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NHKは誰のもの?

筆者はこのところ「放送政策」に関するプロジェクトに携わっているので、これはお仕事話です。が、回答は後にすることにして。

今はまだ春とも言えないが、八月になるとかならず「NHK特集」で、学徒出陣や沖縄戦の特集が出る。私はそういうものはあまり見たくないほうである。最後は「平和への祈り」で終わるにしても、若くして散った兵士たちが、いかに残される家族や恋人を大事に思っていたか、命をかけて守ろうとしてきたか、が強調されるのが、なんだかなあ、という気がする。

無論彼らの思いは純粋で美しかったであろう。それを否定するつもりはない。そういう思いは幾多のフィクションにもあって、「愛する者のために」戦う若者の物語は古今東西尽きることはないだろう。

でもねえ。一応話を現実の戦場に限るが、私が不思議に思うのは、自分がここで命を懸けなければ大切な人々を守れない、という兵士たちは、敵方の兵士たちも同じ思いだ、とは考えないのだろうか。やられなければやられる、という強迫観念に突き動かされた兵士は敵方の戦闘員は無論、一般市民をも攻撃対象にしてしまうのが常だが、その前にどうにかならないか、と(甘いと言われるのは覚悟のうえで)ショートストーリーを一つ考えてみた。

国境近くの塹壕の中で攻撃命令を待っている兵士たち。何日も続く膠着状態に退屈し、故郷の様子はどうかと携帯でニュース映像を見る。戦場に行った息子の写真の前で祈りをささげる母や、兄?か恋人?の安否を気遣う若い娘へのインタビューなどが流れているのだが、どうも顔つきや言葉が変だ。自動翻訳で検索にかけてみると、どうやらこれは敵方の都市のものらしい。同じことが敵方にも起こっている。国境で双方の電波が干渉を起こし、お互いの国の映像が取り替わってしまったのである*。

敵にも「大切な人」がいることを知った双方の兵士たちは、殺し合いが馬鹿馬鹿しくなる。オレが死んだら彼女が泣くように、オレが殺した敵の彼女も泣くだろう。「勇敢に戦って」悲しむ人を増やすより、家に帰って彼女といちゃついたほうがよほど世のため人のためだ。

期せずして双方の国の兵士たちは塹壕から這い上がり、敵にではなく故郷の町に向かって一斉に走り始める。上官は手を振り回し、脱走は銃殺だ!と叫ぶものの、あまりに走者の数が多いので太刀打ちできない。人の波に押し流されて一緒に走るほかはない。

脱走兵の群れはやがてドローン部隊と出会う。話を聞いた操縦兵たちは、それもそうだ、オレたちも帰る、と爆弾の代わりに野の花を積んだドローンを飛ばし、群れに合流する。

こうして街道沿いの部隊を吞み込みながら増え続ける元兵士たちが帰っていくあちこちの町に花の雨が降り注ぐ。

*放送局からのテレビ電波が混じって、隣国の映像がテレビ画面に映ってしまう、ということは欧州の国境地帯などである話です。ただ、今世界で使われている携帯端末に映る映像はネットからのもので、隣国のニュースが偶然映ってしまう、ということはないのですね。放送電波が受信できる端末が普及しないとこの話は成立しないのですが、そこは近未来、ということで。

さて、表題に戻って。NHKは誰のものでしょう。日本なのでNHKだけど、世界各国にある公共放送なら何でもよい。

政府のもの、というのは間違いです。「受信料」というのは一種の税金なので(公共放送がストレートに税金で運営されている国もある)、NHKが一種の官庁であるには違いないけれど、官庁は現政府、ましてや政権党のために存在するのではない。

世の中には「官庁=政権党」と考えるお方がまだ多くて、「自分はリベラルだから民放しか見ない」と言ったりするのだけど、これはかなり危うい。

というのは、民間=営利団体はスポンサーの意向を汲まなくては番組編成ができない。スポンサーの意向が右ならば右、左ならば左の立場の番組を作らねばならない。あるいは、「ウチは社長が●●党の支持者だから●●党よりの報道をする」と言っても、思想信条は自由だから、自社の立場を明らかにしている限り、咎められる筋合いはない。

そういう経済原理に従ってはいけないのが「公共放送」です。ここで回答を出しますが、NHKは受信料を払っている人々、即ち国民のものです。

「国民全体」の代弁者である以上、NHKには「政権党」であれ「野党」であれ、一つの思想信条に従ってはいけない。絶対者の視点はあり得ないにしろ、できる限り多くの立場の人の多様な意見をバイアスをかけずに伝える義務がある。

言い換えれば、「公共放送」がこの義務を果たしているかどうかで、その国が「民主主義国」であるかどうかが決まる。受信料を払っている「国民」は、民主主義国に暮らしたかったら、NHKを独裁国によくあるような「政府プロパガンダチャンネル」にしてはいけないのです。

「国民」はNHKの放送番組や運営体制について、小さいことでももっといろいろな意見を出していいと思うのですよ。例えばNHKにはネットへの番組配信について財政上の制限があって、NHK BSの番組は見逃し視聴サイトに乗せられないのだけど、この番組は傑作だからまた見たい、とかね。

自分としては、受信料を多少余計に払ってもいいから、「NHKアーカイブ」の古いフィルムをデジタル化して公開してほしい。坂本九がナレーター、辻村ジュサブローが衣装の連載人形劇「新八犬伝」がリアルタイムでは最後の1/3くらいしか見られなかったけれど、できることなら最初から見たい…

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