見出し画像

『団地妻 昼下りの情事』:1971、日本

 団地で暮らす笠井律子は、夫の良平とセックスしていた。しかし絶頂に達していない内に、夫は「疲れてるんだよ。仕事が忙しくってね」と終わらせてしまった。翌日、律子が良平が会社へ行くのを見送ると、隣に住む東山陽子が「とっても面白いものが手に入ったのよ」と訪ねて来た。
 彼女が持参したのは、こけしを模したバイブレーターだった。困惑する律子に、「ウチの亭主ね、ずっと海外出張でしょう。女盛りを持て余してるのよ。良かったら貸してあげましょうか」と陽子は口にする。

 律子がバイブレーターの受け取りを遠慮すると、陽子は「お宅のご主人、いつも満足させてくれてる?男ってね、あまり仕事に熱中すると、その気が起きなくなるんですって」と告げた。律子は陽子の指に高価なダイヤの指輪をあるのを見つけ、強い興味を示す。
 「ご主人に買ってもらったら」と言われた彼女は、ウチの安サラリーでは夢だと言う。良平は友人の桐村一郎に声を掛けられ、丸の内まで車で送ってもらう。2人は高校時代の仲間であり、グループの憧れの的が律子だった。

 夫婦関係について問われた良平は、「結婚して3年も経つと、顔を合わせるのが億劫になるな」と述べた。桐村は小さな会社を経営していると言い、製作しているピンクテープの音声を聴かせた。律子は訪問したコンドームのセールスマンに顔をしかめ、仕方なく1個だけ購入した。
 彼女は陽子が置いていったバイブレーターを箱から取り出すと、体に当てて悦楽の声を発した。桐村は律子に電話を掛け、外で会う約束を取り付けた。同じ団地に住む河野和美が来て買い物に付き合ってほしいと頼むが、律子は「出掛ける用事が出来ちゃったの」と告げて断った。

 律子は喫茶店で桐村と再会し、楽しく会話を交わす。バーへ異動して酒を飲み始めると、桐村は「どうして結婚しないか知ってる?僕はずっと律ちゃんが好きだった」と言う。酔っ払った律子はラブホテルへ行き、彼と関係を持った。2人がラブホテルへ入る様子を、密かに陽子が撮影していた。
 次の日、陽子は律子に「お金になる仕事があるんだけど、やってみない?」と言い、売春行為を持ち掛ける。彼女は盗聴器で律子と良平を聴いており、セックスの不満があることを知っていた。陽子は盗撮写真を見せ、バラされたくなければ従うよう要求した。彼女は律子に、和美も売春をやっていることを教えた。

 良平は部長から成績が落ちていることを指摘され、ドルショックが原因で契約破棄が重なっていることを話す。しかし「そういう時こそ新しいバイヤーを掴むことが大事なんだ。そういう努力が認められんじゃないか」と叱責され、頭を下げるしか無かった。陽子は律子を電車で連れ出し、売春組織の元締めである畑中に紹介した。
 畑中は「今日は見学だけにしておきましょう」と言い、ラブホテルへ案内した。マジックミラーの向こうで男が待っており、そこへ和美が入って来た。陽子は律子に、彼女は夫に不満があるわけではなく家を買う金を貯めるために売春しているのだと教えた。

 後日、律子は初めての客と関係を持ち、次から次へと男に抱かれるようになった。それに伴い、律子は稼いだ金を派手に使うようになった。ダイヤの指輪を良平に発見された律子は、和美に借りたと咄嗟に釈明する。
 和美が話を合わせてくれたおかげで、律子の嘘はバレずに済んだ。桐村は仕事で知り合った畑中から、女を紹介すると言われる。しかし、その女が律子だと知ったため、彼は「今日はやめとこう」と告げて去った。

 良平は部長から成績低迷を叱責され、課長昇進は望み無しだと厳しい言葉を浴びせられる。良平はSTコーポレーションのバイヤーであるマイクと折衝を始めたばかりだと言い、時間の猶予を貰った。良平は部下の田代にマイクに弱点を尋ね、女だと聞かされる。そこで良平は桐村に連絡し、協力を要請した。桐村は畑中を紹介し、律子が派遣されてマイクと関係を持った。
 田代を伴って金を払いに行った良平は、マイクの相手が律子だと知った。律子は慌てて走り去り、帰宅した良平は激昂して殴り付けた。田代に知られたことで良平は「何もかもおしまいだ」と崩れ落ち、律子は嗚咽を漏らす。良平は家を出て行き、律子が追い掛けると走って逃亡した…。

 監督は西村昭五郎、脚本は西田一夫、企画は武田靖、撮影は小柳深志(安藤庄平の変名)、美術は深民浩、録音は長橋正直、照明は熊谷秀夫、編集は鍋島惇、助監督は小原宏裕、音楽は奥沢一(奥沢散作の変名)。

 出演は白川和子、浜口竜哉、南条マキ、前野霜一郎、美田陽子、関戸純方、高橋明、島村謙二、大泉隆二、氷室政司、マイク・ダニーン、小泉郁之助。

―――――――――

 日活ロマンポルノの第1作として、『色暦大奥秘話』と同時上映された作品。監督は『刺客列伝』『残酷おんな情死』の西村昭五郎。脚本は『傷害恐喝 前科十三犯』『やくざ番外地 抹殺』の西田一夫。
 律子を白川和子、良平を浜口竜哉、陽子を南条マキ、畑中を前野霜一郎、和美を美田陽子、桐村を関戸純方が演じている。後に『桃尻娘 <ピンク・ヒップ・ガール>』や『後から前から』など数多くの日活ロマンポルノを手掛ける小原宏裕が、助監督として参加している。

 この映画のヒットを受けて、「団地妻」と題名に付けたシリーズが次々に製作されることになった。また、「団地妻」という言葉自体が、エロティックな意味を持つようになった。
 同時上映された『色暦大奥秘話』は、今や存在をほとんど知られていない状態となってしまったが、こちらは「見たことは無いけど題名だけは知っている」という人も多いはずだ。ロマンポルノ第1作が、この作品だけだと勘違いしている人も少なくないだろう。後に「ロマンポルノ・リターンズ」という企画が立ち上がった時も、この映画がリメイクされた。

 1960年代後半に入ると映画業界は斜陽の時代に突入し、ワンマン体質が続いていた日活と大映は苦しい状態へ追い込まれた。そこで2つの会社は配給網を統合してダイニチ映配を設立し、エログロ路線を軸に据えて状況を好転させようと試みた。
 しかし根本的な問題の解決には繋がらず、1971年に入ると日活は社長の堀久作が退陣に追い込まれた。日活は映画製作を中断し(これによってダイニチ映配は崩壊し、大映は破産した)、低予算で稼げるジャンルである成人映画に会社存続の望みを託すことになった。こうして、ロマンポルノは1971年11月にスタートしたのである。

 しかしダイニチ映配の頃からエロ路線が始まっていたとは言え、いきなり成人映画を作ろうとしても、日活の専属女優が主演を承諾してくれるはずも無かった。そこで、それまで独立系のプロダクションで成人映画に出演していた白川和子が主演に起用されたのだ。
 すっかり落ちぶれてしまったとは言っても、日本のメジャー5社の1つである日活が成人映画だけで勝負するというのは、もちろん内部からは反対の声もあった。しかし他に生き残る道など無く、日活は最後の賭けに出たのだ。その結果、この映画は低予算ながら1億円のヒットとなり、日活は賭けに勝ったのである。そしてロマンポルノはアダルトビデオの潮流が訪れるまで、活況の時代が続くことになる。

 それまで一般映画を手掛けていた日活の映画人にしてみれば、いきなり「今日からはピンク映画を撮って下さい」と言われるのは、屈辱的なことだったかもしれない。撮影の安藤庄平や音楽の奥沢散作が変名で参加しているのは、「恥ずかしくて本名なんて使えない」ということだろう。
 しかし西村昭五郎や西田一夫は、ピンク映画だからと言って手を抜いたりせず、ちゃんと仕事をしている。そこはカツドウ屋の意地やプライドか、「ドラマ」を用意しようという意識もハッキリと見える。後にロマンポルノが数多く制作されるようになっていくと、濡れ場だけ用意した適当極まりない映画も登場するようになる。

 律子は淡白になった夫に不満を抱き、欲情を貯め込んでしまう。律子の見せたバイブレーターの受け取りは断るが、結局は使ってしまうほど性欲が抑え切れなくなっている。そんな中で桐村から電話が入り、わざわざ着物に着替えて彼女は会いに行く。
 会う直前に自分の姿を確認する様子は、明らかに「かつての友人と再会する」というだけの気持ちではない。実際、彼と会った律子は、かつて惚れていたことを匂わせている。酔っ払った勢いとは言え関係を持つのは、「単に性欲が溜まっていたから誰でもいい」ということではなく、かつて惚れていた相手だから燃え上がったということだ。

 だから陽子から売春に誘われても、律子は全く乗らない。それはバイブレーターの時とは違い、「ホントは興味があるけど、その気が無いフリをする」ということではない。だから脅されて仕方なく承諾しても、やはり嫌がっている。
 しかし、いざ売春を始めると、すぐに彼女は順応する。売春が続く中でテクニックは磨かれ、あぶく銭が労せず手に入ることに喜びを覚えるようになる。そのことによって、律子は性欲だけでなく他の欲までも一気に解放され、身の回りが派手になっていく。

 律子は良平に露呈した時、「私だってずっと我慢してたのよ。毎日毎日、こんなコンクリートの箱の中で、同じことの繰り返し。好きな物も食べず、欲しい物も買えない窮屈な収入。息が詰まりそうだわ」と吐露する。彼女は夫との性生活だけでなく、団地での慎ましい暮らしにも不満を覚えていたのだ。
 それでも、まだ「脅されたから仕方なく」であれば、彼女は許されたかもしれない。しかし自ら望んで売春を続けるようになったことで、律子には罰が与えられる。この映画はインモラルな内容でありながら、インモラルを許さない。

 良平は絶望して家を出て行き、律子は訪ねて来た陽子を非難する。律子が自分のような犠牲者を出さないよう全てバラすと言ったため、陽子は止めようとして襲い掛かる。
 律子は陽子を突き飛ばし、誤って彼女を殺してしまう。もう律子が頼れる相手は、桐村しかいなかった。律子は彼の家へ行って事情を明かし、関係を持つ。

 桐村はピンクテープを作っているような男だが、誠実に彼女を愛していた。その前は律子を酔わせてラブホテルへ連れ込むような形になったが、ただ軽い気持ちで抱いたわけではなかったのだ。だから彼は律子の力になってやろうと考え、どこか遠くへ行こうと誘う。
 そして運転中に律子はフェラチオを始め、桐村は運転を誤る。車は崖下に転落し、2人は死ぬ。事故ではあるが、実質的には心中と捉えていいだろう。許されざる律子には、「死」という選択肢しか残っていなかったのだ。

(観賞日:2017年10月23日)


この記事が参加している募集

おすすめ名作映画

映画感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?