見出し画像

『かくも長き不在』:1961、フランス

 パリ祭の日。テレーズが営むアルベール・ラングロワのカフェは、常連客のフェルナン、ファヴィエたちで賑わっている。テレーズは店員のマルティーヌと2人で、明るく仕事をしている。
 恋人のピエールからバカンスの予定を訊かれたテレーズは、故郷のショーリュへ行く予定を話す。ピエールが「地元のバンヌから近い。一緒に行こう」と誘うと、彼女は「いいけど、長くても1週間よ。いつも1日か2日で飽きて、この店が懐かしくなる」と告げた。

 バカンスに入って住民は次々に町を去り、カフェの客も少なくなった。浮浪者が歩いて来るのを見たマルティーヌは、ピエールに「歌手が来たわ」と言う。テレーズはピエールに、「朝も昼も歌うのよ」と話す。浮浪者が歌うのは『セビリアの理容師』で、彼は警官を怖がっていた。
 浮浪者の顔を目にしたテレーズは、怯えた様子を見せた。その理由をピエールから問われた彼女は、「言葉では言い表せない」と答えた。「ショーリュには行くだろうね。1週間後だよ」と確認されたテレーズは、明確な返答を避けた。

 翌日、浮浪者を見掛けたテレーズは、マルティーヌに店へ連れて来るよう頼んだ。浮浪者が店に来ると、彼女は裏に隠れて会話を聞いた。マルティーヌとフェルナンの質問を受けた浮浪者は、川沿いに住んでいることを話した。
 身分証にはロベール・ランデと書かれていたが、浮浪者は記憶を無くしていることを明かした。それを聞いたテレーズは倒れ込み、「覚悟はしてたの。分かってたわ」と呟いた。浮浪者が店から去ったため、テレーズは慌てて捜しに向かった。

 テレーズは浮浪者の小屋を発見し、外で眠りに就いた。翌朝、浮浪者が目覚めると、テレーズは身を隠して様子を観察した。浮浪者は雑誌の写真を切り抜き、箱に集めていた。しばらく様子を見てから、テレーズは彼に話し掛けた。
 「売り物なの?」と彼女が訊くと、浮浪者は「売れるものならね」と答えた。「教えてくれたら手伝うわ。バカンスだから暇なの」とテレーズが言うと、彼は「無理だ」と断った。写真を選ぶ基準を問われた浮浪者は、「一言では無理だ」と答えた。

 浮浪者はテレーズに、「午前中は仕事で古紙を集め、午後は趣味だ」と話した。浮浪者が仕事に出掛けたので、テレーズは付いて行った。浮浪者はゴミが投棄されている場所へ行き、古紙を拾い集めた。
 後日、テレーズはオペラのレコードをジュークボックスに入れた。彼女がオペラの曲を流すと、狙い通りに浮浪者が引き寄せられた。テレーズは2人の客を呼んでおり、マルティーヌに「もういいわ。ハカンスに行って」と告げて店から立ち去らせた。

 テレーズは集めておいた雑誌を浮浪者に渡し、彼が切り抜く写真を選んでいる間に2人の客に歩み寄った。「彼でしょ?」とテレーズが訊くと、客の老女が「分からない」と答えた。
 テレーズと2人の客は、浮浪者に聞こえるような大声でラングロワ家の人々やショーリュについて話し始めた。そしてアルベールがゲシュタポに連行されたこと、その妻がテレーズであることを詳しく説明し、浮浪者の反応を観察した。写真を切り抜いていた浮浪者は、無言のままで店を去った。

 テレーズが呼んでいた客は、叔母のアリスと甥のマルセルだった。テレーズは浮浪者の正体がアルベールだと確信するが、アリスは「貴方より25年も前からアルベールを知っているけど、違うと思う」と否定する。
 テレーズは長い時間を掛けて観察した。同じ目よ」と断言し、アリスがアルベールとの違いを次々に挙げても耳を貸さなかった。マルセルが身分証明書の名前の違いを指摘しても、テレーズは自分の主張を譲ろうとしなかった。

 テレーズはアリスとマルセルが去った後、雑誌を持って浮浪者の小屋を訪れた。彼女は「雑誌は口実よ貴方と話したかった」と言い、その理由を問われると「貴方が知っている人にそっくりだから」と答える。「昔、知ってた人よ。ずっと会っていない」と彼女が告げると、浮浪者は「どうしたい?」と質問する。
 テレーズは「時々、家に来てほしいの。たまには一緒に食事をして」と言うと、浮浪者は困惑する。それでもテレーズが粘ると、浮浪者は「分かった」と承諾した。テレーズはピエールに事情を話し、別れを告げた。彼女は夕食を用意し、店に来た浮浪者を歓迎する…。

 監督はアンリ・コルピ、脚本はマルグリット・デュラス&ジェラール・ジャルロ、製作はクロード・イエーガー&アルベルト・バルサンティー、撮影はマルセル・ウェイス、美術はモーリス・コラソン、編集はジャスミン・チェスニー&ジャクリーヌ・メピエル、音楽はジョルジュ・ドルリュー。

 出演はアリダ・ヴァリ、ジョルジュ・ウィルソン、シャルル・ブラヴェット、ジャック・アルダン、アメディー、ポール・フェーヴル、カトリーヌ・フォントネー、ディアナ・レプヴリエ、ネイン・ゲルモン、シャルル・ブイヨー、コラード・グアルダッチ、クレメント・ハラリ、ジャン・ルイジ、ピエール・ミラ他。

―――――――――

 第14回カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞した作品。編集技師として数多くの映画に参加して来たアンリ・コルピが監督を務め、コラ・ヴォケールが歌った主題歌『三つの小さな音符』の作詞も手掛けている。
 テレーズをアリダ・ヴァリ、浮浪者をジョルジュ・ウィルソン、フェルナンをシャルル・ブラヴェット、ピエールをジャック・アルダン、マルセルをアメディー、アリスをカトリーヌ・フォントネー、マルティーヌをディアナ・レプヴリエ、ファヴィエをシャルル・ブイヨーが演じている。

 前半の内は、これが何を描こうとしている話なのかサッパリ分からないだろう。なぜテレーズが浮浪者に執着するのか、その理由さえ明確にされていない。ここに関しては何となく分かる人もいるだろうが、映画のテーマまで読み取れる人は皆無に等しいんじゃないだろうか。
 テレーズが2人の客を呼んで浮浪者の姿を確認させ、ラングロワ家やショーリュについて大声で会話を交わす辺りで、ようやく「彼女が浮浪者をアルベールだと思っている」ってことが見える。そして、ここでアルベールに関する事情もハッキリと示される。

 アルベールがゲシュタポに逮捕され、収容所に連行されたことが明かされると、これに伴って「テレーズもアルベールも戦争の犠牲者」という事実が見えてくる。そして、この映画のテーマが反戦にあることも見えるようになる。そこまで戦争の要素なんて全く無かったのに、急に「実はテレーズは戦争によって翻弄された女性だった」という事実が明らかにされるのだ。
 反戦を表現するのに、戦場や戦闘シーンを直接的に描くことが必要不可欠というわけではない。そこに触れずに「戦争の悲劇」を描いている映画は、他にもある。ただ、ここまで遠く離れた距離感で、しかも1961年という時代に反戦を描いた「静かなる映画」は、かなり珍しいのではないだろうか。

 テレーズは浮浪者が夫ではないかと感じ、小屋を訪れてじっくりと観察する。この時点で、既に彼女の中では確信に近い感情が芽生えていたのだろう。だからこそ彼女はオペラのレコードまで用意し、店に誘い込んだのだ。
 マルセルとアリスを店に呼ぶのは浮浪者の姿を確認してもらうためだが、2人が何を言おうと、その意見にテレーズが左右されることは無い。彼女の中では、「浮浪者はアルベール」ということが確定事項として固まっている。その確認作業は、もはや意味の無い行為だ。

 テレーズはアリスが「浮浪者はアルベールとは違う」と言っても、まるで耳を貸さない。しかも、その時の彼女の態度は、「嫌な意見には耳を貸したくない」という頑固さに満ち溢れたものではない。熱に浮かされたような遠い目をしており、洗脳状態にあるような雰囲気だ。
 彼女はアリスが「アルベールの目は暗かった」と言うと、「たまによ」と否定する。「身長が違う」と指摘されると、「同じよ」と告げる。「オペラはどこで覚えたの?」と訊かれると、「いとこのアルバに教わったのよ」と答える。最初に答えありきで、それを肯定するための説明が何の迷いもなくスラスラと出て来る。根拠に乏しい主張だが、恋は盲目ってことだ。

 浮浪者をディナーに誘ったテレーズは、彼がブルーチーズ好きであることを言い当て、ナチスの強制収容所にいたことを知る。まだ確定的な証拠とは底言えないが、もはやテレーズは浮浪者がアルベールであることを全く疑っていない。
 彼女は浮浪者に、「過去を受け入れて」「思い出す努力をしてほしい」と必死に訴える。そして苦悩する浮浪者に、「貴方は幸せだった。幸せだった過去を思い出せば、きっと楽しいはず」と語る。

 浮浪者は医者から「記憶喪失は治らない」と宣告されており、テレーズは頭部に手術跡を発見する。恐らく浮浪者は単なる記憶喪失ではなくて、強制収容所でロボトミー手術をされたのだろう。
 それでもテレーズは記憶が戻ることを期待し、店を去る浮浪者を見送る。そして彼女は「アルベール・ラングロワ」と大声で呼びかけ、外にいた人々も「止まれ、アルベール」などと叫ぶ。すると浮浪者はテレーズに背中を向けたまま、両手を高く挙げる。きっと彼は、過去の記憶を取り戻したのだ。

 ただし浮浪者が思い出したのは、楽しかった過去ではなかった。彼は「止まれ、アルベール」と呼ばれ、ゲシュタポに捕まった時の出来事を思い出したのだ。彼は逃げ出し、そのまま行方をくらます。テレーズは「季節が悪かったのよ。冬になれば戻って来るわ」と口にするが、きっと戻らないだろう。
 記憶を取り戻すことは、辛い出来事、忘れたかった出来事を思い出すことにも繋がりかねないのだ。皮肉なことに、テレーズが記憶を取り戻させようと努力したことが、浮浪者を完全に遠ざけてしまったのだ。

(観賞日:2022年7月16日)

この記事が参加している募集

おすすめ名作映画

映画感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?