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最後の雨降って地固まる

人と一緒に感傷的になりたい夜だってある。思い出の一部として。

社会人1年目のある夜の話だ。

雨がしとしと降っていた。
家でゆっくりしていると
電話が掛かってきた。

「久しぶり、暇?カラオケいこうや。」

「どしたん。」

「カラオケで言う、一生のお願い。住んでるの吉祥寺やんな?
 近くにおるし、吉祥寺のカラ舘で会おう。」

「まあ、ええけど。ちょっと遅れていくな。」

こいつ、また一生のお願い言ってるな。
あれ、今名古屋に住んでなかった?

色々言いたいことはあるが、
とりあえず行く事にした。

普段はビリヤードやダーツを好む友人で
カラオケは得意ではないはずである。

カラオケに目覚めたのか、何かあったのか。

雨で濡れたカラ館の廊下は危険である。

普段もツルツルしているのに
水分で余計に滑りやすい。

廊下をゆっくり歩き
徐々に指定のルームに近づいていくと
中西保志の「最後の雨」を大熱唱をする声が
響いている。気持ち篭ってんなあ。

「よっ。久しぶり。」部屋に入った。

友人は目配せをして、曲の締めに入る。

本気で忘れるくらいなら
泣けるほど愛したりしない

誰かに盗られるくらいなら
強く抱いて君を壊したい

気持ちが高鳴っているのか
片手を大きく広げ
誰かを包み込むように
彼は歌い切った。

最後の雨が聞こえて来る時点で
薄々分かっていたが
失恋をしたようだ。

相手は高校時代から大学の途中まで
付き合って来た元カノ。

一旦は彼から別れた。

とても器用で優しくて
友達の多い人気者の彼。
大学での恋愛話も話題がつきない。

ただ一周回って
長く付き合った元カノが
どれだけ居心地が良かったか
考えるようになったようだ。

じっくり関係修復に努め
復縁を目的とした告白をしたところ
撃沈したらしい。

やっぱり、仕事に集中したい。今頃、大事に思われても。
都合が良すぎる。うんぬんかんぬん。

社会人1年目の雀の涙ほどの給料を
元カノがいる東京に通う為に注ぎ込んでいたようだ。

そりゃ叫びたくときもあるよね。酒でも飲もうか。

普段は下戸の彼と酒を飲みながら
最近の近況報告と失恋話をした。

いつも会う訳じゃない。
けれど面倒見のいい彼は
大学生の時は僕の悩み話にも
相談とアドバイスをしてくれていた。

今日は恩返しでもしようじゃないか。

その日のカラオケでは
最後の雨を何回も歌った。

一緒に歌って、彼が歌って。

感傷的になりたい夜だってある。

始まりは思いを込めて
熱烈に歌い、終わりは酒に疲れて
寂しげに歌う、彼に飽きなかった。

同じ歌でも毎回変わる味わい深い
彼の表現力に感銘を受けながら
僕はグラスを傾けていた。

最後の雨をカラオケで流しすぎて
一滴まで絞り尽くしたか
帰りは雨が上がっていた。

雨降って、地固まるって奴や、俺は諦めへん。
と言い残し、彼は名古屋に帰っていった。

大した恩返しは出来なかった。
ただ聞いていただけなのに、
彼は満足して帰っていった。
僕もただ聴いているだけで、満足だった。

今でもあの夜のことは忘れていない。

あの日から6年が過ぎ去った。

とある友人には可愛いお子さんがいる。
今年の夏、MOMAのクレヨンを
お土産に持って帰った。

誰のお子さんかって?

彼らの最後の雨降って地固まる。

彼は自分がビショビショになろうが
地面がどれだけぬかるんでいようが
常に二人の地面と思いをならそうとしていたのだ。


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