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お好きでしょ、こんなのも……!?

お嫌いですか、ロボットは?#86 筋力アップにはダイエットも?(中)

――いらっしゃいませ。
 マスター元気? いやあ、今週もほんと疲れたわ。

――おや? 祝日の今夜もお仕事ですか。今年はまとまった夏休みは取れそうですか?
 いや、そうじゃないんだよマスター。昭和を生きたオレたちにとって、夏休みと言えばイコール盆休みの感覚でしょ? だから来週の月・火と休んで夏休みはおしまい。ホントだったら今日も休むつもりだったんだけど、おれこれ片付かないことも多くてさ。台湾の現場からは、当たり前のように電話やメール、チャットも来るし。「日本でお盆は、いろんな意味で大事な日なんだ」と、何度言っても覚えてくれず、分かってくれないんだよ。

――いつものでいいですか? ジャックソーダで。
 うん、頼むわ。レモンをぎゅっとしぼってね。えっと、今夜のおすすめは「ゆでたて生落花生」かぁ、へぇー! って、落花生って今が旬なんだ。落花生の旬って、あんまり意識したことがなかったなぁ。へぇー、山椒が効いててうまいね。いくらでもいけそう。職業柄とはいえ、マスターはホント、シンプルでうまいものをよく知ってるね。そうそう、この前は立山製薬の話の途中だったね。たしか、正門にたどり着いたかどうか、ってなところだったよね。それぐらい、遠い場所での話だったよなぁ……。


 富山がいかに遠いかは、この前話したよね。とにかく、あさイチの電車に乗って富山に向かっても、富山駅に到着するのは11時20分。ここで先に、富山駅近くで早めの昼飯を食べておくのがキモ。勇んで平仮名だらけのあいの風とやま鉄道に乗って滑川駅に向かってしまえば、滑川の駅前には店一つない。せいぜいジュースの自動販売機が1台あるぐらいなんだ。

 ちょっと歩けば店ぐらい、コンビニぐらい……なんて思っちゃいけない。歩けど歩けど、そんなものは一切ない。おそらく昔は店だったんだろうなぁ……、と面影を見つけたところで、腹に入れられるものは何もない。タクシーで立山製薬に向かう道中でコンビニにでも寄って……、なんて事も考えない方がいい。そんな希望はおそらく、妄想だけで終わる。

 どうせJRの切符は富山駅まで。乗り換えて初乗り料金がかかる平仮名だらけのあいの風とやま鉄道に乗り換える前に、エキナカの店か、駅から一歩外に出て、安くてうまいものを食べたほうがいい。流行りのブラックラーメンもいいが、オレは移転して駅から遠くなったけど、少し歩いたところにある普通のラーメンをおすすめする。

 で、タクシーで20分ほど走ると、立山製薬の正門に到着し、警備員に用件を伝えると、正面玄関には、制服を着た女性職員が待っていてくれて、ドアを開けてくれる。

 たにがわ様ですね。本日は遠いところからありがとうございます。杉尾がお待ちしておりますのでこちらにどうぞ、と玄関からエレベーターホールへと抜けて、最上階の役員応接室に通される。

 「たにがわさん、いらっしゃい」

 待っていたのは、2年前に就任した杉尾忠明社長だ。機械商社時代からの付き合いで、東京支社長時代から何かと世話になっていた。製薬業界はだいたい、医療機器系列の商社との取引がメインで、機械商社と付き合うところは少ない。「医療」「医療用」と付くだけで、同じような機材や資材用の棚が、2倍どころか3倍、極端な例だと10倍ぐらい値段が違う。

 ひょうんな事から偶然、東日本橋の居酒屋で隣り合ったのをきっかけに、畑違いの製薬会社に出入りするようになった。製薬会社と言っても、要するに製品を作るメーカーだから、製造や研究開発、物流などの各現場を持っていて、現場で使われる言葉は違っても、同じような業務をやっている。違うのは付き合う商社と、全ての備品に「医療」「医療用」と名付けられていることと、圧倒的に高い値段だった。

 忠明社長は法学部の出で、実際の製薬業務は薬学部を出た弟で専務の学に任せていた。ただ、忠明社長は製薬や医療に関する法律や省令には、並みの弁護士や役人よりも詳しかった。

 立山製薬は決してビンボー会社なんかではなく、むしろ同業他社よりももうかっている。医薬品だけでなく、医薬外品などのサプリメントやドリンク剤などを手広く扱い、むしろ本業の薬品事業より医薬外品事業の方が圧倒的にもうかっている。国が定める薬価に振り回されず、サプリやゼリー商品、ドリンク剤などの一般消費者向けの商品でしっかり稼いでいるのだ。

 「医療」「医療用」などのプレミアム商品には目もくれず、同じような機材や資材用の棚は、法や省令に該当するものでなければ遠慮なく、オレがいた機械商社を通じて発注してくれた。この時、滑川の本社に呼ばれた時も、オレはなんとなく商(あきな)いのにおいを感じてた。

――におい、ですか? さすが、たにがわさんも生粋の商人ですね。先週のお話しもそうでしたけど、富山ってとてつもなく遠い場所なんですね。まだまだ話は尽きないようですね。今夜もとことん、お付き合いしますよ。

■この連載はフィクションです。実在する人物や企業とは一切関係ありません。

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