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『なみだ川』:1967、日本

 江戸の日本橋に、おしず、おたかという姉妹が暮らしていた。彫金師の父・新七が神経を患って仕事を休んでいるため、おしずは長唄の師匠、おたかは仕立屋として働いている。姉妹には栄二という兄がいるのだが、前科者の彼は時折ふらりとやって来ては金を無心する。おたかは相手にしないが、おしずはいつも金を渡している。

 ある時、おたかに縁談の話が持ち上がった。相手は綿問屋「信濃屋」の息子・友吉で、おたかとは互いに惚れあった仲である。ところが、おたかは縁談を断ってしまった。おしずは、おたかが姉の自分より先に嫁ぐことを心苦しく思い、またヤクザな兄のことも気にしているのだと気付く。

 おしずの前に栄二が現れ、十両を無心してきた。おしずは栄二に金を渡して家族と縁を切ってもらおうと考え、木綿問屋の主人・鶴村に十両を融通してほしいと頼む。以前からおしずに惚れていた鶴村は、金を渡す代わりに妾になってくれと告げた。おしずは、おたかの縁談が終わるまで待ってほしいと頼んだ。おしずは十両を栄二に渡し、家族に二度と会わないという誓約書を書いてもらった。

 おしずは信濃屋へ出向いて栄二のことを正直に話し、縁談の話をまとめる。おしずはおたかを説得するため、自分も近い内に祝言を上げる相手がいると嘘をついた。おたかは、その祝言の相手だという彫金師の貞二郎に会い、おしずの話が嘘だと知った。しかし、おしずが貞二郎に惚れているのは間違いの無い事実だった。

 貞二郎はおたかに説得され、おしずと二人きりで会った。おしずに心を惹かれた貞二郎は、彼女と肌を重ねた。おしずが貞二郎と祝言を上げることになったと知った鶴村は、約束が違うと怒った。鶴村は貞二郎に会い、おしずは自分の囲われ者だと告げた。それを聞いた貞二郎は、強い衝撃を受けた。

 裏切られた気持ちになった貞二郎は、おたかに鶴村から聞いたことを話した。しかし、おたかの話で鶴村が嘘をついたことを知り、自分を恥じた。一方、おしずの元には、栄二から二十両を用意しておくよう指示する手紙が届いていた。おしずは刀屋へ行き、短刀を買い求めた。おたかの結納が終わった直後、栄二が金の無心に現れる…。

 監督は三隅研次、原作は山本周五郎、脚本は依田義賢、企画は奥田久司、撮影は牧浦地志、編集は谷口登司夫、録音は大谷巖、照明は古谷賢次、美術は内藤昭、音楽は小杉太一郎。

 出演は藤村志保、若柳菊、細川俊之、戸浦六宏、藤原釜足、安部徹、玉川良一、塩崎純男、春本泰男、水原浩一、町田博子、本間久子、花布辰男、寺島雄作、木村玄、越川一、美山晋八、黒木現、香山恵子、橘公子ら。

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 山本周五郎の連作小説『おたふく物語』を基にした作品。
 『おたふく物語』は『おたふく』『妹の縁談』『湯治』の三部作(時系列順に並べると『妹の縁談』『湯治』『おたふく』)。
 おしずを藤村志保、おたかを若柳菊、貞二郎を細川俊之、栄二を戸浦六宏、新七を藤原釜足、鶴村を安部徹、刀屋の番頭を玉川良一、友吉を塩崎純男が演じている。

 この時代、そろそろ仁侠映画の風が吹き始め、時代劇には陰りが見えつつあった頃だ。
 しかし、それでも「男優がメイン」という考え方は不変であった。つまり大映であれば、市川雷蔵、勝新太郎、田宮二郎、本郷功次郎といった面々の主演作で回していくということだ。
 前述した男優と同列に扱われていた女優は、若尾文子ぐらいだろう(時代を少し遡れば京マチ子や山本富士子もいるが)。

 そういった状況の中で、女性を主役に据えた作品、しかもチャンバラのある内容ではなく人間ドラマを作るというのは、それなりに大きなチャレンジと言えるだろう。
 スターの名前で客を呼ぶことが出来ないし(藤村志保や若柳菊という女優の訴求力だけで大勢の客を呼ぶのは難しいだろう)、派手なアクションを売りにすることも出来ないからだ。

 もちろん原作が優れていることもあるのだろうが、三部作を上手く削り落として79分という上映時間にコンパクトにまとめた依田義賢の脚本も上手いのだろうと思う(ただし1点、ウソをついた後の鶴村が消えてしまっているのは引っ掛かるが)。
 また、軽妙さの中で適度な按配の叙情を散りばめた三隅研次の演出も、優れていると言っていいだろう。しみじみしたテイストの中で、ここぞという箇所では激しい情が沸き立つ配合の良さが感じられる。

 メインはおしず&おたか姉妹で、演じる藤村志保と若柳菊は同時にクレジットされる。つまり同列の扱いということなのだろうが、しかし勝負としては圧倒的に姉の勝ちだろう。
 それは女優として藤村志保の芝居が良かったということも、おしずのキャラクター造形がおたかよりも感情を揺り動かしやすいというのも、両方ともあると思う。

 おしずは、おっちょこちょいで、お人好し。ことわざを間違えて使う癖がある。ウソの付けない性格で、だから「貞二郎と結婚する」という、すぐにバレてしまうようなウソしか付けない。何とも微笑ましい。
 普段は明るく振舞っているが、しかし能天気なだけでなく、妹のことを心配し、悩み、何とか幸せになってもらおうと必死になる。
 いじらしい女なのである。

 おしずという女は、とにかく優しすぎるぐらいに優しい。ろくでなしの兄に対してでさえ、かわいそうだと感じている。
 いつも金をせびりに来る兄が一方的に悪いのに、「もう会わないで」と頼む時には、ものすごく罪悪感を感じている。約束を破って金の無心に来た兄を命懸けで追い返した時でさえ、すぐに後を追い掛け、悲しそうな表情を見せる。

 おしずは妹の恋路を成就させようとするのだが、自身の恋愛劇もある。
 彼女の愛する相手は、ヤクザにグレていたところを師匠に拾われた貞二郎。大酒飲みで、女と見れば誰かれなく手を付け、次々に捨ててきた男。愛想が良いとは言えず、どこか心の奥が見えない人物だ。
 そんな彼が、おたかに頼まれ、おしずと2人きりで会うシーンは、かなり印象に残る。

 貞二郎は「おたかに頼まれた」とは言わず、「一度、あんたと2人で会ってみたかった」と告げる。すると、おしずは「一心が届いた」と、自分が想い続けたので貞二郎に気持ちが届いたのだと思い込む。
 そんな無邪気さ、純真さ、そして彼女の妹を気遣う優しさ、そして強さに、貞二郎は心を打たれるのだ。

 ウソがバレたから呼び出されたのだと思っていたおしずは、「ぶたれたって、どうされたって構わないと覚悟を決めていたの。堪忍してください」と語る。すると貞二郎は、「そうと聞いちゃ、堪忍ならねえ」と言うのだが、これは怒っているわけではなく、別の含みがあるセリフ。
 それが分かっているから、おしずは静かに笑みを浮かべる。

 貞二郎の真剣な顔付きを見て、おしずは笑顔から真顔に変化していく。
 大半の観客は、そのまま男女が抱き合うのだろうと予想できるだろう。そして予想通り、そういう展開になる。
 ここでもおしずは「嘘から出た駒だわ」と間違えたことわざを使うのだが(「ひょうたんから駒」と間違えている)、笑い合った後で、2人は抱き合う。
 このラブシーンは、とても良い。

 もう1つの名シーンは、終盤に待っている。
 栄二が約束を破って金の無心に来ると知ったおしずは、事前に短刀を購入しておく。最初は言葉で栄二を説得しようとしたおしずだが、信濃屋へ金をせびりに行くと告げられ、ついに短刀を持ち出して栄二に襲い掛かる。普段はあっけらかんとしている彼女が、凄まじい気迫を見せる。
 その後、退散しようとする栄二に、一部始終を見ていた貞二郎が「おしずの婿だ」と言うのも、これまた良い感じなのである。

(観賞日:2005年6月2日)

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