行けず、2ヶ月ほどが経ってから久々にバーを訪ねた。
すると、ママさんが話しかけてきた。

「ねぇ、前に一緒に来た人、会社の先輩だっけ?なんか話し聞いてる?」

毎日会社で顔を合わせているがバーについては何にも聞いたことがなかった。

「いえ、何も・・・。何かありました?」

「あの後、2回来てくれたのよ。1回は一人で来て、常連の人と飲んで話してて、すごいうちのお店気に入ったって言ってくれてたのね。いいやつじゃーんと思ってたの。」
過去形の言い方からすでに今はいいやつと思っていないことが汲み取れてしまった。

「2回目に来た時は友だちを連れてきたんだけど、もうだいぶ出来上がってて。店に入ってきた時にすでに目が座ってたからね。友だちもベロベロですごい感じ悪くて。で、2人で大声で話し始めたの。うちは小さいバーだからさ、他のテーブルの人に迷惑になるから声のボリューム下げてくれる?ってお願いしたらさ、、、、「なんだようるせーな」って言って床にツバ吐いたの。信じられる!?」

ごめんなさいと言うしかできない状況にどんどん背中が縮こまる感覚だった。

「大概のことは許すよ。ちょっと喧嘩になるとか、吐いちゃうとかね。
でもね、このお店は私にとっては家と同じ。すごく大事な場所なのよ。
家の床にツバなんて吐かないでしょ?ゴミも床に捨てないでしょ?
友だちが遊びに来て家の中にツバ吐いたら許せなくない?
あいつはね、私の家でツバを吐いたも同然。
だからごめんね、二度とくるなって言って追い出して出禁にしちゃった。」

言葉にならなかった。
どんな経緯があってこの土地でこの店をオープンすることになったかまではわからないが、お店を始めるなんて生半可な気持ちじゃできない。
うまくいくかわからない中、これをやると覚悟を決めてオープンさせ、愛情を込めて毎日の営業、掃除や手入れをしていることを想像すると、本当にいたたまれなくなった。
ママにとっての神聖な場所を汚す人のことなんて許さなくていい。
私は竹本さんの代わりに謝ることしかできなかった。

「ねぇ、本当に何も聞いてないなんて、あいつ何なの?
私はてっきり、あいつがやらかしたせいであなたまで来づらくなっちゃったのかと思ってちょっと気がかりだったの。
紹介してくれた人に迷惑がかかるんだからせめて報告くらいしなさいよね。卑怯なやつだわ〜」とママが言った。

「泥酔した様子で来たんですよね?ひょっとしたら何も覚えてないのかもしれないですね…だからって許されるわけじゃないですけど。本当すいません
。」と私が返した。

「いや、あれ以降来てないから絶対出禁にされたってわかってるよ。本当に酔ってて覚えてない人はまた来るもの。バツが悪いからあなたに言ってないだけでしょ。」とさすが場数を踏んでいるママさんである。人のことを良く見ている。竹本さんは心無い謝罪は得意だが本当に謝らなければいけないときに謝れない。

この一件以来、竹本さんとは飲みに行かないようにした。

ママから出禁になったと聞いたと私から言っても、きっとしらばっくれるなと思ったので切り出してくれるのを待ってみたが、話してくれる日は訪れなかった。

竹本さんは私に気まずさを感じていたのか、向こうから誘ってくることもなくなった。私にとっては竹本さんを断ち切るいいキッカケだった。
他の人は竹本さんがこういうことをしたと知っても引き続き一緒に飲みに行き、泥酔してダメ出しされて気分悪い飲み会だったと文句を言っていた。
私は早々に離脱してとても気が楽になったと同時に、飲む度に気分が悪くなる相手となんで何度も繰り返し一緒に飲んでいたのか、一緒に時間を過ごす相手はちゃんと自分で選ばないといけなかったと反省した。


これはもう7,8年くらい前の話しだが、いまでも時々思い出す。
思い出すキッカケはいつも「ツバを吐いている人」「ポイ捨てしている人」を見た時。

ちょうど今朝、歩いているとタバコを道端にポイっと捨てギュッと踏んでそのまま去った人がいた。
その人が去った後も火は消えきっておらず、白い煙が風に揺れていた。

この人は自分の家でもタバコを床に捨て、煙が立ち上がっていても知らん顔してその場を離れるのだろうか。



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