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短編147.『五階以上』(2/4)

 エレベーターの内側は明るかった。扉の内側だけが明るかった。その明るさは相対的なもので、実際はだいぶ暗い。しかし、開いたドアの数メートル先が闇に閉ざされていることによって、このエレベーターの中は漆黒の無重力に浮かぶ宇宙ステーションのように明るかった。

 スマートフォンのライトだけを頼りに五階のフロアに足を踏み入れる。背後でエレベーターは閉まった。そのまま下降していく音がした。振り返る気にはなれなかった。目の前の暗闇から目を逸らすのが怖かった。

 床には段ボールや洋服、木材などが転がっていた。そのどれもが長い年月そこにいた証として埃のヴェールを被っている。少しずつ暗闇にも目が慣れ始めると、今いるここは”細長い通路”だということが分かった。外側から見た限りでは結構、横長のビルであったが、このフロアには一本の通路しかない。ライトで両壁を照らすも扉らしきものはなく、同じ色のペンキで塗られた壁面が奥まで続いていた。

 考えようによっては贅沢な造りである。通路の幅が二メートル少々だとすれば、その横には左右に十倍ほどの何もないスペースが広がっていることになる。試しに壁を軽く叩いてみる。古井戸のような反響があった。多分、壁の向こうは空洞なのだろう。足元をライトで照らしながら、ゆっくりと奥へと進む。時折、横を照らす。壁は壁だった。どこにも空洞へ入り込む為のドアは無かった。

 足元や壁を照らしていたライトを正面に向けた。そこには”顔”があった。暗闇に浮かぶ一対の瞳と目が合った。私の叫び声が廊下に木霊した。

          *

 ーーーどのくらい気を失っていたのだろう。

 五分も一時間もこの空間では何の意味も持たないように思えた。付けっぱなしのライトが眩しかった。顔についた埃を払って立ち上がる。目の前のマネキンと目が合い、もう一度驚いた。

 マネキンの奥には鉄の扉があった。錆びて動きが悪いノブを回し、体重をかけて手前に引く。上に登る階段がそこにはあった。

          *

(3/4)に続く。

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