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お好きでしょ、こんなのも……!?

お嫌いですか、ロボットは?#86 筋力アップにはダイエットも?(下)

――いらっしゃいませ。
 マスター元気? いやあ、今週もほんと疲れたわ。

――おや? 先週に続き今夜もお仕事ですか。お疲れさまです。夏休みは取れました?
 いや、そうじゃないんだよマスター。盆休みぐらいは取ってのんびりしようと思ってたんだけどさ、台風で工場の屋根と外壁が飛ばされたクライアントから呼び出されてさぁ。新幹線が止まって結局は行けなかったんだけど,
あの手はないかこの手はどうかって、休んだ気にならなかったよ。結局のところ濡れないようにしばらくカバーでもかけといて、ぐらいしか言えないんだけどさ。水曜になって、クライアントの工場の近くに住む若い衆にクルマで行かせたんだけど、行かせたら行かせたで代休とか、休日出勤手当とかの手続きもあって、オレが駆け付けた方が、安上がりで簡単なんだけどねぇ。

――いつものでいいですか? ジャックソーダで。
 うん、頼むわ。レモンをぎゅっとしぼってね。えっと、今夜のおすすめは「花咲ガニの鉄砲汁」かぁ、へぇー! って、花咲ガニって何? えッ、北海道の根室のカニなの? へぇー、初めて食べるよ。日本の食材でも、知らないものがまだまだあるんだねぇ。結構大ぶりのなのに、身が引き締まって。ほうほう、結構甘みがあってうまいねぇ。そうそう、富山が遠いって話が続いたけど、そもそもはダイエットと筋トレの話だったんだよね、立山製薬の案件の。あれはホントに難しかったなぁ……。


 滑川の立山製薬に出向いて、杉尾忠明社長と話したんだ。最上階の役員応接室でね。近くに高いビルなんてないから、立山連峰を独り占め。さえぎるものは何もないんだから。まぁ、資材用の棚で何かいいものないの? ってな軽い話だと思ってたら、忠明社長がえらいこと言い出すわけ。

 せっかくたにがわさんに来てもらったんだから、ウチもロボットを入れたいんだ。

 へぇ、忠明社長も考えてんじゃん、と思ったよ。歳はオレと2つ、3つしか変わらないけど、髪はオレよりも白くてね。社長になってから、苦労も多かったんだろうねぇ。貫禄も付いたようだった。

 要するに、富山も少子化で若者の絶対数が足りないと。近くの高校や大学から毎年人を採ってたけど、卒業生の数そのものが年々減っているらしい。半分が東京や大阪に出て、残りの半分を、近くの非鉄金属メーカーやベアリングメーカーなど取り合っていたらしい。それも心もとなくなっててきた、ってのが背景にあるらしい。

 で、製薬の生産ラインを根本から見直して、入れられるところにはロボットを導入して、今いる人材、これから採用する人材の有効活用を考えたいんだってさ。

 忠明社長の頭の中では、ある程度のプランがすでに出来上がってて、まずは箱詰めされた市販薬の小箱へのシールの貼り付けや、製品を計量装置に載せて下ろす作業をロボットに置き換えたいらしい。手作業なんだけど、単純作業でパートもアルバイトもやりたがらなくて、この作業を任せたとたんに辞めちゃう人が多かったらしい。

 手作業が確立した単純作業をいかに自動化するかを考えて、小型の協働ロボットの導入を決めたらしい。イニシャルコストを抑えられて、スペースも限られているなどの条件をクリアできるのが、小型の協働ロボットだったってワケ。意外にも、薬って少量多品種生産で、特定の製品に特化した設備は導入しにくいんだ。動作に汎用性があるのも協働ロボット導入の決め手になったらしい。

 立山製薬では、大型の協働ロボットを導入した経験はあったけど、制限が増える小型協働ロボットの導入は初挑戦だったんだ。ウチで扱う小型の協働ロボットは、ロボット手先のハンドを含めて500gが最大可搬質量なんだ。するとまぁ、実際には450gぐらいに抑えておくのがせいぜいかな。

 扱う市販薬の重量は、ひと箱100g程度のものから400gを超えるものまである。複数の協働ロボットに共同で作業をさせるといっても、ロボットハンドは極力軽くしなけりゃならんわけさ。ここからが大変なワケよ。

 オレも会社で取り扱いのあるメーカーや、知り合いの商社をあたりまくったけど、100gを切るようなロボットハンドなんて、この世にないわけよ。国内はもとより、それこそ欧州各国やイスラエル、バッタもんを承知で中国のメーカーまであたったけど、該当なし。「もっと大きなロボットにすりゃいいじゃん!」と言われる始末さ。

 製薬メーカーってそもそも薬の製造ラインは別にして、箱詰めされた製品の付帯作業をさせるスペースの床の耐荷重量なんてたかがしれてるのよ。旋盤やマシニングセンターを並べるような製造業の工場とは、そもそも工場の建屋の構造が違うし、そんな大きなロボットを置く余裕なんてないんだ。

 それでそうしたのかって? ないものは作る。モノづくりの会社の基本だね。立山製薬の若い衆にハンドの構造を考えてもらって、3Dプリンターで自作したのさ。独自の吸着型ハンドを設計してもらい、70gの軽さの樹脂製ハンドを制作したんだ。構造を考えて、重量のダイエット策も考えて、耐久性も持たせる。若い衆らは相当苦労したはずさ。

 忠明社長は、若手が奮闘する姿をじっと見守ってた。あれこれ口出しもしたかっただろうけど、じっとガマンしてたらしいよ。ロボットやシステムの構築に加えて、その3Dプリンターも買ってくれたからウチの商売としてもそこそこだったけどね。

 ロボットのプログラムも、自社で取り組んだらしい。腕の動きを最短距離にして、効率的な動作ができるように工夫もしたし、動作で生じる加速度に対する商品への負荷にも配慮した。複数のロボットがお互いに干渉しないように工夫もした。来年には将来は無人搬送車(AGV)を導入して、24時間、365日の工場稼働も視野に入れるらしいよ。

――お話を聞くと、忠明社長のホントの狙いは、若手社員の奮起にあったように思いますね。ここまでは俺たちが考えた、あとはお前たちで考えろって。しかも、たにがわさんの商売への配慮も考えながら。まだまだ話は尽きないようですね。今夜もとことん、お付き合いしますよ。

■この連載はフィクションです。実在する人物や企業とは一切関係ありません。

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