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『スイミング・プール』:2003、フランス&イギリス

 ロンドン。ミステリー作家のサラ・モートンは、地下鉄で一人の婦人に「サラ・モートン先生ですよね」と話し掛けられるが、冷たい態度で「人違いでしょ」と告げた。
 出版社を訪れたサラは、社長のジョン・ボスロードに会おうとする。ジョンは新人作家のテリー・ロングとの話を終えて出て来た。テリーはサラを見て、「母がシリーズのファンです、新作を楽しみにしてします」と告げた。

 テリーが去った後、サラはジョンに「あのクソガキは誰?」と吐き捨てるように告げた。サラはジョンに、自分を放置して新人作家の相手をしていることへの不満をぶつけた。
 そんな彼女に、ジョンは「フランスの別荘へ行ってみないか」と持ち掛けた。サラが「貴方も来る?」と尋ねると、ジョンは「娘がいるんだ。週末には行けると思う」と返答した。

 フランスに到着したサラは、迎えに来た庭師マルセルの車でジョンの別荘に向かった。別荘にはプールが付いていたが、たくさんの木の葉やゴミが浮いていた。
 サラは街に出掛けて食料を買い込み、オープン・カフェで紅茶を飲んだ。別荘に戻って軽く食事を済ませると、サラは父親に電話を掛けた。それから持参したパソコンに向かい、小説を書き始めた。

 翌朝、サラはジョンからの電話を受け、「仕事を始めた。列車の中で次々とアイデアが沸いた」と告げる。いつ来るのか尋ねると、ジョンは「分からない、仕事次第だ」と告げた。
 深夜、人の気配に気付いて寝室を抜け出したサラは、若い女を発見した。彼女はジョンの娘のジュリーだという。娘が来ることは聞いていなかったが、しばらく別荘で過ごすつもりらしい。

 翌日、サラが目を覚ますと、ジュリーは木の葉が浮いているプールで全裸になって泳いでいた。ジュリーがリビングで寛ぎながら、大音量でテレビを見た。ジュリーに苛立ちを覚えたサラは、外食に出掛けた。オープン・カフェに入った彼女は、店員のフランクが気になった。
 別荘に戻ったサラは、ジュリーに「静かに仕事をしたいから、リビングを共有したいなら自分のことだけにして」と注意した。その夜、ジュリーは男を連れ込んでセックスした。それを覗き見たサラは、フランクがジュリーに興奮している夢を見た。

 次の日、ジュリーは別の男を連れ込んだ。マルセルはジュリーに頼まれて、プールの掃除にやって来た。サラはパソコンに「ジュリー」というフォルダを作成し、小説を書き始めた。
 出掛けようとするジュリーに、サラは違う男を次々に連れ込むことを皮肉っぽく告げた。するとジュリーは、「書くだけで実行できない欲求不満の女」と口汚い言葉で逆襲した。

 別荘の中を調べたサラは、ジョンの妻の写真と日誌を発見し、それを見ながら原稿を書き始めた。サラは水着に着替え、プールで泳いだ。プールサイドでウトウトしていたサラが目を覚ますと、ジュリーが泳いでいた。彼女の右目の辺りには、殴られたような跡があった。
 サラはジュリーを外食に誘い、ジョンや彼の妻について尋ねた。ジュリーはサラに、自分のことを語った。

 別荘に戻ったサラは、ジュリーから「堅物だと思ってた」と言われ、「見掛けで判断しないで。マリファナもやるわよ」と答えた。ジュリーは、「母も本を書いていたけど、出版されなかった。父にけなされて原稿を燃やした」と明かした。
 どんな内容か尋ねるサラに、彼女は「父の母のことを書いたハッピーエンドのラブストーリーだった。だけど父が求めたのは血とセックスと金」と告げた。ジュリーの母は、以前は別荘に来ていたが、ジョンと別れてからは二度と来ようとしなかったらしい。

 翌日、サラが外出している間に、ジュリーは書き掛けの原稿を盗み見た。ジュリーはフランクを別荘に連れ込み、サラを誘って3人で酒を飲んだ。ジュリーは音楽を流し、フランクと一緒に踊った。
 サラはソファーに座って背中を向けながらも、自然にリズムを取っていた。サラに誘われると、サラは立ち上がって一緒に踊り出した。フランクに誘われ、サラは楽しそうにステップを踏んだ。

 翌朝、目を覚ましたサラは、プールに異変を感じた。オープン・カフェに行くと、フランクは出勤していなかった。別荘に戻ったサラは、プールサイドに血痕を発見した。ジュリーに尋ねると、自分が怪我をしたという答えだった。
 マルセルの家を訪れると彼は不在で、老いた容貌の娘がいた。サラは娘から、ジュリーの母親が存命だと聞かされた。

 別荘に戻ると、ジュリーは錯乱状態でサラのことを母親だと思い込んだ。サラが「私は母親じゃない」と言うと、ジュリーはパニック状態になり、そして気を失った。意識を取り戻したジュリーは、フランクを殺したことを告白した。サラが理由を問うと、「あなたのため、本のため」と答えた。
 サラはジュリーと一緒に、フランクの死体を始末した。ジュリーは「小説も処分した方がいい、証拠になる」と言い、別荘を後にした。ロンドンに戻ったサラは、ジョンに『スイミング・プール』と題した新作の原稿を見せた…。

 監督はフランソワ・オゾン、脚本はフランソワ・オゾン&エマニュエル・ベルンエイム、製作はオリヴィエ・デルボスク&マルク・ミソニエ、共同製作はティモシー・バーリル、撮影はヨリック・ル・ソー、編集はモニカ・コールマン、美術はウォウター・ズーン、衣装はパスカリーヌ・シャヴァンヌ、音楽はフィリップ・ロンビ。

 出演はシャーロット・ランプリング、リュディヴィーヌ・サニエ、チャールズ・ダンス、マルク・ファヨール、ジャン=マリー・ラムール、ミレイユ・モセ、ジャン=クロード・ルカス、エミリー・ガボア・カーン、エラルド・フォレスタリ、ローレン・ファロー、セバスチャン・ハーコムビー、フランシス・クカ、キース・イェーテス、トリシア・アイリーン、グレン・デイヴィース他。

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 『まぼろし』『8人の女たち』のフランソワ・オゾンが監督&脚本を務めた作品。
 サラをシャーロット・ランプリング、ジュリーをリュディヴィーヌ・サニエ、ジョンをチャールズ・ダンス、マルセルをマルク・ファヨール、フランクをジャン=マリー・ラムールが演じている。
 ヨーロッパ映画賞ではシャーロット・ランプリングが最優秀主演女優賞を受賞している。

 完全ネタバレだが、ラスト、出版社を去る時に、ジュリアというジョンの娘がやって来る。このオチを受けて、本作品をどう解釈するかについては、色々な意見があるようだ。
 でも、そんなに難しく考える必要は無いだろうと個人的には思う。ようするに、「ジュリーは架空の存在で、別荘で彼女が起こした事件もサラの想像だった」ってことでしょ。
 サラはジョンから娘の話を聞いて、頭の中で勝手にジュリーというキャラを想像した。で、最後にジュリアを見て、「本物はちっとも美しくない」と感じるわけだ。

 ジュリーという女性像には、サラの願望が投影されている。ジュリーはサラに、「海が好き。危険の匂いに足をすくわれて、流されてしまいそう」と言うが、そこにはサラの願望が込められている。
 「仕事があるの」と邪険に扱うが、実はジュリーのようなタイプに対する羨望がある。ジュリーが「母は一人暮らしを断った、私は違う」というのも、サラの潜在意識の表れだろう。

 サラとジョンの関係は、単に作家と出版社社長というだけではない。この少なくともサラは、ジョンに恋愛感情を抱いている。たぶん二人の間には、肉体関係があると推測される。
 新人作家のテリーのことで、サラがジョンに「あのクソガキは誰?」と言うのは、嫉妬心の表れだ。それは作家としてのジェラシーではない。ジョンが自分を放置して、テリーと会っていることに苛立ちを覚えたのだ。

 サラはジョンに不満をぶつけ、「成功もお金も欲しくない」と口にする。「欲しいのは……」と言ったところで、「心躍るプロット?」とジョンが尋ねるが、それは正解ではない。
 サラが欲しいのは、ジョンの愛だ。だから、フランスへ行かないかと持ち掛けられた時、真っ先にジョンも来るかどうかを尋ねる。
 だが、ジョンはビジネスのパートナーとしてしか、サラのことを考えていない。シリーズの新作を書くことだけを望んでいる。そんなジョンの態度に、サラはフラストレーションを抱え込んでいる。

 だが、苛立ちはあっても、やはりジョンのことを愛している。だから別荘にジョンから電話が来ると、微笑を浮かべながら会話を交わす。しかし、「いつ来る?」という質問に「分からない、仕事次第だ」という答えが返ってくると、その顔から笑みがスゥーと消えてしまう。
 サラがジュリーに対して、やたらと母親のことを尋ねたがるのも、ジョンを気にしているからだ。ジュリーが不実なフランクを殺すのは、「自分に冷たいジョンを殺してやりたい」というサラの感情が込められた妄想だ。

 ジュリーはフランクを連れ込んで、サラに見せ付けるように踊り始める。フランソワ・オゾンは、リュディヴィーヌ・サニエも出演した『焼け石に水』でも男女が急にサンバを踊り出すシーンを作っていたが、どうやらダンスが好きみたいだ。
 ただ、『焼け石に水』は底抜けに楽しい感じだったが、今回はジュリーがサラに見せ付ける感じで踊り出すので、緊迫感が生じるのかと思っていたら、なんとサラはリズムを取っている。で、「貴方も踊って」と誘われると、楽しそうに踊り出す。
 ちょっと不条理さも感じなくは無いけど、でもオゾンだから、そういうのもアリってことで。

 この作品の一番のセールス・ポイントは、なんといってもリュディヴィーヌ・サニエの体である。冗談じゃなくて、真剣に、そう感じた。
 「オレたちゃ裸がユニフォーム」と言わんばかりに、惜しみなく脱ぎまくる。別荘に現われると、翌朝には全裸になってプールで泳ぐ。水着が無いわけじゃない。次の水泳シーンからは水着を着用しているが、最初は全裸で泳ぐ。意味なんか無い。
 で、水着を着用するようになってからは、今度は屋内でオッパイを出しまくる。それも特に意味は無い。

 で、リュディヴィーヌ・サニエだけには任せておけないってことで(そういうわけじゃないだろうけど)、終盤に入ってシャーロット・ランプリングもオッパイを露出する。一応、「マルセルを誘い込むため」という理由は用意されているが、でも唐突感は否めない。
 「自らの願望を解放した」と解釈することも出来なくは無いが、ただ、オゾン監督の作品で、女優が脱ぐのに理由なんか要らないのだ。
 あえて理由を言うならば、それは「だってフランソワ・オゾン監督の作品だから」ということでいいのだ。

(観賞日:2009年10月3日)

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