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『マチネー/土曜の午後はキッスで始まる』:1993、アメリカ

 1962年、フロリダ州キーウェスト。14歳のジーン・ルーミスは弟のデニスを連れてストランド映画館へ行き、恐怖映画二本立て興行を観賞する。劇場ではB級映画プロデューサーのローレンス・ウールジーが製作した新作『マント』の予告編も上映された。それは放射能の影響で誕生した蟻人間が人を襲う内容で、新しい技術「アトモ・ヴィジョン」が使われる。
 ストランド映画館では、土曜日に一日限りの特別ロードショーが予定されている。劇場にウールジーが来ると知り、ジーンは興奮した。

 ジーンとデニスは空軍基地の自宅へ戻り、母のアンと会話を交わす。アンから新しい友達を作るべきだと言われたジーンは、「基地の子は仲間外れさ。またパパは転属だから無駄だ」と告げる。するとアンは、「数年は動かないわ。今日、パパの部隊は出動した。どれぐらいで戻るかも分からない」と語った。
 テレビ放送は臨時ニュースに切り替わり、ケネディー大統領の会見が始まった。ケネディーは国民に対し、ソ連がキューバに核兵器を配備しようとしていること、それを阻止するために海上封鎖で船舶の調査を行うことを説明した。

 翌日、父親が基地の修理工場で働いているアンディーは、同級生のスタンたちに「キューバの核ミサイル基地を空爆したら9世代も放射能汚染が続く」などと話す。彼はジーンを指差し、「あいつの父親は出動した」と話す。
 アンディーから「父親のことを放してやれよ」と促されたジーンは、「場所は分からない。連絡は禁止されてる」と述べた。授業中に警報が鳴ったため、教師は生徒たちに「これは演習じゃないぞ。廊下へ出て頭を抱え込む姿勢を取れ」と指示した。

 アンディーは「本物じゃない」と言うが、他の生徒たちと共に指示通りの姿勢を取った。しかしサンドラという生徒だけは「そんな姿勢を知っても爆弾は避けられない。放射能を浴びたら内臓を吐き出すのよ」と喚いて命令に従わず、校長室へ連行された。
 昼食で食堂へ赴いたジーンは、スタンたちから同じテーブルに誘われた。土曜日の上映会についてスタンたちが話題にしたので、ジーンはウールジーの発明した新方式について解説した。

 スタンは「女の子を映画に連れて行こう」と言い、ジーンにもガールフレンドを作るよう勧めた。彼は得意げにナンパの方法を教えると、「簡単だ。女は自信のある男に弱い」と語る。しかし片思いの相手であるシェリーと遭遇すると、すっかり緊張した態度になってしまった。
 シェリーが去った後、スタンはジーンに「彼女、前はハーヴェイっていうワルと付き合ってたんだ」と告げた。スタンはジーンを自宅へ招き、ママに紹介した。ママは「世界は核戦争の瀬戸際に来てるってラジオで言ってた」と、酷く心配していた。

 ジーンとスタンが浜辺へ行くと、兵士たちがレーダー装置やミサイル発射操作を配備し、物々しい雰囲気に包まれていた。人々はスーパーに押し掛けて物資を買い漁り、争いが起きていた。ジーンはアンに言われ、デニスを連れて映画館へ行く。しかし興味の無いファミリー映画の上映日だったので、途中で外へ出る。すると劇場の入り口では、「健全映画の会」の会員と称する2人の男たちが『マント』の上映に反対する演説をしていた。
 そこへウールジーが現れ、集まった人々に「自分の目で確かめてくれ」と無料チケットを渡した。会員の一人に見覚えがあったジーンは帰宅して映画雑誌を調べ、それがウールジー作品の出演者であるハーブ・デニングだと知った。

 次の朝、スタンはシェリーから、「デートする前に言っておきたいの。私はハーヴェイから色んなことを学んだ」と告げられる。シェリーが「例えば男女のこと」と顔を近付けると、スタンは腰が引けてしまった。
 スタンは「土曜日に映画を見に行かないか?」と誘うが、「広場でサンゴの展示会があるの」と言われると、そちらへ行くことを承諾した。2人が話している様子を、ハーヴェイが物陰から密かに観察していた。

 ジーンはサンドラに興味を抱き、声を掛けた。サンドラが「ここは最低の町よ」と吐き捨てるので、ジーンは「いい町だと思うけど」と言う。
 するとサンドラは、「楽園だと思う?黒人と白人が差別されてる楽園?黒人に偏見を持ってるのよ。ロシア人にも。海軍を送って皆殺しにしてしまえって」と感情的になった。ジーンが「パパは人殺しなんてしない」とキューバ沖の船に乗っていることを話すと、彼女は「ごめんなさい」と謝った。

 スタンはハーヴェイに呼び止められ、「シェリーとデートしたら後が怖いぞ」と脅された。ジーンは映画館へ行き、宣伝車の準備をしているウールジーに声を掛けた。ジーンがサクラを使った宣伝を指摘すると、ウールジーは認めた。
 ハーブは借金の催促にきて俳優に転向した男で、もう1人のサクラだったボブはアカの容疑から逃げていた。ジーンは彼に、内緒にする代わりに手伝いをさせてほしいと提案した。ウールジーは承諾し、座席を揺らすアトモ・ヴィジョンの仕掛けを彼に教えた。

 劇場支配人のハワードは「戦争の危機が迫ってる。観客を脅かすな」と苦言を呈するが、ウールジーは「だからこそホラー映画には最高のタイミングだ」と軽く受け流した。女優のルース・コーディーも、上映の準備を手伝っていた。
 スタンはシェリーに電話を掛け、「土曜日のデートに行けなくなった。ミサイル攻撃に備えて、校庭に土嚢を積む仕事をすることになった」と述べた。シェリーは弟のドワイトにハーヴェイのことで弱みを握られ、ママには内緒にする代わりに『マント』の上映に連れて行くことを約束させられた。

 ハーブとボブはバーでハーヴェイに話し掛け、『マント』の上映に反対していることを語る。ハーヴェイは隙を見て財布を盗むが、それはハーブたちの狙い通りだった。2人はハーヴェイを捕まえて財布を取り戻し、「お前にワルは無理だ。マトモな仕事に就きな」と告げた。
 ウールジーは映画館のスタッフを集め、上映に対する心構えを説いた。呆れた様子で聞いていたルースは、蟻人間のラバースーツを着るバイトの応募が1人だけだったことをウールジーに伝えた。それはハーヴェイで、ウールジーは当日にアトモ・ヴィジョンのスイッチを操作する仕事を説明した。

 土曜日、大勢の観客が映画館のマチネー(昼興行)にやって来た。しかしハワードは上映会よりも核攻撃が心配で、地下の核シェルターを確認していた。ラジオのニュースでは、キューバ上空で米軍機がソ連のミサイル攻撃を受けて墜落したことが報じられていた。
 シェリーはスタンと遭遇し、「土嚢を積むなんて嘘だったのね」と腹を立てて立ち去った。ルースは看護婦の格好で受付係を担当し、心臓麻痺を起こしても訴えないという誓約書へのサインを観客に求めた。

 デニスを連れて映画館を訪れたジーンは、両親と来ているサンドラに遭遇した。ウールジーはハーヴェイに、スイッチを入れるタイミングを詳しく説明した。いよいよ映画が始まり、観客は拍手を送った。成功を確信してロビーに出たウールジーの元に、メガロ劇場チェーンの社長であるスペクターがやって来た。
 ハワードから売上金を受け取ったウールジーは、スペクターを館内へ案内した。映画の中で蟻人間のマントが登場すると、観客から悲鳴が上がった。グラボウ医師が歯のレントゲンを撮っている最中、蟻が入り込んで患者のビルを噛み、その影響で変貌したという設定だ。タイミングに合わせてハーヴェイがスイッチを押すと、電気ショックで観客は飛び上がった…。

 監督はジョー・ダンテ、原案はジェリコ&チャーリー・ハース、脚本はチャーリー・ハース、製作はマイケル・フィネル、共同製作はパット・キーホー、撮影はジョン・ホラ、美術はスティーヴン・レグラー、編集はマーシャル・ハーヴェイ、衣装はイシス・ムッセンデン、音楽はジェリー・ゴールドスミス。

 出演はジョン・グッドマン、キャシー・モリアーティー、サイモン・フェントン、オムリ・カッツ、ケリー・マーティン、リサ・ジャクブ、ロバート・ピカード、ルシンダ・ジェニー、ジェシー・リー、ジェシー・ホワイト、ジェームズ・ヴィルマイア、デヴィッド・クレノン、ジョージー・クランフォード、ニック・ブロンソン、コーリー・バルログ、ジョージ・カーソン、ジョー・ゴンザレス、ベリンダ・バラスキー、チャーリー・ハース、マック・マックラッケン、アーチー・ハーン、ナオミ・ワッツ、クリス・ステイシー他。

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 『火星人ゴーホーム!』『グレムリン2/新・種・誕・生』のチャーリー・ハースが脚本を担当し、『インナースペース』『メイフィールドの怪人たち』のジョー・ダンテが監督を務めた作品。
 ウールジーをジョン・グッドマン、ルースをキャシー・モリアーティー、ジーンをサイモン・フェントン、スタンをオムリ・カッツ、シェリーをケリー・マーティン、サンドラをリサ・ジャクブ、ハワードをロバート・ピカード、アンをルシンダ・ジェニー、デニスをジェシー・リー、スペクターをジェシー・ホワイト、ハーヴェイをジェームズ・ヴィルマイアが演じている。
 ボブ役は『ピラニア』や『ハウリング』の脚本家としてダンテと仕事をしているジョン・セイルズで、無名時代のナオミ・ワッツが劇中で上映されるファミリー映画のヒロイン役を演じている。

 この映画はB級SF映画への愛で溢れており、それは出演者の顔触れや役名からも良く分かる。アンクレジットだが、『マント』に登場するアンクラム将軍を演じているのは、『ボディ・スナッチャー/恐怖の街』のケヴィン・マッカーシー。彼はダンテ映画の常連組でもある。
 同じく『マント』のフランコン博士役は、『遊星よりの物体X』『宇宙戦争』のロバート・コーンウェイト。グラボウ役は『惑星Xから来た男』『縮みゆく人間』のウィリアム・シャラート。いずれも1950年代のB級SF映画に出演していた面々だ。

 冒頭でジーンとデニスが見ているホラー映画二本立て興行は、ロジャー・コーマンが監督した『黒猫の怨霊』とシドニー・ヘイヤーズ監督の『Night of the Eagle(北米での題名は「Burn, Witch, Burn」)』という設定。アンクラムの名前は、『火星超特急』や『人類危機一髪!巨大怪鳥の爪』に出演したモリス・アンクラムから取られている。
 将軍という役柄は、モリス・アンクラムが『惑星アドベンチャー/スペース・モンスター襲来!』で演じた大佐を意識している。ルース・コーディーの名前は、『世紀の怪物/タランチュラの襲撃』や『人類危機一髪!巨大怪鳥の爪』に出演したマーラ・コーディーから取っている。

 ローレンス・ウールジーの名前は、『女囚大脱走』や『妖怪巨大女』を製作したWoolner Brothers Picturesを弟のローレンスと創設したバーナード・ウールナーか取られている。
 ウールジー・インターナショナル・ピクチャーズという会社名は、ダンテの師匠筋に当たるロジャー・コーマンが作品を発表していたアメリカン・インターナショナル・ピクチャーズ(AIP)から取られている。スペクターのモデルは、AIPの創設者であるサミュエル・Z・アーコフだ。

 ローレンス・ウールジーのモデルは、ギミック映画の帝王であるウィリアム・キャッスルだ。だからウールジーも、『マント』で複数のギミックを使うのだ。『マント』のギミックの内、客席にモーターを仕込んで電流を流す装置は、キャッスルが『ティングラー/背すじに潜む恐怖』で使用したパーセプト・ヴィジョンを意識した物だ。
 また、ラスト近くでウールジーがスペクターに画面から幽霊が飛び出してくるシステムを提案しているが、これはキャッスルが『地獄へつづく部屋』で使った「Emergo」(ワイヤーで吊るした幽霊人形を観客の頭上で移動させるギミック)を意識しているのだろう。

 ジョー・ダンテが自身のB級映画に対する愛を存分に詰め込んだ映画であることは、もちろん間違いの無い事実である。後半に『マント』の上映が始まると、その映像を見せる部分に多くの時間を割いていることからも、その愛の深さは相当なものだ。
 ただし、これは決して、B級映画に関するマニアックなネタだけで勝負しようとしている作品ではない。それは映画を構成する要素の1つに過ぎず(まあ大きな要素ではあるのだが)、それ以外の要素も含まれているし、そして充分に活用されている。

 B級映画関連のネタがあり、青春ドラマがあり、恋愛劇があり、戦争への不安があり、社会批判がある。青春ドラマと恋愛劇はともかく、他の2つは全く異なる要素なのだが、バラバラにならずに上手く融合している。それを実現させているキーワードが「ノスタルジー」だ。ノスタルジーという武器を使うことで、前述した要素を融合させることが出来ているのだ。
 どういう理屈かというと、「あの頃はB級映画に夢中だったし、新しい友達と仲良くなったし、好きな女の子がいたし、核戦争の危機もあったよね。全てが懐かしい思い出だよね」というまとめ方に出来るってことだ。

 そんな風に書くと、ノスタルジーってのは、大して苦労もせず、楽に色んな要素をまとめられる便利な道具だと思うかもしれない。しかし、そう簡単なわけではないのだ。
 もちろんノスタルジーが便利であることは確かなのだが、そこに全て頼り切ってしまうと、映画としての面白さは高まらない。適度な塩梅で使っていくことが必要になるのだが、その点を本作品は上手くやっているということだろう。

 キューバ危機の不安が渦巻く中で、大人も子供も恐怖からは逃れられずにいる。それでも子供たちは、それなりに青春を過ごしている。もちろん戦争や核攻撃は怖いけど、好きな女の子とデートしたいし、大好きな映画も見たい。
 核攻撃を受ける悪夢を見て怖くなったり、ママが以前に撮ったパパの映像を見て涙するのを目撃して切なさを感じたりすることもある。核戦争の恐怖と怪奇映画の恐怖を混在させ、その中で「特殊ではあるが楽しかった青春の日々」をユーモラスに描き出している。

 終盤、ジーンはウールジーに褒め言葉として、「貴方は大人だけど、子供みたいな人ですね」と告げる。それに対するウールジーの「大人が偉いと思ってるのかい?子供と同じで、何も分かっちゃいないのさ」という台詞は、心に響く素晴らしい言葉であり、痛烈な風刺になっている。
 戦争関連の描写も含めて、ガチガチの重厚な社会派映画なんかより、よっぽど上手な政治批判をしているし、鋭いメッセージを発信していると言っていいんじゃないか。

(観賞日:2015年8月8日)

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