灰色の現実に彩りを

灰色の現実は僕から色を奪っていく。
ある時を境に僕の世界から色が無くなった。
前は見えてた色鮮やかな世界はもうない。
そんな僕はもう、現実を諦めた。
朝起きて会社に行く。
仕事をする。
家に帰る。
寝る。
そして朝を迎える。
その繰り返し。
会社に行けば上司からな罵声
理不尽な叱責
残業の強要。
タイムカードは勝手に切られ
残業手当などは出ない。
挙げ句の果てに無理やりの飲みの誘い。
そこでも愚痴愚痴と話を聞かされ
上司の機嫌取りを繰り返す。
聞きたくもない武勇伝。
知りたくもない好きなお酒。
永遠と繰り返されるその会話。
耳にタコができるほど繰り返される。
パワハラ、モラハラ数知れず。
終電が終わったくらいに飲み会はいつも終わる。
歩いて徒歩2時間の道のり。
僕の体は疲弊し切っている。
歩いて帰る力なんてなく、
タクシーを呼ぶお金なんてとおになくなっていた。
近くの安いカプセルホテルに泊まったりして
その日を越す。
朝なんて来ない方が良いのに。
何度も想うが
そんな想いも世界には届かない。
朝は必ず来て太陽は徐々に昇っていく。
本当に辛い。
ある休日。
適当に街を歩く事にした。
疲れた体を癒すためにいつもは家に籠るが
今日は外を歩きたかった。
家の近くに古い小さな扉があった。
こんなとこにこんな店あったっけ。
僕は近所の店すら知らなかった。
蔦(つた)で覆われた外観
そこだけがビルの並ぶ街とは違い
一粲(いっさい)を博(はく)すおかしろさがった。
グリム童話の世界に入ったかと想うほどに
不思議な感じを僕に与える。
扉を開けるとベルがからんとなった。
中世ヨーロッパを思わせるアンティークな店内

いらっしゃい。お好きな席にどうぞ

と古びれた声のマスターが一人。
後ろの棚にさまざまなコーヒー豆や茶葉が並べられ品の多さに少し驚いた。
僕はマスターから見て斜め前のカウンター席に座った。
水と少し暖かいお手拭きが僕も前に置かれる。
お品物が決まりましたらお声掛けください。
メニューを開くとかなり量があった。
一杯飲んだら帰ろうと思い
アメリカンコーヒーを注文した。

分かりました

とマスターは一言残しコーヒーを作る。
棚から炒り豆を取り出し
グラインダーに入れて砕く。
フィルターをドリッパーに乗せコーヒー豆を入れた。
そして、お湯を注ぐ。
その瞬間コーヒーがその空間に薫。
ほのかな優しさとフルーティーな爽やかさ。
ゆっくりとドリップする姿に見惚れるほどに美しい。
どうぞ、アメリカンコーヒーです。
そして僕の前にアメリカンコーヒーが置かれる。
飲む前からこんなに期待させれるコーヒーは初めてだった。
そのコーヒーを一口、口に含む。
その瞬間フルーティーな甘さに酸味。
奥ゆかしさのあるコク。
芳醇で何処か懐かしいような香り。
色とりどりの産地風景が見える気がした。
今まで飲んできたどのコーヒーとも違う。

うまい。

するとマスターが唐突に話し始める。
「老人の戯言ですが良ければお聞きになってください。
アメリカンコーヒーの意味は知ってますか。
たまに、アメリカンコーヒーって名前をそのまま読んで
アメリカのコーヒーという方がいます。
実はそれは違います。
本当は「薄めたコーヒー」という意味なんです。
コーヒーは濃すぎると苦く渋い味になりますから
濃いものをお湯で薄め誰でも飲みやすいコーヒーを作る。
これを私は少し人間の人生と
少し似ているなんて思ってしまうのです。
実際、人は目の前が濃すぎると何も見えなくなりますから
濃すぎる現実を薄めてあげるために
息抜きを与えてあげないとダメなんです。
まさにその息抜きにその人の色が出ます。
それが人の本質かなぁなんて思います。
長い年月の末にいつかその人の味になるだと私は思いますよ。
すみません。
変なお話でしたね。」

不思議なお話を聞いた気がした。
なんでマスターはわかったのだろう
私が色を見えないという事を。
態度にも出してなかったと思う。
でもきっと分かったのは
長年の経験からなのだろうか。
少し心が軽くなったような気がした。
このマスターの入れるアメリカンコーヒーはうまい。
飲んでいる時だけ色褪せた世界に
彩を与えてくれる。
あっという間に僕は飲み終えてしまった。
また来よう。
そんな事を思い会計を済ました。
すると心の底から言葉が溢れ出した。

ありがとうございました。また来ます。

そしてまた扉のベルを鳴らし外に出た。
足は軽く爽快に足音は弾むようだった。
私は色を少しづつだけど取り戻すことができた気がした。
ある時ふとコーヒーを飲みに行きたくて前の店に行く。
でも、そこには何もなく侵入禁止の空き家になっていた。

マスターにまた会いたかったな。


そのお店の名前はcolore(コローレ)。
色が見えない人の前だけに現れる不思議なお店。


僕ははきっと…
きっともう大丈夫だ。

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