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お好きでしょ、こんなのも……!?

お嫌いですか、ロボットは?#84 夏本番でも暑さに負けず

――いらっしゃいませ。
 マスター元気? いやあ、今週もほんと疲れたわ。

――おや? 今夜もお疲れのようですね。しかも汗で上着がぐちゃぐちゃ、肩なんか塩がふいたようですが、大丈夫ですか? よろしければお預かりしてハンガーにかけましょうか。帰るころにはしわも収まってるでしょうし。
 いや、そうじゃないんだよマスター。今日は大事な客のところに行くし、以前に不手際もあったんで一応スーツを着てったんだけどさぁ。まぁ、暑くて暑くて。そりゃそうだよねぇ、カレンダー見たらあさっては大きく暑い、大暑だもん。11月までクールビズだからって、最近はやりの襟の周りに色違いのキレと派手な色ボタンが付いた半そでのボタンダウンシャツの客は申し訳なさそうに言うんだけどさ。じゃあ、って脱ぐわけにもいかないしさ。脱いだら脱いだで、汗まみれのシャツは透けた感じでみっともないし。最近は役員応接室でも、秘書がお茶をいれてくれるところは少なくて、ペットボトルのお茶をくれるんだけどね。飲んだら飲んだで、この通りまた大汗をかくんだよなぁ。

――いつものでいいですか? ジャックソーダで。
 うん、頼むわ。レモンをぎゅっとしぼってね。えっと、今夜のおすすめは「イワシの夏野菜マリネ」かぁ。へぇー! 色鮮やかでキレイだね。イワシって、今じゃ高級魚なんでしょ。オレの子どものころは、誰も見向きもしないからって、肥料として畑にまく、なんて言われた時期があったけど、今じゃ料亭や割烹でいただく高級魚様だもんなぁ。サンマと同じで急に出世したよねぇ。そうそう、今日もその大事な客のところで話してたんだけどさ、今の時期はまだ暑さに身体が慣れず、だるくて仕事の作業効率も悪くなるじゃない。暑かろうが寒かろうが、わがロボットさまは、愚痴も言わず、手も抜かず、黙って正確に働いてくれるんだよなぁ……。


 神戸の中心部から郊外に延びる地下鉄の終点・西神中央の一つ手前の駅・西神南は、駅を出ると高層マンションや一戸建てが並ぶ住宅街が広がってるんだけど、10分も歩けば住宅街を抜けて工業団地が見えてくる。中堅のロボットメーカー・ガイエンの神戸事業所が、その工業団地の一角にある。

 正門を抜けて手前の建屋は事務所棟になっていて、通路を一本隔てた先からは、巨大なロボット工場になっている。工場というと、がっちゃんがっちゃん、ばったんばったんといった騒音をイメージする人が多いんだけど、今どきの工場はまず、そんな音はせず、せいぜいエアコンの室外機の音ぐらい。むしろ、工場の近くの古くなった住宅のアルミサッシの網戸を開け閉めする音や、サイズのでかいSUVやミニバンのドアを開け閉めする音の方が、よほど気になる。

 今や工場は、工場の稼働より後に開発され、後から住み着いたニューカマーの近隣住民から苦情が出ないよう、騒音やトラックの出入りに対し、めちゃくちゃ神経質に対処している。敷地を囲うように緑地帯を配し、その手入れの経費だって、年間にしたら馬鹿にならないほどなんだ。

 そのガイエン神戸事業所でも、建屋の騒音対策はしっかりしている。しっかりしているからこそ、ここが自動化率9割を超す、ロボットがロボットを組み立てる、24時間無人稼働の工場だとは、周辺住民のほとんど誰も知らない。

 ガイエンが得意とするのは、中小型の産業用ロボットだ。組立棟の3階はガイエンの自動化を象徴する場所で、ずらりと並ぶ7軸ロボットが、ロボット本体に減速機やモーターを組み付け、ロボットアームを組み付けて検査もする。ロボットがボルトを取り出し、既定のトルクで1本ずつ締め付けていく。ヒトなら起こりうる締め付け忘れはなく、全ての生産履歴も残る。これこそがロボット導入の最大のメリットだ。

 実際の生産指示は、タブレット端末で済ませる。自動倉庫と連動しており、少し前なら無人搬送車(AGV)、今はより自律的に動ける自律移動ロボット(AMR)がロボットの部品や本体、周辺機器を積み、工程間を自動搬送してくれる。バッテリー残量が少なくなれば、AMRは勝手にワイヤレス給電装置のあるところで停車し、自動充電する。

 今日のような暑さでも、真冬の寒さの中でも、ロボットは黙々と作業をこなし続ける。愚痴も言わず、手も抜かず、黙って正確に働いてくれる。

 ガイエンの主力5機種で組み立ての自動化を進め、今や自動化率は9割を超す。今後は別の機種でも、自動組み立てを拡大する。それこそ、年に何台かしか出ない機種でも対応できるようにするつもりなんだ。それこそ、この工場こそが、自動化が進んだものづくりのショールームみたいなものなんだよ。

――同じ動作の繰り返しって、ヒトは苦手ですよね。できれば誰だって、そんな作業したくありませんよ。でもロボットなら愚痴も言わず、手も抜かず、黙って正確にこなしてくれるんですね。たにがわさんのジャックソーダ作りをロボットに任せたら……、いやいや独り言です。まだまだ話は尽きないようですね。今夜もとことん、お付き合いしますよ。

■この連載はフィクションです。実在する人物や企業とは一切関係ありません。

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