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『家光と彦左と一心太助』:1961、日本

 元和九年正月、江戸城。祝賀の儀式のため、幕府の家臣たちは長い行列を作った。将軍・秀忠と嫡子・家光に挨拶し、祝いの酒を貰うことが元旦の恒例行事となっているのだ。
 家光の弟・忠長は腹違いで位も低いことから、かなり後ろの方に並んでいる。それより後ろにも大勢の家臣が並んでおり、その中には天下の御意見番・大久保彦左衛門の姿もあった。彼は待ち時間の長さに、居眠りを始めた。目を覚ますと、既に他の幕臣は誰もいなかった。

 彦左は慌てて家光の元へ挨拶に行くが、居眠りをしていたことはバレていた。彦左は、まだ家光と忠長が幼かった頃の出来事を初夢を見ていたのだと語った。
 2人が幼かった頃、忠長を溺愛する実母・北の方と老中・本多上野介正純は結託し、忠長を世継ぎにしようとした。それを秀忠が承諾したため、彦左は抗議のために切腹しようとした。秀忠は決定を翻し、家光を世継ぎにすると宣言した。

 彦左から夢の話を聞いた家光は、「忠長と久しく話し合ったこともない。久々に一献酌みたい」と口にした。それを知った忠長は喜ぶが、上野介は一の丸へ行くことを留まるよう求めた。上野介と北の方は、家光と忠長の扱いの差を批判的に語る。だが、忠長は全く気にしていなかった。
 上野介は家臣・酒井阿波守を通じ、毒見役に家光の毒殺を命じた。しかし毒見役は悪事に耐えられず、家光の盃を奪うと、毒入りの酒を飲んで死んだ。真相究明を求められた将軍剣術指南・柳生但馬守は、三男・又十郎を家光の警護に充てた。

 魚屋の一心太助は、三河屋兵助の長男・巳之吉が正月だというのにボロを着せられ、シジミ採りに行かされたことを知った。彼は激怒し、兵助の家に乗り込んだ。
 兵助は後妻のお常と共に、お常の連れ子・次郎松にキレイな着物を着せ、美味しい料理を食べさせていた。太助が抗議しても、兵助は「ほっとけ、他人の子だ」と相手にしなかった。太助は巳之吉を我が家へ連れ帰り、料理を与えた。

 太助は女房のお仲と共に、彦左の屋敷へ新年の挨拶へと出掛けた。すると用人の笹尾喜内が、彦左は天下の一大事で但馬守と密談中なので、静かにするようにと求めた。彦左は毒の混入が上野介一派の策謀だと睨んでいた。
 正装した太助を見た彦左は、家光と勘違いした。そこで彼は、家光と太助の身分を入れ替える計画を思い付いた。彦左は但馬守の元へ太助を連れて行く。そして彦左は、太助に「その方の命、この彦左衛にくれ」と涙で協力を求めた。太助は二つ返事で承知した。

 彦左は但馬守に、法印・武田道庵の弟子を呼ぶよう指示した。それから太助に逆立ちをさせた。頭に血が昇った太助が倒れたところで、彦左は喜内に医者を呼ぶよう命じた。ちょうど新年の挨拶に来た道庵の弟子が診察に当たり、しばらく太助を動かさずに養生させるよう告げた。
 そこへ家光が発熱したとの知らせが入り、彦左は江戸城へ戻った。彦左や但馬守から替え玉計画を聞かされた家光は、激しく反対する。しかし、彦左や乳母・春日局たちの説得を受けて承諾した。

 彦左は紅葉山の抜け道を使って家光を江戸城から脱出させ、自分の屋敷で太助の格好に着替えさせた。但馬守は護衛として長男・十兵衛を付けることにした。太助は将軍の格好に着替え、家光として江戸城へ赴いた。
 喜内は家光を長屋へ連れて行き、住人たちには「太助は殿様病になった」と説明した。十兵衛は魚屋の十助として同行していた。太助が自分たちのことを全く覚えておらず、殿様のように振る舞うので、長屋の面々は悲しくて泣き出した。

 太助は家光に好意を寄せる腰元・お楽に体を寄せられて激しく動揺し、「お下がりなされ」と追い払った。甲斐国郡内領主・鳥居土佐守が北の方の元へ挨拶に訪れ、改めて忠長への忠誠を誓った。鳥居は剣術の達人でもあった。
 家光が河岸へ行くと、太助の魚屋仲間である伍助や三吉たちが集まって来た。「治って良かった」と喜ぶ彼らだが、家光の態度を見ると、「まだ治っていない」と頭を抱えた。

 地回りヤクザの加東屋一家が河岸に現れ、暴れ出した。三吉たちが激怒して殴り掛かろうとすると、伍助が「あの連中は奉行所の威光を背負ってる」と制止した。しかし奉行所など何も怖くない家光は、彼らの前に立ちはだかり、得意の剣術で追い払った。
 一方、太助は彦左から、長袴での歩き方を教わっていた。秀忠が病に倒れたため、太助は面会に赴いた。秀忠は太助に、自分が病の間は代わって政務を執るよう指示された。しかし太助は、政務の意味さえ分かっていなかった。

 鳥居は廊下で家光を待ち受け、刀で斬り殺そうと企てる。しかし太助が袴を踏んで転倒したため、その機会を逸した。家光はお仲から、巳之吉が見つけて来たミミズの黒焼きを熱冷ましとして食べるよう促された。仕方なく食していると、そこへ兵助とお常が乗り込んで来た。太助が巳之吉を可愛がるのが気に入らないのだ。
 お常は次郎松ばかり大事にすることについて、「子供をどうよしうと親の勝手」と言い放つ。それを聞いた家光は腹を立て、包丁を持って夫婦を追い回した。

 伍助たちが家光の元へ現れ、「加東屋一家が、この前の仕返しに、魚河岸の差配役を全て辞めさせる気だ」と告げた。町奉行だけでなく、老中も付いているのだという。太助は公務の文書を渡されるが、彼は文字が全く読めなかった。
 耳打ちされた彦左は「家光様は目が弱っておられる」と説明し、安藤対馬守に代読を命じた。その代読を聞いた太助は、今度は内容が理解できず、適当に「良きに計らえ」と言う。ところが、続いて読まれたのは、町奉行からの「魚河岸の差配役を全て辞めさせる」という上申書だったため、慌てて「良きに計らっちゃいけねえ」と叫んだ。

 家光は太助に惚れている女・お豊に呼び止められ、家に寄って行くよう求められた。家光はお豊の妹・およしから、「太助さんはね、私たち兄弟のお手本なの」と言われる。太助は河岸のことが心配になり、紅葉山で又十郎に「俺は帰る」と言い出す。
 鳥居は木陰から弓で太助を狙っていたが、手を撃たれて失敗に終わる。発砲音に驚いた太助の前に、銃を持った忠長が現れた。彼は「狐を撃ち損じました」と語るが、太助は自分を家光と思い込んで命を狙ったのだと考えた。憤慨する太助を、又十郎が制止した。

 夜、家光はお仲が寝床から抜け出して外出するのに気付いた。十兵衛に訊くと、彼女は太助の病が治るように祈っているのだという。
 一方、太助が寝ていると、お楽が飛び込んで来た。彼女は太助が冷たくするため、家光が自分に飽きて他の女を作ったのだと思い込んだ。お楽が泣き出すので、太助は困り果てた。家光が寝言でお楽の名を呼んだため、お仲は激怒し、すりこぎで彼の頭を殴り付けた。

 上野介は北の方に、秀忠の名代として経書御講釈事始を家光に任せる策を願い出た。そこで家光に失敗させることで、世継ぎにふさわしくないことを知らしめようという狙いである。
 これを知った彦左は、慌てて家光を呼び戻すことにした。喜内は長屋へ行き、お仲に「良い薬が手に入った」と告げて家光を連れ出した。家光は経書御講釈事始に間に合い、用意された書面を堂々たる態度で読んだ。

 太助は久々に長屋へ戻り、お仲を強く抱き締めた。彼は長屋の仲間を集め、宴を開こうとする。そこへ、お豊とおよし姉妹が現れ、太助が前日に家へ立ち寄ったことを楽しそうに話した。お仲は激しい敵意を示した。
 お仲が家光にミミズを食べさせたり、すりこぎで殴ったりしたことを知り、太助は真っ青になった。彼は慌てて長屋の面々を追い出し、お仲と2人きりになった。太助は彼女に、自分と家光が入れ替わっていたこと、今晩には再び城へ戻ることを明かした。その会話を、殴り込もうとしていた加藤屋一家が耳にした…。

 監督は沢島忠、脚本は小國英雄、企画は中村有隣&小川貴也、撮影は坪井誠、照明は和多田弘、録音は東城絹児郎、美術は井川徳道、編集は宮本信太郎、擬斗は足立伶二郎、音楽は鈴木静一。

 中村錦之助(萬屋錦之介)、進藤英太郎、山形勲、薄田研二、中村嘉葎雄、桜町弘子、吉川博子、北沢典子、木暮実千代、坂東簑助、平幹二朗、香川良介、沢村宗之助、尾上鯉之助、徳大寺伸、田中春男、杉狂児、北竜二、明石潮、高松錦之助、中村時之介、風見章子、松浦築枝、星十郎、水野浩、長島隆一、赤木春恵、尾形伸之介、小森敏、中村錦司、島村徹、中西一夫、中村梅枝、中村米吉、片岡半蔵、遠山恭二、源八郎、小田真士、近松竜太郎、波多野博、香月凉二、小山田良樹、村田天作、田中亮三、丘路千、加藤れい子ら。

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 中村錦之助が一心太助と家光の2役を演じるシリーズの第4作。
 彦左を進藤英太郎、鳥居を山形勲、上野介を薄田研二、忠長を中村嘉葎雄、お楽を桜町弘子、およしを吉川博子、お仲を北沢典子、お豊を木暮実千代、但馬守を坂東簑助、十兵衛を平幹二朗、対馬守を香川良介、加東屋を沢村宗之助、又十郎を尾上鯉之助、阿波守を徳大寺伸、喜内を田中春男、秀忠を北竜二、兵助を中村時之介、北の方を風見章子、春日局を松浦築枝、伍助を星十郎が演じている。

 中村錦之助の一心太助は、3作目で終わるはずだった。しかし、時代劇映画が斜陽となる中で、客を呼べる鉄板企画が欲しいという風に東映京都撮影所が考えたのか、この4作目が作られることになった。
 しかし、このシリーズの重要人物である大久保彦左衛門は、第3作で死んでいる。そこで、前の3作よりも前の時代に設定し、彦左を再び登場させている。正式にそう謳っているわけではないが、実質的にはプリクエルである。
 と言うか、家光が将軍職に就く前なのに太助が結婚している辺りからして、前の3作とはパラレル・ワールド的なモノとして解釈すべきなんだろう。出演者も大きく異なるし。

 一心太助シリーズの4作目として捉えるならば、かなり不満がある。まず、主要人物の配役がガラリと代わっている。彦左は月形龍之介じゃないし、お仲は中原ひとみじゃないし、喜内は堺駿二じゃない。
 2作目と3作目では悪玉だった進藤英太郎が彦左で、山形勲は善玉の松平伊豆守じゃなくて悪玉。同じ役で前の3作から連投しているのは、錦之助以外では源兵衛役の杉狂児だけだ。

 また、タイトルが示す通り、太助ではなく家光がメインになっている。そして、家光が入れ替わる相手が一心太助である必要性が低い。
 一心太助シリーズというのは、太助が彦左の一の子分として、そのサポートを受けながら悪事を防いだり悪党を退治するために活躍するという図式の作品だと思っているのだが、この映画は、そういう感じでもない。家光が入れ替わるのは、太助じゃなくて別の江戸っ子キャラであっても、そんなに支障が無いように思えるのだ。わざわざ復活させた割には、彦左の存在価値が低いし。

 居眠りをしていた彦左は目を覚まし、周囲に誰もいなくなったことに気付くと、慌てて家光の元へ向かう。「務めを思い立ち、大手門の警護に当たり」と釈明するが、家光は居眠りしていたと知っている。だが、それを家光が笑いながら指摘すると、彦左は憤慨した様子で「居眠りなどと、誰が言いました」と口にする。
 この序盤のシーンで、彦左のキャラが月形龍之介の時とは違っているように感じる。彦左が「太助のお守役」ではなく、かなりマヌケなキャラクターになっているのだ。

 そんなマヌケなところを見せた後、回想シーンに入り、彦左が命懸けで上野介たちの策謀を阻止した出来事が描かれる。シリアスなシーンなのだが、その直前に彦左が滑稽キャラをアピールしているため、その真剣さが薄れてしまう。
 っていうか、そもそも「過去に上野介たちが忠長を世継ぎにしようとしたことがあった」という出来事は、無くても構わないんじゃないか。そこで描くのは、「幼い頃は家光と忠長が仲良くしていた」ということだけでいいんじゃないかな。それだけなら、直前の彦左が滑稽でも一向に構わないし。

 巳之吉に魚を食わせていた太助は、お仲が入って来ると、客だと勘違いする。で、お仲だと気付くと「あくせく働かせていたせいか、全く、おみそれしちまったよ」と言う。
 だけど、そもそも普段のお仲がどんな感じなのかを知らないから、場面としては「何のこっちゃ」である。しかも、恋人なのかと思ったら、女房という設定だし。そういうことさえ分からない状態で、そういうネタをやられても困惑するばかりだ。ひょっとして「お仲なのに太助が気付かない」というのは、女優が交代したことを指してのギャグなのかな。

 お豊&およし姉妹が何者なのか、良く分からない。「太助さんが私たちのお手本」とか言われても、ピンと来ない。まるで「今までのシリーズを見ていれば、説明は要らないでしょ」という感じなのだが、今回が初登場のキャラなのだ。2人の紹介シーンが編集でカットされたのかもしれんが、太助との絡みは薄いし、中途半端な形で退場するし、上手く処理できていない。
 女性キャラの処理ということで言えば、お楽に関しても同様だ。彼女は家光に飽きられたと誤解しているが、それに関するフォローは無い。

 このシリーズは、中村錦之助が太助と家光の2役を演じるというのが大きな売りになっていた。向こう見ずで喧嘩っ早いチャキチャキの江戸っ子と、上品で知的な将軍という、まるで異なるキャラを人気者の錦之助が演じ分けることで、観客を映画館へ呼び込んでいたわけだ。
 そこへ、今回は「家光と太助が入れ替わる」という展開を持ち込んだ。分かる人も多いだろうが、ようするに『王子と乞食』からネタを拝借したわけだ。で、その段階で、もう面白くなることが約束されたようなものだ。

 「まるで異なる立場の2人が入れ替わる」というネタを持ち込んだのであれば、「別人に成り済まそうとするが、ヘマをやらかす」「偽者だとバレそうになり、慌てて誤魔化そうとする」といった描写で笑いを取りに行くのが鉄板だ。
 当然のことながら、本作品でもそういう描写は用意されている。太助は家光に成り済まそうとするが、すぐに町民の言葉や振る舞いが出てしまう。そういうボロや、魚臭さを隠そうとして、おっかなびっくりの態度になったりもする。

 一方、家光の方は、そういう形で笑いを取りに行かない。「家光は殿様らしく振る舞うが、周囲は太助だと思っているので困惑する」という喜劇にしている。太助とは違い、家光は高貴で世間知らずの人間なので、魚屋っぽく振る舞うことなど出来ないのである。
 で、急に殿様っぽく振る舞うと怪しまれる恐れがあるので、「太助は殿様病になった」という事前の説明が用意される。「殿様病って何だよ」とツッコミを入れたくなるかもしれんが、そこはツッコミを入れた上で受け入れるべし。

 家光は加藤屋一家に「どこの馬の骨だ」と問われ、落ち着き払った態度で「馬の骨とは何のことじゃ?余は魚屋じゃ」と言う。その態度が全く魚屋らしくないのに、堂々と「余は魚屋じゃ」と言い切るところに面白味がある。
 一味を追い払った家光は、魚屋仲間に「皆の者、さらばじゃ」と告げて立ち去る。本人は魚屋のつもりなのだが、全く魚屋として振る舞えていないのである。いかにも殿様の振る舞いのままってのが可笑しい。

 太助は彦左から長袴での歩き方を教わるが、体が魚臭いことを指摘される。近くに寄れば感付かれる恐れがあるため、彦左は「廊下で袴を分で引っ繰り返ったら、必ず誰かが助けに駆け寄る。すぐに『苦しゅうない、すておけ』と言うんじゃ」と太助に教え込む。
 これは非常に分かりやすい前フリである。「ってことは、そういう状況が後で訪れるんだろうなあ」と思っていたら、予想通りになる。

 その予想通りのシーンは、太助が秀忠と面会した後に訪れる。廊下を歩いてくる助けを、鳥居が刀に手を掛け、曲がり角で待ち受ける。だが、刀で斬り掛かろうとした刹那、太助がスッテンコロリンと倒れる。
 鳥居が慌てていると、すぐに太助は起き上がり、例のセリフを口にする。得意げな顔をするのが可笑しい。で、次の一歩目に、またズルッとコケそうになるというオマケ付きだ。

 ただ、そのシーンは面白いけど、鳥居ほどの地位にある男が、城中で家光を斬り殺そうとするのはメチャクチャだよな。それって、「他の作戦が失敗し、悪事が露呈しそうになって、追い詰められた末に」というところで出て来るような行動でしょ。
 まあ、しかし粗さもあるけど、「中村錦之助の喜劇を味わう」ということで言えば、かなり楽しめると思う。彦左の存在価値が低いこともあって、この映画は完全に中村錦之助のショーケースだ。スター映画としては、たまらない仕上がりである。

(観賞日:2011年7月29日)

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