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『ケンとカズ』:2016、日本

 ケンとカズは後輩のテルを車に乗せ、ある車を張り込んでいた。テルはケンとカズに、その車に5人が乗っているという確信を語る。カズが「5人とやって勝てんのか」と訊くと、彼は「分かんないっす」と答える。するとカズは「行って来いよ。揉めてくりゃいいんだ」と告げ、ケンも同調した。
 テルが車を出ると、カズはケンに「早紀ちゃんと上手くやってんのかよ」と尋ねる。ケンが疎ましそうに「おめえに関係ねえだろ」と言うと、カズは「銭回り、ちゃんとやっとけよ。足が付くぞ」と忠告した。

 ケンが「なんで俺がタケヤの代わりしなきゃいけねえんだよ。45万じゃ割りに合わねえんだよ」と不満を口にすると、カズは「なんで俺より15万も多いんだよ」と声を荒らげる。「おめえが工場来ねえからだろ」とケンは指摘するが、カズは納得せずに反発した。
 テルが車にいた2人組に暴行されるのを見た彼らは、車で近くまで行く。ケンとカズは2人組に襲い掛かり、ケンが車内にあったシャブを発見した。カズは国広という男に「どこで売ってんだよ」と尋ね、反抗的な態度だったので金槌で右腕を殴り付けた。

 カズはテルに、「やられたんだろ。やり返せ」と促す。テルが国広を何度も殴っていると、カズはニヤニヤと満足そうに眺める。彼は金槌をテルに差し出し、「これでやれよ」と指示する。ケンが「やり過ぎだよ。人来るぞ」と諌めると、カズは「冗談の通じねえ奴だな」と言う。
 ケンは2人組の免許証を奪い、カズは「住所は覚えた。またやったら今度はさらうぞ」と凄む。ケンは2人組を睨み、引っ越しても必ず見つけ出すぞ」と脅迫した。

 ケンが自動車修理工場で働いていると、カズが来てレンチを手に取った。彼は事務所へ行乗り込み、テルと話していた工場長の木下に襲い掛かった。テルは慌てて止めようとするが、カズに突き飛ばされて前歯が取れた。ケンも駆け付ける中、カズは木下を詰問した。「ホントに誤魔化してねえんだな」という彼の質問に、木下は「お前が工場来ないからだよ」と告げる。
 「こんな潰れそうな工場、来ても意味ねえだろ」とカズは言い、「シャブ売りに力入れようぜ。大体、なんでシャブ売りで給料が30万ちょっとなんだよ」と愚痴った。彼が事務所を去った後、木下はケンに「カズには言ったのか」と訊く。ケンは「言ってない」と答え、木下にも口外しないよう釘を刺した。

 ケンとカズはパチンコ店へ遊びに行くが、全く儲からずに去った。カズと別れた後、帰宅したケンは妊娠中の早紀と子供の名前を考えた。ケンとカズはテルを伴い、ヤクザの組長でシャブの取引を仕切っている藤堂と会う。
 ケンは藤堂から「また何かあったら頼むわ」と言われ、「鉄砲玉みたいなの、勘弁してくださいよ」と告げた。シャブを売りに町へ出たケンたちは、ある客に「安い奴売ってくれよ。回ってんだろ」と頼まれる。客が執拗に頼むと、カズは激しい暴行を加えた。

 次の日、カズはケンに、「そろそろいいんじゃねえか。安いの欲しがってる奴が増えてんだよ」と持ち掛ける。ケンが「忘れたわけじゃねえよな。今度、藤堂さんにバレたら」と反発すると、彼は「腰抜けかよ」と怒鳴る。「まさか隠れて商売してるわけじゃねえだろうな」とケンが詰め寄ると、彼は「してねえよ」と否定した。ケンはテルから、カズが電話で松戸の家について揉めていたことを聞いた。
 ケンが松戸にあるカズの実家へ忍び込むと、彼の母がいた。そこにカズが現れてケンを外へ連れ出し、「何やってんだよ」と怒鳴る。「家と縁切ったってってたなよ。親父もお袋も死んだんだよな」とケンが言うと、彼は「おめえには関係ねえだろ」と声を荒らげる。隠れてシャブを売っているのではないかと改めてケンが確認すると、カズは否定した。

 工場に戻ったケンは、かつてカズが隠れてシャブを売り、それを知った藤堂が手下の田上に命じて制裁を下した出来事を思い出す。カズは彼に、痴呆の母を施設に入れなければならないこと、幼少期に虐待を受けていたこと、施設に入れるには大金が必要になることを語った。
 彼はケンに、「いっそ山に出も埋めてやる。お前も手伝ってくれよ」と告げた。ケンは2人組に襲われ、財布や免許証を奪われた。帰宅した彼は事実を隠し、早紀から批判された。

 ケンとカズは襲撃犯が国広だと睨み、彼のアパートへ乗り込んだ。脅された国広は、相棒が襲撃を計画していたこと白状した。カズは包丁を突き付け、仕切っている奴に合わせるよう要求した。ケンとカズは温泉へ行き、国広のボスである安倍に会う。
 藤堂の管轄する場所ではシャブを売らないようカズが要求すると、安倍は高慢な態度で「売る場所とか関係ないでしょ」と言い放つ。カズは「アンタらには無いルートがあるんだよ。俺たちが捌いてやろうか」と持ち掛け、驚くケンを追い払って安倍と2人で話をすることにした。

 交渉を終えたカズが出て来ると、ケンが「最初からそのつもりだったな」と怒りをぶつける。カズは「入って来る額が違うんだよ」と全く悪びれずに話し、「藤堂さんにバレたら、今度は左手ぐらいじゃ済まねえぞ」とケンが言っても全く態度を変えなかった。
 「一緒に危ない橋を渡るんだよ。木下の所じゃ、もう金なんて貯まらねえぞ」とカズが語ると、ケンは「やっぱりな。シャブを抜いて捌いてたのは井上じゃなくて、お前だったのか」と口にした。ケンが「俺はやらねえ」と協力を拒否すると、カズは「ガキが出来たはいいけどな、テメエの都合だけでやめんじゃねえぞ」と凄んだ。

 カズが実家に戻ると、母が姉とアルバムを見て父のことを話していた。「いいこと教えてやるよ。親父はな、とうの昔に死んだんだよ」と攻撃的な口調でカズが言うと、母は「お父さんは生きてるよ」と平手打ちを浴びせる。
 カズは姉を見て、「こいつも家出てくんだってさ。お前、一人だよ、良かったな」と母に言い放つ。母が「お父さんは?」と動揺を示すと、カズは押し倒して首を絞めた。しかし冷淡な姉の視線に気付いた彼は、母から離れた。

 ケンとカズは安倍のグループがシャブを精製しているマンションへ案内され、最初は半分に薄めた安いブツで成果を出すよう要求された。藤堂は自動車修理工場に現れ、ケンに「俺に話してないことがあるだろ」と問い掛ける。ケンが動揺を隠していると、「襲われたらしいじゃねえか」と藤堂は言う。
 彼はケンとカズを車に乗せ、国広の拉致に向かった。カズは藤堂と田上に気付かれないよう、スマホで国広に危機を伝えた。国広が逃げ出したので田上は後を追い、藤堂はケンとカズにも捕まえるよう命じた。国広は逃げ去り、田上は彼が気付いたことへの疑問を口にした。

 ケンはカズがテルに田上を尾行させたと知り、どういうつもりなのかと問い詰める。カズは何食わぬ顔で、「保険だよ。あいつ、俺たちのこと疑ってやがる。必要なら、やってやるよ」と言う。
 「ヤクザ殺してどうすんだよ」とケンは抗議するが、カズは全く気にしなかった。ケンはテルに、「あいつの言うことは聞くな」と警告した。早紀はケンが隠していた銀行の通帳を見つけ、1ヶ月に80万円も入金されていることを知った。

 早紀に指摘されて「最低ね」と言われたケンは、「お前と暮らすためだろ」と反論した。早紀が「マトモな父親になるっつったじゃん。もう良く分かんないよ」と漏らすと、彼は「だから、お前と子供と暮らすためだよ」と告げる。
 「アンタなんかマトモな父親になれるわけないじゃん」と早紀が言うと、ケンは平手打ちを浴びせた。早紀は「ごめんね。でも、この子にはちゃんとした父親が必要なの」というメッセージを留守電に残し、ケンの前から姿を消した。

 ケンはカズに、「今回で最後だ」と通告する。カズが「お前が女のトコへ帰っても、2人とも殺してやるからな」と脅すと、ケンは「俺がいねえと何も出来ねえのかよ」と怒鳴る。マザコンだから母親を殺せないのだと彼が指摘すると、カズは激昂して暴行する。「お前の女を犯してやる」とカズが言い放つと、ケンは出て行ったことを告げる。
 カズが「お前が親父になるなんて無理なんだよ」と馬鹿にして笑うと、ケンは彼を殴り付けて立ち去った。実家に戻ったカズは母親の首を絞めるが、やはり殺すことは出来なかった。ケンは早紀に電話を掛け、「ここを出て3人で暮らそう」と告げた…。

 監督・脚本は小路紘史、プロデューサーは丸茂日穂&小路紘史、制作は本多由美、制作主任は本多由美、撮影・照明は山本周平、録音は市川千裕&長谷川奈映、美術・衣装は尾身千寛、音楽は岡出莉菜(関東music)&MOKU。

 出演はカトウシンスケ、毎熊克哉、藤原季節、飯島珠奈、高野春樹、江原大介、杉山拓也、神保明子、美輪玲華、三谷麟太郎、三原哲郎、岡慶悟、林知亜季、白石直也、水野淳史、義山真司、古賀貴大、宮崎雄真、高橋孝輔、橋本遊、風間良介、神社勝之、伊藤優、鈴木琉音ら。

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 映画専門学校を卒業してから短編映画を制作していた小路紘史が、初めて手掛けた劇場用長編映画。SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2011の短編部門で奨励賞を受賞した2011年の同名短編映画をリメイクした作品。
 東京国際映画祭の日本映画スプラッシュ部門の作品賞を始め、日本映画監督協会新人賞や日本映画プロフェッショナル大賞の新人監督賞など数々の映画賞を受賞している。ケンをカトウシンスケ、カズを毎熊克哉、テルを藤原季節、早紀を飯島珠奈、藤堂を高野春樹、田上を江原大介、国広を杉山拓也が演じている。

 ケンとカズは、1ヶ月で30万円から45万円を貰っている。金持ちとまでは言えないが、決して最下層の貧しい連中というわけでもない。小さな自動車修理工場の工員としては、充分すぎる稼ぎと言っていいだろう。
 しかし、もちろん彼らは自動車修理工場の仕事だけで、そこまでの金額を稼いでいるわけではない。そっちは隠れ蓑のようなモノで、シャブの商売で稼いでいるのだ。そしてカズが文句を言うように、シャブを売って30万円ってのは割に合わない。あまりにもリスクが大きいからだ。

 ただし、「危険だと分かっているし、割に合わないんだから、やめればいいんじゃないの」と思うかもしれないが、そう簡単には行かない。ケンやカズのように、何の学歴も技能も無い底辺の人間が充分に稼ごうとしたら、危ない橋でも渡らないと、なかなか難しいのだ。
 これは日本だけじゃなくて、どんな民主主義国家でも基本的には同じことだ。だから、いわゆるスラム街では多くの犯罪が起きるし、格差社会の問題ってのは容易に解決しないのだ。

 ケンもカズもクズ野郎だが、ケンの方が少しだけ道理をわきまえている。カズの暴走を諌め、慎重な行動を取ろうとしている。恋人が妊娠し、守るべき存在が出来たから、以前よりも周囲が冷静に見えるようになったのだろう。
 ただし、守るべき存在がいれば全員がそうなるかというと、そうではない。カズにだって、守るべき相手がいる。それは痴呆になった母親だ。決して優しかった母親ではなく自分を虐待していた女だが、それでも憎み切れないことで、カズの苦悩は深くなっている。

 カズの「母親を殺したい」という主張は、ただ口先だけのことではなく本当の気持ちだろう。しかし、それと同時に「こんな女でも自分の母親だから」ってことで、見捨てることが出来ずにいる。そして彼はケンと違って、危ない橋を渡ることで母を守ろうとする。
 「愛する者を守ろうとする」という気持ちではケンもカズも一緒だが、切羽詰まっているのはカズの方だろう。そして焦りの気持ちが、カズを今まで以上に暴走させてしまうのだ。

 早紀はケンの前から姿を消した時、留守電に「ケンが悪い人間じゃないのは分かってるけど」とメッセージを残す。しかしケンは、もはや悪い人間になってしまっている。どんな理由があるにせよ、ヤクザの下でシャブを売るという仕事に手を出してしまった以上、それは紛れも無い事実だ。
 同情できる点はあるかもしれないし、人間的に良い部分はあるかもしれない。しかし、ザックリ言っちゃうと、ケンは立派な「悪い人間」なのだ。カズよりはマシかもしれないが、あくまでも「比較したら」というだけだ。

 ケンもカズも攻撃的に振る舞っているが、所詮は無力な愚か者に過ぎない。だから、どんなに必死でもがいたところで、泥沼から抜け出すことなど出来ない。だから、この映画は「悪い人間が急に方針を転換したけど、ずっと悪い世界に染まっていたから無理でした」という話になっている。
 軽い気持ちで足を踏み入れたとしても、一度入ったら簡単には逃げ出せないのが裏社会という場所だ。だからケンとカズには、幸せな結末など絶対に待ち受けていない。そして大事な物を失ってから、初めて自分の愚かしい過ちに気付く。だが、あまりにも気付くのが遅すぎるし、決して取り戻せないのだ。

(2020/8.20)

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