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『狂った野獣』:1976、日本

 銀行強盗の谷村三郎と桐野利夫は逃走するが、ガードマンに追い付かれた。捕まりそうになった谷村達は、現金袋を捨てて逃走した。2人は大覚寺から京都駅へと向かう府営バスに乗り込み、運転手の宮本義一に包丁を突き付けて発車させた。
 バスには13名の乗客が乗っていた。駆け出しの女優・立花かおる、ホステスの小林ハルミ、小学校教師の松原啓一、松原の教え子の母親で彼と不倫中の河原文子、主婦の戸田政江、チンドン屋の極楽一郎、良子、米良たち、老人の半田市次郎、大工の西勲、塾に通う小学生の加藤直樹と田中茂男、そしてバイオリンケースを持って後部座席に座る男・速水伸だ。

 桐野が包丁を構えて運転手の傍らに立ち、スパナを手にした谷村が乗客の見張りを担当した。政江は谷村に全く臆せず、口うるさく愚痴を言ったり悪態をついたりした。政江は速水と西に向かって、何とかするよう悪態をついた。西が谷村に襲い掛かるが、桐野に足を刺されて負傷した。
 府営バスがジャックされたことは、事務所にも連絡が届いた。職員の一人は真っ青になった。宮本には心筋梗塞の持病があったからだ。宮本は病気を会社に隠し、仕事に出ていたのだ。

 加藤の母は顔にパックをしたまま、田中の母を呼んで警察署へ向かう。文子は不倫が明るみに出ることを危惧し、「何とかしてよ」と松原に言う。ハルミはアパートのガスの火を付けっ放しにしたことを思い出し、煮物が焦げることを心配する。
 京都府警の北村刑事らは、バスが一条通りを西に向かっているという情報を得た。パトカーが急行し、バス停を通過して走行しているバスを停車させた。だが、それは試運転のバスだった。

 ラジオ番組のDJは、ジャックされたバスのナンバープレートを番組内で伝えた。北村たちは桐野の身許を突き止めた。
 速水を待っていた岩崎美代子は警察署へ赴き、「知り合いが乗っているの」とバスジャックのことを警官に尋ねた。だが、「誰が乗っているのか」と質問されると、逃げるように警察署を飛び出した。彼女はバイクに乗り、バスを探して走り出した。

 かおるは「やっと掴んだチャンスなのよ。京都駅に行かせて」と騒ぎ立て、谷村に掴み掛かった。谷村は彼女の両手を吊り革に縛り付け、猿ぐつわを噛ませた。チンドン屋トリオは楽器を演奏し、半田はバナナを食べ始め、松原と文子は言い争いを始めた。
 速水がウイスキーのボトルを出して飲もうとしたので、谷村は取り上げ、サングラスも奪った。すると速水は谷村を殴り飛ばした。加勢に入った桐野も激しく殴り飛ばされた。彼は爆弾を見せて威嚇し、速水を静まらせた。

 桐野はバスをターミナルで停車させた。谷村は「包丁とスパナだけで機動隊とやり合うんけ」と、弱気な態度を示した。ナンバープレートを付け替えるため、桐野は車外に出た。
 政江の箱から犬が飛び出し、ハルミの胸元に飛び乗った。ハルミが犬を投げ捨てたため、政江は激怒した。2人がケンカを始めたため、谷村が制止した。文子は松原に腹を立て、席を替わった。

 桐野が乗り込んでドアを閉める際、速水は隙を見てバスから降りた。ドアに手が挟まったが、必死に引き抜いた。桐野はバスを発車させた。速水は自転車を拝借し、バスを追い掛けた。バイオリンケースを車内に置き去りにしていたからだ。
 彼は、かつてテストドライバーだった。しかし目が霞むようになり、そのせいでテスト中に事故を起こしてクビになった。単車のテストドライバーだった美代子は、彼を追うように会社を辞めた。2人は宝石店を襲撃して宝石を盗んだ。その宝石がバイオリンケースに入っているのだ。

 速水はバイクで走ってきた美代子を発見し、後ろに乗せてもらってバスを追跡する。バスに追い付いた速水は、窓から車内へと滑り込んだ。彼は北村たちと格闘になり、爆弾を奪って脅しを掛けた。だが、それは偽物だった。
 速水はバイオリンケースで谷村たちを殴った。その衝撃でケースが開き、宝石が床に散乱した。直後、宮本が意識を失った。桐野がハンドルを握り、バスを制御する。そこへ何台ものパトカーが現れた。桐野はバスを停車させた。白バイ警官の下坂巡査は、バスの後ろにしがみ付いた。

 ハンドルを奪った速水は、バスを再発進させた。彼は谷村たちに、偽の爆弾を使って追跡してくるパトカーを脅すよう命じた。パトカーや白バイと激しいチェイスを展開しながら、速水はバスを走らせる。しかしパトカーに乗り上げ、バスは横転してしまった。
 桐野は小学生の一人に包丁を突き付け、包囲した警官隊を脅した。速水はバスのレシーバーを使い、「自分が乗客の代表者だ」と北村たちに名乗った。そして犯人達に脅されている芝居をしながら、「彼らは逃走用にヘリを用意するよう要求している」と告げた…。

 監督は中島貞夫、脚本は中島貞夫&大原清秀&関本郁夫、企画は奈村協&上阪久和、撮影は塚越堅二、編集は神田忠男、録音は溝口正義、照明は北口光三郎、美術は森田和雄、擬斗は土井淳之祐、音楽は広瀬健次郎。

 出演は渡瀬恒彦、室田日出男、川谷拓三、橘麻紀、三上寛、笑福亭鶴瓶、星野じゅん(新人)、中川三穂子、松井康子、三浦徳子、荒木雅子、片桐竜次、野口貴史、畑中伶一、志賀勝、岩尾正隆、野村鬼笑、松本泰郎、富永佳代子、丸平峰子、細井伸悟、秋山克臣、木谷邦臣、中田慎一郎、森源太郎、笹木俊志、疋田泰盛、前川良三、大月正太郎、有島淳平、波多野博、司裕介、星野美恵子ら。

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 『鉄砲玉の美学』『実録外伝 大阪電撃作戦』の中島貞夫が撮ったB級カーアクション映画。
 京都が舞台になっているのは、東映の京都撮影所による制作だから。かつては「京都では時代劇、東京では現代劇」という棲み分けがあったが、この頃は時代劇が衰退しており、京都撮影所でも現代劇を撮るようになっていたのだ。
 監督が中島貞夫で主演が渡瀬恒彦、共演に室田日出男、川谷拓三、橘麻紀、片桐竜次、野口貴史、志賀勝、岩尾正隆、松本泰郎ということで、これはピラニア軍団の映画だ。

 速水を渡瀬恒彦、下坂を室田日出男、谷村を川谷拓三、かおるを橘麻紀、小林ハルミを中川三穂子、加藤の母を松井康子、文子を三浦徳子、政江を荒木雅子、桐野を片桐竜次、松原を野口貴史、達を畑中伶一、一郎を志賀勝、北村を岩尾正隆、半田を野村鬼笑、西を松本泰郎が演じている。
 フォーク歌手役で三上寛、ラジオのDJ役で笑福亭鶴瓶、美代子役で星野じゅんが出演している。
 星野じゅんはモデル出身のようだ。後に芸能界を引退し、松原千鶴子という名(たぶん本名)で日展に入選する工芸芸術家になったらしい。

 オープニングで流れてくる曲が、やたらホノボノした感じなので、「バスジャック事件を巡る話なのに、それは違うだろ」と思ったが、本編が進む中で、それでも別に構わないのだと分かった。
 というのも、強盗によるバスジャックが発生するのだから、普通はサスペンスになるものだと思うだろうが、実際は何の緊張感も無いのだ。
 この映画、サスペンスは主眼に置いていないのだ。

 強盗2名が凶器を持って乗り込んで来たというのに、主婦の政江は全く怯えることなく、口うるさく愚痴や悪態を並べ立てる。その様子は、たくましいというよりも、ただの騒がしいオバサンにしか見えない(強盗に立ち向かおうとする勇気や正義感ではなく、ただ自分の愚痴を言うだけなので)。
 不倫中の文子は、身の危険より、自分の不倫がバレることを心配する。

バスの外でも、小学生の息子がバスジャックに遭っているというのに、田中茂男の母は警察署に出向く前に念入りに化粧をする。車内ではハルミが、アパートの煮物が焦げることを心配する。
 かおるは、せっかく掴んだ女優の仕事に間に合わないから、京都駅へ行かせてくれと喚く。チンドン屋は演奏し、老人はバナナを食べる。ハルミと政江は犬のことで掴み合いのケンカを始める。
 なぜか乗客たちは、強盗に殺されることへの危機感が全く無い。そしてエゴイズムを剥き出しにする。

 実際にバスジャックが起きた場合、犯人が凶器を持って脅しているのに、全く恐怖することなく騒ぎ立てるような乗客は、ほとんど存在しないだろう。だからリアリティーは感じない。で、サスペンス・アクションのはずなのに、緊張感は全く無い。
 「運転手が心筋梗塞」という設定が提示されるが、時間が経過してしまい、全く危機感の無い乗客の様子が描写される中で、「いつ運転手が意識を失っても不思議ではない」というスリルも消えている。
 サスペンスではないどころか、一種の喜劇のようにさえ感じられる。サタイアとでも呼ぶべき類のモノのようにも思える。

 速水がバスを降りた後、谷村たちは、まず彼を車内に引き戻すことを考えるべきじゃないのか。逃げられて警察に情報を喋られるのは避けるべきだろうし。だが、そんな素振りはゼロだ。で、逃げ出した速水が追い掛けてきても、「なぜ追ってくるんだろう」と疑問に思うことも無い。
 その速水の行動は不可解なものだが、せっかく逃げた速水がバスを追い掛けるのは、宝石が車内に残っているからだ。だが、追い掛け始めた時点では、それが分からない。だから、頭の中にハテナが浮かんでしまう。

 そこはベタかもしれんが、逃げ出した速水がハッとして、車内のバイオリンケースの映像を挿入して、それからバスを追い始める形にした方が良かったんじゃないの。
 っていうか、そもそもケースを残して逃げ出そうとするかね。うっかり忘れるようなモンじゃないだろ、盗んだばかりの宝石って。例えば「ケースを持って逃げ出そうとしたが、ヘマをしてケースだけが車内に残ってしまい、だからバスを追跡する」という形にでもしておけば良かったのでは。
 それと、そもそも速水が宝石強盗だということを隠したまま引っ張る必要性にも疑問が残る。最初に明かしてしまっても、そんなに支障は無かったんじゃないかな。

 速水がハンドルを握ってからは、かなり長い時間、激しいカーチェイスが繰り広げられる。この頃、邦画界ではカーアクションが流行していたので、それに乗っかって「カーアクションを売りにしよう」ということになったらしい。
 バスは建物を突き破り、白バイを踏み潰す。何台ものパトカーがクラッシュし、爆発炎上する。美代子のバイクはパトカーを飛び越え、炎を上げながら川に突っ込む。ちなみに下坂は歩道橋からバスの屋根に飛び乗ろうとしてタイミングを外し、地面に叩き付けられて死亡する。

 そのカーアクションでは、渡瀬恒彦が実際にバスのハンドルを握っている。彼はどうしても自分でバスを運転したいと要求し、本作品のために大型特殊免許を取得している。ただバスを運転するだけじゃなく、危険なスタントシーンも自分でこなすのだからスゴい。バスが横転するシーンも本人の運転なのだ。
 そのシーン、女性と子供はスタント・ダブルの吹き替えだが、渡瀬と仲の良いピラニア軍団の男性陣は、命綱を付けてスタントに付き合ったそうだ。渡瀬もスゴいが、ピラニア軍団もスゴいね。まあ本人たちが望んで挑戦したわけではなく、渡瀬が運転する以上、付き合わざるを得なかっただけだが。

 それまでワガママ放題だった乗客も、バスが養鶏場に突っ込むと、途端にパニック状態に陥る。凶器を手にした強盗は怖くなくても、カーチェイスには身の危険を感じたらしい。
 ただし、怪我をして倒れていた西は、床に散らばっている宝石を上着の中に隠す。そんな状況でも、金目の物に対する欲望は働いているという、醜悪な人間性がそこにある。
 さらに、警官隊と交渉してヘリを用意させた速水が宝石を集めるよう命じた時、乗客たちは、こっそりと宝石をポッケナイナイする。そして宝石をモノにするために、救出後に開かれた記者会見では一致団結して嘘をつく。
 みんな、えげつない連中だ。

 バスジャック事件を描いた作品で、このタイトルなら、「狂った野獣」とは犯人のことだと思うだろう。しかし実際には、狂っているのは犯人ではない。
 では速水のことだろうか。それも違う。狂っているのは乗客だ。それは決して「パニックに陥って狂った」という意味ではない。乗客は強盗たちに凶器を突き付けられても落ち着いている。
 バスジャックされて狂ったのではなく、そもそも狂っていた本性が、バスジャック事件によって露わになるという次第だ。

(観賞日:2009年4月6日)

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