見出し画像

273. 発された言葉は、外から見える「ほんの一部」にすぎない。

伝えたいことを伝えるのって、むずかしいなぁ。

改めて実感しています。

私が伝えたいのって、
そういうことじゃないんだけどなぁ。

そういうつもりで言ってないんだけどなぁ。

相手もきっとそう思っている。
「お互い様」ってやつですね。


伝えたいことを伝えること。
相手の伝えたい意図を理解すること。

それって、どうしてこんなに難しいんだろう。


そう考えた時、先日拝見した山田太郎さんの図解が頭に浮かびました。

山田太郎さんのnoteより

私に見えているのは、
「受け取った言葉」=「表面に見える部分」だけ。

その言葉の下に「隠されている背景」まで
思いを巡らせていないから。

それが一因でもあるのかな、と思いました。

悪気がないのはわかっているし、
自分の偏った見方による感じ方なのだとは思うけれど、
言われた言葉がずっと心に引っかかっている。

そうお伝えしたら、
その言葉を使われた背景を教えてくださいました。

その言葉に対する受けとめ方が広がって、
ひっかかりが少しとれたような気がしました。



発した言葉の水面下には、必ず背景がある。

発した言葉は、外から見えるほんの一部にすぎない。

言葉にできない、もしくは、言葉にしていない
気持ち、経験、理論などが、水面下には必ずある。

発せられた言葉は、外から見えている「ほんの一部」。水面下には、言葉にならない気持ちや、言葉にしていない経験や理論がある。


だから、相手から言葉を受け取ったとき、
言葉の表面だけで理解しないようにしたい。

外からは見えない、言葉の水面下にある背景にまで
思いを巡らせるようにしたい。


どうしてその言葉を使われたのか。
どういう経験や思いや考えがあったのか。

その言葉の水面下にある思いを知りたいときは、
素直に「教えてください」と言ってもいいのかもしれない。

それが「分かり合う」ことの一歩になるのかもしれないから。



伝える側としては、

誤解を与えないように
言葉を選んだり、主語を明確にしたり、
表現に気をつけること。

本当に伝えたいことなら、
必要な背景についてもちゃんと触れること。

これらが大切だと、改めて実感しました。


このnoteも「伝える」試みのひとつです。
これらを大切にしようとして日々書いていますが・・・

どこまで具体的に書くか等、迷ってばかりですし、
ちゃんとできている自信はありません。

ただ、やってみないと、できるようにはならないから。

そして、伝えたいことがあるから、
私はやっぱりnoteを書いていきたいです。


参考にさせていただいたnote


最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

この記事が参加している募集

noteの書き方

読んで下さるあなたがいるから、今日もnoteが書けています。 またお時間のあるときに見に来てくださると嬉しいです。