見出し画像

ロボットなんて大っ嫌い!

お嫌いですか、ロボットは?#55 えっ! 電話帳? 就職協定って何?(上)

――いらっしゃいませ。
 マスター元気? いやあ、今週もほんと疲れたわ。

――おや? 今夜もお疲れのようですね。そしてすっかり夏の装いで。
 いや、そうじゃないんだよマスター。今朝の新聞にも載ってたけど、例のセントレアの空港島で開催される展示会が今月末から始まるんで、準備の時間も残り少ないんだよ。「あれが足りない」「これもしなきゃ」でてんやわんや。今朝はひげを剃るのも忘れてたぐらい忙しくてさ。不調だったロボットシステムは何とかなったんだけど、こんどはブースの照明をどうするかや、説明員用の資料がまとまらなくて。さっきまでかかって何とかまとめあげて、ようやく解放されたところなんだよ。倉庫の片隅でパソコン作業をしてたからさ、ただでさえ老眼で目がしんどいのに、もう目ん玉の潤滑油替わりの涙も出ないよ。

――いつものでいいですか? ジャックソーダで。
 うん、頼むわ。レモンをぎゅっとしぼってね。えっと、今夜のおすすめは「自家製パスタの冷製ペペロンチーノ」かぁ、いつも洒落てるねぇ。それちょうだい。旧暦だと今日は5月5日で、明治までの昔なら「端午の節句」は今日祝うんだってさ。昔のオトコは大変だよなぁ、こんな暑い季節によろい兜姿でさぁ。ショウブ湯につかってサッと汗を流すのは分かる気がするよなぁ。今のオトコ共はクールなんとかでネクタイもしなくなったけど、昔のオトコは大変だったんだろうなぁ。昔と言えばさぁ、オレが今の会社に移ったころだから10年ぐらい前かなぁ。前の会社にいた時のツテを伝って大学の先生に片っ端から会いに行ってたことがあるんだけど。当時からロボット業界は「韓国に抜かれる」「もう少しで中国にも…」なんて言われてたんだけど、何となくそんな流れになっちゃったんだよねぇ……………。


 かれこれ10年ぐらい前かなぁ。いや、転職する少し前だ。今の会社の部長に声をかけられて、転職しようかしまいか迷ってた時に、大学でロボットの研究をしている顔見知りだった先生たちに、片っ端から会いに行ったんだ。

 それこそ赤門のある学校とか京都の名門とか、高専や自治体の研究所とかさ。オレも40歳を超えてたから、ロボットの世界に本当に身を置いていいのか真剣に迷ってた。機械の世界は機械の世界でそれなりに楽しかったし、将来性もあったしね。

 オレもロスジェネ世代の端くれで、学校を出て就職するのに苦労した世代でね。今みたいにネットで何でも調べられる時代じゃなかったから、就職情報誌の会社に申し込んで、電話帳みたいな分厚い会社情報が載った本を何冊も送ってもらって。それを見ながらハガキを書いて会社案内を送ってもらうって、そんな時代だった。

 電話帳って言っても、今の若い人にはきっと「ん? 何それ?」って言われるだろうなぁ。

 ハガキを送ったら会社案内が送られてくると思ったら大間違い。バブル経済の崩壊で、そもそも会社は生き残りに必死で、新入社員を採用するどころじゃない。有効求人倍率は1993年から2005年までずっと「1」を下回り、新規求人倍率に至っては1998年には「0.9」にまで下がった。今じゃ、考えられないよね。

 企業の本音は「いい人がいれば採るけど…」ぐらいのスタンスだから、そもそも有名大学、それも国公立大学や有名私大の学生しか相手にしていない。そういう学生にしか、会社案内なんて送らないし、会社説明会の日時、そもそも開催するかどうかさえ明言しない。

 当時は企業と大学の間で「就職協定」なんてものがあって、10月1日が協定の解禁日。この日をもって、会社は説明会を開催し、内定を出してもいいという事になっていた。なっていたというのは、事実上形骸化していたから。そんな協定が96年の廃止まで続いてた。

 だから、オレみたいに有名じゃない大学の学生は、企業に電話しても「10月までお待ちください」と言われて門前払いされ、10月になった途端に「既に内定者の枠が埋まった」と、公式に断られたワケ。もしも今、会社がそんな対応をしたらネットで炎上して、不買運動が起こっただろうね。

 もちろん、そんな事は学生側も百も承知。あの手この手で説明会の日時を聞き出し、今でいう「エントリーシート」みたいなものを書いて提出し、入社試験や面接を受けた。たまたま通りかかった会社の玄関に学生の行列を見かけると、最後尾に並んだりしてね。名簿に名前がないのに気づいた人事の人に怪しまれたら「電話したら『今日ここに並べ』と言われた」としれっと話したら面接も通った、なんて話も聞いた。

 今みたいに、ネットで何でも調べられる時代じゃない。噂話だって眉にツバしながらも信じたよ。卒業後の4月から働く先を見つけるためにね。

 そんな時代に就職したから、今の会社の部長に声をかけられた時には「冗談だろ?」って真に受けなかった。当時から「転職したら業務請負契約だった」とか「名ばかり管理職で残業代も出ない」なんて話はあちこちで聞いてたからさぁ。

 「一緒にやろう」「俺と一緒にやろう」「なぁ、やろうよ」って何度も聞くうちに、ようやく「そこまで言うなら」と、真剣に考え始めたんだ。同級生や友達とか、いろんな人にも相談した。けど、結局は自分で決めなきゃならん。「じゃあ専門家に話を聞くか」と、大学の先生達を訪ねたワケ。 そこで聞いたのがさぁ……。
 

――たにがわさん、ちょっと待ってください。続きを聞きたいのですが、今夜はそろそろカンバンです。今夜はいつもより来店が遅かったので、いつも通りに話しを聞いてたら日付をまたいでしまいました。それにしても就職協定って、懐かしいコトバですね。私も学校を出てホテルに就職した時も、たしかそんなものがありました。内定式とか、その後の研修とか入社式とか、何だかんだと日付が決まっていたような気がします。おかしいと誰もが思っていながら、社会の雰囲気、空気が支配する、決められるというのは、今も昔も変わらないのかもしれませんねぇ。続きはまたこんど、聞かせてください。ペペロンチーノも、またご用意いたします。

■この連載はフィクションです。実在する人物や企業とは一切関係ありません。(2022年6月3日(金)にウェブマガジン『ロボットダイジェスト』に掲載されたものです)本家の掲載『お嫌いですか、ロボットは?』がなぜか読めなくなり、問い合わせが多かったので、一時的にこちらで掲載します。本家での掲載が復活したら、こちらでの掲載は破棄します。悪しからず。

ここから先は

0字

¥ 300

よろしければ、ぜひサポートを。今後の励みになります。